行政書士山浦清美のお気楽トーク

行政書士、省エネ・節電、農業、飛行機、ボウリングのことなどテーマ限定なしのお気楽トークができればと思っております。

NHKはスクランブル放送にしたら?

2012-10-29 | うんちく・小ネタ

 NHKは放送受信料の支払率が全国平均72.5%であると公表しております。放送法により、NHKの放送を受信できる受信設備を設置したものは、受信契約を義務付けられております。つまり、実際にNHKの放送を視聴しようがしまいが受信料を支払わなければならないということになります。

 さて、受信料の支払率の72.5%を高いと見るか、それとも低いと見るか。法的に義務付けられたものですから、本来ならば100%であるべきでしょう。しかし、1/4以上の方々が支払っていない現実をどうみるべきでしょうか?

 国民年金保険料の納付率に比べると高いと言えるかも知れません。受信料の場合には、支払わないからといって、大したペナルティーがある訳でもありませんし、NHKの放送が見られなくなる訳でもないのにも関わらず、このような結果であるということは、ある程度NHKが支持されているとも言えるのでしょう。

 さて、NHKが受信料を徴収してまでして存在する意義は、私の独断と偏見で言わせていただきますと、スポンサーや視聴者の意向に従うことなく、独自の姿勢で番組作りをすることにあると考えます。視聴率とかを気にせず、クオリティの高い内容を世に送り出すことにあります。あるいは放送技術(新技術などの開発を含む)の発展に寄与することも挙げられるでしょう。

 しかし、最近の番組を見ていると民放と似たような番組が多くなったような印象を受けます。バラエティー情報番組などは、民放に一日の長があります。スポーツコーナーなどで、朝っぱらから不自然なハイテンションでギャーギャー騒がれると民放の方に切替えてしまいます。元来真面目なアナウンサーが無理してやっているのを見ると痛々しささえ感じてしまいます。民放と同じ内容ならば、民放の方が格段に上手いと思います。視聴者に迎合するような安直な番組は、受信料を徴収してまでも放送する必要があるのでしょうか。NHKが民放と同じ土俵に立つ必要はどこにあるのでしょうか。NHKにはNHKらしさがあって然るべきだと思います。

 NHKが民放と似たようなスタンスで番組作りをするならば、受信料を支払ってまでもNHKを観たいとは思いません。受信料を支払っても観たいと思うような番組作りに能力を傾注していただきたいと思います。

 更に言えば、現在の放送形態では受信料の支払に関して不平等が発生します。不払い者には何らかのペナルティーが必要です。最近は、悪質な場合には提訴しているとのことですが、そんなことしても支払率を大きく改善させることはできないでしょう。契約してもしなくても観られるのであれば、できれば契約したくないと考えるのが世の常でしょう。この対処法は、契約しなければ観られないというのが普通に思います。

 そのためにはスクランブル放送にすることを検討されたら如何でしょうか。スクランブル化すれば、視聴率至上主義を助長するといった議論もあるかも知れません。しかし、先に挙げたように民放と似たような番組作りをするとすれば、公共放送の意義がなくなります。むしろNHKは民放と異なる特色を出すことにより、契約数を増やすことが大切なように思います。現在のように法律で義務付けされ、ある意味守られていることに胡坐をかくような姿勢は如何なものかと思います。スクランブル放送にしたら受信契約の解約が多くなってしまうとお考えならば、それこそNHKの存在意義が無いと言うことになります。

 一昔前ならいざ知らず、現在は全てデジタル放送となっておりますので、やろうと思えば簡単に実現できます。何も全ての番組にスクランブルを掛ける必要はありませんし、災害時の緊急放送などではノンスクランブル放送にするなど臨機応変にできるではありませんか。

 電気料金の値上げで社員の給与の高さが問題になりました。NHKの給与の高さは、電力会社の比ではないと言われております。それを支えているのは受信料です。電気料金を支払わなければ有無を言わさず電気を止められます。年金保険料を支払わなければ、年金が貰えない乃至は減額されます。私には、受信契約をしなければ観られないというのが自然なことのように思えます。そして、強制的に契約をさせられるという放送法のあり方にも疑問を感じます。今後大いに議論していくべきであると考えます。

 

