日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

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一弦琴 「牡丹」の復活

2010-03-31 22:39:40 | 一弦琴
3月31日も余すところ2時間を切った。明日から新年度、新学期である。先ほどから雨音がしている。一弦琴「牡丹」に触発されて昨年植えた牡丹が葉をふき花のつぼみも大きくなり始めた。雨が降るたびにふくらむようである。間もなく花が開いてくれることだろう。


一弦琴「牡丹」の3年前の演奏をYouTubeにアップロードしてみた。自分で言うのもなんであるが、山田一紫さんに刺戟されてお稽古を再開した最近の「牡丹」より出来がよいのである。一紫さんの演奏を聴かずに無心で弾いていたせいかな、と思ったりもする。



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邦楽の集いで一弦琴を弾いたこと

2010-03-22 20:23:51 | 一弦琴
最近、久しぶりに人前で一弦琴を演奏した。十三弦、十七弦、三弦、尺八など仲間同士で勉強をしている邦楽グループがあって、年に一度の演奏会に一弦琴を、と声をかけていただいたのである。生まれて初めての経験で、いうも烏滸がましいが、芸人にでもなったような気分を味わった。

舞台がよかった。ふつうの家での演奏会で、二間続きの和室の一つを舞台にして、カーテンで仕切ったもう一方が観客席なのである。花街のお茶屋で芸を披露しているようなものである。違うのは幕が開くとお座敷一杯にお客さんが満ちあふれていたことである。この家はかなりの坂を登った高台にあるのに、この大勢の人はなにごと、とまずそれに圧倒された。今年は2回目とのことであるが、企画・世話係の方たちがパブリシティに力を注がれたのだろうか、都会の片隅の思いがけないところでさりげなく開かれていいるこの集いに、かくも大勢の好き者同士が寄り集まってくるというのがとても印象的であった。

演奏者は尺八のみが男性であった。こんな間近で箏曲の演奏を聴いたのははじめてだったので、その迫力にまずは圧倒された。とくに十七弦の弦の太さは中途半端ではない。これを音楽的に弾きこなすにはかなりの体力が必要だろうなと思った。間近であればこそ演奏に力業的な一面のあることを実感できたのも収穫であった。その点、一弦琴はもの静かである。その繊細さを生かす演奏に到達するには精進に切りはなさそうである。私が演奏したのは「四季の山」で、目の前に聴いていただく方が居ることで緊張したが、あとでいくつか好意的なコメントを頂いたのが嬉しかった。

演奏が終わって全員におぜんざいが振る舞われたのもまたユニークで、いろいろと話し合えたのもまた面白かった。書店で林望さんの本を立ち読みしていたら、お稽古ごとには出費がつきもので、能舞台に立たせて貰おうと(素人?が)思ったら200万円とかという話に度肝を抜かれたが、それに比べて邦楽を愛する人たちがそれぞれのものを持ち寄って営んだこの演奏会の暖かみに心が満たされる思いがした。このようなところで演奏の場を与えていただき感謝あるのみである。

その際に演奏した曲とは違うが、昨日今日と、私の一弦琴をYouTubeで公開しようとあれこれ試みて一応アップロードは出来るようになったので、一弦琴「土佐海」を最後に紹介させていただく。




追記(4月13日) 演奏を差し替えた。

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山田一紫(Isshi Yamada)さんの一弦琴

2010-03-18 18:36:20 | 一弦琴
山田一紫さんの一弦琴「夜開花」(やかいか)は私の好きな曲である。「一九六八年十月 ハワイにて作詞作譜」とあるのがまたよい。

山田さんは清虚洞一絃琴流祖徳弘太さんの次女で二代目、山城一水さんの門人で後にハワイに移られた。長唄に堪能な方だと私が師事した大西一叡先生にかってお聞きしたことがある。「夜開花」のご本人による演奏の生テープが残されているともお聞きしたのでネットで調べたが、残念ながら見当たらなかった。ところが「夜開花」ではないがこの山田一紫さんの演奏がYouTubeで聴くことができますよ、と教えてくださったのが年来の一弦琴仲間のお一人である。「Isshi Yamada - Haru No Shirabe (Spring Song) - Track 05」。なるほど、ハワイに住んでおられたので「山田一紫」ではなく「Isshi Yamada」で検索すべきであったのである。参った!これを手がかりに調べたところ次の五曲がYouTubeに登録されていたので、ここにまとめさせていただいた。


Suga No Kyoku (須賀)



Isaribi (漁火)



