遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『官邸から見た原発事故の真実』 田坂広志  光文社新書

2013-02-04 14:58:00 | レビュー
 副題は「これから始まる真の危機」である。ここに著者の思いが凝縮していると感じた。著者の主張は明確である。「もし、これから、この日本という国において、原子力行政と原子力産業の徹底的な改革が行われないのであれば、たとえ私自身がこれまで原子力を推進してきた立場の人間であっても、私は、今後、我が国が原子力を進めていくことには、決して賛成できない。それが、私の、現在の考えであり、立場です。」(p220)だから、一方で「福島原発事故の後も、私は、原子力エネルギーの平和利用の可否について、まだ最終的な結論は出ていないと思っています」(p218)ともいう。つまり、「最後の審判は国民が下すと思います」という。つまり、著者が説明する本書の内容を読者(国民)がどう受け止め、どう判断するかなのだ。
 そして、福島原発事故が「パンドラの箱」を開けてしまったのだという。原子力安全神話の影に隠されていたものが全て次々に飛び出してきた。今まで議論上の懸念事項がすべて、「現実」にここに存在するものになってしまった。「いずれ」ということで議論されてきたことが、現実に今からたちまち対応しなければならない問題になっているのだと著者は説明する。真の危機が始まっているのだと。一部の人々は、「冷温停止状態」という言葉などに惑わされて原発事故が終わったことのようにみているかもしれない。そうじゃないと、本書でわかりやすく警鐘を発している。

 最初に著者のプロフィールを奥書と本書の語りからまとめてみよう。(「語り」というのは、本書がインタビューを受けて、それに著者が回答するという形でまとめられているからだ。対話形式なので、読みやすいまとめになっている。)
 1974年に東京大学工学部原子力工学科卒、'74-'76年に同大学医学部放射線健康管理学教室の研究生となる。それは原子力の環境問題を大学院で研究したいとの考えからだという。このとき、「国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告」を専門家として深く学ぶ。'81年東大大学院の原子力工学専門課程終了。核燃料サイクルの環境安全研究で工学博士取得。放射性廃棄物の問題が、将来必ず、原子力発電の「アキレス腱」になるので、この問題を解決したいと考えたと語る。民間企業に入社し、原子力事業部で、六ヶ所村核燃料サイクル施設安全審査プロジェクトに参画する。アメリカのパシフィックノースウエスト国立研究所にて高レベル放射性廃棄物最終処分計画「ユッカマウンテン・プロジェクト」にメンバーとして参画(この処分計画は最終的に中止となる。地層処分は住民と国民の理解が得られなかったため)。原子力委員会専門部会委員を務める。
 つまり、そのキャリアはバリバリの原子力推進者として関わってきたことを示す。3.11の後、原発事故対応を進める政府・官僚の直ぐ近くで、事故収束対応に関わり、行政の行動実態をつぶさに見て来た上での発言である。本書で赤裸々に行政の実態が語られているわけではない。語り口の端々から想像はできる。その実態を踏まえたうえでの発言である点が重要であると思う。

 総理官邸からの協力要請で、2011年3月29日、原子力工学の専門家として、内閣官房参与に就任。「片手間でやれる仕事ではない」と即断し、事故対策にすべての時間を注ぐと決めて、官邸内に部屋を設定してもらい仕事に就いたという。「本来、参与という立場は、総理からの求めに応じて、適宜、専門的なアドバイスをするという立場ですので、そこまで全面的な時間を割く義務はない」(p16)にもかかわらずである。そして、他の参与の人とは違い、「事故現場の状況が刻々入ってくる東京電力の統合本部に、朝から晩まで詰め、原子力安全・保安院が主催する会議にもほとんど同席した参与」(p17)という形で仕事に携わったという。管内閣の解散により、9月2日に辞任する。

