遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『原発クライシス』 高嶋哲夫  集英社文庫

2014-02-16 12:12:47 | レビュー
 手許にある文庫本は2010年3月25日発行の第1刷である。一番最初は、1999年12月に宝島社から書き下ろし単行本として刊行されていたようだ。その当時はその出版については意識になかった。
 2011年3月11日以降の福島原発事故後、遅ればせながら原発を注視するようになった。一般書や一歩踏み込んだ書などを読み継いできている。あるとき、フィクション分野でこの本が出ているのを知った。そして、タイトルに引かれて読んでみた。

 文庫本カバーに記された著者のプロフィールにまず着目しておきたい。「日本原子力研究所研究員を経て、カリフォルニア大学に留学。79年、原子力学会技術賞を受賞」という経歴の持ち主だった。つまり、原発についてはその原理と発電設備施設の構造を熟知したプロだったのだ。
 このフィクションは、原発でテロが発生するという次元で発想されたものである。東日本大震災という巨大地震と津波を原因として発生したフクシマとは全く異なる次元である。だが、原発の危険性について、「テロリズム」の側面が指摘されているのは事実だ。この作品はそのテロの発生を因として、その解決がどうなるのかのプロセスをフィクションとして描いている。欧米では他の領域・場所でテロは幾度も現実に起こっている。経験的には日本でのテロはまだまだ彼岸の出来事の感じが漂っているが。
 本作品は原子力発電という領域を熟知する著者が、原発でテロが発生したら・・・・という想定で、原発設備とその活動状況について詳細に描き込みながらストーリーを展開している。違う次元ではあっても、現実に福島原発事故を知った後で、原発設備の具体的な設備とその操作などの具体的記述が折り込まれていくストーリー展開に納得感を抱きながら、空恐ろしのリアルを感じなが読み終えた。抽象的に「原発に対してテロ対策が・・・」などという文章を目にしているよりも、たとえフィクションといえども、このような作品として投げ出されたものを読むことで、そのリアルなイメージが湧き、現実感が増す。ほんと、こんなことが発生したら・・・・と感じる次第である。
 
 この作品は北陸の日本海に面する竜神崎に続く海岸のほぼ中央に位置する発電所を舞台とする。新日本原子力発電所、竜神崎第五原子力発電所である。最大電気出力570万キロワット、熱出力約2000万キロワットの熱源となる。通常原発のおよそ5倍、世界最大の発電能力を誇る加圧水型軽水炉という発電所であり、その発電所が開所を迎える直前にテロが発生するという設定のストーリーである。
 
 ちなみに、福島第一原発のプラント諸元を対比してみる。福島第一原発は、6基の沸騰水型軽水炉(BWR)であり、総発電容量は469.6万キロワットという設備能力だった。爆発した1号機は電気出力46万キロワット、熱出力138万キロワット。同じく爆発した3号機は熱出力78.4万キロワット、熱出力238.1万キロワットである。(『福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書』より)
 日本には加圧水型軽水炉が実際に稼働している。
福井県所在の関西電力が運営する3箇所の発電所:
  美浜発電所
  高浜発電所
  大飯発電所
はすべてこのタイプだ。
一方、北陸電力の石川県にある志賀発電所は福島原発と同じBWRタイプである。
 
 本筋に戻す。プロローグは、12月9日、午前1時。富山県沖合2キロに停泊した「ナジェーダ」号(ロシア語の名称、希望・期待を意味する)から一群の人々が17艘のゴムボードで海岸に不法侵入し、気づかれることなく潜伏してしまうというところから始まる。その集団には博士と呼ばれ人物や東洋人も居る。
 そして、ストーリーはテロ発生の前日12月21日(火)から最終日12月25日(土)クリスマスまでの展開となる。

 事件簿風にまとめてみよう。
1.発電所 竜崎第五原子力発電所 上記以外の情報
 原子炉は次世代型。通称『銀河』。政府と民間一体の巨大プロジェクトで開発・建設
 敷地面積 約32万平方メートル、東京ドーム24個分の広さ
 原子炉建屋(圧力容器設置)、原子炉補助建屋(6基のタービン設置)
 制御室建屋(すべてを統括するメインコンピュータ設置)
  :3階建、半地下通路で原子炉建屋とつながっている。
 これらの各建物は厚さ1.5mの特殊コンクリートで防御。一見、巨大古墳風。
 5階建ての建物3棟(事務棟)
 発電所西側 3基の変電設備。沖合1000mに5本の海水取水口。
 最高出力運転時の1日に使用する海水量は約4000トン。
 12月21日時点では、3日後の燃料棒挿入を待つだけの段階にきている。

