刊行されたばかりの新潮文庫の中にこの本があった。この著者による5冊目の文庫本であるが、買ったのはこれが初めてである。「イギリス小さな家」に引かれたのである。
著者は「おわりに 小さな空間を大切にすると上質な暮らしが手に入る」で次のように述べている。《イギリスに行くたび、貴族の館や立派なカントリーハウスより小さな家に憧れ続けてきました。そんな私がイギリスの一般労働者の住宅の平均延床面積が、わずか五十㎡(約十五坪)以下であると聞いたのは、つい最近のことでした。その時、自分の憧れ続けてきた小さな家の中に、イギリス人が考える豊かさの本質があるのではないかという思いを強く持ったのです》。
日本では不動産として土地の価値に重きを置くが、イギリス人は家に価値を見出す。なぜそのような価値観の違いが生じるのか、それを著者がこの本の中で追求しているので、なかなか読み応えがある。イギリス人が住まいに「くつろぎ」と「上質」を求めるとはどういうことなのか。たとえばリビングルームでは《そこには座り心地のいい椅子やソファが不規則に置かれていたのです。一見ごちゃごちゃとテーブルや椅子がひしめく小さいけれどホッとする空間で、人々はたわいもないおしゃべりをして、自分たちを人間関係のストレスから解放していました。》と云うことになる。著者はこれを「ホームリー」とも表現している。
そのためにはだだっ広い場所は必要でない。そういえば私が泊まったピンからキリまでのB&Bの部屋は、わが家の部屋と比べても広いという感じはしなかった。「ハズリットホテル」でもそうであったし、また私の手元にある「Living in London」(著者の云う「コーヒテーブルブック」)という本にもいくつもの落ち着きのある部屋が紹介されているが、部屋のサイズをテーブルの大きさと比べるとさほど広くないことがよく分かる。日本流に云うと6畳から8畳で、せいぜい広くても10畳ぐらいではなかろうか。
著者はリビングに大人が横になれるような大きくて柔らかいソファを置くことが上質な部屋作りのポイント云っている。さらにリビングには本がなくてはならないとも。実は私が隠宅を作るに当たりポイントとしたことがこの二点で、ぴったり一致しているのが面白い。これから家を作ろうとする人、とくに老後の生活に入る世代の人々がこの本に目を通されるといろんなヒントがあるのではと思う。
この本の主題とはすこし離れるが、私がもっとも感銘を受けたのはイギリスで多い20代の住宅購入者のことであった。著者はロンドンの不動産会社社長の言葉をこう伝える。
《「成人したイギリスの若者が最優先で成し遂げることは二つある。一つは仕事を探すこと。そしてもう一つが自分の家を買うことだ。イギリスでは親が子どもに家も含めた資産を残そうとしないため、子どもたちは自力で住まいを手に入れるんです」》。そしてこう続ける。
《イギリスでは、かっては五%前後だった大学進学率が今では四十五%に上昇しています。そして、自らが借金して大学を卒業し、就職後、返済していく若者の平均借入額は五千九百ポンド(約百十八万円)にものぼるのです。
二十代という若さで、けっして高くない給料の中から学資を返済しながら家を買って住宅ローンまで背負っていくイギリスの若者たち。彼らがフリーターにならず正規の仕事に就こうとする動機はここにありました。》
親の過保護が日本の若者をスポイルしたと云われているようである。