 本書は3部構成になっている。
 著者は参与辞任後、2011年10月14日に、日本記者クラブで講演を行った。その講演の意図を第1部で語っている。福島原発事故が国民に次々と突き付ける問題を知らせ、「真のリスク・マネジメント」対策をとるように次期内閣への提言のためだったのだ。「最大のリスク」は「根拠の無い楽観的空気」だと著者は語る。本書は、この時の講演テーマ「国民の七つの疑問」について、インタビュー質問に対して再び回答する形でまとめられたものといえる。
 第1部「官邸から見た原発事故の真実」という見出しに即するなら、著者は次の点に触れている。要点を抽出しよう。詳細は本書を読んでいただきたい。
 ・政界、財界、官界のリーダーで、どれほど深刻なものだったかの「実感」を持っている人は少ない。 p22
 ・最悪の場合には、首都圏3000万人が避難を余儀なくされる可能性があった。 
  そのシュミレーション結果がだされていた。  p23-24
 ・アメリカやフランスは、自国で直ちに被害拡大予測シミュレーションを実施し、避難勧告を出したと思われる。(著者はアメリカの国立研究所での経験でシュミレーション能力をわかっている) p27
 ・福島原発事故の現在の結果は、単に「幸運」にめぐまれただけ。 p32
 ・「国民の信頼を失う」ことが致命的な障害となるかを理解していない政・財・官のリーダーの人々が多い。p41

 第2部は、「政府が答えるべき『国民の七つの疑問』」である。著者は、第1部の末尾において、「政府は、その『国民の七つの疑問』に真摯に答えることによってのみ、『国民からの信頼』を回復することができるのです」と断言している。
 以下、この7つの疑問と説明の論点について、要約してみたい。その論理の展開本書で精読していただく動機づけになれば、幸いだ。

疑問1 原子力発電所の安全性への疑問
 「世界で最高水準の安全性」という言葉は、「技術的な安全性」(A)と「人的、組織的、制度的、文化的な安全性」(B)を含めての安全性である。たとえば、「JCOの臨界事故」は(A)ではなく(B)の安全性によって起こったもの。「想定外」という落とし穴について、(A)と(B)の両面を絡めて説明を展開する。著者は2011年12月時点で、今回の原発事故の原因が、(A)だけでなく、むしろ(B)が根本の原因だったということが明らかになるだろうと推測している。
 SPEEDIと環境モニタリングがお遅れた理由を行政機構の「組織的無責任」によるものと言う。「規制」の独立性や「経済優先の思想」の問題点を指摘する。再稼働は「信頼」の獲得ができるかどうか。そしてそれは「地元の了解」から「国民の納得」に転換されねばならないし、「確率論的安全評価」の思想には限界がある。この思想には、「確率値の恣意的評価」という落とし穴があるからだと論じる。
 「最高水準の安全性」について、このような論点をクリアできる回答ができるのか。

疑問2 使用済み燃料の長期保管への疑問
 「原子力発電所の安全性」は「原子炉の安全性」もさることながら、「使用済み燃料プールの安全性」が極めて重要である。事故後において、状況次第で「剥き出しの炉心」になる危険性を秘めている。今回の原発事故で、原発へのテロ攻撃というシナリオが浮上してきた。テロ対策に対する日本の弱点をどうするか。現在の「プールの貯蔵容量」の問題は極めて深刻であり、その先に「使用済み燃料」の行き場がない現実をどうするのか。いわゆる、「トイレ無きマンション」と譬えられる状態をどう解決できるのか。

疑問3 放射性廃棄物の最終処分への疑問
 放射性物質は「煮ても焼いても減らない」ものである。「汚染水の処理」は大量の「高濃度放射性廃棄物」発生に問題を移しただけである。その処分場選定には、技術的問題以外に、「安全審査」と「社会的心理」の問題が大きい。「NIMBY(Not in My Backyard)」(私の裏庭には捨てないでくれ)の心理をどう解決できるか。原発事故で、NIMBY心理は拡大した。「中間貯蔵」」は単なるモラトリアムでしかない。また、メルトダウンの事故を起こした原発の「廃炉」は従来の「廃炉」概念では対応出来ない。性質が違う。これらに、真摯に政府は回答できるのか。

疑問4 核燃料サイクルの実現性への疑問
 使用済み燃料から有用なウランとプルトニウムを回収する目的だった六ヶ所村の再処理工場、および高速増殖炉「もんじゅ」はトラブル続きで、技術的に頓挫している。そして、ここに「情報公開」の「透明性」の問題が存在する。核燃料サイクルの実現性への疑問にどう答えられるのか。
 また、再処理工場が稼働したとしても、核燃料サイクル計画は最後には高レベル放射性廃棄物の最終処分問題はなくならない。最終処分の方策がないと、完全に実現性があるとは言えない。この点、どう対応できるのか。