Oshi (鴛鴦)



Botan (牡丹)



Haru No Shirabe (春の調)


この演奏、とくに唄。圧倒される、の一言である。

この五曲が収められているCDを目下品切れとのことであるがアマゾンから取り寄せることにした。オリジナルは1967年に発行されているから、翌1968年に発表された「夜開花」は含まれていないのだろう。どこかではやくお目にかかりたいものである。

ところでこのようなことを調べている間に、「一絃琴 Ichigenkin.com」なるホームページのあることに気がついた。山田一紫さんはハワイの大学ででも教えておられたのだろうか、その山田さんが亡くなられる数ヶ月前に一絃琴の講義を聴いた聴講生が山田さんと交わした議論の内容を「Philosophy」としてまとめているのである。もちろん英語で。いや、恐れ入った。今日は啓発されっぱなしである。



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NHK大河ドラマ「龍馬伝」で一弦琴「須磨」が

2010-01-18 13:13:59 | 一弦琴
坂本龍馬の三歳年上の姉、乙女は身長が174cm、体重が112kgの偉丈婦であったという(ウィキペディア)。文武両道の達人で書道・和歌・剣術などを龍馬に教えたのみならず、琴、三味線、舞踊などの芸事にも長けていたそうである。その乙女が一弦琴を門田宇平について習い、それをまた龍馬に教えたという話もあるだけに、今回始まったNHK大河ドラマ「龍馬伝」で一弦琴の演奏されるシーンもあるのではと期待していたが、早くも第三回の昨日そのチャンスが訪れた。龍馬の初恋?の相手、平井加尾が一弦琴を奏でたのである。といっても「須磨」の始めのほんの一さわりで、唄は入らなかった。

加尾の一弦琴の師匠も門田宇平だから乙女と同門で、その流れを汲む一弦琴奏者は高知には大勢いらっしゃる。どなたかが影の奏者を務めたのであろうかと思いつつ、私もこのシーンに触発されて久しぶりに「須磨」を唄った。以前に記した一弦琴「須磨」でこの曲にまつわる話を述べているので、興味をお持ちの方にお目通しいただけたらと思う。

このドラマシーンが切っ掛けになって、一弦琴に興味を持ち、習ってみようかなと思われる方が一人でも多からんことを願う。

追記(1月19日) 平井加尾を演じる広末涼子さんはなんと高知市出身で、一弦琴も先生に稽古をつけていただいたそうである。登場シーンではぜひ一弦琴を!
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平等院雲中供養菩薩の奏でる琴が一弦琴のように見えたが・・・

2010-01-11 13:23:07 | 一弦琴
一弦琴「漁火」は私の好きな曲の一つで、最近ではこの曲を奏でて一弦琴の稽古を始めることにしている。

      「漁火」
     
     詞 不詳 曲 松島有伯

  もののふの 八十氏川の
  網代木に いざよふ波の
  音澄みて 影もかすかに
  漁火の あかつきかけて
  汀なる 平等院の 後夜の鐘に
  無明の夢や さめぬらむ

演奏時間が5分少々の曲なので腕ならし声ならしにちょうどよい。その上、演奏で心がけたいポイントがたくさんあるので、そのたびに工夫をしてみる。なかなか満足できるレベルには至らないので、おそらく永遠に試みが続くことになるだろう。その意味でも稽古始めにもってこいの曲で、だからますます愛着が湧いてくる。

「漁火」で詠われる平等院を訪れたのは、私の記憶にある限りかれこれ半世紀も前のことである。この曲を知ってからあらためて訪れたいと思いながらも、これまで機会を逸していたが、ついに一昨日、訪れることが出来た。

東面する鳳凰堂を阿字池を挟んで眺めると、その左側のやや小高いところに鐘楼が建っていた。この梵鐘の音が歌に詠まれたのであろう。しかし現在つり下げられている鐘はレプリカなので、撞いて音を聞くわけにはいかない。国宝になっている実物は鳳翔館(平等院ミュージアム)に展示されていたので、つぶさに見ることが出来た。



この鳳翔館の展示物で私の目を引いたのが雲中供養菩薩像である。雲中供養菩薩像は52体が現存しているが、元来は鳳凰堂中堂の長押上の壁を飾る浮き彫りの菩薩像なのである。飛雲に乗り空中を飛び交っている菩薩様なのである。仏師定朝とその一門の工房で製作されたもので、この菩薩像すべてが国宝だというのが凄い。鳳翔館にはその半分の26体が展示されているが、そのなかに一弦琴を弾いているような像があったのにドキッとした。北20号像なのである。


