行政書士山浦清美のお気楽トーク

行政書士、省エネ・節電、農業、飛行機、ボウリングのことなどテーマ限定なしのお気楽トークができればと思っております。

TPPについて(4)-もっと肩の力を抜きませんか?

2011-10-31 | 農業

 昨日ラジオでTPPに関する白熱した討論番組を聴いていたのですが、学者や評論家がいかにも「ご高説ごもっとも」といったことを述べておられました。

 やはりと言ってはなんですが「乗り遅れ論」や「当初から参加しないと不利論」が出てきました。議論に参加しないと不利な条件となってしまうというのは、確かに頷けるところもありますが、それは強力な交渉能力を前提としていませんか?

 過去の外交交渉能力について、これはしてやったりといったことが果たしてあったでしょうか?アメリカ相手に堂々と渡り合って、ねじ伏せるようなことが出来るならば、それは是が非でも参加せねばなりますまい。

 どの道交渉ごとは妥協の産物です。当初から参加しようがしまいが、五十歩百歩のような気がします。であるならば、乗り遅れるも何も交渉の結果が出てから、参加・不参加をじっくり考えても良いのではないでしょうか。

 第一、万人が満足するような結果は得られないものです。結局は最大多数が得をするところに落着することでしょう。少数派が泣きを見るか、逆に得をするかは、これは全く分からないことです。

 議論を聴いていて、何となく理想化した議論の匂いを感じてしまいました。切り口鮮やかな議論と言うのは、説得力は勿論ですが清々しささえ感じます。しかし、そんなに簡単に割り切れるものではありません。世の中もっと複雑です。もっと肩の力を抜いて議論した方が良いのではないかと思います。

 例えば、全論者の皆さんが一年間百姓仕事を実際にやってみるとかしてから議論してみませんか? もしかしたら、全然違った議論になるかも知れませんよ?

 野田首相みたいな農作業のつまみ食い体験(コンバインに乗っただけ)でなく、土作りから始まる一連の体験をしてみてください。

 私はまだたったの二年間しか体験しておりませんが・・・。

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省エネ屋のつぶやき(9)-行政書士編

2011-10-29 | 省エネ・節電

 行政書士の仕事として悪徳商法による被害者救済の方向もありかとは思います。しかしながらこれらの業務は弁護士や司法書士さんなどと連携して、最終的には法的手段に訴えない限り解決できないことの方が多くなります。それはそれなりに大切なことだと思いますが、私がやるよりも他に適任者が大勢いらっしゃるように思います。

 そこで被害を未然に防ぐにはと考えると、悪徳業者の実態や手口などの情報を公表することにより事前に知識を持ってもらうことと悪徳業者そのものを減らすことではないかと思い当たりました。

 そこで事務所のWebサイトや本ブログなどで取り上げてきました。また省エネコンサルタントの業務として「省エネビジネス新規参入相談」業務を始めたのもそうした理由からでした。既に悪徳業者となってしまった方々を指導するのは並大抵のことではできませんから、今から省エネビジネスを始めようと検討されている方々に対して、悪徳の道へ迷い込まないようにアドバイスすることの大切さを痛感したからです。

 私がこの道に入った経緯をくどくどと書いてきたのも、一歩間違えば悪徳の道に入りかねなかったことや知らず知らずの内に悪徳に力を貸してしまっているかも知れないことを理解していただける一助になろうかと思ったからに他なりません。ここで書いてきたことは、ほんの一部にしか過ぎません。とても公表できないようなこともありますが、業界の凡そのことはご理解いただけたのではないかと思います。 

 何時も書きますが、全ての業者が悪徳いうことではありません。真っ当に営業されている業者さんも大勢いらっしゃいます。このようなことを一々但し書きしなくて済む世の中が到来することを望みます。

 「省エネ屋のつぶやき(10)-省エネ・節電ビジネス新規参入編」へ続く
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冷凍茹でピーナッツ

2011-10-28 | 農業

 ピーナッツを栽培していると一時期に大量に採れます。従って、旬を味わおうとすると大量消費することになってしまいます。とどの詰まりは「天高く・・・」ということです。そこで、今年から一旦茹でたものを殻付きのまま冷凍保存することにしました。

 そのお味の方はと気になって仕方ありませんでしたので、とりあえず試食してみることにしました。冷凍庫から取り出し、自然解凍します。室温にもよるでしょうが、2~3時間ほどで解凍できました。食した感じは「これならいける!」といったものです。確かに、茹でたてにはかないません。これは香りが原因しているのではないかと推測しております。茹でたてに比べるとかなり香りが少ないようです。味そのものに大きな影響はないなといった印象です。

 冷凍保存することの何よりのメリットは過剰摂取の防止です。ただ嵩が増えるのが玉に瑕でしょうか。冷凍庫を占有してしまいます。同様にエダマメも冷凍保存しております。これは鞘の両端をカットすると若干嵩を減らすことができます。

 食材は旬に味わうのがベストですが、上手く保存できれば季節外れの味わいもオツなものではないでしょうか。子供達が正月などに帰ってきたときなどに食べさせてあげたいと思いつつも、それまでに無くなってしまわないかと心配しております。食欲という欲望にはなかなか勝てないものです。

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省エネ屋のつぶやき(8)-急転直下編

2011-10-28 | 省エネ・節電

 予期していた事ながら、五月初旬その日が訪れました。A専務が他界されたのです。亡くなる三週間くらい前から入院しており、私は2~3日に一回くらい業務報告を兼ねて病室を訪ねておりました。