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「農業の常識は、自然界の非常識」-その2

2012-10-27 | 本と雑誌

 せっかく2,100円も出して購入した「農業の常識は、自然界の非常識」ですので、気を取り直してもう少し読み進めることにしてみました。以下同書からの引用です。

 「C.Lケルヴランの「生体による原子転換」と「自然の中の原子転換」(ともに、日本CI協会)という本を読んでみると、今までの私の疑問に対する答えの多くが書き記されていました。それまでに学んできた物質の世界が、何もかも間違った角度で教えられてきたことに気づいたのです。なぜこんな大切なことが学問として成立せず、生命の働きを化学など一方的な学問に当てはめ、自然科学の本質を歪めてしまったのでしょうか。おそらく実験室だけに閉じこもる一部の人々がエネルギー保存則の法則を盾に、これらの事実を排除してしまったのでしょう。宇宙空間に広がる無限のエネルギーと、自由な原子の移動を知らなければ、何にしても正しい理解はできないだろうと思うのです。これらの原子転換は微生物やその酵素、あるいは電気や磁気、圧力、そして超音波や赤外線、紫外線でも起こります。物質を支えるスカラー波や重力子とも呼ばれる力がリズムを取り、黄金比や空間に産まれるひずみに作用しているのではないかと考えています。」 以上引用終わり。

 ここまで来て、もう限界です。とうとうスカラー波まで登場してしまいました。私は学生時代は物理学専攻でしたが、スカラー波なる言葉を聞いたことがありません。それとも最近の物理では、このような術語を使っているのでしょうか。

 また、寡聞にしてC.L.ケルヴランという人物を存じ上げておりませんが、生物学的元素転換説の提唱者とのことです。著者の高橋氏によれば同博士が常温核融合で1975年のノーベル賞候補に挙がったと紹介されております。しかし、実際に同氏が受賞したのは、1993年のイグノーベル賞であり、その受賞理由は「錬金術の熱心な崇拝者」とのことです。

 「農業の常識は、自然界の非常識」で引用した「カリウム(K=原子量39)に水素(H=原子量1)が加わるとカルシウム(Ca=原子量40)になります」という現象(?)もこの常温核融合という理論から導き出されたのでしょうか。一般的には、カリウム(K=原子量40)のβ崩壊でカルシウム(Ca=原子量40)となる現象が知られております。

 そもそも本書で原子転換理論が語られているのは、ニワトリはほとんどカルシウムを摂取しないのに卵の殻はほとんどカルシウムから出来ているのは何故かという疑問に対する説明としてです。要はニワトリの餌にはカリウム分が多く含まれており、これがニワトリの体内でカルシウムに転換したのだというのです。だからカルシウムの摂取量以上の卵の殻が出来ると。

 生体内でカリウムがカルシウムに転換できるとすれば、なぜ人はカルシウムを摂取する必要があるのでしょうか。これはニワトリだけに生ずる特別な現象なのでしょうか?

 更に、これも同書で紹介されている例ですが、煮詰めるだけで、カリウムから酸素が抜け出しナトリウムになるそうです。これは常温核分裂とでも仰るのでしょうか。であれば、この世からカリウムは殆ど存在しなくなってしまうのではないでしょうか?

 などなど突っ込みどころ満載の書籍でありました。

 しかし、チョット待てよ。人を批判する前に私は、著者が指摘しているように「生命の働きを化学など一方的な学問に当てはめ、自然科学の本質を歪めて」いるのではないか。「エネルギー保存則の法則を盾に、これらの事実を排除してしまって」いるのではないか。

 私自身も科学的結論を自分の都合の良いところだけ取り上げて議論しているのではないかと常に自戒する必要があると思います。

 それにしても自然農法に関して、バイオダイナミック農法だとかEM菌を用いたものだとか、こんなにも多くの手法があるのには驚かされました。百人百姓がいれば百通りの方法がありそうです。それぞれに主張があり、実践的な裏付けや思いいれがあるのでしょう。

 これらの中で、どのような手法を取り入れて行くかが課題です。少なくとも自分自身で納得出来る手法であり、できれば科学的な裏づけがあるものが望ましいと思っております。

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「農業の常識は、自然界の非常識」

2012-10-25 | 本と雑誌

 高橋丈夫著「農業の常識は、自然界の非常識」-雑草で畑を生命育む森にする(三五館)

