遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『真贋』 今野 敏  双葉社

2016-10-26 10:06:27 | レビュー
 目黒区内で窃盗事件があったという無線を聞き、捜査三課の萩尾秀一警部補は相棒の武田秋穂と現場に出かけてみることにした。細い路地が入り組んでいて家々が密集し見通しが悪いところである。目黒署刑事課盗犯係長の茂手木進警部補は、萩尾の顔を見るなり、本庁が出張るほどのヤマじゃないぞと声をかけた。萩尾は担当区域の窃盗事件にはできるだけ現場に足を運ぶ方針なのだ。おかげで所轄の捜査員とは顔なじみとなっている。
 窃盗犯は勝手口のディンプル錠をピッキングで解錠し、屋内に入っていた。現場は、特定のひきだしだけ開けて中にあった20万円ほどを盗んでいた。他には何も盗まれてはいないという。萩尾にどう思うか尋ねられた秋穂はダケ松の手口と断定する。萩尾もそうだと考えていた。本名、松井栄太郎。茂手木係長も同意する。
 その足で、萩尾は秋穂とともに、新宿にあるカウンターだけの店に鍵福こと福田大吉に会いに行く。彼はもう引退したと自ら言っている錠前破りの名人だった。ダケ松の居所を尋ねると、窃盗事件の事を聞いた後、現場から徒歩圏内の安アパートに住んでいるだろうと鍵福は答えた。目黒署に行き、茂手木係長に伝えた後、現場近くの捜査に二人は協力する。
 その矢先に、ダケ松をみかけた捜査員が職質をかけたところ、逃走しようとしたことで緊急逮捕されていた。ダケ松はあっさりと犯行を自供した。犯行を認めるから刑務所に入れてくれとダケ松は言う。寝床があって、三食付きの極楽だからと。
 萩尾はダケ松を調べた結果、手口はダケ松のものだが、彼は誰かをかばっているのだと直感する。ダケ松は誰かをかばっている。手口を考えると弟子をかばっているのではないかと萩尾は仮説を立てる。ダケ松は弟子などいないと即座に全面否定した。
 
 翌日、猪野係長に呼ばれて、萩尾は渋谷のデパートの催し物『中国陶磁器の歴史展』のポスターをみせられて、渋谷署の方に顔を出してみてくれと指示される。デパートは警備計画を立てているだろうが、念の為と言う。目黒署に行き、ダケ松と押し問答をした挙げ句、ダケ松は、もっと他にやることがあるだろう、八つ屋長治のこととか・・・という。近々、八つ屋長治のところででかい取引があるという噂だとのみ、ダケ松は言った。
 八つ屋長治とは48歳で本名板垣長治。表向きはまっとうな質屋なのだが、故買屋である。本人は美術品の目利きで、贋作を見破ることに関しては現在右にでる者はいないとさえ言われているという。

 ここで萩尾には、『中国陶磁器の歴史展』が狙われていて、そこにダケ松の弟子が関係しているのではないかと推測する。この歴史展には、国宝に指定されている南宗時代の曜変天目が一点出品される予定になっていて、他に景徳鎮その他の焼き物も多く展示されるという。萩尾と秋穂は狙われる対象が国宝の曜変天目だろうと判断する。

 デパートの催事担当は、事業課長の上条篤志。警備はトーケイ株式会社の久賀(くが)が担当する。警備企画部長という肩書の、萩尾より少し年上にみえ、元警察官と思える人物である。曜変天目は特殊ガラスでできた陳列ケースに納められ、セットすれば、触れるだけで警報が鳴る仕組みになっているという。萩尾が具体的な警備方針と体制を質問すると、久賀の説明では警備態勢は万全のように見える。
 
 捜査第三課の戸波課長が、八つ屋長治を洗うのは少し待てと言う。知能犯を担当する捜査第二課が八つ屋長治絡みで何か画策しているという。萩尾は即座に、贋作問題だろうと推測する。そこに現れたのが第二課特別捜査第二係の舎人真三。35歳の警部補である。
 舎人は贋作と本物が入れ替えられて、本物が国外に売りさばかれるという情報を得たという。
 彼はほとんど一人で行動しているかなり異質な刑事である。

 萩尾と舎人の話し合いで、狙われているのは曜変天目と意見が一致する。特別製の陳列ケースに納められて展示されるので、納められた後すり替えるのは無理だと萩尾は言う。それに対し、空間に穴がなければ、時間に穴があり、その弱点が狙われるはずだと舎人が言う。窯変天目の搬出入には、萩野、秋穂とともに舎人も立ち合うことになる。

 搬出前に、特別に萩尾や舎人は学芸員から出展予定の曜変天目が本物であることを確認し、デパートで特別ケース内に学芸員が納める時も立ち合い、そのときある条件下で舎人もそれが本物と確認したのである。
 だが、開催初日に会場に現れた八つ屋長治は、特別ケース内の曜変天目を見るなり贋作だと断言した。

