短編集で5編を収録する。平成3年(1991)2月に単行本が刊行され、1994年3月に文庫化された。手許にあるのは2007年6月の第21刷。今なら刷版の数字がさらに大きくなっているだろう。
収録の第1編が<玄鳥>。続いて<三月の鮠><闇討ち><鷦鷯><浦島>の4編が続く。順に読後感想を交えてご紹介したい。
<玄鳥(げんちょう)>
玄鳥という言葉を本書で初めて知った。ツバメの異名であると。この文庫本の表紙絵にツバメが描かれている。手許に国語の大辞典が3種あるが、2冊は採りあげ、1冊は載せていない。勿論手許の小型の辞典には載っていない。
「つばめが巣づくりをはじめたと、杢平が申しております。・・・・」からストーリーが始まる。本文は「つばめ」と表記されている。この短編のタイトルを著者はなぜ「玄鳥」としたのだろう。
このストーリーは2つの話がパラレルに進行する。次元が全く異なる話に共通するキーワードは「理不尽さ」ではないかと私は思った。それは末次路に関わりを持つ。
一つは、毎年やってきて門に巣を作るつばめに関わる話。御奏者の矢野家から婿入りしてきた夫の仲次郎が末次家の跡目を継ぐと、巣を門から取り払った。だが、つばめはふたたびやってきた。
もう一つは、路の父から無外流を学び非凡な剣才を示した弟子の曾根兵六に関わる話である。路は娘の頃に兵六がきわめつきの粗忽者であると気づいていた。そのため、一度失敗を犯していた。兵六は、藩命で上意討ちの討ち手3人の一人となる。だがこれも無残な失敗に帰し、兵六だけは無傷で帰国した。路は夫仲次郎から意外なことを聞く。
父から受けた遺言を果たす時だと路は直感する。亡くなる前に父三左衛門は秘伝の型に関わる四ガ一を路に口伝した。曾根兵六に対して絶対絶命のときが訪れれば伝えよと言ったのだ。
末尾の一文、「曾根兵六も、だしぬけに巣を取り上げられたつばめのようだと路は思った」(p42)が2つのストーリーをつなぐ。
理不尽さに対し、抗うのではなく、その渦中で対応して行く姿が哀しみを誘う。
<三月の鮠(はや)>
去年の秋、藩主の前での紅白試合で前評判の高かった窪信次郎は岩上勝之進との試合に敗れた。それ以来、信次郎は自分がおかしくなったと感じる。日々を川釣りに費やす。川釣りの序でに鬱蒼としげる森の中の山王社を訪れる。やがて、信次郎は山王社の覚浄別当から思わぬ打ち明け話を聞くことになる。3年前の土屋家の一家滅亡という惨事、賄賂の疑いという問題に関わっていた。そして、山王社の巫女葉津とも関わっていた。
賄賂問題について、岩上一族への内偵が進む。
一方、信次郎には、再び御前試合で岩上勝之進と三本勝負をする機会が来る。
信次郎の心境の変化がテーマになっていると受けとめた。そこには葉津という若い巫女への思いが関わっている。
タイトルは信次郎の川釣りに鮠が釣果の一つとして出てくることに関連しているようだ。
<闇討ち>
窮迫する藩財政の打開策をめぐって、執政府が真二つに割れて久しい状況が続いていた。その渦中で隠居身分の清成権兵衛が関わりを持つようになる。闇討ちを頼まれたのだ。権兵衛は長年の友人で同じ隠居身分の興津三左衞門と植田与十郞に相談事を持ちかける。二人は権兵衛に辞めるようにと説得する。だが権兵衛の意志は変わらない。万が一の折には骨を拾ってくれと頼むだけだった。権兵衛は失敗する。興津と植田は、闇討ちの頼み手と背景事情を調べ始める。植田は「権兵衛の亡骸には止めが刺してあったのだ」(p115)という調べた事実を興津に密かに話した。
興津は植田に言う。「権兵衛の骨を拾わにゃならんだろうな」(p118)と。
若き日に、大迫道場の三羽烏と称された剣士たちの友情譚である。これほど深く結びついた絆があるだろうか・・・・・。サムライの時代なればこその顛末とも言える。
<鷦鷯(みそさざい)>
「みそさざい」と平仮名で鳥名を読んでもその姿をイメージできない。漢字を見ただけではどう読むのかもわからないていたらく・・・・・。難しい漢字だなあ・・・。
それはさておき、「窓の外にちっちっと鳥の声がした」(p141)と鷦鷯の声を聞く場面から始まる。ストーリーの最後にも鷦鷯のことに触れられる。それでタイトルになったのだろう。
2つの話が進展し、連結項が生まれる。