疑問5 環境中放射能の長期的影響への疑問
 「直ちに、健康に影響はない」。それが事実だとしても「長期的に」どのような影響があるかに答えられるのか。「除染」で放射能は無くならない。場所を移転させるにしかすぎない。すべての環境を「除染」することはできない。「精神的な健康」被害にどう対処できるのか。「生態系汚染」にどう対策をうつのか。「早期発見モニタリング」と「安全確認モニタリング」をどれだけ徹底できるのか。

疑問6 社会心理的な影響への疑問
 日本の行政は、「目に見える具体的なもの」だけを扱い、「目に見えないもの」を軽視する傾向がある。だが、「精神的な被害」も冷厳な「現実」として存在する。社会心理的リスクが極めて深刻になることに、どう対処できるのか。長期的視点では「精神的な復興」こそが、最重要課題になる。「国民の知る権利」に対して、「情報公開」をどこまでできるのか。国民からの信頼を失ったときに、「社会心理的リスク」が発生する。「社会心理的リスク」は、たとえば「風評被害」のように、「社会心理的コスト」として跳ね返ってくる。それは「社会的費用」になり、最後は税金などの形で「国民の負担」になる。被曝という観点からは「肉体的な健康被害」と「精神的な健康被害」の両面を合わせて理解していかねばならない。これらの影響にどこまで対応できるのか。

疑問7 原子力発電のコストへの疑問
 原子力発電の本当のコストを明らかにできるのか。今まででも、「核燃料サイクルコスト」や「電源立地対策コスト」などは、コストに算入されていなかった。さらに、「高レベル放射性廃棄物処分コスト」や「目に見えないコスト」である「社会的費用」などをどう評価し、コストを明らかにできるのか。その上での政策的意思決定を行える「新たなパラダイム」で国民の信頼に応えられるのか。
 著者はいう。「これからの時代の政府は、政策的意思決定に際して『目にみえない資本』や『目に見えないコスト』を十分に評価することのできる『成熟した政府』になっていく必要があるでしょう」と(p215)

 本書を読み、これらの疑問は当然の疑問だと感じる。そして、これに対して真摯に考えれば、原発推進という前提での回答は不可能だと思う。著者のいう「脱原発依存」の上で対策を講ずるしかないと私は判断するが、いかがだろうか。

 第3部は「新たなエネルギー社会と参加型民主主義」という見出しだ。
 著者は、自らの「脱原発依存」のビジョンを、「計画的・段階的に脱原発依存を進め、将来的には、原発に依存しない社会をめざす」というビジョンだという。これが現在の国民の平均的な感覚だと分析する。福島原発事故が起きてしまった現在、「脱原発依存」は「目の前の現実」なのだと著者は説明する。原発の寿命を40年と考えても、新増設ができなければ、2050年頃には現実的に「原発に依存できない社会」が到来することになるからだ。原発の安全評価基準、認可基準に対して、国民が人任せにしてはならないということだろう。その基準の設定及び決定に、意識的な参加が必要なのだ。
 著者は新たなエネルギー社会への政策において、4つの挑戦を挙げる。
1) 原子力エネルギーの「安全性」への挑戦  上記の2つの「安全性」の意味で。
2) 自然エネルギーの「基幹性」への挑戦
3) 化石エネルギーの「環境性」への挑戦
4) 省エネルギーへの「可能性」への挑戦
つまり、これらの挑戦を進めることで「現実的な選択肢」を拡げることを提言している。どの選択肢にどれだけウェイトを置くかは、最終的には国民が判断し、選択する形で進めるのが重要なのだというのが、著者の見解と理解した。著者は「観客型民主主義」から「参加型民主主義」へ転換する意識と行動が今や必要なのだと説く。これはその通りだと思う。