 業務報告を苦しそうに聞きながらも適切な指示を与えたりするなど仕事が生きがいと思われるような生き様でした。受注が何よりの薬と喜んでくれる姿が今でもありありと思い浮かびます。以前のA専務とは人が違ったような印象を受けたのは、きっと私だけではなかったと思います。死期を悟った人間というのは、かくあるものかと感じさせられるものがありました。

 人の命ははかないものと同様に会社の命もはかないものです。A専務が亡くなって、一月もしない内に経営状態が怪しくなり、あえなくG社に出資していたK社に経営を委ねることとなってしまいました。

 私ともう一人はK社に移籍できましたが、その他は退職を余儀なくされました。A専務でもっていたような会社でしたから致し方ないと言えばそれまでですが、G社に勤めて半年あまりの私にとっては、実にあっけない最後であったと言わざるを得ません。どうも持って生まれた運というべきものなのでしょうか、うまくいきそうになると必ずや奈落の底に突き落とされてしまうようです。

 しかし、そこでメゲナイのも私の真骨頂でしょう。少なくもノー天気な性格が幸いしているようです。

 ここでK社のことに触れておきます。K社のI社長とA専務は昔からの知り合いで(同業)、A専務はS社を退職した後、K社の代理店として省エネシステムの営業していたようです。その関係で、G社を立ち上げるに際してK社から出資を仰いだようです。この辺の事情は伝聞ですので正確を欠くと思います。何せG社に就職する以前のことですからいたしかたありません。

 K社は元々デマンドコントロールシステムを設計・施工している会社です。ここ数年で急成長しており、ESCO事業に進出したりと私が移籍した頃は、まるで日の出の勢いといった感がありました。ある意味では、半年間で失業の憂き目にあうところを救われた訳ですから、感謝すべきところでしょう。

 しかし、正直悩みました。以前書いた社長面接寸前までいっていた会社に、断りの連絡を入れたとき採用担当の常務から「就職される会社に問題があったら是非当社にきてください。」と言っていただいていたことです。勿論、社交辞令とは思いますが、妙に将来を暗示していたようで気にかかって仕方ありませんでした。

 ただ、G社在職中にお世話になった方々や信頼して導入いただいたお客様に対して申し訳がない。K社に移籍すれば、このまま営業やサポートができる。このまま放り投げたら、ヤッパリ「省エネ屋」だと人のそしりを免れないと色々と考えた結果の移籍でした。人からみれば、お前らうまくやったなとしかみられていないと思いますが、言い訳に聞こえるかも知れませんが当時の心境を綴っておくことにしておきます。

 社長のI氏は、バイタリティーあふれる若き経営者で、100%理論(このシステムは100%売れる。なぜならば必要とされているから。)が持論でした。営業担当者からすれば、この理論を持ち出されると何も言えなくなってしまうのでした。

 K社へ移籍して2年間ほど勤務しましたが、家庭の事情で退職致しました。K社在職中も色々ありましたが、これは未だ会社が現存することでもありますので、何れ改めて書くことにさせていただきたいと思っております。

 その後、「省エネ業界」から身を引いて、全く別の展開を色々と模索はしたものの、結局はまた舞い戻ってしまいました。しかし、今度は業界から一定の距離を置き、業界の健全な発展のため力を尽くせればと考えております。そういった意味でも行政書士という立場を活かしていけるのではないかと考えております。

 「省エネ屋のつぶやき(9)-行政書士編
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黒豆のエダマメ

2011-10-27 | 農業

 正月用と農産物特売所へ出荷するために黒豆を栽培しております。この黒豆のエダマメが美味しいのです。大豆に比べると甘味とモチモチ感があり、一度食べるとどうしても黒豆に軍配が挙がります。

 このところ毎日のように食べておりますので、もしかしたら出荷用が無くなってしまうかもです。正月用は買えば済む話だし、黒豆のエダマメは売ってないし・・・。うーん、思案のしどころです。

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省エネ屋のつぶやき(7)-高圧編

2011-10-26 | 省エネ・節電

 当時のG社の主な業務は、高圧化ビジネスでありました。低圧受電している需要家に高圧受電設備を導入することにより電気料金の削減を提案するといったものです。小規模の店舗などの場合には、家庭用と同じ従量電灯(単相3線式)と低圧動力(三相3線式)で給電されます。電灯と動力を合算して50kW以上の場合には、自前の受電設備を設置し高圧(6.6kV)で受電するようになっております。

 低圧受電の場合には、電力会社が変圧器によって高圧から低圧にしてから各需要家に供給しますが、高圧受電の場合には高電圧のまま受電し、先述の自前の受電設備により低圧にして使用することとなります。自前の受電設備を設置し保安点検(電気主任技術者による)が義務付けられます。当然、設置費用や保安点検費用(通常は委託)が発生しますが、それでも高圧化した方が電気料金が安くなる場合があるのです。

 それは電気料金の仕組みにあります。ここでは、電気料金の仕組みを述べることが目的ではありませんので、かいつまんでいえば、「家庭用や小規模需要家などの低圧電力の料金体系は基本料金単価は安いが、使用量単価が高い」。逆に、「高圧の料金体系は、基本料金単価は高いが、使用量単価が安い。」といったことになるのでしょうか。

