遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『動的平衡2 生命は自由になれるか』 福岡伸一  木樂舎

2013-02-16 23:43:01 | レビュー
 著者の『生物と無生物のあいだ』という新書がベストセラーになっていたことは知っていた。しかし、未読である。著者の本を読むのはこれが初めてだ。著者名を記憶していたので、この本の「動的平衡」という語句に惹かれて本書を手に取った。これが2冊目ということを意識せずに読み始めた。今、改めて1冊目とかつてのベストセラーに立ち戻って、読んでみようかと思い始めている。そんな気にさせる本だった。

 私が一番印象に残るのは、まえがきにかえてのエッセイ、「美は、動的な平衡に宿る」である。生物学者の観点から、彫刻、絵画、ダンスなどを眺めたその捉え方が、すごく新鮮だった。こういう観賞のしかたもあるのだ・・・・と。筆者は、その対象物の中に動的平衡を読み取っている。
 「生物を現象として捉えると、それは動的な平衡となる」(p1)のだという。その続きに、「絶え間なく動き、それでいてバランスを保つもの。動的とは、単に移動のことだけではない。合成と分解、そして内部と外部とのあいだの物質、エネルギー、情報のやりとり」と定義づけている。より厳密には、「それを構成する要素は、絶え間なく消長、交換、変化しているにもかかわらず、全体として一定のバランス、つまり恒常性が保たれる系」(p76)だという。

 この巻頭エッセイの中に、科学エッセイといえる本書の基本的な考え方が表明されているように思う。上記の対象物を見て、著者はこんな考えを表明しているのだ。
*人間は渦巻き文様を見ると、めまいを憶え、またそこに生命の躍動を感じた。p2
*メディアとは、何かをためこんだアーカイブではなく、動的な流れとしてある。p8
*人間もまた生物として独自の知覚と行動によって自らの「環世界」を作り出している。客観的な世界などない。絶え間なく移ろう世界を、激しく動く視線で切り取って、再構成したものが私たちの世界である。私たちは自ら見たいものを見ているのだ。 p12
*人間の動きが生命的である理由。それは生命が同時性を持った協同性の上に成り立っているから。動的な美はまさにそこにある。  p16
*私がフェルメールに魅せられるのは、彼こそが、動的な平衡の上に美が宿ることを示し続けてくれるからである。

 つまり、本書を貫くキーワードは「動的平衡」である。遺伝子、DNAという最先端の科学分野を取り扱い、素人にわかりやすく科学エッセイとして様々な切り口から語ってくれている。本書は次の章立てで構成されている。
第1章 「自由であれ」という命令 - 遺伝子は生命の楽譜にすぎない
第2章 なぜ、多様性が必要か - 「分際」を知ることが長持ちの秘訣
第3章 植物が動物になった日 - 動物の必須アミノ酸は何を意味しているか
第4章 時間を止めて何が見えるか - 世界のあらゆる要素は繋がりあっている
第5章 バイオテクノロジーの恩人 - 大腸菌の驚くべき遺伝子交換能力
第6章 生命は宇宙からやって来たか - パンスペルミア説の根拠
第7章 ヒトフェロモンを探して - 異性を惹き付ける物質とその感知器官
第8章 遺伝は本当に遺伝子の仕業か? 
      - エピジェネティクスが開く遺伝学の新時代
第9章 木を見て森を見ず - 私たちは錯覚に陥っていないか
生命よ、自由であれ - あとがきにかえて
 難しそうなタイトルであるが、本文での説明は平易で読みやすい。この分野の知識がなくても読み進めることが十分にできた。具体的な事例紹介が多いので内容に入って行きやすい。

 著者の主張点を引用あるいは要約しておこう。なぜ、そうなのかという思考展開プロセスを読むのが、本書の楽しみといえるだろう。(要約したものは末尾に[要]を付す)