 私の目指す「自然農法」に役立つかと思い、タイトルに惹かれてネット通販で購入しました。ところが序章を読み始めた途端、微妙な違和感を憶えました。

 更に読み進めて、次の行まで来たら「あちゃー」と思ってしまいました。以下同書からの引用です。

 「灰の主成分のカリウム(K=原子量39)を煮詰めることで酸素(O=原子量16)が抜け出し、塩の主成分であるナトリウム(Na=原子量23)に変化したためであり、カリウム(K=原子量39)に水素(H=原子量1)が加わるとカルシウム(Ca=原子量40)になります。この原子転換は実に小さなエネルギーによって簡単に行われてしまうのです。」 以上引用終わり。

 もうこの先を読む気力を失ってしまいました。

 せっかくですので、もう少し読んでみました。⇒【「農業の常識は、自然界の非常識」-その2

<<参 考>>

現代農業は巨大な化学実験場か?」「耕さない農業」「雑草と共存する農業」「害虫といわれる昆虫について(農薬そして雑草と共存することについての一考察)

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二言目には・・・

2012-10-25 | 政治・経済・社会

 自分の思い通りにならないと他人のせいにするのは人の常ではありますが、政権与党の皆様の子供じみた言い訳には飽き飽きしてしまいました。

 田中法務大臣の後任人事の件を問われて、「自民党時代にも前例が・・・」などといったコメントを聞くと、「だから何だって言うんだ。」と思ってしまいます。チャントした理由をコメントすれば済むことでしょう。前例があろうがなかろうが、自民党が良かろうが悪かろうが知ったことではありません。自分達の考えをしっかりと伝えることが重要なのではないでしょうか?

 確かにマスコミが、そこだけを切り取って強調しているのかも知れません。しかしながら、活字媒体でもないのに言ってもいないことが流れる筈もありません。切り取られたらまずいような発言であれば、そもそもしなければ済むだけの話です。全くもって不用意というか脇が甘いと言うしかありません。小泉元首相のように、マスコミ受けするようなコメントをワンフレーズに凝縮する手法もあるのですから、皆さん見習うべきでしょう。

 それにしても言い訳の多いことよ。政権与党には言い訳は求められておりません。どのような状況であろうとも、それを打開する義務が課されております。どのような言い訳をしようとも第一義的な責任は政権与党にあるのです。他党を非難する暇があったら、どのようにすべきかを真剣に考え行動しなければならないのです。

 にも関わらず、現政権は状況を打開する意思も能力も無いどころか、自分達の置かれた状況に対する危機感のひとかけらも無いように思われます。この期に及んで子供じみた言い訳をしているようでは、全く希望がもてません。はっきり言って、もうどうして良いのやら判らないような状況に追い込まれているのではないでしょうか。重要法案は通せない。解散は出来ない。起死回生の打開策はない。ないない尽くしの八方塞がりなのではないですか。

 こうなったら唯一可能なことは、内閣総辞職して下野することです。民主党以外で選挙管理内閣を組閣し、重要法案を速やかに処理した後に国民に信を問うことではないでしょうか。政治の停滞は一刻も許せないと言っていた面々が停滞させまくっている状況を打開するにはこれしかないと思うのですが・・・。

 これを実現するには首相の決断一つに掛っております。野田首相は、もう充分の仕事をなし得たと思います。これ以上首相の座に留まっても、日本国のためになし得ることは何も無いと思います。晩節を汚さないためにも、日本国を救うためにも一刻も早く退陣されることを願います。

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朝日新聞出版、朝日新聞が白旗

2012-10-20 | 政治・経済・社会

 週刊朝日の橋下大阪市長に関する記事による一連の騒動(参考:「橋下大阪市長の取材拒否に対する朝日新聞の反論記事について」)で、朝日新聞出版、朝日新聞がお詫びの文書を出し全面降伏する事態となりました。

 朝日新聞は人権擁護の旗手であることを自認していたのではないでしょうか。にも関わらずこのような記事が掲載されたということを単にお詫びをするだけでなく徹底的に検証すべきであると考えます。

 このブログでも報道の質の低下について書いたことがあります。この一年でも次のようなものがありました。「「節電塗装」に関する新聞記事について」、「「質量」=「重さ」?」、「家庭と大口需要家の消費電力比率に関する報道」、「誤解を招きかねない節電方法に関する報道」、「「世界の風力発電10年で出力10倍」ということですが・・・ 」