 この料金体系を活用して、低圧から高圧に切替えることによる電気料金の差額から設備費や保安点検料を賄おうとするものです。通常、設備費用(工事費用を含む)は一括して発生するものですが、リース/レンタル/割賦などにして月払いにすれば、

 月々の電気料金の削減額-(設備費用の月額支払分+保安点検料の月額支払分)>0(純利益)

の場合が出てきます。(もちろん逆になってしまうケースもあります。この場合には、契約種別を見直すなど別の方法を採るかそのままがベストということになります。) つまり、従来ならば電力会社へ支払っている金額の中から導入費用や保安点検料を賄ってもお釣りがきてしまうのです。

 但し、これは省エネでも何でもありません。導入の前後で同じように電気を使っても、単に電気料金が安くなるというに過ぎません。コンビニなどの需要家がこぞって導入しているのもそのため(コストダウン)です。私は、コストダウンが悪いといっているのではありません。むしろコストダウンは必要なことと思ってます。できれば、省エネすることでコストダウンができることが望ましいと考えているだけです。というのは、省エネを伴わないコストダウンは「増エネ」になることがあるからです。高圧化の例でいえば、受電設備の製造、運搬、工事に要するエネルギーや保安点検(自動車で移動するケースが多い)に要するエネルギーなどが新たに発生することは明らかです。厳密には高圧化による減少分の検討も必要でしょうが?

 高圧化のビジネスは、たいして儲かるものではありません。電気料金の差額がべらぼうに大きければ利益も大きく取れるのですが、残念ながらさほどのものでもありません。その点、電力会社も良心的(?)といえるのかも知れません。そこでまた悪徳業者のつけ込むことになってしまいます。設備費用を切り詰めるのには限度がありますので、電気料金の差額を調整すれば見かけの純利益を大きくみせることができます。契約種別やそれに基づく料金単価を誤魔化すことはできませんが、契約電力を誤魔化すことは可能です。低圧電力の場合には、ほとんどの需要家が負荷設備契約となっており、実際の電力需要とは関係なく契約電力が決まっております。高圧化すれば、デマンド計による実量制となりますので、最大需要電力によって契約電力が定まることとなります。

 システムの提案時に過去の使用電力量の実績や負荷設備によって、高圧化後の契約電力を予想するしかありません。設計者にとっては、ここが腕の見せ所となる訳です。如何に予想契約電力と導入後の契約電力を一致させられるかです。契約電力を小さく評価すると純利益を大きくすることができますが、導入後に実際の電気料金の差額が提案書より小さくなってしまいます。逆に、契約電力を大きめに予想すると純利益が小さく評価され受注が取りにくくなりますが、導入後に実際の電気料金の差額が提案書より大きくなります。

 この辺の微妙な匙加減によって受注確率が異なってくることも事実です。これは一概に省エネ業者だけが悪いとは言えないことかも知れませんが、ある意味故意にやっている業者は大問題です。良心的な業者ならば、受注確率が少々減少することを承知の上、安全をみて契約電力の予測をある程度高めに設定して提案しているはずです。特に、削減金額を保証するとしている業者ならば尚更でしょう。

 私がG社に初出勤したのは、クリスマスイブの前日からでした。本当は切り良く年始からと思っていたのですが、どうしても早く出て来いということでしたので、とりあえずということでその日から出社しました。出社してみたものの机は宛がわれたもののパソコンも無く、適当に資料を読んでいるくらいしかすることがありませんでした。翌日のクリスマスイブは、どういう訳か知りませんがケーキが余ったとの事で、クリスマスケーキを2個もらって帰ったことが妙に印象に残っております。

 初仕事は、いきなり受電設備の変圧器(アモルファストランスへ)の入れ替え工事の立会いということに相成りました。まぁ、観ておくだけで良いから(電気工事士の免状を持っているといってもペーパーみたいなものですから、早めに現場体験をさせようとの親心であったものとみえます。)ということでしたので、現場へ出かけたのであります。

 忘れもしない12月30日の雪がちらつくような寒い日でした。とある工場に夕刻より出向きました。数日前から工務の担当者、保安協会、電気工事屋を含めて入念に打合せをし、万全の準備をしていたつもりでした。工事の際には、工場全体を停電させる必要があります。工事用電源とコンピュータ室のため発電機を準備していたのですが、何とその発電機が起動しないではありませんか。いきなりピンチです。ただ観てるだけのはずが、いきなり判断を迫られたのでした。レンタル会社にメンテナンスか代替機を大至急依頼すると共に工事の段取り変更を各担当者と打ち合わせに入りました。

 停電時間は、20:00~0:00までと予め決められており、これを遅れると明日の出荷ができなくなるとのキツイお達しです。最悪、工事中止の決断をせざるを得ません。「入社数日の私にそんな権限無いよー!」と思ってはみたものの会社の誰とも連絡が取れない以上「腹をくくるしかないか?」と悩んでおりました。最終判断は、20:00の状況をみてからということで、それまでは停電以外でできることを先行作業することとしました。より安全作業に徹するよう注意したことは言うまでもないことです。

 幸いメンテナンス担当者が駆けつけてきてくれ、19時半過ぎには発電機を起動することができました。これで何とか工事中止は免れたが「後は時間との勝負だ!」やるしかないと悲壮感を漂わせておりました。

