遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『焦眉 警視庁強行犯係・樋口顕』  今野 敏  幻冬舎

2020-09-15 11:29:52 | レビュー
 冒頭は2歳下の警部氏家譲から樋口が久しぶりに連絡を受ける場面から始まる。樋口は捜査一課殺人犯捜査第三係である。氏家は捜査二課の選挙係に本部内異動となったという。樋口は殺人事件の特別捜査本部がたったとき、ニ課への異動間なしの氏家とともに、一緒に捜査をすることになっていく。

 世田谷区代沢五丁目にある高級マンションの駐車場で中年男性の刺殺体が発見された。樋口班が出動する。そして北沢署に捜査本部ができることになり、樋口はそのまま北沢署に詰めることになった。安田検視官の見立ては、最初に腹部を刺され、うつぶせに倒れたところを、背面からさらに刺されたというものである。被害者は相沢和史、45歳。樋口班の小椋警部補と樋口はそれぞれ遺体を見て、ともに執拗な攻撃とそこに怨恨を感じた。
 北沢署に殺人事件として特別捜査本部が立つ。初動捜査で、被害者相沢は「株式会社四つ葉ファイナンス」という会社の代表取締役と判明し、実家が横須賀市であることがわかる。樋口は実家の両親に被害者のことと遺体の身元確認に警察署まで来て貰いたい旨を告げるという難しい役割を担うことになる。相沢の両親から、樋口は両親が相沢のために、2年前に100万、去年の6月に200万の金の都合をつけたという事実を聞かされる。

 翌日9時から捜査会議が始まり、天童管理官が報告をしたときに、異変が起こった。出入口から4人の男が入ってきたのだ。刑事部長が彼らを紹介した。捜査二課長の柴原警視正と、東京地検特捜部の検事2人、そして氏家である。樋口は事件が発生する前に、氏家の部署に立ち寄ったとき、偶然にも東京地検特捜部の2人の顔を見ていた。
 キャリアの柴原二課長が捜査本部に関与するという。選挙係の新任係長氏家を連絡係として捜査本部に常駐させるという。そして、捜査会議には柴原二課長と東京地検特捜部の二人も出席することになる。
 なぜ、殺人事件の捜査本部に、二課の選挙係と東京地検特捜部が関係するのか。田端課長を筆頭にして、天童、樋口もその意図が分からなかった。

 このストーリーのおもしろみは、警視庁の殺人事件の捜査本部における捜査の考え方並びに事件捜査の進め方の定石と、東京地検特捜部の捜査感覚との間に、大きな隔たりがあり、違う点を描き出して行くところにある。
 捜査本部は地道に証拠を積み重ね、犯人を絞り込んでいく演繹的なアプローチである。それに対し、東京地検特捜部は大きな事件の予兆をつかみ、事件のシナリオを描いて帰納法的アプローチで証拠を見つけ、事件を解決していくやり方に近いと天童や樋口は捕らえていた。

 この捜査本部が取り組む事件において、被害者が相沢和史であること。彼が秋葉康一と大学時代の同期で当時から今まで友人関係にあったこと。相沢は秋葉の選挙事務所に繰り返し寄付行為をしてきていたこと。この点が東京地検特捜本部の2人の検事、灰谷と荒木には重要なことだったのだ。市民運動家上りの秋葉康一は衆議院議員選に立候補し、その選挙区で与党現役議員を破り、衆議院議員に当選したのだった。
 柴原二課長は灰谷と荒木両検事が彼のもとを訪れた後、秋葉康一の選挙事務所に対し、選挙違反の捜査ということでガサ入れをしていた。それは相沢が殺される前である。
 そして、この相沢が殺されるという事件が発生したのだ。