 これらは私が専門とする省エネ・節電などに関することで違和感を感じたことを書き連ねたものです。勿論、私の一面的な見方かも知れませんが、少し考えれば分かるだろーといったことや、こんなこと言って大丈夫かなーと思わされることを指摘しております。

 今回の記事についても、ほんの少しの想像力があれば、このような事態にはならなかったものと思います。報道そのものが相当に劣化しているのではないかと思わされるような出来事であったと思います。

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「雨たれて露天の風呂の心地よさ」

2012-10-19 | 川柳

 私は熱い風呂が苦手です。「ぬる湯温泉(古湯温泉、熊の川温泉)は最高!」で書いておりますように、ぬるーいお風呂が好きです。家では湯船にゆったりとつかることはほとんどなく、まさにカラスの行水みたいなものです。真冬でもシャワーで済ましてしまうこともあります。しかし、温泉ともなると入浴料の元を取るぞとばかり、ついつい長時間入ることになります。

小城市の牛津保健福祉センター「アイル」に泳ぎに行きました。プールと温泉がセット料金になっておりますので、水泳の後は必然的に温泉に入ります。この温泉が熱いのです。源泉の温度が高く、自然に冷まして利用しているそうですが、私にとっては我慢がならないくらいに高温に思えます。ですから屋上にある露天風呂に入ることを常としております。露天風呂は幾分温度が低いように思われますし、爽やかな風でも吹いていれば一層心地よさを感じます。

 この日は偶々雨降りで、私の他に湯船に浸かる人もなし。頭上に日よけ(?)のために設けてあるヨシズのようなものを通して、ぽたりぽたりと雨だれが滴り落ちてきます。露天風呂の熱いお湯による湯気と雨の風情が相俟って、何ともいえないような情景が醸しだされたのでありました。これに川のせせらぎでも聞こえてくればこの上なく風流だななどとひとりごちておりました。ということで標題の川柳一首とあいなった次第です。

 スポーツをした後の心地よい疲れを、ゆったりとした下半身浴で癒すことができ、この上もなく充実した一日でした。

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橋下大阪市長の取材拒否に対する朝日新聞の反論記事について

2012-10-18 | 政治・経済・社会

 週刊朝日に掲載された記事に関して、橋下大阪市長(日本維新の会代表)が朝日新聞グループからの取材に回答を拒否するとしている件につき、朝日新聞に朝日新聞出版のコメントとして反論記事が掲載されておりました。その主張の要旨は次の通りです。

①週刊朝日を発行している朝日新聞出版は朝日新聞から独立した別会社であり、同週刊誌は朝日新聞とは別媒体

②朝日新聞出版の刊行物は同社が責任を持って独自に編集

③今回の記事は、公人である橋下徹氏の人物像を描くのが目的

 全てごもっともな主張ではありますが、果たして朝日新聞出版なる会社が朝日新聞から完全に独立した会社であると世間で通用するでしょうか。同社の出資比率が分かりませんので、子会社かどうかは判然としませんが、朝日新聞のWebサイトにはグループ会社として掲載されております。また、朝日新聞出版の社長メッセージにも「朝日新聞出版は、朝日新聞社、テレビ朝日とも協力し、日本文化の一翼を担おうと努めています。」(同ページからの引用)と記載されております。更に、朝日新聞出版の社長は、朝日新聞のご出身とか。

 このように朝日新聞出版は朝日新聞を中核とした朝日新聞グループの一員であり、密接な関係があることを疑う余地はないと思います。今回の反論記事の①、②に関する部分は、余りにもご都合主義であると考えます。あるときは朝日新聞の名を借り、はたまたあるときは朝日新聞とは関係ないというような主張は如何なものでしょうか。

 ③の主張に関しては、言論・出版は表現の自由でありますから、誰が何を書こうと自由です。但し、書いたことの責任は取らねばなりません。取材拒否されようが、訴訟を起こされようが、正々堂々と主張すべきことは主張されたらよろしいのではないでしょうか。