 そんな状況の時、やっとA専務のご登場です。「今時、のんきに差し入れなんかを持ってきてる場合じゃ無いでしょう!」と難詰しつつも有難く差し入れだけは頂戴いたしました。その後の工事は各プロの能力をいかんなく発揮し順調に行くかに思われました。クレーン屋、重量屋の見事な動きや保安協会のチームワークなど感心しながら作業に見惚れておりました。この分だと余裕で終わるなと思った程でした。さずがはプロだなーと思いきや、肝心の電気屋がとんでもない連中でした。

 素人目にみても段取りが悪い。道具が無い、材料が無いとその都度取りに行ったり、買いに走る。手持ち無沙汰な作業者がいるなど言い立てればきりが無いくらいでした。

 結局、復電時間が1時間のオーバー、作業全体としても2時間のオーバーとなってしまいました。初仕事がこの始末です。前途多難を暗示しているかのようでした。

 年明けからは、高圧化の営業活動が活発化しました。大手商社と提携してコンビニチェーン店に売込みを図っておりました。当時A専務は、その業務の陣頭指揮をとっておりました。その下で、私が商品説明会や営業訪問、受注後の各種手続き、工事立会いなどの実務を担当しておりました。

 2月には初受注、その後も順調に受注を続けることができ、工事実績もでき「さぁ、これから」という時、またもやドラマが・・・。

 「省エネ屋のつぶやき(8)-急転直下編」へ続く
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省エネ実務研究会(第17回)

2011-10-26 | 行政書士

 昨日、佐賀県行政書士会館において第17回研究会を開催しました。

 今回は「省エネコンサル業務ケーススタディ」ということで、とある省エネ業者からコンサルの依頼を受けたことを想定し、さてどうするかといったことを議論しました。結局次回用に用意しておいたケースも同時に議論してしまいましたので、いささか議論が発散気味になりましたが、色々なアイデアや意見が続出して有意義なものとなりました。

 さすが皆さん他の業務で色々な業務を経験しておられるだけあって、思いもよらぬ体験談などが語られるなど、別の意味で刺激を受けました。

 省エネ業界だけでなく、この世の中には奇奇怪怪なことが現実に発生しているのですね。以前大学の大先輩で司法書士をしておられる先生からお話を伺ったことがあるのですが「今まで仕事で体験したことで、ミステリー小説なんか吹っ飛ぶ位のものが何本でも書ける。」と。

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省エネ屋のつぶやき(6)-浪人編

2011-10-25 | 省エネ・節電

 会社を辞めてはみたものの、これといってやりたいことはなし。振り返ってみれば、ソフト屋から出発し、行政書士、ハード屋、新製品の企画・開発、営業、そして浪人と色々なことを経験はしたものの、さて何をしようかと思ったときに陥ってしまったブラックホールみたいなものでしょうか。歳も46を過ぎて、果たして一体何ができるのだろうか?

 開発畑を歩んできた身として、やはり開発の道を歩もうと思ってはみたものの、アイデアはあっても先立つものが無い!

自信を持って申請したベンチャー企業向け補助金は、見事に書類審査で門前払い!

再び行政書士として一から出直すかとも思いもしましたが、田舎で喰っていけると確信を持てません。

 あれこれ考えた挙句、やはり開発者の道を歩もうと思い、ハローワークに求職の登録をしたり、色々な伝を頼って職探しをしたもののなかなか見つかるものではありません。私の場合は、高年齢でもありなかなか再就職が難しいと思われていたこともあり、優先的に企業を紹介していただき、その甲斐もあって、一次面接をクリアし、後は社長面接を控えるのみとなっておりました。採用されれば、平穏な開発者人生が待っているはずでした。

 ここでもまた、大ドンデン返しに遭遇してしまいます。ここで登場するのが、あのS社のA専務です。

 実は、A専務は色々な事情からS社を解雇されており、それ以来お互い連絡も取り合わない関係になってしまっておりました。そのA氏から突然電話があり「明日会ってくれへんか?」とのお誘いでした。また、ろくでもない話をと思いつつも、とりあえず会うだけはということになりました。

 久々に会ったA氏は、G社の名刺を差し出したのです。肩書きは取締役専務(どうも専務という役職が好きみたい!)とあり、社長はお飾りで実質的な経営者だと自称しておりました。

 会うなり「ワシ、肺癌なんや。手術もできん。もう長ごうは無いかも知れへんが、今ごっつう面白い仕事をしとるんや。 山浦君には色々迷惑かけた。信用してくれへんかも知れんけど、手伝ってくれへんか?」と切り出してきました。

 私は近々、社長面接を控えており、開発の仕事なので、採用されればそちらの方に行こうと思っていることや省エネの仕事はあまりやりたくない旨を伝えて一旦は断りました。しかし、「そこを何とか頼む。」と自分の病気のことを忘れてしまったかのように、ひたすら仕事の内容やら将来性を熱っぽく語るA専務の姿に少々気持ちが傾きかけました。

 このようにして「また騙されてしまうのかなー?」と漠然と思いがよぎりました。ただ、明日の命をも知れない人が、人を騙してまで何をする必要があるのかとの思いもあり、万一騙されたとしても面白そうな仕事ができるのであれば悔いは無いか!

