このシリーズでは初の短編連作集である。奥書を読むと、「読楽」(2016年9月号~2021年1月号)に順次掲載された短編7つが収録されている。2021年3月に単行本が出版された。テーマの焦点をごく絞り込んだ形でさらりと描き上げたという印象を受ける作品集になっている。
みなとみらい署刑事組対課暴力犯対策係の諸橋夏男係長、城島勇一係長補佐、浜崎吾郎巡査部長、倉持忠巡査部長、八雲立夫巡査長、日下部亮巡査たちの日常勤務の一面に光りを当てその行動の中にそれぞれの人物像を鮮やかに描き込んでいる。短編の持ち味を活かすほぼストレートなストーリー展開であり、よどみなくさらりと一編を読み終えることができる。短編の良さを巧みに発揮しているなと感じる。読了印象は爽やかである。
勿論、そこに諸橋・城島が横浜のヤクザに対処していく上で情報源とする神風会の組長神野善治、代貸の岩倉真吾が要所要所で登場する。さらに、キャリアで変わり種である県警本部監察官室の笹本康平監察官が例によって首を突っ込んでくる。
読後印象を交え、各短編を少しご紹介していこう。
<タマ取り>
神風会の神野を狙う男が現れたと浜崎が城島に報告する。「本牧のタツ」が常盤町の神野のタマを狙っているという噂を倉持が聞き、今倉持と八雲がその件を当たっていると浜崎は城島に告げた。これはヤクザとヤクザの抗争事件の発端なのか? 諸橋と城島は常盤町に様子を見に出かける。
諸橋に尋ねられて倉持は自分の情報源から噂を聞いたと言う。八雲はネットで情報収集して、ある掲示板に「本牧のタツが神野のタマを狙う」という書き込みを見つけたという。それも一度だけだと。
諸橋は本牧のタツを徹底的に洗えと指示する。
ちょっとコミカルなオチがついたストーリー。ふっと笑いを誘う。
<謹慎>
浜崎から連絡を受けた倉持と八雲は、桜木町駅からほど遠くない現場に駆けつける。そこには諸橋・城島が酔漢五人組と対峙していた。彼等を検挙するのだが、そこは伊勢佐木署管内というおもしろさから始まる。そして、八雲と倉持のプロフイールがさりげなく織り込まれていく。この辺りの自然な転換は著者の手慣れたところだ。
それから、数日後、倉持は浜崎から連絡を受け現場に駆けつけたとき、いずれもタチの悪そうな3人の男が路上に倒れているのを目にする。一方、諸橋と城島がなぜか二人とも戸惑ったようにその場に立ち尽くしていたのだった。
八雲が身柄をどうするか諸橋に尋ねたとき、複数の人間が駆けつけて来た。県警本部組対課の土門と下沢と名乗り、身柄を本部に運ぶと言う。
3人組の内の一人が、諸橋と城島を訴えたことで、二人は謹慎状態になり、笹本監察官がみなとみらい署に乗り込んでくる。浜崎たちに質問していた笹本は目撃者捜しを示唆する。彼等は上司の汚名を雪ぐために捜査を開始する。
諸橋・城島のその時の心理と、事件の意外な展開がおもしろさを加える。
<やせ我慢>
浜崎が「稲村力男が出所します」と城島に告げるシーンから始まる。城島が3年前に傷害で検挙した男だ。稲村は出所したら城島にお礼参りをするとずっと息巻いていたという。城島は「どうってことないよ」と答える。
やり取りを見聞していた日下部は、席に戻った浜崎に城島の肝っ玉のでかさに感じ入ると話しかける。「ああ、おれもそう思う。だが、本人は違うと言っている」と。
この短編、城島が稲村にどのように対応するかという側面と、浜崎が日下部に、城島の過去と己の過去の有り様を語って聞かせる側面が描き込まれていく。
自分はマル暴に向いていないと言う日下部に対し、浜崎は言う。「いいかい、やせ我慢も続けていりゃ、いつか本当の我慢になるんだ」「自分で自分を演出するんだ。恰好から入るのも大切だよ」と。
諸橋・城島に対する浜崎の信頼感の発露がエンディングになっている。
暴対係の結束力を感じさせる一編である。
<内通>
県警の組対本部薬物銃器対策課とみなとみらい署の暴対係は合同で、覚醒剤の売人・川森元を長い間追跡し続けていた。暴対係は県警本部に協力して、川森を張り込んだ。身柄を県警本部に引っぱって行くことまではできたのだが、川森自身の薬物反応は陰性で、車からの証拠も出ない。検挙できなかったのは暴対係から情報漏洩があったのではと、本部側が疑うことに。
笹本監察官がみなとみらい署に乗り込んで来て個別に質問し監察を始める。IT関係に強い八雲に対し質問を終えた後、サイバー犯罪対策課への異動を餌に、暴対係内のスパイにならないかと笹本は誘いを掛ける行為に出た。八雲はどうする?