ご一読ありがとうございます。

人気ブログランキングへ

田坂広志 公式サイト http://www.hiroshitasaka.jp/

田坂広志 前内閣官房参与 2011.10.14
  福島原発事故が開けた『パンドラの箱』

121102_自由報道協会主催 田坂広志氏 記者会見 :YouTube

余剰プルトニウム 田坂広志氏(音声) :YouTube

高レベル放射性廃棄物 田坂広志氏(音声):YouTube

核のゴミの貯蔵 田坂広志氏(音声) :YouTube

原発立地自治体 田坂広志氏(音声) :YouTube

未来の原子力技術者 田坂広志氏(音声) :YouTube

過去の発言について 田坂広志氏(音声) :YouTube

原子力規制委員会 田坂広志氏(音声) :YouTube

JAPAN VOICES 田坂広志さん提言 :YouTube

官邸から見た原発事故の真実 1/4 - これから始まる真の危機 :YouTube
官邸から見た原発事故の真実 2/4 - これから始まる真の危機:YouTube
官邸から見た原発事故の真実 3/4 - これから始まる真の危機:YouTube
官邸から見た原発事故の真実 4/4 - これから始まる真の危機 :YouTube


人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

このブログを書き始めた以降に読み、読後印象記を載せたものを一覧にします。
次の一覧をご覧ください。ご一読願えれば、うれしいです。

 原発事故及び被曝に関連した著作の読書印象記掲載一覧 (更新1版)

原発事故及び被曝に関連した著作の読書印象記掲載一覧 (更新1版)

2013-02-04 14:43:58 | レビュー
☆ 2012年8月~12月 に読後印象を載せた本の一覧

『原発ゼロ社会へ! 新エネルギー論』 広瀬 隆  集英社新書 

『「内部被ばく」こうすれば防げる!』 漢人明子 監修:菅谷昭 文藝春秋 

『福島 原発震災のまち』 豊田直巳 岩波ブックレット 

『来世は野の花に 鍬と宇宙船Ⅱ』 秋山豊寛 六耀社 

『原発危機の経済学』 齊藤 誠  日本評論社  

『「想定外」の罠 大震災と原発』 柳田邦男 文藝春秋

『私が愛した東京電力』 蓮池 透  かもがわ出版

『電力危機』  山田興一・田中加奈子 ディスカヴァー・ツエンティワン

『全国原発危険地帯マップ』 武田邦彦 日本文芸社

『放射能汚染の現実を超えて』 小出裕章 河出書房新社

『裸のフクシマ 原発30km圏内で暮らす』 たくきよしみつ 講談社


☆ 2011年8月~2012年7月 に読後印象を載せた本の一覧

『原発はいらない』 小出裕章著 幻冬舎ルネサンス新書

『原子力神話からの解放 日本を滅ぼす九つの呪縛』 高木仁三郎 講談社+α文庫

「POSSE vol.11」特集<3.11>が揺るがした労働

『津波と原発』 佐野眞一 講談社

『原子炉時限爆弾』 広瀬 隆 ダイヤモンド社

『放射線から子どもの命を守る』 高田 純 幻冬舎ルネサンス新書

『原発列島を行く』 鎌田 慧  集英社新書

『原発を終わらせる』 石橋克彦編 岩波新書

『原発を止めた町 三重・芦浜原発三十七年の闘い』 北村博司 現代書館

『息子はなぜ白血病で死んだのか』 嶋橋美智子著  技術と人間

『日本の原発、どこで間違えたのか』 内橋克人 朝日新聞出版

『チェルノブイリの祈り 未来の物語』スベトラーナ・アレクシェービッチ 岩波書店

『脱原子力社会へ -電力をグリーン化する』 長谷川公一  岩波新書

『原発・放射能 子どもが危ない』 小出裕章・黒部信一  文春新書

『福島第一原発 -真相と展望』 アーニー・ガンダーセン  集英社新書

『原発推進者の無念 避難所生活で考え直したこと』 北村俊郎  平凡社新書

『春を恨んだりはしない 震災をめぐて考えたこと』 池澤夏樹 写真・鷲尾和彦 中央公論新社

『震災句集』  長谷川 櫂  中央公論新社

『無常という力 「方丈記」に学ぶ心の在り方』 玄侑宗久  新潮社

『大地動乱の時代 -地震学者は警告する-』 石橋克彦 岩波新書

『神の火を制御せよ 原爆をつくった人びと』パール・バック 径書房