館内に備え付けられた解説用パソコンで調べてみると、この像は総高が77.3cm、木造彩色で平安時代天喜元年(1053)の製作となっている。左右になびく雲の上に置かれた蓮華座に坐り、琴を弾く姿の像です、とのことである。しかし琴の種類の説明はない。私が一弦琴かと思ったのは、まずその長さである。身体の大きさから考えると、源氏物語絵巻若菜下などに描かれている宮廷での音楽練習場面に出てくる和琴、琴、箏などにくらべるて圧倒的に短いので、このような琴と異なることは明らかである。現在私の使っている一弦琴は110cmもあるのでそれよりも短いことになるが、サイズで言うと一弦琴であってもおかしくない。しかも左手を見ると、人差し指一本で弦を押さえているようである。しかし本当に一弦琴なのだろうか。

琴を弾いている菩薩像はほかにも2体ある。北1号像と南16号像で、琴の形は両者ともよく似ているので北1号像をつぎに示す。


琴の長さは北20号像のと変わらないが、左手の指の形が違っていて、どうも複数の弦を押さえているような感じである。さらに琴の右端には5ヶないしは6ヶの穴があり、これは弦を通すためのように見える。南16号像のも同じようなので、琴の大きさは一弦琴向きであるとしても、はたしてそうなのか断言出来ない。


この雲中供養菩薩の図説から菩薩像の過半数が琴以外にも笙、拍板、琵琶、縦笛、横笛、太鼓、鼓、鉦鼓などの楽器を奏でていることが分かる。ところが北25号像の持つ蓮華を除く各像のすべての持ち物は後補であるという。何時の時代での後補であるのか分からないが、いずれにせよ元来は楽器のモデルがあったはずで、おそらくは雅楽器がそれであろうと考えられる。しかし正倉院に残されている18種類58個の楽器に一弦琴は含まれていない。さらに群馬県で出土した埴輪の弾琴男子像は菩薩像と同じく琴を膝の上に抱えており、琴のサイズも菩薩像のとよく似ている。そして琴の弦数は埴輪につけられた線条から明らかに五本で、専門家はこれを和琴と断定している(埴輪弾琴男子像及び琴に関する部分は吉川英史著「日本音楽の歴史」にもとづく。下図の写真も同じ)。



ネットに増田修氏による論考「古代の琴(こと) 正倉院の和琴(わごん)への飛躍」が公開されており、木製の琴や埴輪の琴の52件の遺跡からの出土例が紹介されている。線条などから分かるものでは四弦、五弦のものがほとんどで、少数であるが二弦もある。そして

13 天理市荒蒔古墳 埴輪 (一絃) 粘土紐 六世紀前半 天理市教委 弓琴であろう

と一絃琴が紹介されているが、弓琴と記されているので明らかに板琴である一弦琴とは異なる。

しかし一方、日本後記に一弦琴の伝来が次のように記されており、その当時、弓琴か板琴かは定かではないが、一弦琴が入ってきていたことは確かであろう。

《卷八延暦十八年(七九九)七月是月》○是月。有一人乘小船。漂着參河國。以布覆背。有犢鼻。不着袴。左肩著紺布。形似袈裟。年可廿。身長五尺五分。耳長三寸餘。言語不通。不知何國人。大唐人等見之。僉曰。崑崙人。後頗習中國語。自謂天竺人。常彈一弦琴。歌聲哀楚。閲其資物。有如草實者。謂之綿種。依其願令住川原寺。即賣隨身物。立屋西郭外路邊。令窮人休息焉。後遷住近江國國分寺。(強調は私)

あとは想像である。小舟で參河國に漂着した印度人が板の一弦琴を携えていたことが、承和七(八四0)年に完成していた日本後記により上流階級には知られていたとすると、それに定朝とその一門仏師の想像力が刺戟され、印度渡来の菩薩様に和琴に加えて一弦琴を持たせてやろうということになった可能性はありうる。それが北20号像に結実したのではなかろうか。

そうだとしたら面白いなと思いながら「漁火」を奏でてみた。

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アフリカ家庭料理 インドネシア観光案内 一弦琴「漁火」

2009-08-22 20:54:45 | 一弦琴
庭仕事で頭から汗がしたたり落ちるし、またシャワーで水を頭からたっぷりあびるものだから、夏は頭髪が勢いよく伸びてすぐにむさ苦しくなる。そのくせなかなか理髪店に足が向かない。でももう我慢の限界なので、今朝早く理髪店に予約を入れようやく重い腰を上げた。

