遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『玄鳥』  藤沢周平  文春文庫

2022-08-09 18:34:14 | レビュー
 短編集で5編を収録する。平成3年(1991)2月に単行本が刊行され、1994年3月に文庫化された。手許にあるのは2007年6月の第21刷。今なら刷版の数字がさらに大きくなっているだろう。
 収録の第1編が<玄鳥>。続いて<三月の鮠><闇討ち><鷦鷯><浦島>の4編が続く。順に読後感想を交えてご紹介したい。

<玄鳥(げんちょう)>
 玄鳥という言葉を本書で初めて知った。ツバメの異名であると。この文庫本の表紙絵にツバメが描かれている。手許に国語の大辞典が3種あるが、2冊は採りあげ、1冊は載せていない。勿論手許の小型の辞典には載っていない。
 「つばめが巣づくりをはじめたと、杢平が申しております。・・・・」からストーリーが始まる。本文は「つばめ」と表記されている。この短編のタイトルを著者はなぜ「玄鳥」としたのだろう。
 このストーリーは2つの話がパラレルに進行する。次元が全く異なる話に共通するキーワードは「理不尽さ」ではないかと私は思った。それは末次路に関わりを持つ。
 一つは、毎年やってきて門に巣を作るつばめに関わる話。御奏者の矢野家から婿入りしてきた夫の仲次郎が末次家の跡目を継ぐと、巣を門から取り払った。だが、つばめはふたたびやってきた。
 もう一つは、路の父から無外流を学び非凡な剣才を示した弟子の曾根兵六に関わる話である。路は娘の頃に兵六がきわめつきの粗忽者であると気づいていた。そのため、一度失敗を犯していた。兵六は、藩命で上意討ちの討ち手3人の一人となる。だがこれも無残な失敗に帰し、兵六だけは無傷で帰国した。路は夫仲次郎から意外なことを聞く。
 父から受けた遺言を果たす時だと路は直感する。亡くなる前に父三左衛門は秘伝の型に関わる四ガ一を路に口伝した。曾根兵六に対して絶対絶命のときが訪れれば伝えよと言ったのだ。
 末尾の一文、「曾根兵六も、だしぬけに巣を取り上げられたつばめのようだと路は思った」(p42)が2つのストーリーをつなぐ。
 理不尽さに対し、抗うのではなく、その渦中で対応して行く姿が哀しみを誘う。

<三月の鮠(はや)>
 去年の秋、藩主の前での紅白試合で前評判の高かった窪信次郎は岩上勝之進との試合に敗れた。それ以来、信次郎は自分がおかしくなったと感じる。日々を川釣りに費やす。川釣りの序でに鬱蒼としげる森の中の山王社を訪れる。やがて、信次郎は山王社の覚浄別当から思わぬ打ち明け話を聞くことになる。3年前の土屋家の一家滅亡という惨事、賄賂の疑いという問題に関わっていた。そして、山王社の巫女葉津とも関わっていた。
 賄賂問題について、岩上一族への内偵が進む。
 一方、信次郎には、再び御前試合で岩上勝之進と三本勝負をする機会が来る。
 信次郎の心境の変化がテーマになっていると受けとめた。そこには葉津という若い巫女への思いが関わっている。
 タイトルは信次郎の川釣りに鮠が釣果の一つとして出てくることに関連しているようだ。

<闇討ち>
 窮迫する藩財政の打開策をめぐって、執政府が真二つに割れて久しい状況が続いていた。その渦中で隠居身分の清成権兵衛が関わりを持つようになる。闇討ちを頼まれたのだ。権兵衛は長年の友人で同じ隠居身分の興津三左衞門と植田与十郞に相談事を持ちかける。二人は権兵衛に辞めるようにと説得する。だが権兵衛の意志は変わらない。万が一の折には骨を拾ってくれと頼むだけだった。権兵衛は失敗する。興津と植田は、闇討ちの頼み手と背景事情を調べ始める。植田は「権兵衛の亡骸には止めが刺してあったのだ」(p115)という調べた事実を興津に密かに話した。
 興津は植田に言う。「権兵衛の骨を拾わにゃならんだろうな」(p118)と。
 若き日に、大迫道場の三羽烏と称された剣士たちの友情譚である。これほど深く結びついた絆があるだろうか・・・・・。サムライの時代なればこその顛末とも言える。

