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片貝孝夫の IT最前線 (Biz/Browserの普及をめざして)

Biz/Browserの黎明期からかかわって来ました。Bizを通じて日常を語ります。

左手の指が長くなる

2009年02月17日 | チェロ奮戦記
チェロを習い始めて7年9ヶ月。始めたのが54歳のとき。
そのうち左手の指が長くなりますよ、と先生に言われて、まさかと思っていたのだが、確かに左右の手を合わせてみると、明らかに左手の指が長くなっている。親指から小指まで全部。
3mmくらいだからたいしたことはないが、伸びている。54歳からでも身体は環境に応じて変化するのだ。左手は弦を押さえるから、もう少し長いと押さえやすいと、指の細胞たちが思って、努力したのだろう。
身体は能の指令だけで動いているのではなく、個々の細胞もそれぞれ役割を自覚して働いているのだなあと実感。
最近、わたしなりに少しまた進歩した気がする。
進歩というのは、長い努力の結果、ある日突然やってくるものだと思う。
しかし、格闘の日々はまだまだ続く。

上尾のサンマルクでチェロコンサート

2009年02月01日 | チェロ奮戦記
サンマルク上尾でのランチコンサート。
渡辺郁子さんからお誘いがあり夫婦で行ってきました。
美人で朗らかで気さくで話上手でホスピタリティーに満ち溢れている渡辺郁子さん。
その渡辺さんが編曲し、ピアノとおしゃべりしながら芸大で同期のチェロの小峰さんの優しい音色を堪能しました。
「雪ふる春の海」というへんてこな曲が面白かったです。まず♪雪やこんこんあられやこんこん、そして雪の降る街を、で春の海、そして最後が、ピアノが雪の降る街を、チェロが雪やこんこんなのに妙に調和しているという不思議な曲。
渡辺さんが、遊んでみたという楽しい曲。譜面が欲しいとお願いしたら、ピアノを適当に弾いているので、ちゃんとした譜面がないとのこと。残念。
演奏会とランチが終わって2時。雨もあがって豊かな土曜の昼下がり。

一日がかりでビデオの編集

2008年12月28日 | チェロ奮戦記
東海林知津子さん。黄原亮司さんのチェロが大好きで、コンサートにもよく出かけていた。しかし骨髄性白血病にかかり、今年いっぱいの命と宣言された。
そこで、生きているうちに黄原さんのチェロコンサートを、それも骨髄バンクを支援するチャリティーコンサートをぜひ開きたいと願い、12月23日、地元の宮原コミュニティーセンターで開催する準備を整えていた。
しかし、開催を目前にして、生きてコンサートを開くことは叶わなかった。
その遺志を継いだ、家族や友人たちが、そして黄原さんが心を込めて準備をして、当日を迎えた。
300人ほど入れる会場は、立ち見が出るほどで、ご遺族の挨拶から始まった演奏会は、心のこもったものとなった。
私は選曲について、黄原先生からいろいろ聞いていたので、先生がどんなに東海林さんのことを大切に思っているかわかっていた。
27日は、一日かけてビデオの編集をした。1枚に収めるために、骨髄バンク推進協議会会長の大谷貴子さんのすばらしいお話やPTAコーラスの一部をカットせざるを得なかったが、なんとか編集できた。一安心です。


黄原亮司チェロコンサート

2008年12月23日 | チェロ奮戦記

私のチェロの師匠黄原亮司さんのコンサートが、今日ありました。
さいたま市の別所小学校の東海林先生が、不治の病となり、死ぬ前に大好きな黄原さんのコンサートを開きたいと企画していました。それが今日23日に、宮原のコミュニティーセンターでありました。残念なことに東海林先生は今日を迎えることができませんでした。今日は東海林先生の追悼コンサートになりました。
黄原先生、いつもコンビを組んでいるピアノの水野ゆみさんと、特別の思いで弾かれたようです。超満員の聴衆も酔いしれました。
私はビデオ係を志願し、一部始終を録画しました。お正月に編集です。