理髪店の入っているビルの裏入り口から外に出るとそこは生田新道である。トロトロと東を向いて坂を下がっていくと、トアロードにぶつかる手前でアフリカ家庭料理のランチメニューの看板が目に入った。わけの分からない料理ならともかく、「牛テールスープ」とか「ビーフシチュー」とかのメニューがある。アフリカに牛がいたかいな、とは思いつつも、好奇心にかられてCLUB ZANZIBAで食事をすることにした。

ビルの地下にある。昼でも照明を落としているものだから暗い。店の中は私の庭に欲しいと思っていたガーデンテーブルが4脚置かれていて、一方にはステージがある。だれもいないのかなと思ったら、店の人がカウンターの背景に溶け込んでいるのだった。私の注文は「アフリカ風牛テールスープとライス」、もちろん日本語が通じる。「ヤム芋のミックス煮込み」の説明に、ジャマイカの金メダリストが食べていたと言うナイジェリア産の栄養価の高い芋とシーフード・チキン・ブラウンビーンズ・他とじっくり煮込みました、とあったので、この芋がボルトー選手の世界新記録の源かと試みたくなったが、残念ながら今日は出来ないとのことだったので。



「アフリカ風牛テールスープ」、これは文句なしに絶品だった。スープに形のはっきりと認められるのはタマネギだけで、あとは原形をとどめていない数多くの素材の醸し出す味が複雑で、深みがあって、それでいてマイルド。テールもゼラチンが節度のある柔らかさを保っている。これは美味しいと店の人に言ったら、嬉しいと喜んでくれてアフリカ産果物ジュースをサービスしてくれた。残りの三種類のランチメニューをとにかく全部試してみるつもりである。ただこの小一時間、お昼時なのに客は私だけであった。頑張って欲しい。

星電社に寄ってテレビ電話用にLogicool 1.3-MP Webcam C500hを購入。Skypeを本格的に使うつもりになったのである。ところが顔を見せても良いという話し相手が目下一人も居ない。お相手下さる方、募集中である。出来ればハングルの喋れる方を希望する。ところでこの星電社、名前はまだ残っているのに店はヤマダ電機である。何が何だかわけが分からないが、星電社のポイントカードのポイントをヤマダ電機の方に移して貰い一つにした。

三宮さんちかでインドネシア観光案内のイベントをしていて、立ち止まって眺めていたら手招きされたものだから福引きの行列に並んだ。パソコンを使ったゲーム機というのか、ボタンを三つ叩くと777と出て、一等賞!と言われた。景品は半袖のポロシャツだったが、私の好みではないので孫にやることにした。


地上に出ると3時半から民主党の岡田幹事長が街頭演説をするとかの掲示があった。でもまだ1時間以上も待たないといけないので早々と帰宅した。お陰でヤジを飛ばさずに済んだ。

久しぶりに一弦琴「漁火」のお稽古を最近始めたものだから、適当なところで録音してみた。この曲は私にとっては一弦琴の原点でもあるので、時々ここに戻っては唄う。その時の気分によって、いくつかのヴァリエーションから一つを選ぶことになる。気に入るところまで、まだまだ稽古を重ねないといけないようである

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一弦琴「琴音」

2009-06-04 12:01:10 | 一弦琴
   琴音

     詞 不明
     曲 真鍋豊平

琴の音色に 月すみて
照らすねやの戸 人音も
たえし嵐の 身にしみて
うたへばうたふ 山彦の
ほかに音せぬ しずけさは
治まる御代の ためしかや

「治まる御代」とは大違いのご時勢であるが、新型(豚)インフルエンザ騒動一段落で地元神戸の治まりようは嬉しい。唄っているとそんなことをちらっと思った。
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ぼたん寺のぼたんと一弦琴の「牡丹」

2009-04-29 20:45:38 | 一弦琴
一昨年だったか紅葉の頃に光明寺を訪れたついでにぼたん寺として知られる乙訓寺にも足を伸ばしたが、季節はずれとあって境内は荒涼とした趣であった。その牡丹の季節になったので出かけようと思ったが、先週の土曜日から月曜日にかけて天候が荒れたので家でむずむずしていた。昨日になってようやく朝から晴れ模様だったので、これなら大丈夫と傘を持たずに家を出た。

長岡京市環境協会のイラストマップの説明に「春には奈良の長谷寺から贈られた2株の牡丹が今や2000株を超え、色とりどりの大輪の花を咲かせます」とあったが、文字どおり色とりどりの大輪の花が繚乱と咲き乱れていた。