 と私の気持ちはほぼ固まっていたのですが、「明日、返事をします」と即答を避けました。どうも私には、平穏な人生をおくることができないようになっているようです。

 かくしてG社に就職し、またもや省エネ業界に関わることとなった次第であります。

 「省エネ屋のつぶやき(7)-高圧編」へ続く
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省エネ屋のつぶやき(5)-出向編

2011-10-24 | 省エネ・節電

 その後は、徐々に省エネ部門の売上も伸びつつあり、これからというときに、いきなり配転されることになってしまいました。

 それまでは、一応技術部に所属しつつも開発と技術営業の二足の草鞋を履いておりました。これからは100%営業といったことになった訳です。それも会社の主力商品である生産管理システムの販売も担当することになってしまいました。省エネで手一杯になのに他の製品まで手が廻るはずもないのは目に見えているのに。

 その背景には会社の業績不振がありました。折りしも不況の真っ最中、工場は安いコストを目指して海外へ続々と進出しており、市場は狭まる一方でした。これに対応するため営業部隊の増員を図ったのでした。集められたのは、技術や業務部門からの配転組、中途採用、新入社員と営業の素人ばかりで、営業とは名ばかりのにわか作りの部隊でありました。当然の如く新米営業マンの成績は低調を極めたことは言うを待たないことです。1年も経たない内に販社(子会社)への出向の話が持ち上がり、出向するか退職するかと言わんばかりの選択を迫られました。

 私は片道切符を承知の上で出向の道を選び、東京へ単身赴任しました。出向するに際して、販社の社長に省エネに特化した営業をさせてもらえることと営業のやり方を任せてくれることの条件を承諾してもらいました。この販社での生活は、結構充実していたと思います。ど素人の営業にもかわらず、そこそこの実績を残すことができました。

 しかし、1年も経たない内にこの販社も業績不振により、お取潰しの憂き目にあいました。出向組の内の数人は元の会社に戻りましたが、他は全員退職することになりました。

 この頃から、省エネが自分のライフワークであると自覚するようになり、ただ何とか省エネ製品は守りたいとの思いが強く、販社の社長が出資して省エネに特化したSF社を設立しました。しかし、またもや一大事が出来してしまいます。会社設立から半年程経過したときでしたか、元いた会社(省エネ機器の供給元)が倒産してしまったのであります。当時から危ないとの思いが強かったので、SF社で省エネ機器の版権そのものを買取ろうと努力はしていたのですが、どうしても手放してくれませんでした。仕方なく、供給契約を結んで直販や代理店のサポートを主業務としておりました。

 丁度その日に代理店から受注の連絡が倒産の知らせと相前後してあり、大変な目に合ってしまいました。SF社としても存亡の危機に直面したのでありました。代理店に事情を説明し、工事予定を延期してもらうと共に情報の収集に努めました。メーカー在庫数量を確認し、破産管財人と買取交渉を進めました。しかし、製品の買取ができたとしても倒産会社の製品であることを承知で取扱ってくれるかどうか心配でなりませんでした。買取ってはみたものの売れないのでは、共倒れになってしまいます。長期に渡る交渉の末、何とか在庫品の買取には成功しました。代理店もSF社のことを信頼していただき、何とか導入させていただきました。

 しかし、在庫が無くなればジ・エンドです。何とか自社で製造する道を模索してみたものの、限りなく可能性が低いとの結論しか出ません。やむなく、在庫の終了をもって省エネ事業終息といった結末を迎えてしまったのであります。

 省エネがライフワークとまで考えるようになっていた私ですが、導入先や代理店に多大なご迷惑をかけたわけですからキッパリと省エネ業界から身を引くことにし、SF社を退職致しました。

 「省エネ屋のつぶやき(6)-浪人編」へ続く
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注連縄作り

2011-10-24 | ブログ

 昨日は地区の鎮守「妙見神社」の注連縄作りに参加しました。神社の老朽化に伴う改築工事が終了し、10/30に落成式典が催される準備のためです。

 何時もなら長老の指揮の下で作業をしていたのですが、今回は長老が不在でみな不慣れなものばかりです。稲藁の準備までは順調に進んでいたのですが、いざ作り始めるとなると議論百出で、遅々として作業が進みません。論より証拠ということで、現物を観察し何とかそれらしきものが出来上がりました。

 私は午後から仕事が入っていたので、早めに引き上げてきたのですが、チャント飾りつけまで終了したとのことでした。

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省エネ屋のつぶやき(4)-絶対絶命編

2011-10-23 | 省エネ・節電

 「マイクロデマンドコントローラー」の開発が我が人生最大の危機を迎えることになってしまいます。

 開発自体は順調に進み、私は、営業、工事、開発と忙しい毎日を送っておりました。順風満帆とはこういうときのことを言うのでしょう。しかし、運命の歯車は突如として狂い始めることになってしまいます。

 「マイクロデマンドコントローラー」が完成し、当然の如く納品しようとすると「うちの事務所狭いし置くとこ無いからしばらく預かっといて」とのこと、仕方ないので「うちの決算までには引き取ってくださいね」と念を押し、納品書・請求書を発行しました。後は入金を待つのみという段階になりました。それまで、S社との取引は期間は短いとはいえ何の問題も無かったので全く心配はしてませんでした。入金予定日を過ぎても入金が無いので、経理から問合せがあるし、果ては社長からお叱りを受ける羽目になってしまいました。

 A専務に連絡を入れても音信不通、事務所にもここ数日顔を出していないとのこと。不覚にもS社のM社長には面識が無く、八方塞がりの状況に追い込まれてしまいました。会社に出ても針の筵に座らされているようで、部屋中に重苦しい雰囲気が漂っておりました。かといって、これといった打開策があるわけも無く、ひたすらどうしようか思い悩むだけでした。