暴対係は汚名を雪ぐためにどういう行動にでるか?
面白い展開となっていく。八雲と笹本の会話でエンディング。これが楽しい。
<大義>
笹本監察官は佐藤本部長に呼び出される。赴任して間もない佐藤本部長のやり方が笹本にはまだ分かっていなかった。なぜ呼びだされたかも不明だった。佐藤は開口一番、神奈川県警だけに不祥事が多いとは思っていないと言った。その上で、みなとみらい署の暴対係、諸橋警部が常盤町あたりのマルBとよくつるんでいるとの話を聞く。そういう癒着はマスコミの恰好の餌食になる。「ハマの用心棒」と呼ばれる諸橋係長がなぜ神風会だけ特別扱いするのか、納得のいく説明をしてくれ、と笹本に指示したのだ。
そんな最中に、被害者も加害者もマルBという傷害事件が発生していた。その事件を組織対策本部が担当しているという。事件現場の所轄はみなとみらい署だった。
笹本は即座にみなとみらい署に出向いていく。現場はこれが抗争事件に発展しかねないことにぴりぴりしていた。笹本は、諸橋と城島の行動に同行し、事件に首を突っ込むと二人に告げる。笹本は二人の事件への取り組み方をつぶさに見聞することになる。そこには、勿論、二人が常盤町の神野を訪れることも含まれていた。諸橋は、この傷害事件が横浜での抗争に発展しないよう未然に防止することと加害者の速やかな逮捕に取り組んで行く。そこには諸橋にとって情報源である神野の影の協力があった。笹本はつぶさに実情を見聞することになる。
笹本は県警本部に戻り、佐藤部長に面談を求めて報告する。二人の会話がおもしろい。
<表裏>
諸橋と城島が常盤町の神野を訪ねると、先客がいた。先客はフリーライターの増井治と名乗った。彼は任侠団体についての取材を神野に求め、話すことはないと拒絶されたところだった。諸橋と城島を知っていた増井は、この二人を追いかけることに方針転換した。勿論増井は諸橋から取材を拒否されたが、知る権利があると主張し勝手に同行すると告げる。
諸橋と城島は増井を相手にしない。二人は相声会傘下の五十田組組長の五十田を彼の行きつけのクラブで待ち受ける。そこに増井が飛び込みで入り込んでくる。すると、彼の言動に五十田が興味を示す。その結果、増井はヤクザの表と裏を身をもって実体験することになる。
諸橋以下暴対係は、増井の苦境を救う役回りになっていく。この展開が興味深い。
結果的に増井が諸橋たちの本業の役に立つことになる。
<心技体>
諸橋らは、県警本部の暴力団対策課から、隣の戸部警察署管内にある暴力団のフロント企業の事務所に対するガサ入れの協力を頼まれる。該当事務所前に着いた後、早速姿を現したチンピラに捜査員たちは応対していくことになる。本部の笠原係長は、倉持がチンピラに応対する様子を見て、諸橋に彼は下っ端にすっかり舐められていたじゃないか、大丈夫かと問いかけた。配置換えが必要ではとまで言う。諸橋は「必要ない。充分やれているよ」と答え、取り合わない。
諸橋は警察官専門の雑誌から受けている新年号向けの企画に絡み、倉持に座右の銘があるかと尋ねる。倉持は強いて言えば「心技体」だと答える。
久仁枝組と多嘉井組との間での喧嘩が起こりそうな状況に至る。現場に応援に来た笠原係長はそこで倉持に対する認識を変えさせられるという痛快な結果になる。ここがオチになっている。
みなとみらい署の暴対係には、個性のあるおもしろい連中が集っている。
最後は読者を楽しませるエンディングになっている。
次作を期待して待とう。
ご一読ありがとうございます。
このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『帝都争乱 サーベル警視庁2』 角川春樹事務所
『清明 隠蔽捜査8』 新潮社
『オフマイク』 集英社
『黙示 Apocalypse』 双葉社
『焦眉 警視庁強行犯係・樋口顕』 幻冬舎
『スクエア 横浜みなとみらい署暴対係』 徳間書店
『機捜235』 光文社
『エムエス 継続捜査ゼミ2』 講談社
『プロフェッション』 講談社
『道標 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新6版 (83冊) 2019.10.18