 朝日新聞が取材拒否され、ネタ落ちでもすることがそんなに恐いのですか。私には、今回の件は、別会社が勝手にやったことで我々とは関係ないから、どうぞ取材だけはさせてくださいねと言っているように聞こえてしまいます。

 橋下さんの朝日新聞嫌いは存じ上げておりますが、そんなケチくさいこと言わないで、もっと鷹揚に対応された方がよろしいのではないでしょうか。その方が器が大きく見えるように思いますよ。ちょうど浮気がばれた時の対応のように・・・。

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久々の雨

2012-10-17 | ブログ

 本当に久々にまとまった雨が降っております。前回台風(9/30)の影響による雨が降って以来です。この時も降水量はさほどでもありませんでしたので、まさに待望の雨となりました。1200リッターの雨水タンク2基もほぼ空になってしまいました。一方が空になりそうなことはあっても、両方ともこのような状況に陥ってしまうのは初めてです。

 この雨水タンクは、昔みかん畑の潅水や防除用に使われていたもので、田んぼに放置されていたものの再利用です。従来は、井戸水を使用していた畑の水撒き用水は、この2基の雨水タンクで賄うことができるようになりました。仕掛けはいとも簡単なもので、雨樋を途中でカットし雨水タンクに誘導しているだけです。散水も10リットルのジョウロを用いた手作業ですから、いたって省エネなものです。

 10kgのジョウロで十数回、時には数十回の水撒き作業は大変とお思いでしょうが、これも運動不足解消と思えばさして苦労と思っておりません。そして何より、チョットした異変を確認したり、日々作物が生長していく姿を眺める楽しみがあります。

 愛情をタップリ注いで育った作物はやがて収穫期を迎えます。ここ2週間くらいは、ピーナッツやエダマメを毎日のように収穫しております。取れたてを茹でて食しております。あまりに美味いので、ついつい食べすぎてしまいます。お陰様で、このところ2.5kgほど体重が増加してしまいました。多くの生き物は、実りの秋に冬に向けて栄養を蓄えるようにしております。私もその例に倣ってと言い訳をしておきましょう・・・。

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「エコエコと買わず使わず我慢する」

2012-10-13 | 川柳

 CMに「エコ」を謳ったものが数多く流されております。各社が省エネを競って新製品を開発することは誠に結構なことであるとは思います。省エネ製品に買い替えることによって省エネ・節電を図ることが可能になります。(参考:「省エネ製品への買い替え」)

 また、補助金制度などにより買い替え需要を喚起する政策が取られることもあります。(参考:「景気浮揚対策案-「省エネ買い替え促進事業」」)

 これも景気対策の色彩を強くしすぎたり、制度設計を誤ると「家電エコポイント制度は増エネ政策だった?!」ということにもなりかねません。 

 一方で、標題の川柳のようにひたすら我慢することで実現する「エコ」もあると考えます。「豊かさって何だろう」でも書いておりますが、利便性を追求するようなライフスタイルが本当に必要なのだろうかと疑問を感じたりします。これは私自身が歳を重ねて、いわゆる老後の生活を真剣に考えなければならない時期にさしかかってきているからかも知れません。

 百姓をしていると人間が自然に対して傲慢な生き方をしているなということを実感することがあります。人間が生きるために食するものは、全て植物の存在なしには生まれません。その植物は太陽と健全な地球環境が無ければ育ちません。しかし、現代人は地球環境を破壊しながら、ひたすら利便性を追求してきたのではないか・・・。そして何時の日か自然から強烈なしっぺ返しをくらうのではないか。それを遅らせるためにはと色々と想像をしてしまうのです。

 話を戻しますが、現代は大量生産・大量消費によって経済が成り立っているともいえます。この経済モデルが成立するためには、拡大再生産しなければならない宿命を持っていると思います。拡大再生産していれば、皆がハッピーになることができるでしょう。何時までもこのような経済モデルで人類が生き延びていけるでしょうか。原材料やエネルギーなどの資源は、何時の日にかは枯渇するでしょう。拡大再生産は、資源の枯渇に拍車をかけます。

 我々ができることは、資源の枯渇を先延ばしすることしかできないように思います。確かに技術革新で、資源そのものを作り出すことができるようになるかも知れません。このことを否定する材料は持ち合わせませんが、私には限りなく可能性が低いように思われます。少なくとも環境破壊によって人類が生存できなくなってしまう可能性の方が高いように思います。

 極論すれば、景気を良くしようとすれば資源枯渇を早め、環境を守ろうとすれば経済的繁栄や利便性の追及が制限されることになるでしょう。さぁ、どの道を選択した方がよいのでしょうか。

 人類の英知により、別の新たな道を切り開いて行くことを期待しております。

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家電エコポイント制度は増エネ政策だった?!