 ただ色々と調べていくと、注文書をA専務が独断で発行していたということがわかってきました。注文書の印鑑も通常取引の注文書と同一の印鑑が押印してあるので、法律的には問題は無いだろうとのことでした。ただ、後はM社長が払ってくれるかだけの問題です。払ってくれなければ、裁判するしかないと腹をくくっていました。

 そんな時、たまたまS社に挨拶に来ておられたY社(S社への納入メーカー)のS部長が、この話を聞かれて「同じメーカーとして他人ごとではない。」と私のところに来られ「M社長に話しておくから心配しないように。」と言葉をかけていただきました。S部長とは以前から面識はあったのですが、自分との利害関係が無いにも関わらず、お骨折りいただいたことに今だに感謝いたしております。

 S部長と面談した翌日は土曜日で、気分転換に当時趣味で楽しんでいたパラグライダーに出かけました。何時もと同じようにフライトを楽しんでいたのですが、ランディングに失敗して左足首を粉砕骨折してしまいました。ついていないときは何をやっても駄目なもんです。例の件が頭にチラツキ、集中力を欠いていたのでしょう。もっと重大事故になっていてた可能性もありますから、これ位で済んだのだから不幸中の幸いといえるのかも知れません。

 フライト仲間から救助してもらい、氷などで患部を冷やしつつエリア(阿蘇)から車で地元の病院まで1時間半位かけて自力で向かいました。レントゲン検査の結果が先述の診断です。早く治るということで手術することに決め、翌週の火曜日から入院することにしました。月曜日に出社して侘びを入れるしかない。焦付きの件もあるし、半ば首を覚悟しました。

 余談ですが、翌日曜日は、夫婦で出場予定だったマラソン大会の日でした。私の方は、手術前の仮固定状態で、痛み止めを服用している状態ですから当然のこととして、一人で行ってくれるものと信じていました。ところが平然として「私、高速運転できないから運転してくんない!」ときたものです。さすがの私も耳を疑ってしまいました。毎年出場している大会だし、走った後の新鮮な魚介類の市場や温泉を楽しみにしているのは分りますよ、そりゃ。でも夫が瀕死とは言わないまでも重傷を負って苦しんでいるのに、そりゃないでしょう!

 「トイレはどうするの?」と弱々しく抵抗したのが大失敗でした。「今から簡易の尿瓶みたいの買ってくるから」と、全くの藪蛇でした。何も言わずに拒否しておけば良かったと悔やまれるのでした。敵もさる者、私の操縦法を研究し尽くしているものと感心するほかありませんでした。

 同様に年明けのマラソン大会のアッシー君も務めることになってしまいました。今度は片道4時間の強行軍です。その頃は、手術して二週間以上経過していましたから、連れ合いが走っている間は、ゆったりと温泉につかってリハビリに勤しむことができました。「今まで忙しかった分のご褒美だ!」と思えるくらいに精神的にも回復していたのでしょう。

 そうこうしている内に段々と退院の日が迫ってきます。仕事に復帰したら即刻、例の問題を解決しなければなりません。憂鬱な日が続きます。出社して、挨拶もそこそこにS社のM社長に翌日のアポを取付けました。証拠書類などの資料を準備し翌日の面談に備えます。翌日は、当社の社長と共にS社に乗り込みました。初対面の挨拶もそこそこに、証拠書類を示しながら説明し、支払の件をお願いしました。

 M社長は「当社の社員の不始末から発生したことであり、こちらこそ申し訳なかった」と言っていただけました。もちろん支払の承諾もいただけました。

 S部長の口添えもあって、すんなりと問題が解決して本当にホットしました。あの時、ケガをせずに勢い込んでS社に乗込んでいたらスムーズに解決していたかどうかわかりません。人生って本当に不思議なものです

 後日、湯布院にあるM社長の別荘に呼ばれ、今まで食べたこともないような極上の牛肉をご馳走になり、温泉に浸かりながら「A専務も悪気があってやったことではない。君のところの製品に惚れて、良かれと思ってやったことだ。今後もA専務を助けてやってくれ」と業務提携の強化を約束していただきました。

 災い転じて福と為すの典型でしょう!

 このA専務とは、更なる劇的なドラマ展開が待ってます。それは、随分と後のことです。その前には小さなドラマが展開して行きます。

 昔は、こんなことして楽しんでました。

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 「省エネ屋のつぶやき(5)-出向編」へ続く
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TPPについて(3)-経営規模拡大で対抗できるか?

2011-10-22 | 農業

 TPP対策で、農業の経営規模を10倍にするという目標が議論されているようです。おそらく20~30ha程度の経営規模を目指しているのでしょうが、これ位の規模になったとしても、とてもではありませんが太刀打ちできないでしょう。何せ相手は飛行機を使って、田廻りするくらいの規模ですよ。

 ここはやはり日本農業の特色を活かすべきです。大規模経営は大規模経営の弱点があるはずです。そこを衝いてこそ日本農業の生き残る道があると思います。とは言うもののそれが何かは私にも分かりません。関係諸氏が一所懸命に考えていくしかないのでしょう。

 このことを少なくも政治家やお役人さん達が考えることではないような気がします。農業従事者は当然に我が身にふりかかってくることですから、それこそ生き残りをかけての真剣勝負となります。今まで日本農業を誘導してきた結果責任が問われることなく、あれこれと口出しすることは如何なものでしょう。充分に反省し、それなりの責任をとってこそ当事者の資格があるといえるのでないでしょうか。これはお役人さんばかりでなく、農協にもいえることでしょう。

<参考> 「TPPについて(17)-農業の経営規模拡大の行き着く果ては?」「TPPについて(20)-強いものが生き残るのか、生き残ったものが強いのか?