一つは、借金を負う横山新左衛門の家庭事情の話。新左衛門は百石取りで右筆方の石塚に借金をしている。その石塚が取り立てに新左衛門の家を訪れる。そして、家を継いだ伜、孫四郎の嫁に新左衛門の娘をくれぬかと申し出た。借金問題とは別に、新左衛門の誇りがこの申し出を即座に拒絶させた。
もう一つは、新左衛門の属する普請組の小頭細谷甚太夫の病気にまつわる話。甚太夫は神経症が悪化して、家人を殺す騒動を引き起こした。新左衛門は同僚とともに、小頭と真剣を交えてでも取り押さえる立場になる覚悟を決める。細谷家まで行くと、すぐに城から討手が来るという。討手として使わされた一人が、石塚孫四郎だった。
孫四郎が2つの話の共通項となる。新左衛門は小頭の剣技について孫四郎に助言した。
新左衛門の孫四郎に対する見方に変化が生まれて行く。人を知るには先入観を持たないことが大事ということでもある。
この短編の先にはちょっと明るいストーリー展開が生まれそう。
<浦島>
鵜飼という無限流の道場で多少は名を知られた剣客だった御手洗孫六は、酒の上の失策がもとで勘定方から普請組に勤め替えとなった。普請組の小屋に居る孫六に頭からの呼び出しがかかる。18年前の疑いが晴れたと知らされた。
そこから孫六の失策についての顛末話が明らかにされて行く。
孫六はこれまでの処分を復され、普請組から勘定方に改めて勤め替えになる。タイトル「浦島」の通り、18年という歳月が様々なギャップを生み出す。孫六の家庭と勘定方という勤めの場、その双方で現実に起こりそうな事が具体的に起こっていくプロセスの展開が逆にリアル感を高めていく。
孫六という人間の持ち味が絶妙に描き出されていて、そのキャラクターに親しみをおぼえる。
ストーリーの最後の落とし所にほっとし、そこに微笑ましさすら感じる。
それぞれに異なった主人公たちの思いが、静かに染み入ってくるような気がする短編集である。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『暗殺の年輪』</> 文春文庫
『三屋清左衛門残日録』 文春文庫
『蝉しぐれ』 文春文庫
『決闘の辻 藤沢周平新剣客伝』 講談社文庫
『隠し剣孤影抄』 文春文庫
『隠し剣秋風抄』 文春文庫
『人間の檻 獄医立花登手控え4』 講談社文庫
『愛憎の檻 獄医立花登手控え3』 講談社文庫
『風雪の檻 獄医立花登手控え2』 講談社文庫
『春秋の檻 獄医立花登手控え1』 講談社文庫
収録の第1編が<玄鳥>。続いて<三月の鮠><闇討ち><鷦鷯><浦島>の4編が続く。順に読後感想を交えてご紹介したい。
<玄鳥(げんちょう)>
玄鳥という言葉を本書で初めて知った。ツバメの異名であると。この文庫本の表紙絵にツバメが描かれている。手許に国語の大辞典が3種あるが、2冊は採りあげ、1冊は載せていない。勿論手許の小型の辞典には載っていない。
「つばめが巣づくりをはじめたと、杢平が申しております。・・・・」からストーリーが始まる。本文は「つばめ」と表記されている。この短編のタイトルを著者はなぜ「玄鳥」としたのだろう。
このストーリーは2つの話がパラレルに進行する。次元が全く異なる話に共通するキーワードは「理不尽さ」ではないかと私は思った。それは末次路に関わりを持つ。
一つは、毎年やってきて門に巣を作るつばめに関わる話。御奏者の矢野家から婿入りしてきた夫の仲次郎が末次家の跡目を継ぐと、巣を門から取り払った。だが、つばめはふたたびやってきた。
もう一つは、路の父から無外流を学び非凡な剣才を示した弟子の曾根兵六に関わる話である。路は娘の頃に兵六がきわめつきの粗忽者であると気づいていた。そのため、一度失敗を犯していた。兵六は、藩命で上意討ちの討ち手3人の一人となる。だがこれも無残な失敗に帰し、兵六だけは無傷で帰国した。路は夫仲次郎から意外なことを聞く。
父から受けた遺言を果たす時だと路は直感する。亡くなる前に父三左衛門は秘伝の型に関わる四ガ一を路に口伝した。曾根兵六に対して絶対絶命のときが訪れれば伝えよと言ったのだ。
末尾の一文、「曾根兵六も、だしぬけに巣を取り上げられたつばめのようだと路は思った」(p42)が2つのストーリーをつなぐ。
理不尽さに対し、抗うのではなく、その渦中で対応して行く姿が哀しみを誘う。
<三月の鮠(はや)>
去年の秋、藩主の前での紅白試合で前評判の高かった窪信次郎は岩上勝之進との試合に敗れた。それ以来、信次郎は自分がおかしくなったと感じる。日々を川釣りに費やす。川釣りの序でに鬱蒼としげる森の中の山王社を訪れる。やがて、信次郎は山王社の覚浄別当から思わぬ打ち明け話を聞くことになる。3年前の土屋家の一家滅亡という惨事、賄賂の疑いという問題に関わっていた。そして、山王社の巫女葉津とも関わっていた。