<鷦鷯(みそさざい)>
 「みそさざい」と平仮名で鳥名を読んでもその姿をイメージできない。漢字を見ただけではどう読むのかもわからないていたらく・・・・・。難しい漢字だなあ・・・。
 それはさておき、「窓の外にちっちっと鳥の声がした」(p141)と鷦鷯の声を聞く場面から始まる。ストーリーの最後にも鷦鷯のことに触れられる。それでタイトルになったのだろう。
 2つの話が進展し、連結項が生まれる。
 一つは、借金を負う横山新左衛門の家庭事情の話。新左衛門は百石取りで右筆方の石塚に借金をしている。その石塚が取り立てに新左衛門の家を訪れる。そして、家を継いだ伜、孫四郎の嫁に新左衛門の娘をくれぬかと申し出た。借金問題とは別に、新左衛門の誇りがこの申し出を即座に拒絶させた。
 もう一つは、新左衛門の属する普請組の小頭細谷甚太夫の病気にまつわる話。甚太夫は神経症が悪化して、家人を殺す騒動を引き起こした。新左衛門は同僚とともに、小頭と真剣を交えてでも取り押さえる立場になる覚悟を決める。細谷家まで行くと、すぐに城から討手が来るという。討手として使わされた一人が、石塚孫四郎だった。
 孫四郎が2つの話の共通項となる。新左衛門は小頭の剣技について孫四郎に助言した。
 新左衛門の孫四郎に対する見方に変化が生まれて行く。人を知るには先入観を持たないことが大事ということでもある。
 この短編の先にはちょっと明るいストーリー展開が生まれそう。

<浦島>
 鵜飼という無限流の道場で多少は名を知られた剣客だった御手洗孫六は、酒の上の失策がもとで勘定方から普請組に勤め替えとなった。普請組の小屋に居る孫六に頭からの呼び出しがかかる。18年前の疑いが晴れたと知らされた。
 そこから孫六の失策についての顛末話が明らかにされて行く。
 孫六はこれまでの処分を復され、普請組から勘定方に改めて勤め替えになる。タイトル「浦島」の通り、18年という歳月が様々なギャップを生み出す。孫六の家庭と勘定方という勤めの場、その双方で現実に起こりそうな事が具体的に起こっていくプロセスの展開が逆にリアル感を高めていく。
 孫六という人間の持ち味が絶妙に描き出されていて、そのキャラクターに親しみをおぼえる。
 ストーリーの最後の落とし所にほっとし、そこに微笑ましさすら感じる。
 
 それぞれに異なった主人公たちの思いが、静かに染み入ってくるような気がする短編集である。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『暗殺の年輪』</>  文春文庫
『三屋清左衛門残日録』  文春文庫
『蝉しぐれ』  文春文庫
『決闘の辻 藤沢周平新剣客伝』  講談社文庫
『隠し剣孤影抄』  文春文庫
『隠し剣秋風抄』  文春文庫
『人間の檻 獄医立花登手控え4』  講談社文庫
『愛憎の檻 獄医立花登手控え3』  講談社文庫
『風雪の檻 獄医立花登手控え2』  講談社文庫
『春秋の檻 獄医立花登手控え1』  講談社文庫


『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』   今野 敏   幻冬舎

2022-08-06 15:08:11 | レビュー
 樋口顕シリーズはお気に入りの一つである。警視庁捜査一課殺人犯捜査第三係係長、通称「樋口班」のリーダーである。私は彼のキャラクター設定が好き。
 樋口は面倒な問題にはできれば捲き込まれたくはない。自分は臆病者で、道を踏み外すどころか、道の端に寄ることさえ恐ろしい。方針に沿って行動する。独断専行が一番のタブーとみる。警察というちょっと特殊な社会の中で、できるだけ他人との摩擦を避け、問題を起こさす生きて行こうと思っている。警察という身内を大切にする。一方で、警察という組織が信頼を失うような問題を引き起こしてはならないと考えている。そこで、疑問に感じたことは、粘り強く追求していく。その結果、問題事象が解決する。一匹狼的な刑事とは対極にいるような刑事である。面白いのは、回りの人々は、そうは思っていないという点にある。このギャップがおもしろい。

 本書は、「小説幻冬」(Vol.52~63)に連載された後、加筆、修正され2022年3月に単行本化された。本書は第7作目だと思う。「朱夏」は新潮社から出版されたが、「リオ」「ビート」「廉恥」「回帰」「焦眉」が幻冬舎から出版されている。