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省エネ屋のつぶやき(3)-代理店開拓編

2011-10-22 | 省エネ・節電

 いきなり業界の荒波の中に放り出された私は、為す術を知らず、ただただ無為の日々を送っておりました。資料請求先へ営業に行ったり、代理店募集広告の原稿を作成したりといったことをこなしていたに過ぎませんでした。

 そうしたある日突然、S社のA氏(専務)から電話がかかってきました。どこから聞き出したのか「新製品の説明をしに来い。丁度今日の3時過ぎが空いているから今すぐ出れば間に合うだろう」と強引に関西弁でねじ込まれました。否とも言えず、渋々指定のマンションの一室へ出かけたのでした。ドアをノックするなり「オゥ、入らんかい!」とドスの効いた声がそこら中に響き渡りました。恐る恐る中に入ると、そこには如何にもその筋みたいな顔つきの人物が現れ「ヨウ来たな。マァ、座らんかい!」とのたまうので、オズオズと名刺を差し出して初対面の挨拶を交わしたのでした。それがこの後、色々と関わりが出てくるA専務との運命的な出会いでした。

 「それで、おまえんとこの製品はどんなもんじゃい?」ということで、製品の特長をかいつまんで説明しました。「ホォー」とか何とか言って聞いてはいるが、このオッサン本当に解っているのか疑問に思いながらも説明を続けていると「一体いくらで売るつもりや?」、「そんなんで売れるか?」、「ワシらの儲けないやんか!」と散々の突っ込みが入ります。確かに、価格は高く、メリットは少なく、工事費も実績が無くいくら掛かるとは明確に言えずでは、売ろうにも売れない状況でした。そのことをズバリと指摘されて、そろそろ帰ろうかなと言うか帰りたいなと思っていると「この製品は面白い!」、「他に無いもん持っとる」、「売ったるから、仕切りをこれくらいにせいや!」といきなり価格交渉が始まりました。こちらとしては、S社がどんな会社かも知らないし、いきなり価格交渉されても困るので言を左右にしていると、痺れを切らしたのか「わかった明日、お前のところの社長に直談判に行く!」とのたまうので「それは、チョットー」としどろもどろに、しかも丁重にお断り申し上げ、その場を後にしたのでした。オー怖!省エネ業界恐るべし!

 その後一週間は平穏な日々が続きましたが、またぞろ例の関西弁で電話があり「今、XXホテルのロビーにいる。どうせ暇やろ、直ぐ出て来んかい!」とのご命令です。言われるがまま、しぶしぶホテルまで出かけたのです。ロビーでは、A専務とK部長が昼間から酒の臭いをプンプンさせながら私を待っていたのでした。「今まで韓国行っとった。K部長にお前のことを話したら、是非会いたい言うんで、呼んだんや。もういっぺん話しくれへん。」とのことで、再度説明に及んだ次第です。

 この時、A専務がとんでもないこと言い出したのです。
「もっと安いデマコン作れへんか?、例えば10万円くらいで?」
「台数をまとめていただければ可能性はあります。」
「何台くらいや?」
「最低100台くらいは、必要かと思います。」
「ホナ、一千万くらいやな。わかったM社長に言うとくから、早速作ってや。」
「チョット待ってください。当社としましては、正式に見積をして、注文書をいただかないことには・・・。」
「わかった、わかった。」
とトントン拍子に話は進み、新製品の開発は当社で行い、S社が初ロットのうち100台を引き取ることで正式見積を行い注文書をいただきました。
 これが、マイクロデマンドコントローラー誕生の経緯です。この製品は、デマコンとしては国内最安値を達成し、爆発的(?)に売れた製品になっていったのです。とここまでは良かったのですが、後日この注文がとんでもない事態に発展してしまうのです。

 「マイクロデマンドコントローラ」は「エアコン省エネ王」の廉価バージョンとして開発したのですが、機能的には「エアコン省エネ王」の表示部が簡略化され、その部分をパソコンで行おうというもので、かえって使い勝手が良くなりました。

 それにしても「エアコン省エネ王」は、高かったと思います。資料が無いので記憶に頼りますが、定価で98万円ではなかったかと思います。それにエアコンの制御端末と工事費が掛かりますから、システムとしては結構な値段になってしまいます。
 それでも、A専務はマイクロデマコンができるまで「つなぎで売ったるわ」とのことで営業活動をしてくれることになりました。1ヶ月程度後のことでしょうか、A専務から「決まったでー!」、「早速工事や」、「打ち合わせに出て来い」との電話がありました。さすがに私も受注第一号には、うれしさがこみ上げてきました。その後も月に1~2件のペースで受注が出てきました。これに触発されたのか、直販営業部隊も力が入り始めこれもボチボチと注文が取れるようになってきました。

 これで、「マイクロデマコン」が完成すれば「更に受注に拍車がかかることになるはず。」と誰もが予想していたと思います。

省エネ屋のつぶやき(4)-絶対絶命編」へ続く
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省エネ屋のつぶやき(2)-デマコン開発編

