Carpe diem

Chi vuol esser lieto, sia: Di doman non vè certezza.

経験とは

2008年11月23日 | その他
経験とは

写真はアッシジ駅の売店で購入したキャンディーです。ガムの横に置いてあったのでミントみたいなもんだろうと予測してました。口に入れてビックリ。漢方薬のように苦いのです。思わずゴミ箱に吐き出してしまいました。しかし、そういうものだと知っていれば、次回から大丈夫でした。気分転換に、むしろ好んで口にするようになりました。甘草のエキスで作られているようです。

私の祖父は90歳くらいの時に食卓に出た餃子に箸を付けなかったそうです。家族が心配して理由を尋ねると、「食べたことがない。」からだったそうです。確かに餃子の味を知らなくても人生において何も不具合はありませんし、90歳から新しい物にチャレンジしなくてもいいかもしれません。

ヨガの先生の飼い犬は生まれてから1種類のドッグフード(最安)しか与えられていないそうです。従って、その犬は「食事=最安のドッグフード」で何の不満もないとのことです。

要は言いたいことは、料理にしろワインにしろ美術にしろ音楽にしろ知らなくても何の不具合もないのですが、知るということは人生を豊かにすると同時に制約するということかなと思いました。正しいのかな。


家内がレーズンサンドを買ってきました。これが旨いんです。「旨いねー。これ。」というと「普通のレーズンサンドじゃん。」と言うのです。家内にとっては子供の頃から慣れ親しんだ味なので普通の経験なんです。


で、小川軒のレイズンウィッチは4種類あることが分かりました。また、めんどくさいことを知ってしまいました。

何となく、高校時代に友人と交わした言葉を思い出しました。それは「いいなーバカで。」です。ひねくれた連中と付き合っていました。例えば、昼休み屋上で弁当食いながら校庭でバスケとかやってる奴を見下ろしながら「いいなーバカで。」と言うわけです。でも自分達も何も分かっていなかったんですがね。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする