◇キンベル美術館(Kimbell Art Museum)
この美術館の圧巻は、左にカラヴァッジョ《いかさま師》、中央にフランス・ハルス《ロンメルポット奏者》、右にジョルジュ・ド・ラ・トゥール《クラブのエースを持ついかさま師》と並ぶ一面の壁かもしれない。
ということで、もちろん、CARAVAGGIO(カラヴァッジョ)《いかさま師》から♪
“The Cardsharps”(1594) Oil on canvas 94.2 x l30.9 cm (拡大はここ)
やはり初期の傑作だろうなぁと思う。騙す側に騙される側という有りがちで普遍的な人間模様が、スリリングな緊迫感を孕みながらひとつの画面に凝縮されている。この3人の表情や身振りが実によく練られていて、それぞれがジグザグとした三角構図を連ねて行くことにより、駆け引きの心理模様がスリル満点のドラマとして成り立っている。
更に、全体として見れば安定したピラミッド型構図を取っているにもかかわらず、テーブル角から手前にはみ出すゲーム(バックギャモン?)台が、このカードゲームの危うさを象徴しているように見えた。CARAVAGGIO作品でよく見られる果物籠のヴァニタスを連想させる置き方だ。
さて、まず魅入ってしまうのはゲームに夢中で頬をピンク色に上気させた騙される少年のつるんとしたお肌。羨ましいこと、まるで少女のようだ(笑)。左上方(やや前面)からの照明が少年の頬からトランプ・カードを握る手へと差し込み、眼はそこからストライプの斜めの線を遡り、髭の男が騙す側の相方へ合図する指の数字へと進む。ちなみに皮手袋の質感表現がなかなかに良くって、柔らかくなめした山羊皮のような感じを受ける。淡灰色の手袋から指先が覗いているのがアクセントかなぁ。指先の肌色が男の陽に焼けた顔色と呼応して、カードを覗き込む悪人顔を強調している。で、男のストライプはまた騙す側の少年のベストのストライプに繋がっていて、そこに隠したカードに気付かせる。騙す少年も必死の眼差し(笑)。
この作品がジグザグ型の三角形を重層的に多用しているのがわかるのは、もう一方で、照明が騙される少年のカードを持つ手から騙す少年の左手に当たり、その腕からストライプのベストへと続く三角山が存在することだ。初期CARAVAGGIOの幾何学文法ということだろうか?
で、やっぱりCARAVAGGIOの白って上手くて、騙される少年の襟や袖口のレースの細い縫取り縁取りの繊細な描写なんて芸が細かい。それに騙す少年の白ブラウスのドレープもオシャレ。髭男のベストもだけど、この後ろ向きの少年も結構ファッショナブル(笑)。緑の袖やベストはシルクジャガードっぽくて、特に後ろ姿の背中の線に添った陰影がなまめいているんだよねぇ。観ながらダブリンの《キリストの捕縛》の兵士の腰の線を思い出した(^^ゞ。それからズボン(?)の黄金色の幅広ストライプの光沢表現だが、割りとサックリとした筆致なのに、離れて見ると質感が伝わってくる。この筆致は後年の《マルタ騎士の肖像》を思い出させた。あ、もちろん、暗赤色のテーブルクロスの質感やバックギャモンの描写などにも注目。
それ以上に凄いなぁと思ったのが三人がそれぞれ被る帽子の羽!ふさふさ感が伝わってきて、まじまじと筆致を探ってしまった。微妙な細い線が羽毛の流れを的確に捉えている。特に後ろ向きの少年の羽の淡い諧調が美しく、どんな風に描いているのかなぁと接近(笑)。色を変えながらの羽毛の乱れる繊細な線が観られた。癇癪持ちの画家なのに描く時は根気強いんだからねぇ(^^;;。でも、羽の先の方は絵の具をぐるると薄く塗り伸ばした上に、ちょいちょいといった感じだった(なんと言う表現/汗)。
この《いかさま師》とよく似た題材を扱ったCARAVAGGIO自身の風俗画には、カピトリーニ美術館の《女占い師》とルーヴル美術館《女占い師》があるが、やはり完成度の高さから言えばこの作品に及ばないと思った。当時においても大いに注目を集めた作品であり、模作も多く残され、また、CARAVAGGIOに影響を受けた画家たち(カラヴァッジェスキたち)が競って《いかさま師》やカードゲームを題材にした作品を描いている。同じ壁に並んでいるジョルジュ・ド・ラ・トゥール《クラブのエースを持ついかさま師》もその一連の作品であり、詳細はまた後日扱いたい。
ちなみに、このCARAVAGGIO《いかさま師》は当時パトロンであったデル・モンテ枢機卿が所有していた作品で、絵の裏にはシャンパンのコルク型のような枢機卿の印章が見られる。1627年、枢機卿の死去の際、アントニオ・バルベリーニ・イル・ジョヴァーネ枢機卿に売却された。その後、1892年にシャッラ=コロンナ・バルベリーニ・コレクションの分散により行方不明になっていたが、なんと90年後にスイスの画商のもとで発見。ニューヨークの画商を通じて1987年6月にキンベル美術館の所有となった。当時購入に当たったディレクターのEdmund Pillsburyってかなり御目が高いかも(^^;
【参照】
・ミア・チノッティ著「カラヴァッジオ」岩波書店 p31~p33
・Denis Mahon(1988年)「Fresh light on Caravaggio’s earliest period: “Cardsharps” recovered」:《the Burlington magazine》cxxx,n,1018,gennaio,pp,10-25
・Keith Christiansen(1988年)「Technical report on ‘ The Cardsharps’」:《the Burlington magazine》cxxx,n,1018,gennaio,pp,26-27
この美術館の圧巻は、左にカラヴァッジョ《いかさま師》、中央にフランス・ハルス《ロンメルポット奏者》、右にジョルジュ・ド・ラ・トゥール《クラブのエースを持ついかさま師》と並ぶ一面の壁かもしれない。
ということで、もちろん、CARAVAGGIO(カラヴァッジョ)《いかさま師》から♪
“The Cardsharps”(1594) Oil on canvas 94.2 x l30.9 cm (拡大はここ)
やはり初期の傑作だろうなぁと思う。騙す側に騙される側という有りがちで普遍的な人間模様が、スリリングな緊迫感を孕みながらひとつの画面に凝縮されている。この3人の表情や身振りが実によく練られていて、それぞれがジグザグとした三角構図を連ねて行くことにより、駆け引きの心理模様がスリル満点のドラマとして成り立っている。
更に、全体として見れば安定したピラミッド型構図を取っているにもかかわらず、テーブル角から手前にはみ出すゲーム(バックギャモン?)台が、このカードゲームの危うさを象徴しているように見えた。CARAVAGGIO作品でよく見られる果物籠のヴァニタスを連想させる置き方だ。
さて、まず魅入ってしまうのはゲームに夢中で頬をピンク色に上気させた騙される少年のつるんとしたお肌。羨ましいこと、まるで少女のようだ(笑)。左上方(やや前面)からの照明が少年の頬からトランプ・カードを握る手へと差し込み、眼はそこからストライプの斜めの線を遡り、髭の男が騙す側の相方へ合図する指の数字へと進む。ちなみに皮手袋の質感表現がなかなかに良くって、柔らかくなめした山羊皮のような感じを受ける。淡灰色の手袋から指先が覗いているのがアクセントかなぁ。指先の肌色が男の陽に焼けた顔色と呼応して、カードを覗き込む悪人顔を強調している。で、男のストライプはまた騙す側の少年のベストのストライプに繋がっていて、そこに隠したカードに気付かせる。騙す少年も必死の眼差し(笑)。
この作品がジグザグ型の三角形を重層的に多用しているのがわかるのは、もう一方で、照明が騙される少年のカードを持つ手から騙す少年の左手に当たり、その腕からストライプのベストへと続く三角山が存在することだ。初期CARAVAGGIOの幾何学文法ということだろうか?
で、やっぱりCARAVAGGIOの白って上手くて、騙される少年の襟や袖口のレースの細い縫取り縁取りの繊細な描写なんて芸が細かい。それに騙す少年の白ブラウスのドレープもオシャレ。髭男のベストもだけど、この後ろ向きの少年も結構ファッショナブル(笑)。緑の袖やベストはシルクジャガードっぽくて、特に後ろ姿の背中の線に添った陰影がなまめいているんだよねぇ。観ながらダブリンの《キリストの捕縛》の兵士の腰の線を思い出した(^^ゞ。それからズボン(?)の黄金色の幅広ストライプの光沢表現だが、割りとサックリとした筆致なのに、離れて見ると質感が伝わってくる。この筆致は後年の《マルタ騎士の肖像》を思い出させた。あ、もちろん、暗赤色のテーブルクロスの質感やバックギャモンの描写などにも注目。
それ以上に凄いなぁと思ったのが三人がそれぞれ被る帽子の羽!ふさふさ感が伝わってきて、まじまじと筆致を探ってしまった。微妙な細い線が羽毛の流れを的確に捉えている。特に後ろ向きの少年の羽の淡い諧調が美しく、どんな風に描いているのかなぁと接近(笑)。色を変えながらの羽毛の乱れる繊細な線が観られた。癇癪持ちの画家なのに描く時は根気強いんだからねぇ(^^;;。でも、羽の先の方は絵の具をぐるると薄く塗り伸ばした上に、ちょいちょいといった感じだった(なんと言う表現/汗)。
この《いかさま師》とよく似た題材を扱ったCARAVAGGIO自身の風俗画には、カピトリーニ美術館の《女占い師》とルーヴル美術館《女占い師》があるが、やはり完成度の高さから言えばこの作品に及ばないと思った。当時においても大いに注目を集めた作品であり、模作も多く残され、また、CARAVAGGIOに影響を受けた画家たち(カラヴァッジェスキたち)が競って《いかさま師》やカードゲームを題材にした作品を描いている。同じ壁に並んでいるジョルジュ・ド・ラ・トゥール《クラブのエースを持ついかさま師》もその一連の作品であり、詳細はまた後日扱いたい。
ちなみに、このCARAVAGGIO《いかさま師》は当時パトロンであったデル・モンテ枢機卿が所有していた作品で、絵の裏にはシャンパンのコルク型のような枢機卿の印章が見られる。1627年、枢機卿の死去の際、アントニオ・バルベリーニ・イル・ジョヴァーネ枢機卿に売却された。その後、1892年にシャッラ=コロンナ・バルベリーニ・コレクションの分散により行方不明になっていたが、なんと90年後にスイスの画商のもとで発見。ニューヨークの画商を通じて1987年6月にキンベル美術館の所有となった。当時購入に当たったディレクターのEdmund Pillsburyってかなり御目が高いかも(^^;
【参照】
・ミア・チノッティ著「カラヴァッジオ」岩波書店 p31~p33
・Denis Mahon(1988年)「Fresh light on Caravaggio’s earliest period: “Cardsharps” recovered」:《the Burlington magazine》cxxx,n,1018,gennaio,pp,10-25
・Keith Christiansen(1988年)「Technical report on ‘ The Cardsharps’」:《the Burlington magazine》cxxx,n,1018,gennaio,pp,26-27
典型的な宗教画と違って、こうした主題は文字通り純粋に観る者の眼を楽しませてくれますね。なんとなく遊び心のある展示室という感じがしますが、ラ・トゥールのほうもとても気になります。楽しみにしております。
「いかさま師」の世界はCARAVAGGIOにとって身近な世界だったろうなぁと思いながら眺めてしまいました。桂田さんのおっしゃる通り、ドラマを見るような純粋な面白さがありますよね!つい、場面に惹き込まれて細部までしっかりと観てしまいました。確かに贅沢ですよね(^^ゞ。初期のCARAVAGGIOの野心作だし、新鮮な息吹を感じる作品です。
で、ラ・トゥールはイタリアに行ったという記録は無くとも(行った可能性も否定できない)、やはり何らかの形でCARAVAGGIO作品を観て触発されたのだと思います。この2枚が同じ壁に並ぶキンベルって凄い。
ということで、次回はラ・トゥールでがんばりたいと思っています(大丈夫かな?)(^^;;;
絵の基本的な鑑賞方法から勉強させていただきました。いつもありがとうございます。
持っている唯一のカラヴァッジョの本を取り出して、この絵を見ながら、花耀亭さんの分析を追いかけました。
たった3人しかいないのに、各々がとても表情豊かで楽しめますし、服装が賑やかで美しいのに、静かな黒い緊張感が伝わってきます。
これも、光の及ぼす明暗や不安定な三角構図によるものなのですね。
交わらない各人の視線も不安定な三角形の1つにはいるのかもしれません。ほんと面白いです。
改めてじとじろ観察してみました。だます少年のシルクジャガードの服は綺麗ですねえ。だまされる少年の手首のレースもおっしゃるようにとても丁寧に描かれています。
後ろの髭の男性の表情がこれまたいいですねえ。おでこのしわ、ンっとへの字に曲げた口元、ワキの服のしわ、穴が開き使い古した皮の手袋。そのぼろぼろさと反比例するかのように隣に存在するだまされる少年の輝くような美しい頬、あまりにも違う上品な口元・・・書き出していたらきりが無いですね。
花耀亭さんは、この絵の前でどれほどの時間を過ごされたのでしょうか?やっと会えた!と嬉しかったでしょうね。
私もこの記事を読みながら、じっくりと一枚の絵を味わい、楽しませていただきました。
こちらこそ、Cojicoさんのいつもながらの鋭いご炯眼に、なるほど!と肯いてしまいました。>交わらない各人の視線も不安定な三角形
CARAVAGGIOの作品は絵の中にドラマが凝縮されているので、観ながら様々に味わうことができる...これも魅力のひとつですよね。
で、この絵の前で立ったり座ったり、合わせて30分ぐらいウロウロしていたような気がします(^^ゞ。この《いかさま師》は本当に追っかけ甲斐のある作品でした。
それから、私もCojicoさんのコメントを拝読しながら、また新鮮な視点でこの絵を観ることができました。ありがとうございました!
さて今日書店で宮下先生の「カラヴァッジョへの旅」角川選書を買ってまいりました、パラパラみていますとギンベル美術館「いかさま師」が登場!
1987年に世に出てこの美術館に入ったんですね。
とりあえずこの本でカラヴァッジョを勉強します。
Juneさんは会期末の狩野永徳行かれたんでしょうかー。
で、宮下先生の「カラヴァッジョへの旅」は私も先に読んでおりまして、大変勉強になりました。いつか感想を書きたいと思っていたのですが...サボリ癖かついてしまって(^^;;;。
okiさんのご感想もぜひ拝読したいですね!宮下先生の本を読むと、okiさんもカラヴァッジョの絵(本物)をきっと観たくなると思いますよ(笑)
ところで、京博の狩野永徳は迷った挙句にパスしてしまったのです。その代わりに東博で探幽を堪能してきました(^^ゞ
キンベル美術館蔵のハルスの絵は、"The Rommel Pot Player"ですよね?
もしこの絵のことなら、これは水飴を売っているわけではなくて、ガチャガチャ音のする陶器の壺を演奏しているようです。
以下、引用です。
In the center foreground is the rommel pot (Dutch rommelen,"to rumble"), a noisemaker used at spring carnival time that emits a sound not unlike the squeal of a pig. In the lower left a young boy holding a coin in his left hand is completely absorbed in the rommel pot. His credulous expression is tinged with just a bit of wonder at how such a small pot can contain a pig. Behind him, two wiser boys watch the "musician's" face and try to get his attention.
(The Art of JAMA: One Hundred Covers and Essays from the Journal of the American Medical Association より)
苑蜩さん、ご指摘・ご教授ありがとうございました!!
今、キンベルのサイトをチェックしたら、確かに"The Rommel Pot Player"でした。
https://www.kimbellart.org/Collections/Collections-Detail.aspx?prov=false&cons=false&cid=8542
当時の楽器だったのですね。さっそく訂正いたします。
何かで《水飴売》とあったのを、そのまま採用しておりました。両脇作品に気を取られて、きちんと確認しておらず、恥ずかしや(^^;;;
ところで、苑蜩さんはハルスがお好きなのですね♪あの闊達な筆使いによる、生気溢れる人々の笑顔は魅力的ですよね。