 この小説のストーリーは、ここまでが準備段階とすると、ここからが第2段階の真贋問題のステージに突入する。
 特別ケースに納められた曜変天目は一種の密室状況にある。美術館内で舎人は本物を検分し、それがジュラルミン製と思われる金属ケースに保管されるのを確認しているのである。それが警備会社の担当者同行のもとで、デパートに搬入されたのだ。

 1.特別ケースに納められたのが本物なのか、贋作なのか? 八つ屋長治の断言はペテンなのか? 
 2.八ツ屋長治の判定通り贋作なら、本物はどこですり替えられたのか?
 3.ダケ松の噂と言う話は、このことをさしていたのか?
 4.ダケ松が弟子をかばっていたとするなら、その弟子はどこでこの事件に関わってくるのか?
 5.八ツ屋長治が会場で贋作指摘するメリットはどこにあるのか?
 6.そもそも曜変天目の贋作を作る事ができるのか? 贋作者はどこにいるのか?
 7.舎人の真贋判定能力そのものが信頼できるものだったのか?
 8.ダケ松とこのすり替え事件がそもそもどこでどのように関わりがあるのか?
 9.トーケイ株式会社の警備計画自体は万全で契約上の落ち度はなく、責任はないのか?
10.ダケ松の発言に絡む事件は切り離し、ダケ松を自供通りクロと判断し送致すればよいのか?

 真贋問題は、紆余曲折を経て真贋判定が二転三転しつつ事態が進展していく。
 
 この後半のストーリー展開が実におもしろい。どんでん返しのおもしろさと言える。
 そこにはダケ松が弟子を受け入れたという萩尾の仮説が重要な判断材料になっていく。ダケ松の弟子に対する思いの質を萩尾は考える。それが荻尾に一つのきわどい判断と具申行動を選択させていく。

 秋穂は舎人の態度に憤慨する。舎人を呼び捨てにして論じるのを荻尾は諫めるが秋穂は相変わらず、呼び捨てにして語る。この呼び捨ての思いがどこから来るのか? これも楽しめるところである。
 そして、舎人がこの曜変天目の真贋事件を通じて一皮むけるという終わり方がいい。

 この作品、著者が楽しみながら書いたのではないかと思わせる小説である。
 デパートの事業担当者の立場で語るリアルな催事運営視点も納得できるところがある。陶磁器についての基本情報も適度に盛り込まれていて、わかりやすい。
 真贋問題はおもしろい落とし所になっている。法律上では罪に問えない行動がとられたことになる結末の側面は、警察小説であることを考えるとその締め括りが楽しくすらある。この結末に至る行動が実際にありえるかとふりかえると、その現実性は極度に低いと思われる。逆にフィクションで想定して構想するというおもしろさと楽しさが感じられる。総じて、職人肌的な筆の進みでエンターテインメント性を盛り込んだ作品に仕上がっているといえるのではないか。
 気楽に楽しみながら読み終えた。

 ご一読ありがとうございます。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

本書に関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
ディンプルキー :ウィキペディア
ディンプルキーの仕組み・構造を全て教えます ? メリットとデメリットについて
    :「MINKAGI みんなの鍵屋公式ブログ」
ディンプルキー《鍵の用語集》 :「ライフサポートサービス」
【防犯】鍵に関して知っておくべき9つのこと  :「Casa Alberta」
キュレーター  :「コトバンク」
学芸員について  :「文部科学省」
知っているようで知らない学芸員の世界  :「NAVERまとめ」
情報過多の時代に求められる"キュレーター"とは  :「NAVERまとめ」
曜変天目茶碗  :ウィキペディア
曜変天目茶碗  :「藤田美術館」
国宝 曜変天目(「稲葉天目」) - 建窯 南宋時代(12~13世紀)
  :「静嘉堂文庫美術館」
世界に三つの曜変天目 斎藤 淳氏 :「LEC会計大学院紀要 第9号」
国宝「曜変天目茶碗」の神秘的な美しさ。その魅力はまるで小さな宇宙:「iemo」
曜変天目茶碗の再現、メカニズム追求の足跡 より
陶芸家林恭助氏作品 曜変天目茶碗  :「江戸川アートミュージアム」
桶谷 寧 曜変天目茶碗 :「黒田陶苑」
景徳鎮 :「コトバンク」
景徳鎮 :「lenoble」

  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

人気ブログランキングへ

↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『防諜捜査』  文藝春秋
『海に消えた神々』  双葉文庫
『潮流 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『豹変』 角川書店
『憑物 [祓師・鬼龍光一]』  中公文庫
『陰陽 [祓師・鬼龍光一]』  中公文庫
『鬼龍』  中公文庫
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新5版 (62冊)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