 捜査本部が長丁場となった事件が解決し、「樋口班」も一休みできると思った直後に、樋口は東洋新聞社会部記者の遠藤貴子に声を掛けられた。遠藤は、3日前の荒川河川敷での水死体の件だと言う。樋口は知らなかった。所轄署レベルで解決処理された事案だった。樋口は部下の藤本巡査部長にその事案を調べさせた。千住署が自殺と断定し処理ずみだった。
 樋口の自宅マンションに夜回りの記者が3人ほど来て居て、その中に遠藤が居た。樋口は遠藤から彼女の質問意図の続きを聞くことになる。遺族は千住署の自殺という断定に納得していないという。亡くなったのは井田友彦、17歳、足立区内の公立高校2年生、荒川にかかる西新井橋の下で、仰向けで浮いていた。両親は司法解剖を求めていたという。ちゃんと調べて欲しいという両親の訴えに対し、千住署の捜査員が恫喝の電話を掛けてきたという。両親は、息子の首筋に吉川線を確認したというのだ。入水自殺ならありえない傷跡である。この遠藤の再調査への問いかけがトリガーとなる。
 樋口は、恫喝という行為に不快感を抱き、気にもなる故に、遠藤から聞いたことを天野管理官に報告した。天野は樋口が行動を起こすものと解釈し、藤本とペアで別動として調べてみることを認めた。天野自身も気になる点があるという。さらに、この調べは樋口でなければ切り抜けられないことだという。

 千住署が自殺と判断し処理済みとなった事案である。捜査一課の係長が洗い直しを行っていると千住署の連中が知れば、黙っては居ないだろうと樋口は思う。だが、疑問を抱えた事案をそのままにはできない。樋口が藤本とペアを組み、この事案の洗い直しを始める。
 千住署の桐原係長にアポイントを取り、まず話を聞くことになる。「自分も警察官ですから、警察の捜査に疑いの眼を向けたくはありません。でも、ご遺族が納得していないということを新聞記者が知っているのは事実なんです。妙な形で蒸し返されるのは避けたい。ただそれだけなんです」(p58)というスタンスで話を聞きたいというアプローチを貫く。徹底的に千住署の捜査した結果を踏まえて、あくまで事実を確かめたいというのだ。
 一方、両親がなぜ千住署の判断を納得していないのか、その理由、事実を確かめることになる。それと恫喝電話は誰からだったのかも・・・・・・。

 樋口が調べて行くと、捜査事実の解釈で疑問点が次々と出てくる。このストーリーの読ませどころは、樋口がどのような捜査アプローチをしていくかというところにある。千住署の担当者たちの反撥を極力回避して、一緒に調べ直すという方向に樋口は方向づけていく。
 樋口が調べを進める中で、千住署の中での人間関係に問題事象があることに気づく。いわば事件捜査の癌になる足を引っ張る働きをする刑事が存在することに気づいていく。
 別動という樋口の行動には、本庁で別の事件が発生し「樋口班」もその捜査に参加することになったことから、思わぬ軋轢が発生する。天野管理官は樋口・藤本の別動を認めた。だが、さらに上位ポジションである石田理事官、捜査一課のナンバーツーが横槍を入れて来た。別動を認めないという。係長が捜査本部にいないのはおかしい。小松川署の捜査本部へ行き、捜査せよと命じてきたのだ。石田理事官が樋口の足を引っ張ることになる。
 どの組織にも、己の職権・権威を中心に物事を判断する輩は居る。樋口は懲戒解雇を覚悟して、己の信念で事態に臨んでいくことを迫られる。
 天野管理官が別動を認め、支持しているのに、上位の理事官が己の発言に拘る理由は何か。樋口はその背景も調べてみることにした。そこから意外な人間関係の繋がりの糸が見えることに。
 両親の要望した司法解剖は行われていなかった。だが、千住署の刑事たちが調べた事実と、鑑識係が記録に残していた現場写真から、樋口はある事実を再確認する必要性を示唆する。そして、この事案は自殺から他殺へと視点が転換されてく。千住署に捜査本部が立つことになる。
 このストーリー、樋口の捜査アプローチの仕方と、粘り強い地道な捜査行動が決め手となっていく。一手一手の広げ方、そこが興味深いところとなる。