エキサイティングな一日でした

2008年12月06日 | チェロ奮戦記
午前中はチェロのレッスン。私の場合はサラリーマンではないので、時間は自由になります。難しいエチュード(練習曲)をなんとかこなして、ゴルターマンのコンチェルトNo.5。先生にほめられました。
午後は、PEXAとBiz/Browser連携について、午後1時から4時半まで双方の技術を紹介しあいながらディスカッション。かなりエキサイティングでした。世界に発信できるかもしれないと思いました。夜はBizの明日を考える会。Wagby for Biz/Browserを開発したソフトウェアパートナーの寺田社長を迎えて勉強会。これはこれでかなりいけそうです。何のことか分からない方には申し訳ありません。

夢を追い続けて

2008年11月25日 | チェロ奮戦記
チェロを習い始めたとき、黄原先生が弾いてくれた「鳥の歌」に、思いがけず涙がこぼれ、いつか老人ホームなどの施設で弾けたらいいなあと思うようになりました。
以来7年半、一生懸命精進はしているのですが、気持ち先行で技術が追いつきません。早く上手になりたいと焦れば焦るほど、思いだけが空回りしているようです。
IT業界での仕事も、まだやらねばならないことがあると自分で思うようになりました。
ここはひとつ優先順位を変更して、まずは仕事に打ち込むことにしようと思いました。それによって心の余裕を作って、数年後に「チェロ命」の人生にしようと思います。
日野原先生は、97歳にして、まだまだこれからやることがあるとおっしゃて、今が一番充実しているようでした。負けてはいられません。

久しぶりのアンサンブル

2008年09月29日 | チェロ奮戦記
4年前に「チェロ・蕎麦の会」を小田山荘でやった。私が蕎麦を打ってふるまい、ついでに習っているチェロも聴いてほしいという目的で始めた(さすがに両方は難しく、蕎麦は婿殿にお出まし願ったが)。それが今年は4回目になる。今やフルート、ヴァイオリン2本、チェロという4人の編成だ。やさしいのをフルートの風田川さんに選んでもらい、2曲やることになり、昨日合わせた。自分がこうやってチェロで下支えしてアンサンブルしているなんて、まさに夢のよう。至福の4時間はあっという間に過ぎた。本番は11月9日。

師匠のアルバムが出た

2008年09月09日 | チェロ奮戦記
黄原亮司師匠の5枚目のアルバム。最初が「シューベルトの即興曲作品30」。いかにもシューベルト。調べが心地よい。「熊蜂の飛行」は今そこに熊蜂がいる感じ。中国の北の雰囲気を表したという「江南漁歌」はキビキビした感じで、南の雰囲気を表したという「新春楽」は春の野でゆったり農作業をしている様が浮かぶ。
中国と日本の懸け橋のような存在の師匠のチェロの調べは、優しさに満ち溢れている。
それにしても熱意だけ、才能なし、もうすぐ62才の私にも、音大受験生に教えるのと変わらぬ熱意で教えてくださる。なんとしたものだろうか。

鴻巣フィルの第3回定期演奏会

2008年07月21日 | チェロ奮戦記
鴻巣フィルの6月15日の定期演奏会の映像です。ブラームス交響曲第二番。まだ若いオーケストラですが、団員は90名を超えています。アンケートを見ましたが、とても好意的な評価が多く、鴻巣市の誇りですと書かれているのもありました。チェロの評判もとてもいいのですが、私が乗ってないせいでしょうか。

移動ド唱法か固定ド唱法か

2008年06月12日 | チェロ奮戦記

人知れず苦しんでいることがある。
私が子供の頃の音楽の授業では、移動ド唱法で教えていた。ハ長調の場合、五線譜の第一線が「ド」だが、ト長調では、ハ長調のソの音を「ド」と読み替えると、ハ長調と同じ音階となる。つまりミとファ、シとドの間が半音で、それ以外は全音。だから調の基音を「ド」と読むことで、ハ長調と同じ感じで歌うことができるので便利だからだ。後に合唱もやっていたが、すべてこの方式で音を取った。
ところが、ところがである。チェロをやりだしてから、やっかいなことになった。音楽を聴くと移動ドで音符が頭に浮かぶ。しかし、ハ長調なら頭に浮かんだ音符の音を弾けばいいが、ト長調の場合は5度違う。ドと聴こえた音はソの音なのだ。これは相対音感と絶対音感の問題。歌うなら移動ド唱法、楽器は固定ド唱法がいいらしいが、頭が切り替わらず、人知れず悩んでいる。