日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

老人におすすめ 近藤史恵著「賢者はベンチで思索する」(文春文庫)

2008-06-14 12:13:36 | 読書

文春文庫のこのタイトルを見て哲学者土屋賢二さんの新しい本かと一瞬思ったが名前が違う。私にはお初の著者で推理小説のようである。裏表紙を見るとファミレス常連の老人がある連続事件の解決に乗り出した、と紹介している。「老人」というのがいささか気がかりではあるが、私がかねてからなりたいとあこがれている素人探偵のようなので、いいお手本になるかもと思い、迷うことなく手を出してしまった。面白い。一気に読み上げた。

「老人」の年が分かった。七十二歳である。私よりすこしだけ若い。しかし正体不明。この老人と服飾関係の専門学校を出て目下フリーター、ファミレスでアルバイトをしている二十一歳の久美子が主人公である。話が三つに分かれていて、最初は公園に毒入り犬の餌がばらまかれ、被害を受ける犬が続出、それを解決する話で、二番目は久美子の勤めるファミレスで、食中毒とまでは至らないが客に出した料理に絡んでの事件が起きる。これらの事件を二人が協力して解決するのである。このような事件にからんで久美子も自宅に二匹の犬を飼う羽目になるのだが、この犬たちがまた可愛く脇役を演じる。

第一話では久美子がこう述懐する。「焦らなくても人生は長い。国枝(老人)と同じ景色が見えるようになるのには、気の遠くなるほどの時間があるのだ」。老人に対する偏見がこれっぽちも久美子にないのがよい。また第二話では老人が久美子にこう語りかける。「世の中にはもちろん、たくさんのルールがあって、それを守らなくてはならないが、だからといって、小さなルールを破ったくらいで、大きな罪を犯したのと同じ罰を受けるべきでないというのも、大切なルールのひとつだろうね」

こんな「老人」ならなってもいいな。ファミレスに行って可愛い、でも賢い女の子の注意をまず引くのが肝心。物語ではこの老人は一ヶ月前の古新聞を後生大事に持ち歩いたりして注意を喚起するのであるが、その代わりに英字新聞を国語辞典を引き引き読んでみるのもいいかな、と思ったりする。ところがこの正体不明の老人の正体が第三話、子供失踪事件から思いがけない形で明らかになっていくのだが、大団円の一歩手前で話が終わってしまう。乞う次回ご期待なのである。それが待ち遠しくなるなかなか上質の老人向けのエンターテイメントであるといえよう。

おことわり。写真の本の上に置いたナイフは殺人事件の起こることを暗示しているのではない。写真を撮るつもりで手にし二三ページ読み出したら止まらなくなり、そのまま読んでしまったので表紙がめくれ上がり、写真撮影に重しが必要になったからである。これはただのペーパーナイフである。