みなとみらい署刑事組対課暴力犯対策係の諸橋夏男係長、城島勇一係長補佐、浜崎吾郎巡査部長、倉持忠巡査部長、八雲立夫巡査長、日下部亮巡査たちの日常勤務の一面に光りを当てその行動の中にそれぞれの人物像を鮮やかに描き込んでいる。短編の持ち味を活かすほぼストレートなストーリー展開であり、よどみなくさらりと一編を読み終えることができる。短編の良さを巧みに発揮しているなと感じる。読了印象は爽やかである。
勿論、そこに諸橋・城島が横浜のヤクザに対処していく上で情報源とする神風会の組長神野善治、代貸の岩倉真吾が要所要所で登場する。さらに、キャリアで変わり種である県警本部監察官室の笹本康平監察官が例によって首を突っ込んでくる。
読後印象を交え、各短編を少しご紹介していこう。
<タマ取り>
神風会の神野を狙う男が現れたと浜崎が城島に報告する。「本牧のタツ」が常盤町の神野のタマを狙っているという噂を倉持が聞き、今倉持と八雲がその件を当たっていると浜崎は城島に告げた。これはヤクザとヤクザの抗争事件の発端なのか? 諸橋と城島は常盤町に様子を見に出かける。
諸橋に尋ねられて倉持は自分の情報源から噂を聞いたと言う。八雲はネットで情報収集して、ある掲示板に「本牧のタツが神野のタマを狙う」という書き込みを見つけたという。それも一度だけだと。
諸橋は本牧のタツを徹底的に洗えと指示する。
ちょっとコミカルなオチがついたストーリー。ふっと笑いを誘う。
<謹慎>
浜崎から連絡を受けた倉持と八雲は、桜木町駅からほど遠くない現場に駆けつける。そこには諸橋・城島が酔漢五人組と対峙していた。彼等を検挙するのだが、そこは伊勢佐木署管内というおもしろさから始まる。そして、八雲と倉持のプロフイールがさりげなく織り込まれていく。この辺りの自然な転換は著者の手慣れたところだ。
それから、数日後、倉持は浜崎から連絡を受け現場に駆けつけたとき、いずれもタチの悪そうな3人の男が路上に倒れているのを目にする。一方、諸橋と城島がなぜか二人とも戸惑ったようにその場に立ち尽くしていたのだった。
八雲が身柄をどうするか諸橋に尋ねたとき、複数の人間が駆けつけて来た。県警本部組対課の土門と下沢と名乗り、身柄を本部に運ぶと言う。
3人組の内の一人が、諸橋と城島を訴えたことで、二人は謹慎状態になり、笹本監察官がみなとみらい署に乗り込んでくる。浜崎たちに質問していた笹本は目撃者捜しを示唆する。彼等は上司の汚名を雪ぐために捜査を開始する。
諸橋・城島のその時の心理と、事件の意外な展開がおもしろさを加える。
<やせ我慢>
浜崎が「稲村力男が出所します」と城島に告げるシーンから始まる。城島が3年前に傷害で検挙した男だ。稲村は出所したら城島にお礼参りをするとずっと息巻いていたという。城島は「どうってことないよ」と答える。
やり取りを見聞していた日下部は、席に戻った浜崎に城島の肝っ玉のでかさに感じ入ると話しかける。「ああ、おれもそう思う。だが、本人は違うと言っている」と。
この短編、城島が稲村にどのように対応するかという側面と、浜崎が日下部に、城島の過去と己の過去の有り様を語って聞かせる側面が描き込まれていく。
自分はマル暴に向いていないと言う日下部に対し、浜崎は言う。「いいかい、やせ我慢も続けていりゃ、いつか本当の我慢になるんだ」「自分で自分を演出するんだ。恰好から入るのも大切だよ」と。
諸橋・城島に対する浜崎の信頼感の発露がエンディングになっている。
暴対係の結束力を感じさせる一編である。
<内通>
県警の組対本部薬物銃器対策課とみなとみらい署の暴対係は合同で、覚醒剤の売人・川森元を長い間追跡し続けていた。暴対係は県警本部に協力して、川森を張り込んだ。身柄を県警本部に引っぱって行くことまではできたのだが、川森自身の薬物反応は陰性で、車からの証拠も出ない。検挙できなかったのは暴対係から情報漏洩があったのではと、本部側が疑うことに。
笹本監察官がみなとみらい署に乗り込んで来て個別に質問し監察を始める。IT関係に強い八雲に対し質問を終えた後、サイバー犯罪対策課への異動を餌に、暴対係内のスパイにならないかと笹本は誘いを掛ける行為に出た。八雲はどうする?