2012-10-12 | 省エネ・節電

 本日の朝日新聞朝刊に「CO減「過大に試算」」と題する金子元希氏の署名記事が掲載されておりました。家電エコポイントは自民党政権時代に始まり、昨年3月まで続いた制度でした。記事によりますと会計検査院が独自に試算したところ、政府がこれまで示してきた数値のたった8%にしか過ぎなかったとのことです。最悪なのは、エコポイント制度が消費を刺激したことにより、家電の台数や消費電力量が増え、結果的に二酸化炭素の排出量が173万トン増加してしてしまったと試算しているところでしょう。

 以前、家電エコポイント制度は増エネになるのではないかと指摘(「エコポイント制度にもの申す!」「エコポイント制度にもの申す!-その2」)しておりました。今回の記事は、それを裏付けるものであり、誠に残念な結果になってしまったと言わざるを得ません。

 エコカー補助金についても同様な検証が必要であると考えます。

 ただ、景気刺激策としては有効であったと言えるでしょう。制度の終了とともにその反動で家電メーカーが悲惨な目に遭っていることがその証しでしょう。これは折角の優遇制度であるにも関わらず、その終了を見越して対応できなかった企業の問題でありますので、自己責任と言わざるを得ません。見過ごし出来ないのは、政府がエコの名を騙って増エネの片棒を担いでしまったことです。これも既に指摘(景気浮揚対策案-「省エネ買い替え促進事業」)しておりますが、適切な制度設計をすれば、景気浮揚と省エネを同時に実現できることにもなったものと考えます。政府は大いに反省していただきたいと思います。

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「国会を開けば終わる民主党」

2012-10-11 | 川柳

 懸案が山積し早期に国会の開催が求められているにも関わらず、政権与党は国会を開くに開けぬ状況に追い込まれてしまっているように見えます。国会を開けば開いたで野党の総攻撃を受け、改造内閣は散々な目に遭うことが目に見えています。とても攻撃に耐え切れるような閣僚だとは思えません。先ずは「はっきり言って」を連発するも、さっぱり意味不明の大臣あたりが集中攻撃され、敢え無く更迭ないしは辞任に追い込まれるでしょう。その後も次から次へと矛先は緩めるところを知らずといったことになるものと思われます。

 以前も指摘(「早期の総選挙実施を!!」)していましたように消費税増税法案が成立した時点が、衆議院を解散する最大にして最後のチャンスであったにも関わらず解散できなかったのですから、このようになるのは余りにも明らかなことだったと言うべきでしょう。何か突発的なハプニングでも起こらない限り、このままズルズルと最後は野垂れ死にしてしまうことになることでしょう。

 政権与党は自ら政治状況を切り開いていく責任があります。このためには早期に国会を開催し、重要法案の成立させなければなりません。待ったなしの状況は何も今に始まったのではなく、ずっと以前からあった訳ですし、この状況を作り出したのは政権与党である民主党そのものなのですから、自らの非を認めることが先ずは重要なのではないでしょうか。野党非難に終始しているだけでは、政権担当能力がそもそも無かったというべきでしょう。

 今の民主党に望むことは、このような状況を作り出した責任を真摯に反省し、万難を排して一刻も早くこのような政治状況を抜け出す道を模索することであると思います。たとえそれが民主党を潰すことになってもです。

 ということで、久々の時事川柳に託けて、言いたいことを言わせていただきました。正直言ってこのところの政治ショーにはうんざりさせられております。しかし、このような状況に国民が愛想をつかしたときが民主主義の危機であると思います。どのように体たらくな政治であっても、それを選んだのは国民なのですから。我々も政治家の非難をするだけではなく、自らの政治意識を高めていく必要があるのではないかと考えるている次第です。

