星のひとかけ

文学、音楽、アート、、etc.
好きなもののこと すこしずつ…

ヴァランダーは寅さん?或は妖精さん?:『ファイアーウォール』ヘニング・マンケル著

2020-07-29 | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)
今、この状況下で大事なのはそれですか??

いまやるべき事ってそのことなの??

、、と 毎日のニュースや世の中のいろいろに接して、 日々 心の中で叫んでいる言葉ですが、、 ヘニング・マンケルさんの『ファイアーウォール』を読みながらも 同じ言葉を何度も言いたくなってしまいました。。

とうとう来月 刑事ヴァランダー・シリーズの最新で、最後の作品 『苦悩する男』が出版されるというので、 今まで勿体なくて読まずに我慢していた シリーズ第8作の『ファイアーウォール』を読みました。(『霜の降りる前に』はヴァランダーの娘リンダが主役なのでこれもまだ読んでません、こちらも今後の楽しみに…)



『ファイアーウォール 上・下』 ヘニング・マンケル著 柳沢由実子 訳 創元推理文庫

タイトルからわかるように、 今作はITの世界の物語。。 
でも書かれたのが1998年だということを考えれば、 ネット社会のセキュリティ問題を取り上げたこの作品は すごく先進的なテーマだったんでしょう、、 98年、 わたし 自分のパソコンまだ持ってなかったな… 職場の上司が 「インターネット! これからはインターネットだよ。 インターネットなら何でもすぐ調べられるんだよ」って騒いでいて、 「インターネットって何ですか?」って話をしてたのが 96,7年ごろだった気がする…

ヴァランダーのいるスウェーデンの地方都市スコーネでも 警察署でIT化が進み、 パソコンで書類作成やメールを打つようになって、、 でも ヴァランダー 50歳、 メールも打てないし、 インターネットの世界のことも解らない、、 容疑者のデータとかも 調べてくれ、って部下に頼むしかない、、

(自分のような人間はもうこれからの警察に必要ではないのか…) という 今までも少しずつヴァランダーを苛んでいた不安が、 今回の作品では それが主要テーマと言っていいくらい、 すべての根底にある、 事件に関しても 個人の問題でも。。

自分は足を使って捜査し 自分の勘を頼りにしてきたという自負、、 だけど パソコンを前に、 独りはずれて後ろから覗き込んでいると、 もう自分は必要ないのかと不安が押し寄せる。。 さらには 部下たちがもう自分の古い能力を認めていないのかも と疑心暗鬼が募る… 
役に立たない中年以上の社員のことを 「たそがれ社員」とか、 「妖精さん」と呼ぶのが 最近の日本ではありますが(ヒドイ言葉ですネ…)、、 そんな姿に見られているのか、 という焦りがヴァランダーの言葉の端々から感じる……

だけど 心の底では負けてない。。 仕事への炎も、 この孤独感を誰かと分かち合いたいという燠火のような恋心も、、

ただ、、
ヴァランダーが困りものなのは、 その自負心の強さ、 それに加えて思い込みの激しさ、 さらには淋しがりや疑心暗鬼という弱さも人並以上、、 もう、、 それらが急に とつぜん いきなり 意識に表面化して暴走するから ほんと困りもの……

今に始まったことではないので、 (第一作から)苦笑しつつ読みますが、、 でもねぇ 今回ばかりは ヴァランダーに同情する気持ちもある一方で、 (今それですか!?)と本に向かって叫んでしまいそうになる場面も…

だって、 明らかに貴方の行動が 人命の大きな危機を招いたんですから、、、


 ***

サイバーテロの危機を描いたミステリ小説としては、 22年も前の作品だから もう古くなってしまったコンピューターの世界 という感じは否めないです。 (サイバーテロがテーマという点では、 先日読んだ『カルニヴィア』三部作の 第三作密謀 は、 SNSやスマート家電を通じた情報収集やサイバーテロのことが書かれていて面白かったです、、がこれでも時代はどんどん先へ行っているのかも…) 
でも、 ヴァランダーシリーズは 事件解決へのプロットの巧みさ、斬新さや、 犯人捜しのトラップとかが主題ではないですものね、、

ヴァランダーという人間の物語だし、 スウェーデンの片田舎のスコーネと 世界の危機とが結びついているその問題提起がいままでも主題だったのですから、 パソコンが使えず 職場での疎外感におたおたしている姿、、(だけどつい違う方面の欲に負けてしまう情けなさとか) それが痛々しいほどよく描かれておりました。。


今度のヴァランダーは 59歳になってるそうです。。 そして タイトルは『苦悩する男』 、、 これがヴァランダーのことかどうかは判りませんが、、 刑事人生の最後に向けて 悔いなくまっとうして欲しいです、、 そして 出来れば幸せになってもらいたいです、、 誰かと。。


たぶん、 また勿体なくて なかなか読み出せないだろうと思うけれど……


 ***

余談ですが (ちょっとネタばれですが)

この『ファイアーウォール』の中に書かれていたある部分が、 ヘニング・マンケルさんの別の作品のモチーフであることに気づいて感慨深かったです。。 

そういう気づきがあると、 作家さんの創作の奥にある気持ちとか、 創作に込められた人生観とか、、 そういう大切なものに触れられた気がして……


ヴァランダーの人生は、 ヘニング・マンケルさんの人生でもあるのかも…


作品を創るひとって、、 きっと そういうものですよね…


人生のすべてを作品にこめて きっと そうやって届けたい、、 のでしょうね……

この記事についてブログを書く
« 窓からの | TOP | この先はまだ… »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 文学にまつわるあれこれ(鴉の破れ窓)