 第1章 >>動物行動学者ドーキンスの生命の定義からの思考展開
*生物の集団が、見かけ上、未来に起こりうることを想定して、それに対応した仕組みに進化させているようにみえる、この観察事実は、新しい生物学、新しい進化学を考えるうえでとても刺激的な問題提起なのである。  p37
*最近、エピジェネティックスという考え方が出てきた。簡単に言えば「遺伝子以外の何が生命を動かしているか」を考えるのがエピジェネティックスである。・・・遺伝子上にはそれほど変化は起こっておらず、遺伝子のスイッチのオンオフの順番とボリュームの調節に変化がもたらされたのではないかという仮説・・・・私たちの体のどこかに、その設計図を開く時に遺伝子をオンにするスイッチがあるのだ。  p51-53
*たぶん、遺伝子は音楽における楽譜と同じ役割を果たしているにすぎない。 p57

 第2章 >>ソメイヨシノが育つ環境を守ることからの思考展開
*生命の多様性を知り考えることは、その姿形の多様性、さらにその生きざまの多様性を知り、生命の時間軸とその流れに思いを馳せることだ。[要] p68
*生命の多様性を保全することを考える最も重要な視点は動的平衡の考え方である。[要]  p76
*動的平衡においては、要素の結びつきの数が夥しくあり、相互依存的でありつつ、相互補完的である。だからこそ消長、交換、変化を同時多発的に受け入れることが可能となり、それでいて大きくバランスを失することがない。  p77
*地球環境という動的平衡を保持するためにこそ、生物多様性が必要なのだ。 p78
*生物多様性は、動的平衡の強靱さ、回復力の大きさをこそ考える根拠なのだ。 p79
*生物学でいう「ニッチ」は、すべての生物が守る自分のためのわずかな窪み=生態学的地位であり、分際である。すべての生物はみずからの分際を守っている。それは歴史が長い時間をかけて作り出したバランスなのだ。だからこそ、多様性が重要なのだ。[要」
  p75-80

第3章 >>アミノ酸の研究からの思考展開
*動物の身体は、いつも新しいアミノ酸を必要とし、それを使って体を分解、合成し、代謝物を排出するという循環を続けており、ある決まった状態にとどまることはない。必須アミノ酸の種類は動物により異なる。必須アミノ酸からタンパク質を合成する。そこで「アミノ酸の桶の理論」が出てくる。二酸化炭素問題以上に、窒素の動的平衡に責任を持たねばならない。窒素がアミノ酸の構成要素で、アミノ酸がタンパク質の構成要素なのだから。 [要]

 第4章 >>昆虫少年だった頃の夢からの思考展開
*この世のあらゆる要素は、互いに連関し、すべてが一対多の関係で繋がりあっている。世界を構成する要素は、互いに他を律し、あるいは相補している。・・・この世界には本当の意味で因果関係と呼ぶべきものは存在しない。世界は分けないことにはわからない。しかし、世界は分けてもわからない。 p119

 第5章 >>「タンパク質の単離精製」ギルマンとシャーリーの研究からの思考展開
*人間を含め動物は腸内細菌と共生している。ヒトは大腸菌と共生する。その大腸菌が遺伝子組み換え技術を可能にした。[要]  p124-137
*ほとんどすべての抗生物質が効かない細菌、つまり「スーパー耐性菌」の出現には、動く遺伝子プラスミッドが密接に関係する。プラスミッドは遺伝情報を親から子へ、という世代間ではなく、水平に伝達する。 [要] p138-146

 第六章 >>マイケル・クライトンの小説からの思考展開
*生命の情報は、必ずDNA→RNA→タンパク質の方向にしか流れないという、生命現象のセントラルドグマ(中心原理)がある。ならばDNAはどこから来たか。これについて、チェック博士の「RNAワールド」仮説がある。一方、パンスペルミア説というのもある。こちらは地球ではなく宇宙のどこか他の場所から「種」(スペルミア)が地球に流れ着いたという。[要]
*2006年、NASAはスターダスト探査機でヴィルト第ニ彗星の宇宙塵を地球に持ち帰ったが、その塵の中からはアミノ酸(グリシン)が発見されている。 p162