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原発再稼動で政治判断回避

2012-10-05 | 政治・経済・社会

 原発再稼動で政府は政治判断をしないとのことです。これは原子力規制委員会が安全基準に適合すると判断したら自動的に再稼動することとを意味します。

 原発再稼動に対する国民からの反発が強いため、再稼動の責任を同委員会に転嫁することにより政治家への批判を回避しようとの狙いなのでしょう。しかし、国民はこのような姑息な手段は既にお見通しであることを忘れないでいただきたい。何も責任を取ろうとしない政治家諸氏に対してレッドカードが突きつけられていることを未だお分かりになっていないようです。

 せっかく出来た規制委員会です。もう想定外といった言い訳は許されません。あらゆる想定を越えた、これでもかといった位に十二分な安全基準を作成していただき、その安全基準に従って厳格が上にも厳格な審査をしていただきたいと考えます。でなければ今後原発事故が発生した場合の責任は、全て規制委員会にかかってくると言われているのですから。

 いまだ国会で同意された委員諸氏ではありませんが、今のところ皆さんに全てを預けるしかないのですから、ゆめゆめ怠り無く任務を遂行していただきたいと思います。

 

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省エネ(節電)とコストダウン

2012-10-04 | 省エネ・節電

 東電管内では既に電気料金が大幅に引き上げられ、他の電力管内でも早晩電気料金の値上げが予想されている状況です。これに対抗するために「アンペアダウン」が急増しているとのことです。これは基本料金を安くすること、即ちコストダウンがが主目的ですが、電力の使い方を意識することにより使用電力量を低減させる効果もあります。そうすると基本料金と電力量料金の両方のコストダウンができます。

 この一例からもお分かりのように、省エネ(節電)とコストダウンは密接に関係しております。ですから報道等でも省エネ(節電)とコストダウンを混同しているものもみかけます。本来は省エネ(節電)とコストダウンは異なった概念です。これを区別するため、私は従来から「狭義の省エネ」と「広義の省エネ」といった言い方をしてきました。詳細は「コストダウンと省エネルギー」、「省エネ商法と予防法務-悪徳省エネ業者の実態とその巧妙な手口-」 (pdf 275KB)をご参照ください。

 さて、エネルギー資源の枯渇問題、地球温暖化問題への対応として本来求められているのは狭義の省エネです。しかし、これを実現するには我慢をするかエネルギーを使用している設備を効率的なものにすることでしょう。我慢をすることは、我々が享受している利便性との引き換えになります。設備を更新するにはコストが掛ります。我慢することは、省エネ意識を高くすることが必要ですし、設備更新をするためには費用対効果を高める必要があります。

 このために広義の省エネを活用しようというのが私の考えです。ですからコストダウンのためだけに広義の省エネを行うことには疑問を感じます。企業がコスト削減のために人件費カットを行うことに似て、自らの利益のみを追求することはできても何らの社会的貢献をすることはありません。(参考:人件費削減の是非」「コスト削減による利益の分配について(利益三分の計)」)

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野田新改造内閣の顔ぶれ

2012-10-02 | 政治・経済・社会

 今回の組閣は、歴代内閣のなかでも期待できない内閣として三本の指に入るのではないかと思います。閣僚は何時かどこかでみた人、知られていない人ばかりです。主要ポストは留任か党役職からの横滑りです。

 まったくもって「何をしたいのか分からない内閣」、「何もしないぞ内閣」とでも形容したらよいのでしょうか。この内閣は総選挙を戦う内閣だと言われておりますが、本当にこの布陣で総選挙を戦うつもりなのでしょうか。何もしないでズルズルと任期切れまで持ち込むご所存か?

 報道では、田中真紀子氏が大きく取り上げられておりますが、一部の方々には人気があるのでしょうが、私から言わせていただけば誠に失礼ですが、既に飽きられた人、呆れた人の部類に入ってしまいます。確かに過去のことをあげつらうことはいけないことかも知れませんが、そう簡単に性格が変わるというものでもないと思います。

 野田首相は、如何なる考えで同氏を起用したのか本音を聞いてみたいところです。閣外でギャーギャー騒がれることを嫌い、閣内に閉じ込めておくつもりなのでしょうか。父親の角栄氏でさえ乗りこなせなかったじゃじゃ馬を見事乗りこなすことができるか、あざやかなる手綱捌きを拝見したいと存じます。くれぐれも野田内閣の命取りとならないことをお祈り申し上げます。

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