 もう一つ、ここには、サイド・ストーリーがパラレルに進行して行く。それは、樋口の娘・照美が転職したいと言いだしたことに始まる。妻の恵子から照美と話し合ってほしいと下駄を預けられるのだ。娘の人生の岐路。照美はもともと報道関係の仕事を希望していたのだった。樋口の戸惑い。そこに、一条の光りとして樋口がかつて知り合った人物からある仕事のオファーが寄せられてくる。これがおもしろい展開を生む。樋口がその人物から有益な助言を受けるという繋がりが生まれる。
 このサイド・ストーリーは、樋口の人間味を大いに感じさせるさる側面である。また、読者にとっては全体のストーリーのなかで、気分転換的な場面切り替えにもなっていて楽しい。

 一気読みしたくなる警察小説である。

 ご一読ありがとうございます。

このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===  更新7版 (96冊) 2022.8.6 時点


=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===  更新7版 (96冊)

2022-08-06 14:59:04 | レビュー
                            2022.8.6 時点

「遊心逍遙記」として読後印象を掲載し始めた以降に読んだ印象記のリストです。

こんな作品を興味・関心の趣くままに読み継いできています。
このリストをご利用いただき、お読みいただけるとうれしいです。

更新6版、2019年10月15日までの上に、その後の2022年7月以前の読後印象記掲載分を追加しました。
出版年次の新旧は前後しています。

『時空の巫女』   角川春樹事務所
『ボーダーライト』  小学館
『大義 横浜みなとみらい署暴対係』   徳間書店
『帝都争乱 サーベル警視庁2』  角川春樹事務所
『清明 隠蔽捜査8』  新潮社
『オフマイク』  集英社
『黙示 Apocalypse』 双葉社
『焦眉 警視庁強行犯係・樋口顕』  幻冬舎
『スクエア 横浜みなとみらい署暴対係』  徳間書店
『機捜235』  光文社
『エムエス 継続捜査ゼミ2』  講談社
『プロフェッション』  講談社
『道標 東京湾臨海署安積班』  角川春樹事務所
『炎天夢 東京湾臨海署安積班』  角川春樹事務所
『呪護』  角川書店
『キンモクセイ』  朝日新聞出版
『カットバック 警視庁FCⅡ』  毎日新聞出版社
『棲月 隠蔽捜査7』  新潮社
『回帰 警視庁強行犯係・樋口顕』 幻冬舎
『変幻』  講談社
『アンカー』  集英社
『継続捜査ゼミ』  講談社
『サーベル警視庁』  角川春樹事務所
『去就 隠蔽捜査6』  新潮社
『マル暴総監』 実業之日本社
『臥龍 横浜みなとみらい署暴対係』 徳間書店
『真贋』 双葉社
『防諜捜査』  文藝春秋
『海に消えた神々』  双葉文庫
『潮流 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『豹変』 角川書店
『憑物 [祓師・鬼龍光一]』  中公文庫
『陰陽 [祓師・鬼龍光一]』  中公文庫
『鬼龍』  中公文庫
『マインド』 中央公論新社
『わが名はオズヌ』 小学館
『マル暴甘糟』 実業之日本社
『精鋭』 朝日新聞出版
『バトル・ダーク ボディーガード工藤兵悟3』 ハルキ文庫
『東京ベイエリア分署 硝子の殺人者』 ハルキ文庫
『波濤の牙 海上保安庁特殊救難隊』 ハルキ文庫
『チェイス・ゲーム ボディーガード工藤兵悟2』 ハルキ文庫
『襲撃』  徳間文庫
『アキハバラ』  中公文庫
『パラレル』  中公文庫
『軌跡』  角川文庫
『ペトロ』 中央公論新社
『自覚 隠蔽捜査 5.5』  新潮社
『捜査組曲 東京湾臨海署安曇班』  角川春樹事務所
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』  幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』  徳間文庫
『熱波』  角川書店
『虎の尾 渋谷署強行犯係』  徳間書店
『曙光の街』  文藝春秋
『連写 TOKAGE3-特殊遊撃捜査隊』  朝日新聞社
『フェイク 疑惑』 講談社文庫
『スクープ』 集英社文庫
『切り札 -トランプ・フォース-』 中公文庫
『ナイトランナー ボディガード工藤兵悟1』 ハルキ文庫
『トランプ・フォース 戦場』 中公文庫
『心霊特捜』  双葉社
『エチュード』  中央公論新社
『ヘッドライン』 集英社
『獅子神の密命』 朝日文庫
『赤い密約』 徳間文庫
『内調特命班 徒手捜査』  徳間文庫
『龍の哭く街』  集英社文庫
『宰領 隠蔽捜査5』  新潮社
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』  徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』  集英社
『羲闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『内調特命班 邀撃捜査』 徳間文庫
『アクティブメジャーズ』 文藝春秋
『晩夏 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『欠落』 講談社
『化合』 講談社
『逆風の街 横浜みなとみらい署暴力犯係』 徳間書店
『終極 潜入捜査』 実業之日本社
『最後の封印』 徳間文庫
『禁断 横浜みなとみらい署暴対係』  徳間書店
『陽炎 東京湾臨海暑安積班』  角川春樹事務所
『初陣 隠蔽捜査3.5』   新潮社
『ST警視庁科学特捜班 沖ノ島伝説殺人ファイル』 講談社NOVELS
『凍土の密約』   文芸春秋
『奏者水滸伝 北の最終決戦』  講談社文庫
『警視庁FC Film Commission』  毎日新聞社
『聖拳伝説1 覇王降臨』   朝日文庫
『聖拳伝説2 叛徒襲来』『聖拳伝説3 荒神激突』  朝日文庫
『防波堤 横浜みなとみらい署暴対係』  徳間書店
『秘拳水滸伝』(4部作)   角川春樹事務所
『隠蔽捜査4 転迷』    新潮社
『デッドエンド ボディーガード工藤兵悟』 角川春樹事務所
『確証』   双葉社
『臨界』   実業之日本社文庫