2.登場人物
 瀧沢俊輔: 東都大学理学部、原子力核物理学科教授。40歳を過ぎている。
  『銀河』の設計段階から参加。基礎実験を行いながら建設に参加した。
  つまり『銀河』設計の中心人物。世界的な核物理学者。
  原子炉全体の制御システム『ソクラテス』を開発。システムの重点は多重防御に。
  人為的事故防止のため完全自動化を目指し、設計された制御システム。
  テロの発生で対策に参画する。最後は現地に行くことを決意する。
 北山技術主任: 発電所の技術関係最高責任者。30年近くの経験。生粋の原発マン。
  テロ発生時に建屋内で作業に従事していた。
  テロが占拠した後、交渉の窓口の位置づけで扱われる。
 長谷川慎一: 一等陸佐。陸上自衛隊東部方面部隊、市ヶ谷駐屯地。
  陸上幕僚監部調査部別室、極東地区戦略室勤務。情報収集担当。
  ロシア関係の予測論文が上官から評価されている人物。本人は実戦部隊勤務志望。
  テロの発生と同時に、その対応の一員とない、現地指揮を取る立場になる。
 仁川結子: GH(グリーンホルダー)東京事務所の広報担当記者。29歳
  GHは原発に反対の立場を取る世界的組織団体。独自の機関誌を発行。
  4年前に、竜神崎原発に関する公民館での公聴会で瀧沢と知り合い、交際継続中。
  原発推進者の瀧沢と原発反対団体の職員が交際を持つという微妙な関係にある。
  近々、瀧沢の家族に会う予定になっている。
  元はフリーのカメラマンで、世界を飛び回っていた。そのとき高津のパートナー。
 高津: フリーの報道カメラマン。30代前半。身長190cm近く、体格が良い。
  竜神崎原発開所の報道のために来ている。テロの発生をいち早く知り、撮影する。
  それを新聞社に持ち込むが、意外な扱いを受ける方向に進展する。
  めげずに独自にテロの背景解明の取材活動に入り、端緒をつかむ。
 松岡昭一: 『アルファ』の代表と名乗る。テロのリーダー格。
 タラーソフ大佐:チェチェン開放戦線の兵士と名乗り、そのリーダー
 
  
3.経緯
 12月22日(水)午前0時すぎ、テロの一群が正門を突破して侵入し、意図も簡単に発電所を占拠するとことから、具体的に展開する。『アルファ』コマンド63名、チェチェン解放戦線42名。
 原子炉起動までの48時間死守するというのが彼らの目標である。100人余りの男たちはロシア陸軍の装備を持ち込んだ。重機関銃、軽機関銃、ロケットランチャー、追撃砲、移動式の地対空ミサイルランチャー、弾薬、手榴弾、ロケット弾・・・・。
 チェチェン解放戦線のメンバーを指揮するのがタラーソフというテロ経験者である。兵士たちの半数以上がKGBと陸軍特殊部隊出身で、すべての兵士はロシアに対して深く、限りない憎しみを抱いている。
 このテロの一団には、原子炉については研究し尽くしているパブロフ博士とロシアから集まった12人の科学者と技術者、日本で加わった3人の技術者という集団が居る。原子炉操業を独自に行える集団が加わっているのだ。パブロフはロシアの原子力政策に絶望して個人的動機からこのテロに加わった。彼は彼なりの考えを抱いてはいる。
 
 原子力発電所の操業、開所式を間近にし準備万端整った段階で、いとも簡単に発電所は占拠された。ロシアの技術者にとって初めてみる西側の原発とはいえ、原子炉起動までの最後のステップであり、十分対応できる自信を抱いている。原発のプロとして彼らは彼らの意図で原発設備に一部修正を加えて、起動させようとする。『銀河』の制御システムにすら、プログラムに改変を加える力量があったのだ。パブロフは制御システム『ソクラテス』の開発者・瀧沢とは原子力分野で親交があったのだ。

 原発の異常事態には、地元の機動隊が対応するところから始まる。テロ行為という想定のなかった機動隊は、あっけなくつぶされてしまう。事態は自衛隊の出動要請に発展する。勿論、政府、総理大臣が関与し、決定していかねばならない展開となる。
 その過程で、瀧沢は総理大臣から召喚されて、技術面での対応に協力をする立場になる。事態を知るためには、現地竜神崎に自ら出かけていく決意をすることになる。
 そして、自衛隊の特殊部隊のリーダーとなる長谷川との係わりが出来ていく。