 第7章 >>「匂い」からの思考展開
*異性を惹き付けるほどの、本当の意味でのフェロモン物質の存在はまだまだ立証されていない。 p186

 第8章 >>生命の設計図DNAからの思考展開
*DNAにとって1バイトにあたる情報単位は3文字のヌクレオチドだった。トリブレット暗号である。  p191
*DNAとタンパク質の文法が単一であるというこの事実  p194
*タンパク質の設計図はDNAである。  p204
*マターナルRNA、糸巻き、メチル化、これらはすべてエピジェネティクスを解くためのほんの入口にすぎない。遺伝子の科学は新しい時代の扉を開きつつあるのだ。 p214

 第9章 >>花粉症の治療からの思考展開
*より大量に服用しなければならなくなったり、あるいは耐性菌が出現したりするのは、すべて動的平衡の帰結として起こることである。動的平衡には負の対抗制御(ダウン・レギュレーション)というものがある。  p219
*私たちは、尿によって水を捨てているのではなく、水の流れに乗せてエントロピーを捨てているのだ。必要なのはこのシステムを駆動するための絶え間ない流れ、つまり水のサプライなのである。だからこそ、自分の健康のため、日々、良質の水を摂取することが大切である。 p223
*自分の身体のことを考えることは、同時に環境の持続性を考えることでもある。p224
*動的な平衡は、干渉に対して必ず大きな揺り戻しを起こす。 p228
*がんの発生とは、進化という壮大な可能性の仕組みの中に不可避的に内包された矛盾のようなものだ。  p240
*細胞たちはお互いのコミュニケーションをと通して、相互補完的に自分の役割を決めていくのである。  p250

 著者は本書の末尾を次のパラグラフで締め括っている。
 「意外に聞こえるかもしれませんが、私たちの世界は原理的にまったく自由なのです。それは選びとることも、そのままにおくことも可能です。その自由さのありように意味があるのだと、私は思うのです。」

 最後に、興味深い発言の部分を引用しておきたい。
*生命とは動的平衡を保とうとする、柔軟で可変的な存在である。押せば押し返し、沈めようとすれば浮かび上がろうとする。  p238
*がんとは、私たちの生の一部であり、生そのものである。たとえ、それがついには私たちを死に導くものだとしても。  p240
*少なくともミクロな世界では宿命や運命はありません。因果律も決定論もないのです。そこにあるのは共時的な多義性だけです。・・・・・私は人生についても同じように考えています。どうしようもないこと、思うようにはいかないこと、取り返しがつかないこと。人生にはさまざまな出来事があります。しかし、それは因果的に起こったわけでもなく、予め決定されていたことでもない。共時的で多義的な現象がたまたまそのように見えているにすぎません。観察するからそのように見えるだけなのです。


ご一読、ありがとうございます。

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 本書に関連する語句をいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。

遺伝子 :ウィキペディア

ヌクレオチド :ウィキペディア

DNA → デオキシリボ核酸 :ウィキペディア

RNA → リボ核酸 :ウィキペディア

必須アミノ酸と非必須アミノ酸 :「オーソモレキュラー.jp」
必須アミノ酸 :ウィキペディア

生命の起源 :ウィキペディア
「地球の生命は宇宙から来た」説を検証(1):極限状況に耐える微生物の存在
  :「WIRED」

パンスペルミア説 :ウィキペディア

エピジェネティクスとは? :「国立がん研究センター 研究所」
エピジェネティクス :ウィキペディア
日本エピジェネティクス研究会のホームページ
生物学を変えるエピジェネティックス :「Newsweek International Edition」

フェロモン :ウィキペディア
ヒトとフェロモン  :「東京都神経科学総合研究所」
特許取得のヒトフェロモン  :「フェロモン香水研究所」

Programming of Life :YouTube

How DNA is Packaged (Advanced) :YouTube

Mechanism of DNA Replication (Basic) :YouTube

Mechanism of DNA Replication (Advanced)  :YouTube

遺伝子組換え 高校生物実験 GFP遺伝子の導入で 光る大腸菌:YouTube


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