『巨大仏巡礼』  クロスケ  扶桑社

2022-08-02 11:15:11 | レビュー
 2015年1月に書籍が、3月に電子書籍が発行された。本書は日本全国にある巨大仏を探す巡礼をし写真に収めた仏像等の写真集である。写真が主体で、そこに少し解説が書き加えられている。
 巨大な大仏という言葉を聞けば、奈良・東大寺の大仏殿に鎮座する大仏(銅造毘盧遮那仏坐像)と現在は野外に鎮座した鎌倉大仏(高徳院銅造阿弥陀如来坐像)をまず常識的には連想することだろう。さらに、奈良・飛鳥寺堂内の銅造釈迦如来坐像(飛鳥大仏)を思い浮かべるかも知れない。これら3大仏は銅造製である。

 『仏教辞典』(岩波書店)によれば、大仏は「通常の化身仏の身高は1丈6尺(丈六、4.85m)とされ、それ以上の巨大な仏像を<大仏>という。巨大な仏身観に基づいた大仏の成立は、仏陀の神格化や理想化をさらに誇大に表現したとも考えられる。」と説明されている。つまり、丈六のサイズ以上の巨大な仏像はすべて大仏という定義に当てはまる。
 本書でも最初に身高が1丈6尺以上が大仏と称される定義を説明したうえで、さらに巨大化した様々な大仏が全国各地に数多くあるという事実について巡礼を重ね、写真を撮り写真を中心に、巨大仏という範疇でまとめている。

 本書読了後の第一の感想は、全国にこんなに多くの巨大仏が実在するのかという驚きである。逆に、今までなぜその存在を知らなかったのだろうという気すらした。
 手許に仏像の事典や解説書が数冊あるが、それらは仏像の種類を採りあげて解説することが目的で、大きさに着目している訳ではない。つまり巨大仏という視点は殆ど無い。毘盧遮那如来という説明で、東大寺の盧舎那仏坐像が例示されるというに過ぎない。そういう意味では、巨大仏という視点はこれらの書には意識されていない。それ故たまたま知っている範囲の各地の巨大仏は、仏像のある種類が巨大化された事例と認識しただけである。私自身大きさという観点で調べてみたいという思いは無かった。本書を知って、そんなにもあるのか・・・と気づかされた次第である。
 著者によると本書で採りあげられた類いの巨大仏は今も増え続けていると言う。その真偽は私にはわからないが・・・・。
 巨大仏を扱いながら、本書には奈良大仏、鎌倉大仏は掲載されていない。あまりにも有名で常識の枠内にあるので外したのかもしれない。また、飛鳥大仏は、わが国最初の丈六金銅仏の坐像であるが、像高275.2cmだから巨大仏という視点からは対象外になるのだろう。
 