私が牡丹にこだわったのは理由がある。一弦琴「牡丹」を久しぶりに奏でることにしたからである。しかし牡丹の風情とは比べるべきところまでは道遙かである。

パラパラと雨が降り出した。しばらく雨宿りをしているうちに空が明るくなったのでとりあえず駅の方に戻ることにした。ところが駅前辺りで雨が急に激しく降り出したので、目についたレストランに飛び込み、雨宿りをかねて昼食を摂った。小1時間は経っただろうか、雨上がりを縫って長岡天満宮の霧島ツツジを楽しみ、さらには雨宿りを繰り返しながら勝竜寺公園まで行ったのに残念ながら火曜日が定休日であった。
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一弦琴「玉簪花」(ぎぼし)をまたもや そしてのど飴

2009-03-27 13:48:10 | 一弦琴
「玉簪花」の演奏をさる2月9日にブログに公開してから、実は何遍となく演奏を差し替えていた。2月18日の演奏でひとまず仕上げと思ったが、なんとなく違和感がある。それで歌い直したいと思っていたが、東京で喉の調子を崩したものだから、なかなか本格的には声をだせなかった。

昨日はヴォイス・トレーニングの日で、先生にその旨を申し上げ、無理をしないように発声を導いて頂いたおかげで、復調の兆しを感じた。まだ本調子ではないが(いつものごとく)「玉簪花」をとにかく唄ってみた。間とかリズムの刻み方の違和感は消えたような気がする。

ヴォイス・トレーニングの先生には、耳鼻咽喉科に行ってファイバースコープで声帯を検査して貰い、ポリープでも見つかれば取って貰えばよいと勧められたが、そんなおっとろしいことはご免である。私はのど飴で十分、と、帰りにまたもや買い込んだ。今日の歌声は丹波黒のど飴で調えたものである。




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一弦琴のお稽古を再開

2009-03-17 14:27:56 | 一弦琴
五泊六日の予定で東京に遊びに出かける前に一つ気になることがあった。一弦琴のお稽古が滞ることである。一弦琴を持ち歩くわけにはいかず、そうかといって一週間近くも一弦琴から遠ざかると手が下がるのは必定だからである。そう言えば以前にドライブ旅行で数日家を空けた時には車に一弦琴を積んでいったことを思いだした。今度のように車を使わない時は、手軽に持ち運びの出来る折りたたみ式の一弦琴でもあれば便利である。作る楽しみもあるし、これはこれで考えることにする。

東京で毎日電車を乗り回して大勢の人に囲まれたせいだろうか、昨日朝から喉が痛くなりがらがら声になってしまった。今朝、帰宅後始めて一弦琴を手にしてまず「玉簪花」を奏でた。嬉しいことに二三回繰り返しているうちに、手もスムーズに動き出した。また曲は長いが、「玉簪花」よりもよく弾きこなしていた「四季山」は、二度目には感を取り戻してしっかりと演奏できた。やれやれである。

一弦琴は本当に楽しい。自分の演奏を録音で聴いて、自分の感性を頼りに思う存分手を加えてはその効果を再び確認する。それを繰り返していると自然に自分のスタイルが出来上がっていくような気がする。演奏が創造であることを実感できるのがよい。

一弦琴の演奏をブログで公開していると、これは私の精進の軌跡でもあるのだが、立ち寄った方が私の知らないところで紹介してくださることもある。最近では「西部戦線異常なし」さんが最近読んだ本・一弦の琴/宮尾登美子/講談社文庫で私のサイトを紹介してコメントを残してくださっていた。有難いことである。

「玉簪花」にしても現在の演奏に44名もの方にアクセスしていただき、差し替え前の演奏へのアクセス人数64名と合わせると100人を超える方が聴いてくださったことになる。お一人が何回聴かれても同一URLからである限り1としかカウントされないので、実際に聴いていただいた回数はこれよりもかなり多いはずである。これだけ大勢の方に聴いていただいたこと自体、面ばゆさはあるものの嬉しいかぎりで、ますます精進を重ねたいと思う。

一絃琴清虚洞宗家二代山城一水さんによる泊仙操など十一曲の演奏と、宗家三代松崎一水さんによる「四季山」の演奏は、その録音が文化庁に保存されているようであるが、これは国民の財産、聴くだけのためにわざわざ東京まで出かけなくても済むように、いずれはYouTubeのようなもので公開してほしいものである。
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