片貝孝夫の IT最前線 (Biz/Browserの普及をめざして)

Biz/Browserの黎明期からかかわって来ました。Bizを通じて日常を語ります。

助け合って生きるハイエナ

2013年09月22日 | こころ
今日のNHKのダーウインが来たで、ハイエナの生態を見た。
なんとハイエナは致命的な怪我をしても仲間内の序列は変わらないという。弱いものを守って集団で知恵を絞って生き抜くのだという。
生まれた子供は、どの母親の乳も飲む、子を産んだ母に代わって他のハイエナが巣穴を掘ってあげる。
ハイエの子供の1年後に生きている率は60%で、他の動物より圧倒的に高いという。
つまり強い者だけが生き残ろうとして、しのぎを削るより、弱いものを助け
て生きたほうが繁栄できるということではないだろうか。

人間もハイエナにならって、弱いものを助けるのが不文律といった生き方ができないものだろうか。

佐村河内守の「交響曲第一番」を、夕べ夜中に一気に読んだ。

2013年09月22日 | 感動したこと
終わりのほうの一節から

私は自分に降りかかってきた数々の運命に打ちのめされてきました。偏頭痛、弟の死、耳鳴り、全聾、頭鳴症、腱鞘炎、、、。闇が深まっていくたびに、呪われているというイメージにとらわれ、自分の感じる「神」という存在を憎んできました。しかし一方で、神が与えたその闇なくして、平凡な幸福(小さな光)の大切さと、祈ることの大切さを見出すことができなかったのも事実です。しおは私のために祈り、私はそれによって、小さな光の大切さを知ったのです。全聾になって知った闇の中で、しおに出会って、私の音楽は変わりました。

佐村河内さんは、弟の亨さんを20歳のとき暴走してきた乗用に衝突されて亡くしています。その亨さんの存在を、施設にいた目の見えない全盲のしおさんから「ここにいるよ」と教えてもらいました。しおさんは、佐村河内さんが施設にボランティアに行ったとき出会った子で、佐村河内さんがピアノを教えていた子です。全盲と全聾の二人がどうやってコミュニケーションするかを説明しているくだりもあります。

苦しさから逃れるたくて、作曲が一段落するたび、自殺未遂を二回繰り返した佐村河内さんです。そのたびに枕元に現れたしおさんに救われます。二度目の時は、音楽を志した自分がここで自殺したら、あの世で、自分の夢を断って支援してくれた弟に合わす顔がないと思うに至ります。

佐村河内さんは、両親が広島の爆心地の出身で被爆二世でもあります。

「交響曲第一番 ヒロシマ」は、佐村河内さんご自身のように、深い悲しみや悩みを持った人にささげられた交響曲です。