 本書はどれだけの巨大仏を採りあげているのか。本書の構成の紹介を兼ねてその数を括弧書きで占めそう。構成が巨大仏に対する著者の視点を示していると言える。
   其の壱 超高層建築仏    (13)
   其の弐 巨大坐像仏     (20)
   其の参 個性派巨大仏    (17)
   其の四 秘境大仏      ( 5)
   其の伍 巨大弘法大師列伝  ( 7)
   其の禄 廃墟巨大仏     ( 2)

そこで、著者のこの分類枠をはずして、都道府県別にどの巨大仏が採りあげられているか並べかえてみよう。この雑文をお読みいただく読者の身近にも巨大仏があることを発見しやすいだろうから。そこから関心の波紋を広げてみてほしい。

北海道  札幌大仏・札幌薬師大仏・涅槃大仏・登別からくり閻魔
     浪切不動明王・御涙観音
宮城   仙台大観音・愛子大仏・成田山大仏
福島   会津慈母観音
茨城   牛久大仏・大子地蔵尊・一乗院毘沙門天
千葉   東京湾観音・日本寺大仏
埼玉   鳥居観音・空滝大不動尊
群馬   高崎白衣大観音・中之嶽大黒天・あかがね薬師如来
     袈裟丸山釈迦涅槃像
東京   駒込大観音・塩船平和観音・東京大仏・大井の大仏五智如来
神奈川  大船観音・鷹取山弥勒仏・三浦大仏
新潟   親鸞聖人像・越後七浦観音・白馬大仏・新潟大弘法
富山   髙岡大仏・庄川大仏・宇奈月温泉平和の像・新湊弁財天
石川   加賀大観音・能登大仏・ハニベ巌窟院
福井   越前大仏
静岡   八幡野観音・焼津千手観音・阿吽だるま・縁結び大仏・井川大仏
愛知   聚楽園大仏・名古屋大仏・布袋の大仏・平成大仏・子安大師像
     勝川大弘法・春日井大弘法・御花弘法大師・印場大弘法・新居大弘法
岐阜   岐阜大仏・聖徳太子像
三重   純金開運寶珠大観世音菩薩
奈良   壺阪寺
大阪   石切大仏
兵庫   兵庫大仏・鵯越大仏・世界平和大観音
沖縄   沖縄平和祈念像

 本書に採録されているのは以上である。本書は巨大仏巡礼の始まりであるだけということなのだろう。
 東日本でいえば、青森・岩手・秋田・山形・栃木・山梨・長野は入っていない。
 西日本でいえば、滋賀・京都・和歌山・岡山・広島・山口・鳥取・島根、さらに四国と九州の各県は入っていない。
 私の住む京都でいえば、京都市東山区に「霊山観音」という巨大仏がある。滋賀県長浜市には「長浜びわこ大仏」(28m)がある。福岡県篠栗(ささぐり)町の南蔵院には「釈迦涅槃像」(全長41m)などがある・・・・・。
 巨大仏探しをネット検索でしてみようか・・・・そんな関心も芽ばえてきた。

 いずれにしても、手軽に巨大仏の存在を知るには便利な一冊である。
 巨大仏という視点を改めて意識すると、既にこのジャンルでも幾冊か本が出版されていることにも気づくという副産物を得ることができた。
 『巨大仏巡礼』のパート2を期待したい。 

 ご一読ありがとうございます。


本書には未掲載で、上に触れた巨大仏のネット情報等をまとめておきたい。
霊山観音  :ウィキペディア
湖面を後光に、護国願う 長浜びわこ大仏 :「京都新聞」
【28mの阿弥陀如来像!】『長浜びわこ大仏』の駐車場・写真ガイド
          :「琵琶湖アウトドアマップ」
和歌山にも巨大仏像あり :「いなか伝承社(地域活性化支援)のブログ」
大千手十一面観世音菩薩像  紀三井寺の仏像  :「紀三井寺」
大千手観音菩薩 美物、秘仏!和歌山の仏像7選、ぶらぶらお寺巡り:「ロカルわかやま」
世界最大級 41メートルの巨大涅槃像 ねぼとけさん「お身ぬぐい」 :「毎日新聞」
篠栗町【南蔵院】世界一のブロンズ涅槃像と金運アップのパワースポット★すす払いは12/26  :「福岡たのしか」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)