暴対係は汚名を雪ぐためにどういう行動にでるか?
面白い展開となっていく。八雲と笹本の会話でエンディング。これが楽しい。
<大義>
笹本監察官は佐藤本部長に呼び出される。赴任して間もない佐藤本部長のやり方が笹本にはまだ分かっていなかった。なぜ呼びだされたかも不明だった。佐藤は開口一番、神奈川県警だけに不祥事が多いとは思っていないと言った。その上で、みなとみらい署の暴対係、諸橋警部が常盤町あたりのマルBとよくつるんでいるとの話を聞く。そういう癒着はマスコミの恰好の餌食になる。「ハマの用心棒」と呼ばれる諸橋係長がなぜ神風会だけ特別扱いするのか、納得のいく説明をしてくれ、と笹本に指示したのだ。
そんな最中に、被害者も加害者もマルBという傷害事件が発生していた。その事件を組織対策本部が担当しているという。事件現場の所轄はみなとみらい署だった。
笹本は即座にみなとみらい署に出向いていく。現場はこれが抗争事件に発展しかねないことにぴりぴりしていた。笹本は、諸橋と城島の行動に同行し、事件に首を突っ込むと二人に告げる。笹本は二人の事件への取り組み方をつぶさに見聞することになる。そこには、勿論、二人が常盤町の神野を訪れることも含まれていた。諸橋は、この傷害事件が横浜での抗争に発展しないよう未然に防止することと加害者の速やかな逮捕に取り組んで行く。そこには諸橋にとって情報源である神野の影の協力があった。笹本はつぶさに実情を見聞することになる。
笹本は県警本部に戻り、佐藤部長に面談を求めて報告する。二人の会話がおもしろい。
<表裏>
諸橋と城島が常盤町の神野を訪ねると、先客がいた。先客はフリーライターの増井治と名乗った。彼は任侠団体についての取材を神野に求め、話すことはないと拒絶されたところだった。諸橋と城島を知っていた増井は、この二人を追いかけることに方針転換した。勿論増井は諸橋から取材を拒否されたが、知る権利があると主張し勝手に同行すると告げる。
諸橋と城島は増井を相手にしない。二人は相声会傘下の五十田組組長の五十田を彼の行きつけのクラブで待ち受ける。そこに増井が飛び込みで入り込んでくる。すると、彼の言動に五十田が興味を示す。その結果、増井はヤクザの表と裏を身をもって実体験することになる。
諸橋以下暴対係は、増井の苦境を救う役回りになっていく。この展開が興味深い。
結果的に増井が諸橋たちの本業の役に立つことになる。
<心技体>
諸橋らは、県警本部の暴力団対策課から、隣の戸部警察署管内にある暴力団のフロント企業の事務所に対するガサ入れの協力を頼まれる。該当事務所前に着いた後、早速姿を現したチンピラに捜査員たちは応対していくことになる。本部の笠原係長は、倉持がチンピラに応対する様子を見て、諸橋に彼は下っ端にすっかり舐められていたじゃないか、大丈夫かと問いかけた。配置換えが必要ではとまで言う。諸橋は「必要ない。充分やれているよ」と答え、取り合わない。
諸橋は警察官専門の雑誌から受けている新年号向けの企画に絡み、倉持に座右の銘があるかと尋ねる。倉持は強いて言えば「心技体」だと答える。
久仁枝組と多嘉井組との間での喧嘩が起こりそうな状況に至る。現場に応援に来た笠原係長はそこで倉持に対する認識を変えさせられるという痛快な結果になる。ここがオチになっている。
みなとみらい署の暴対係には、個性のあるおもしろい連中が集っている。
最後は読者を楽しませるエンディングになっている。
次作を期待して待とう。
ご一読ありがとうございます。
このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『帝都争乱 サーベル警視庁2』 角川春樹事務所
『清明 隠蔽捜査8』 新潮社
『オフマイク』 集英社
『黙示 Apocalypse』 双葉社
『焦眉 警視庁強行犯係・樋口顕』 幻冬舎
『スクエア 横浜みなとみらい署暴対係』 徳間書店
『機捜235』 光文社
『エムエス 継続捜査ゼミ2』 講談社
『プロフェッション』 講談社
『道標 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新6版 (83冊) 2019.10.18
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