賄賂問題について、岩上一族への内偵が進む。
一方、信次郎には、再び御前試合で岩上勝之進と三本勝負をする機会が来る。
信次郎の心境の変化がテーマになっていると受けとめた。そこには葉津という若い巫女への思いが関わっている。
タイトルは信次郎の川釣りに鮠が釣果の一つとして出てくることに関連しているようだ。
<闇討ち>
窮迫する藩財政の打開策をめぐって、執政府が真二つに割れて久しい状況が続いていた。その渦中で隠居身分の清成権兵衛が関わりを持つようになる。闇討ちを頼まれたのだ。権兵衛は長年の友人で同じ隠居身分の興津三左衞門と植田与十郞に相談事を持ちかける。二人は権兵衛に辞めるようにと説得する。だが権兵衛の意志は変わらない。万が一の折には骨を拾ってくれと頼むだけだった。権兵衛は失敗する。興津と植田は、闇討ちの頼み手と背景事情を調べ始める。植田は「権兵衛の亡骸には止めが刺してあったのだ」(p115)という調べた事実を興津に密かに話した。
興津は植田に言う。「権兵衛の骨を拾わにゃならんだろうな」(p118)と。
若き日に、大迫道場の三羽烏と称された剣士たちの友情譚である。これほど深く結びついた絆があるだろうか・・・・・。サムライの時代なればこその顛末とも言える。
<鷦鷯(みそさざい)>
「みそさざい」と平仮名で鳥名を読んでもその姿をイメージできない。漢字を見ただけではどう読むのかもわからないていたらく・・・・・。難しい漢字だなあ・・・。
それはさておき、「窓の外にちっちっと鳥の声がした」(p141)と鷦鷯の声を聞く場面から始まる。ストーリーの最後にも鷦鷯のことに触れられる。それでタイトルになったのだろう。
2つの話が進展し、連結項が生まれる。
一つは、借金を負う横山新左衛門の家庭事情の話。新左衛門は百石取りで右筆方の石塚に借金をしている。その石塚が取り立てに新左衛門の家を訪れる。そして、家を継いだ伜、孫四郎の嫁に新左衛門の娘をくれぬかと申し出た。借金問題とは別に、新左衛門の誇りがこの申し出を即座に拒絶させた。
もう一つは、新左衛門の属する普請組の小頭細谷甚太夫の病気にまつわる話。甚太夫は神経症が悪化して、家人を殺す騒動を引き起こした。新左衛門は同僚とともに、小頭と真剣を交えてでも取り押さえる立場になる覚悟を決める。細谷家まで行くと、すぐに城から討手が来るという。討手として使わされた一人が、石塚孫四郎だった。
孫四郎が2つの話の共通項となる。新左衛門は小頭の剣技について孫四郎に助言した。
新左衛門の孫四郎に対する見方に変化が生まれて行く。人を知るには先入観を持たないことが大事ということでもある。
この短編の先にはちょっと明るいストーリー展開が生まれそう。
<浦島>
鵜飼という無限流の道場で多少は名を知られた剣客だった御手洗孫六は、酒の上の失策がもとで勘定方から普請組に勤め替えとなった。普請組の小屋に居る孫六に頭からの呼び出しがかかる。18年前の疑いが晴れたと知らされた。
そこから孫六の失策についての顛末話が明らかにされて行く。
孫六はこれまでの処分を復され、普請組から勘定方に改めて勤め替えになる。タイトル「浦島」の通り、18年という歳月が様々なギャップを生み出す。孫六の家庭と勘定方という勤めの場、その双方で現実に起こりそうな事が具体的に起こっていくプロセスの展開が逆にリアル感を高めていく。
孫六という人間の持ち味が絶妙に描き出されていて、そのキャラクターに親しみをおぼえる。
ストーリーの最後の落とし所にほっとし、そこに微笑ましさすら感じる。
それぞれに異なった主人公たちの思いが、静かに染み入ってくるような気がする短編集である。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『暗殺の年輪』</> 文春文庫
『三屋清左衛門残日録』 文春文庫
『蝉しぐれ』 文春文庫
『決闘の辻 藤沢周平新剣客伝』 講談社文庫
『隠し剣孤影抄』 文春文庫
『隠し剣秋風抄』 文春文庫
『人間の檻 獄医立花登手控え4』 講談社文庫
『愛憎の檻 獄医立花登手控え3』 講談社文庫
『風雪の檻 獄医立花登手控え2』 講談社文庫
『春秋の檻 獄医立花登手控え1』 講談社文庫