日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

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のろのろ台風12号のもたらした災害で思うこと

2011-09-08 23:06:28 | Weblog
私が中学生から大学生の間、海に比較的近い木造二階建てに住んでいた。父の勤務する会社の社宅で、大正時代に建てられたものではなかっただろうか。秋の台風シーズンには何回も直撃に見舞われた。台風の進路に状況はラジオが便りの綱。でもその頃は少し強い風が吹くとよく停電するので、電池で動く携帯ラジオが必須であった。

その頃の雨戸は板戸で、不断は戸袋に収められていた。いざ台風がやって来ると海側の雨戸がにもろに強風が当たり弓なりになる。それを父や弟たちと一生懸命抑えるのである。雨が強いときはもろに部屋に飛び込んでくる。とにかく全力を振り絞っての闘いであった。やがて台風の目の中に入ると音が止む。急に静かになって一休みの時間である。しかし目が通り過ぎると今度は山側からの強風で、そちら側の雨戸とまた挌闘である。ようやく切り抜けたときは自然の猛威に真正面から立ち向かい、それをなんとか切り抜けたという誇らしげな気分に浸ったものである。その程度の台風だったからであろうが。しかし都会の真ん中であったにも拘わらず、どこから上がって来たのだろうか水が家の中に侵入することがあった。幸い床上浸水の経験はなかったが、この問題も次第に対策がとられて、いつの間にか浸水の怖れは無くなってしまった。

のろのろ台風12号がやって来たときは、確か女子サッカーの試合を観ていたと思う。ペアーガラス入りのアルミサッシの窓を、出窓を除いてはすべてシャッターで塞ぎ、風雨への対策は万全を期した。風はあまり感じられなかったが雨が激しく、天窓二つへ降りかかる雨音の凄まじさには驚いたがとくに不安を感じることもなく、観戦を楽しんでいた。昔からの様変わりが嘘のようである。しかしこの同じ頃、和歌山県と奈良県では未曾有の台風被害が発生していたのである。そしてこののろのろ台風の規模を産経新聞は、《台風12号は異例の低速移動で大雨を降らせ続けた。台風の運動エネルギーは強大だ。マグニチュード8クラスの地震の10~100倍の値に達するとされる》と伝えた。地震の大きさとの比較が直ぐにはピンと来ないが、その巨大な運動エネルギーが大規模な深層崩壊を引き起こしたと考えれば良いのだろうか。

地震・台風・津波による自然災害の、日本は宝庫?とも言える。近年は原子力災害がそれに加わった。住みやすい日本にすると政治家は折に触れて口にするが、自然災害対策一つを取り上げても、ただ自然の猛威に振り回されているだけで、被害が生じたらそれを修復するを繰り返しているだけのように私の目には映る。破壊されればそのままにして人間が逃げ出せば良いだけのこと、そんな対応をまともに考えるような人がいないものだろうかとふと思った。
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コメント (2)   この記事についてブログを書く
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2 コメント

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そうですね (M)
2011-09-10 02:20:08
私も先生の最後の一文に共感いたします。
何時の頃からか、人間は勘違いしているのではないかと思うのです、激甚災害の前には人の命や営みなど儚いものであるということ。私の母の時代には台風の度に家のものの殆んどが水に浸かったり流されたりして無くなっていくのが普通だったと言っておりました。人は文明の発達と共にあたかも自分は災害からはフリーであるというような驕りを持ち始めたような気がしてなりません。無論行政による対応は常に想像と予算の可能な限り万全のものではあることは論を俟ちませんが、だからといって自然災害による損失を全て行政の責任にすり替える風潮には正直疑問が残ります。遣る方無い怒りを他人に向けるのは最も安易な責任回避ではないかと。
基本はそこに居を構えた人間の運命と責任であると言うとまた世論に叩かれますかね。
マンネリからの脱却 (lazybones)
2011-09-10 21:56:01
共感を頂き有難うございます。それにこれから私の主張したいと思うことのエッセンスを纏めていただいたようです。マンネリからの脱却、これが絶対に必要だと思います。

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