 この原発のスタートの報道取材に、東日新聞社神谷支局に三日前から泊まり込んでいたフリー・ジャーナリストは、午前四時、ただならぬエンジン音に気づき、その後を追い、竜神崎でのテロ集団と機動隊の戦闘を目撃する。その事実、撮った写真を東日新聞の本社に持ち込み、直接社長と面談するが、その第一報は社長のトップ判断で押さえられてしまう。
 
 12月22日午前1時10分、冨山県警機動隊、408名が出動。銃撃戦開始午前5時。突入を試みた機動隊員のうち42名が死亡、負傷者数300名以上になる・・・そんな状況から事件が動き出す。政府は緊急対策を展開する。
 「国民への発表は?」「いま、事実を発表すれば、パニックが起こります。テロと原発。日本国民が最も神経質になる言葉です。」勿論、原発がテロに占拠された事実は当初報道管制下に置かれていた。そして、午後4時を過ぎてから、テレビで抽象的な内容の臨時ニュースが流される。

 スクープ情報を握りつぶされた高津は、なぜテロが起こったのかについて独自の調査を開始する。そして、思わぬ背景の端緒をつかんでいく。テロの発生する少し前に、『アルファ』というカルト教団の幹部級だった加頭優二、39歳が覚醒剤中毒患者になっていて、東京で売人殺害の上拳銃を乱射し、誰かに撃たれて死亡するという事件が発生していたのだ。

4. テロ集団の要求
 12月23日午前0時過ぎ、『銀河』のコンピュータ制御画面に文字が現れたのだ。テロ集団の日本政府への要求である。要点は
 ・ロシア連邦政府によるチェチェン共和国の完全独立の承認
 ・不当逮捕、監禁されているチェチェン人同士の釈放
 ・『ひかり』教祖と教団幹部の即時釈放
 ・日本円で1000億円、アメリカドル10億ドルの用意
 期限46時間以内、実行されない場合は12月25日午前6時を期して放射能汚染ガスを放出する、という。
 これは真の要求なのか、偽装なのか・・・・・。
 要求に、ロシア連邦政府が絡んでくると、国際外交次元の問題に急転する。世界はテロ行為には断固殲滅する対策が方針になっている。妥協はない。
 まさに緊急対応が迫られている。

 いとも簡単に占拠された原発施設。外部侵入できないよう多重防御されていた筈の『銀河』制御システムが、外部侵入で改変されて作動している状況。ロケット弾や重火器の投入でテロ殲滅行動を取るには、原子炉破壊の想定が必然のなる。発電所には予備燃料を含め濃縮ウラン320トン、プルニウム6トンが貯蔵されていて、さらに原子炉補助建屋の地下には、キャスクに入ったプルトニウムが2.1トン貯蔵されているという。
 瀧沢に関わる人間関係、総理大臣周辺の人間関係、テロ集団内の人間関係、仁川と高津の関係など、様々な人間関係が錯綜していく。

 そして、テロ行為は意外な展開を見せていく。

 本書が出版されたのは、福島の原子炉建屋での爆発が現実に起こったあの日時以前である。まさにまだそんな絵空事・・・・と思われた段階である。勿論、チェルノブイリやスリーマイル島での原発事故は発生していたが。まだ、彼岸の事実だった。
 このフィクションは、単に絵空事・・・・と言い切れるのか。原発施設へのテロ行為の発生の可能性、それへの対策。どこまで現実的に対応されているのか・・・・。
 原発クライシスはもはや机上の論議ではない。別次元でクライシスは既に発生している。さらに違う次元でも起こりうる可能性はあるのだ。
 原発クライシスに対する問題提起、警鐘のフィクションといえる。


 ご一読ありがとうございます。


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少し関連する関心事項をネット検索してみた。その一覧をまとめておきたい。
 
“原発テロ”対策 最前線 :「ワールドWave特集まるごと」
 
原発についてドイツは飛行機対策、アメリカはテロ対策、日本は? :「日本そして日本人」
 
わが国のエネルギー・原子力セキュリティ問題を考える
  ―米同時多発テロ事件を踏まえて  伊藤正彦氏 「季報 エネルギー総合工学」
 
BRIEFING ON NRC RESPONSE TO RECENT NUCLEAREVENTS IN JAPAN
  MARCH 21, 2011  U.S.A
 
米原発に大規模テロ対策不在などの警告 規制委は反論
  2013.08.18 Sun posted at 17:23 JST  :「CNN.co.jp」
 

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原発事故関連 読後リスト

今までに以下の原発事故関連書籍の読後印象を掲載しています。
読んでいただけると、うれしいです。

原発事故及び被曝に関連した著作の読書印象記掲載一覧 (更新2版)


