“氷姿雪魄”に背のびする……しろねこの日記

仕事の傍ら漢検1級に臨むうち、言葉の向こう側に見える様々な世界に思いを馳せるようになった日々を、徒然なるままに綴る日記。

26-1 WEB通知サービスの結果

2014-07-16 02:08:49 | 日記
こんばんは。
またまたご無沙汰しております。

本日(もう昨日)から26-1の結果がweb上で見られるようになりましたが、
しろねこの場合、自己採点の「あと5点」を裏切って、
添付画像のとおり、「あと3点」でした。

ん~…いったいどの問題が正解になっているんでしょうね??

まあけれども、今回の気持ちとしては、
あと5点だろうが3点だろうが、もう同じというか、
近頃特にはっきり思うことですが、
多少多忙でもゆとりをもてる実力をつけなければ、ということのみです。

「今回は多忙だったので、170点台でした」という心境に、早くなりたい。
理屈では、
「今回は多忙だったので、あと5点でした」の時点から、実力を15点分増やせばいいだけのことなのです。実力185点の人が200点になるよりも、
その潜るべき網の目はずっと粗いと思います。
けれども私は、キャリアの割にその努力がてきていません。
的を射た緻密な積み重ねを、もっと欠かさず試行錯誤し続けなければならないのになあ、との思いです。

先日母に、
「あんたは、もし仕事が忙しくなかったら、やっぱり合格する自信あるの」
と不意に聞かれ、
「うん、そりゃあ」
と即答したものの、
こうして言葉を入力していると、
果たして本当にそうなのか?という疑問が微かに過ります。
やはり忙しさは理由にならないのかもしれない、
忙しくても時間的余裕があっても、
緻密に能率よく行動し続けられるかどうかの能力の問題で、
自分は根を詰めながらも正確さを保つ能力が落ちているかもしれない、
と多少感じます。
しかし悲観はしていないので、まだまだ淡々と頑張ることはできます。


……関西研修旅行の見聞報告の第2弾を出す予定ですが、未だ編集中です。

そうこうしているうちに、
明日から進学校ならではの3泊4日の宿泊行事があります。
4日目まで、建物に缶詰です。
生徒達の勉強を見ながらも、
隙間時間に僅かでも自分の漢字学習ができればいいなと思います。


……少しだけ漢字の話題です。

まず、1級漢字ではありませんが、
「配付」と「配布」の違いを、
先日生徒用に漢検4級練習問題の例文を入力していて、
改めて意識しました。


・「配布」=広く、配って行きわたらせること。【類】頒布
・「配付」=狭い範囲の、めいめいに配り渡すこと。【類】交付


…だったのですね。
今まで自分は正確な使い分けの意識は、持てていなかったと思います。
私の仕事は圧倒的に「配布」が多いので、そちらばかり見ていました。


それからもう一つ、
1級漢字の存在や魅力を、
もっと広く皆さんに知ってほしいという平素の気持ちに関連しているのですが、
歌舞伎の坂東玉三郎さんの公式HPを拝見していて、
考えさせられるところがありました。


【以下引用】
坂東玉三郎ページ
http://www.tamasaburo.co.jp/
「今月のコメント」2014年6月 のコメントより


ところで毎月のコメントで色々なお話をさせていただいておりますが、特に将来の文化、芸術などに付いて、私なりの心細さをお話させていただきたいと思います。数カ月前に小紋(小さい柄)や、縞の男物の浴衣が少なくなったことをお話しさせていただきましたが、これは私ども歌舞伎役者にとっては、とても辛いことなのです。「夏は地味な浴衣でお稽古する」というのが言わず語らずの習わしになっておりまして、派手な色の浴衣や、大きな柄の入った浴衣などに私共は慣れておりません。という意味もあり少なくなってきた小紋や縞の浴衣などを早いうちに買い揃えておりました。博多織の帯なども、とても派手な色になってしまい、渋い色の帯も大変少なくなりました。また、私は楽屋用の上履きには、底がフェルトになっている草履を使っておりますが、こちらも現在では大変手に入りにくいものとなってしまいました。また、刺繍などに使う金糸も東京で取り扱うお店は大変少なくなっているそうです。今は京都に注文しなければなりませんが、昔は5色あった金糸も、現在は1色しかない時代になってしまったそうです。「鷺娘」で使用しておりました紗の傘も、骨の柔らかな「たゆみ」が出るような作りになっていましたが、現代では丸みのある傘が作れなくなっているのです。「雪」を舞う時に使います傘も、30代後半からの傘を大事に使っておりました。こういう舞台で使用するも物も、現在の生活で使う古典的なものも、現代では作れない苦しい時代になってしまっていることをひしひしと感じます。景気や時代の流れでもありましょう。それぞれの工房で、勤めている職人さんの『手が空いてしまう日がある』と嘆いておりました。この現象は私どもだけではありません。お能、狂言、文楽などの世界でも同じようなことが起こっていると思います。
 私も40歳くらいから、このような工芸品がどんどん無くなっていくことを憂いておりましたが、京都の織物の状況を聞いた時には、本当に落ち込んでしまいました。刺繍が出来なくなり織物が織れなくなってしまったら、古典芸能や歌舞伎の美というものが失われてしまいます。少しでも盛んになるようにと、私も色々と考えておりましたが、今では本当に良い状況とは言えなくなってしまいました。それぞれの国の文化や、崇高な芸術が理解し難い世の中、受け入れられない状況になってきたということを感じ、今後のことを思い悩む日々が多くなってきています。
【以上引用終わり】


……1級漢字を勉強していると、
「世の中には、こういう事柄がこういう名前で存在していたんだな」
と思わされることが頻繁にあったり、
そこから伝統芸能や伝統工芸に繋がったり、
最終的には仏教思想や無常観や自然界の雄大さや四季の素晴らしさから出た言葉に行き着くことがよくあったりすることから、
漢字、殊に1級漢字を学ぶことは、日本人が自国の豊かな伝統文化や崇高な芸術に対する意識を保持する手だてとなるのだ、
と考えるようになりました。
勿論言葉というのは、玉三郎さんが言及されている具体的な素材や舞台道具そのものではないのですが、
個々の概念を表す、
ものの名に直結するのが言葉や文字なので、
漢検1級の語彙力をつけることで、少しでも日本人としての造詣の深さに近付いて行けるのかなと思います。

「漢検1級?そんな字普段使わないでしょ」「こんな字知らない。読めない。理解できない」「難しい……日本語とは言えない、もはや外国語」
などと日本人自らに遠ざけられることが減ってくれることを、
絶滅危惧ジャンルにならないことを、
就職に役に立つかどうかを短絡的に測られないことを願いながら、
漢検1級の魅力に関わって広め続けていきたいです。