 樋口たち捜査一課のメンバーは、灰谷・荒木のやり方に胡散くささを抱き始める。さらに、彼らの介入が東京地検特捜部のトップを含めた組織ぐるみでの事案なのか、誰か特定の者との関わり指示のもとでのこの二人の行動なのか、灰谷・荒木という二人の次元での飛び跳ねた捜査なのか・・・・その意図がつかめない。
 更に、刑事部長がどういう考えで捜査本部の会議への彼らの参加を認めたのか。また柴原二課長がどいう意図を持っているのか。彼が灰谷・荒木をどう見ているのか。樋口たちには皆目分からないのだ。
 そのような状況の中で、灰谷・荒木が防犯カメラの映像にキャッチされていたとして、秋元の秘書・亀田至を任意同行で捜査本部に連れて来るという独断行動を取ったのだ。それも、捜査本部の許可なしに、防犯カメラの映像を取り上げてしまっていたのだ。

 田端課長を筆頭にした捜査本部の実働部隊と灰谷・荒木という東京地検特捜本部との間で事件捜査について対立関係が発生して行く。
 
 樋口は、任意同行の亀田に対する灰谷・荒木の取り調べに対し、捜査本部として立ち合うことになる。捜査本部をいわば隠れ蓑にした形で、彼らのシナリオをもとにした取り調べや冤罪に繋がるようなやり方を防ぎたいと思った。
 この取り調べに立ち合ったことが、秋葉康一衆議院議員から抗議の電話が掛かり、それに対応せざるを得ない状況になったときに、樋口がその窓口として、状況説明をする役割を担わせられることに連なっていく。

 対立関係が続く中で、捜査本部はフル回転しながら、地道な犯罪証拠発見と犯人特定への捜査活動を継続していく。

 現実問題として、大阪地検特捜本部によりデータ改竄を行ってまで事件にした事例がある。このストーリーは、警視庁の殺人事件の特捜本部と東京地検特捜本部が事件捜査の進め方において、対立していく構造の中で捜査が進展していくプロセスを活写していく。
 
 青天の霹靂の如く、捜査本部とは無関係に、東京地検特捜部の灰谷と荒木が、亀田に対する逮捕状の許可を裁判所から得るという事態となる。
 捜査本部はどうなるのか。逮捕状が出れば、捜査本部存続の必要性はないのだが・・・・。亀田が犯人でないと確信する樋口たちには、真犯人を突き止めること、そして逮捕することが、焦眉の課題となっていく。

 やはり、このストーリーのおもしろみは、警視庁の特別捜査本部と東京地検特捜部との対立構造を設定した構想にあると思う。そして、その一方に存在する警察官と検事との関係、警視庁と東京地方検察局との関係、警察官・検事と裁判所の関係、さらにはキャリアとノンキャリアとの関係など、常につきまとう相互関係性である。また、国会で問題となった「忖度」という心理もこのストーリーに取り込まれていて、敏感に時代を反映させている点も興味深い。
 
 現職の警察官、検事がこの小説を読んだらどういう印象を持つのか。その本音を聞きたい気がする。

 ご一読ありがとうございます。

本書を読み、そこからの関心事項の波紋としてネット検索をした事項を一覧にしておきたい。
特捜部検事  :「法務省」
特捜とは|特捜を元特別捜査部所属の弁護士が解説  :「刑事弁護コラム」
三匹のおっさん記者、東京地検特捜部を語る 第1回 なぜ、検察は猪瀬直樹を逮捕できないのか 2014.6.1  :「現代ビジネス 講談社」 
障害者郵便制度悪用事件  :ウィキペディア 
忖度  :ウィキペディア
Category:日本の冤罪事件  :ウィキペディア
冤罪事件及び冤罪と疑われている主な事件  :「FANDOM」
冤罪事件に巻き込まれてしまったら  :「刑事弁護コラム」
【必見!】防犯カメラの設置に関する法律とは :「防犯カメラ設置会社ランキング」
街頭防犯カメラと法規制  前田 敬 氏 
No.1154?政治献金と寄附金 :「国税庁」
政治資金規正法  :ウィキペディア

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このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『スクエア 横浜みなとみらい署暴対係』  徳間書店
『機捜235』  光文社
『エムエス 継続捜査ゼミ2』  講談社
『プロフェッション』  講談社
『道標 東京湾臨海署安積班』  角川春樹事務所
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新6版 (83冊) 2019.10.18





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