水戸藩上屋敷での神田上水の流路に戻ります。後楽園から表御殿に向かった上水は、表御殿のほぼ中央を斜めに横切り、谷端川・小石川を排水路化した大下水と交差します。「小石川 ・・・・流末は水戸殿屋敷内を通し仙台橋下を流れて神田川に落入れり 、『江戸志』に、小石をほき小川幾流もあるを以小石川と名付と書し」(「御府内備考」) 屋敷内の大下水の幅は9尺程で、その上を上水は懸樋で越えていました。「小石川水戸様御屋敷之内・・・・上水懸戸樋御普請」 これは寛文6年(1666年)の町触の一節です。なお。「水戸紀年」などを見ると、大下水は度々氾濫していたようで、寛延2年(1749年)には5、6尺の浸水を記録しています。
- ・ 「参謀本部陸軍部測量局の1/5000実測図(明治17年測量)」 「紙久図や京極堂 古地図CD-ROM」収録の北部の一部で、同社の基準(72dpi)で掲載しています。東京ドームを薄グリーンで、外堀通りなどをグレイで重ねています。
- ・ 東京ドームシティ 大下水とクロスしていたところから振り返っての撮影で、東京ドームの中央を横断した神田上水は、正面の21番ゲートあたりから流れ出していました。
- ・ 東京ドームシティ こちらは大下水の流路方向のショットで、右手からの神田上水とクロスしたあと、正面のクリスタルアベニュー沿いに南下していました。
- ・ 神田川 水道橋から上流方向の撮影で、右手の防災用の船着場のところで、小石川大下水は神田川に合流していました。上掲写真から300mほど南下したところです。