原発事故及び被曝に関連した著作の読書印象記掲載一覧 (更新2版)

2014-02-16 11:40:00 | レビュー
この読後印象記を書き始めてから昨年末までに以下の原発事故関連書籍の読後印象を掲載しています。リストを追加更新いたしました。

読んでいただけると、うれしいです。

☆ 2013年 に読後印象を載せた本の一覧

『「最悪」の核施設 六ヶ所再処理工場』
 小出裕章・渡辺満久・明石昇二郎   集英社新書
 
『この国は原発事故から何を学んだのか』 小出裕章 幻冬舎ルネサンス新書
 
『ふるさとはポイズンの島』島田興生・写真、渡辺幸重・文 旬報社

『原発事故の理科・社会』 安斎育郎  新日本出版社

『原発と環境』 安斎育郎  かもがわ出版

『メルトダウン 放射能放出はこうして起こった』 田辺文也 岩波書店

『原発をつくらせない人びと -祝島から未来へ』 山秋 真 岩波新書

『ヤクザと原発 福島第一潜入記』 鈴木智彦 文藝春秋

『官邸から見た原発事故の真実』 田坂広志 光文社新書


☆ 2012年8月~12月 に読後印象を載せた本の一覧

『原発ゼロ社会へ! 新エネルギー論』 広瀬 隆  集英社新書

『「内部被ばく」こうすれば防げる!』 漢人明子 監修:菅谷昭 文藝春秋

『福島 原発震災のまち』 豊田直巳 岩波ブックレットNo.816 

『来世は野の花に 鍬と宇宙船Ⅱ』 秋山豊寛  六耀社

『原発危機の経済学』 齊藤 誠  日本評論社

『「想定外」の罠 大震災と原発』 柳田邦男 文藝春秋

『私が愛した東京電力』 蓮池 透  かもがわ出版

『電力危機』  山田興一・田中加奈子 ディスカヴァー・ツエンティワン

『全国原発危険地帯マップ』 武田邦彦 日本文芸社

『放射能汚染の現実を超えて』 小出裕章 河出書房新社

『裸のフクシマ 原発30km圏内で暮らす』 たくきよしみつ 講談社


☆ 2011年8月~2012年7月 に読後印象を載せた本の一覧

『原発はいらない』 小出裕章著 幻冬舎ルネサンス新書

『原子力神話からの解放 日本を滅ぼす九つの呪縛』 高木仁三郎 講談社+α文庫

「POSSE vol.11」特集<3.11>が揺るがした労働

『津波と原発』 佐野眞一 講談社

『原子炉時限爆弾』 広瀬 隆 ダイヤモンド社

『放射線から子どもの命を守る』 高田 純 幻冬舎ルネサンス新書

『原発列島を行く』 鎌田 慧  集英社新書

『原発を終わらせる』 石橋克彦編 岩波新書

『原発を止めた町 三重・芦浜原発三十七年の闘い』 北村博司 現代書館

『息子はなぜ白血病で死んだのか』 嶋橋美智子著  技術と人間

『日本の原発、どこで間違えたのか』 内橋克人 朝日新聞出版

『チェルノブイリの祈り 未来の物語』スベトラーナ・アレクシェービッチ 岩波書店

『脱原子力社会へ -電力をグリーン化する』 長谷川公一  岩波新書

『原発・放射能 子どもが危ない』 小出裕章・黒部信一  文春新書

『福島第一原発 -真相と展望』 アーニー・ガンダーセン  集英社新書

『原発推進者の無念 避難所生活で考え直したこと』 北村俊郎  平凡社新書

『春を恨んだりはしない 震災をめぐて考えたこと』 池澤夏樹 写真・鷲尾和彦 中央公論新社

『震災句集』  長谷川 櫂  中央公論新社

『無常という力 「方丈記」に学ぶ心の在り方』 玄侑宗久  新潮社

『大地動乱の時代 -地震学者は警告する-』 石橋克彦 岩波新書

『神の火を制御せよ 原爆をつくった人びと』パール・バック 径書房