2011-10-21 | 省エネ・節電

 いざ開発となると、デマンドコントローラー(面倒なので以下では、デマコンと呼びます。業界でもそう呼んでます。)という言葉は知っていてもその中身など皆目わかりません。空調機の制御方法も知りません。
 何にも知らないところからの開発です。「元来開発とはそんなもんですが・・・。」とはいうものの気が短い社長のこと半年以内に製品化せよとの厳命です。トホホの世界に入り込んでしまいました。
 そこで、各メーカーのデマコンのカタログや資料を片っ端から収集して分析することからスタートしました。

 そこで、気付いたのですが「省エネ業者のデマコンシステム(主に空調機を制御対象)は、大手電機メーカの汎用デマコンを組み込んで、その警報出力を利用して空調の制御部をシーケンサーなどを利用して盤を組んでいるんだなと」、これなら価格面で断然有利に立てると確信しました。「デマコン部分はデマンド予測のアルゴリズムができれば大したことは無い。後は、空調制御部分が問題だ!」
 半年で、製品化するとなるとデマコン部分と空調制御部を分けて開発するしか無いが、そうなるとコストアップしてしまう。それに、空調機は年間を通して使用するものですから、最低でも1年間のデータ収集と実証テストが必要となる。とてもじゃないけど半年で開発した製品をフィールドに出せるわけがない。導入効果の検証ができなければ、提案書さえ作れないではないかと難問山積でした。

 決断を迫られることになりました。運良く誰からか忘れましたが「デマコンの警報を音声出力し一斉放送装置でアナウンスしたらどうか?」というアイデアが出されました。渡りに船で、速攻でそのアイデアに飛びつきました。音声出力ユニットの開発経験はあるし、半年以内でデマコンだけの先行開発が可能になる。空調制御部は後でゆっくりやればよいと・・・。

 問題は社長の判断でした。恐る恐るこのアイデアを提案すると社長は「いいねー!」の一言で簡単にOK。何となく拍子抜けしたものでした。

 これが「おしゃべり省エネ王」開発のきっかけです。
 この製品は、ENEXに出展してかなり注目(近隣のブースからかなりのヒンシュクをかいました)を浴びたと思います。何せ大音量のブザーとパトライトが回転し「デマンド超過警報です。エアコンを送風運転にしてください」と勝手にしゃべってくれましたから、そりゃ皆さん振り返ってくださいました。

 同時に「エアコン省エネ王」も参考出品しておりました。しかし、当時は未だ設計中でしたが、カタログは「おしゃべり」と同時進行で作成・頒布されてしまっています。開発に失敗したらどうしようと思いつつも、開発に精進する日々を送っておりました。

 ちなみに「~省エネ王」の名付け親は社長です。かなり自信のネーミングだったようで、商標登録までしたんじゃなかったかな?
私としては、某節電器メーカーの「節電王」の響きがあって、あまり好ましくなかったのですが・・・。

 さて、開発はいよいよ佳境に入ります。空調制御方式をどうするか重大な決断をすべきときです。他メーカのシステムは、全て直接制御方式(これは私が勝手に名付けました)をとっております。これは簡単に思い付く方法ですが「本当に省エネになるの?」といった疑問がぬぐい切れません。大阪の某メーカーさんは10分の内の3分間強制停止するので、30%の省エネになりますと主張され、提案書にも空調使用電力量の30%削減が盛込まれておりました。
当社でいくら実験してもそのような効果が出ないことが判明するにおよび、この方式は採用できないと判断しました。

 結局どうしても室温を監視しながら制御しなければならないという結論に至りました。室温を監視して室外機を制御するというのが一般的な解決方法でしょうが、この方法だと室内への配線工事+室外機への工事とダブルに工事費用がかかってしまい、せっかくのコストダウンが水泡に帰してしまいます。
そこで、空調機がどのようにして温度管理をしているか調べると、その仕掛けは二種類しかないことがわかってきました。それは、サーミスタによる電子的なものとサーモスタットによる機械的なものです。両者とも設置場所は室内です。これに対応すれば、室内で全てが解決できる。
 ここまでくれば、その後の解決は大して問題ありませんでした。やっと間接制御方式(これも私が勝手に名付けて使用しております。)の完成です!

 この制御方法は特許出願することになりました。大方針が決定したところで、細かい設計に入ることになります。それと同時に検証用のデータ収集です。冷暖房の設定温度を1℃ずつずらして設定した似たような環境の部屋と同じ型式のエアコンに積算電力量計を設置し同時にデータを収集すれば簡単に取得できますが、そんなとこ会社中探したってありはしません。
そこで、8時間毎に温度設定をローテーションするようにして、1年間のデータを収集しました。また、同時に外気温も収集しておりますので、穴が開いた部分は同一温度のデータで補うこととして、温度設定の違いによる省エネ効果の検証データを作成しました。実際の提案書には、実験で得られたデータの半分の効果を提示するようにしました。これは、完全なデータではなく、しかも1年分しかなく、年度毎の変動も考慮に入れる必要があることなどの理由から安全率を大きめにとった結果(半分の根拠を聞かれると窮しますが)です。

 開発自体は、順調に進みフィールドテストも終了し、いざ発売ということになりました。
新聞や雑誌の新製品紹介にも登場し、問合せも多数あり順調な滑り出しに見受けられました。
 しかし、なかなか受注することができません。そりゃそうですよね。見込み客の獲得、現場調査、提案書など全てが初めてのことなんですから・・・。といった言い訳は通用しません。
 そうこうしているうち社長に呼び出され「お前が作ったんだろう、お前売ってこい!」の一言。

 私の省エネ人生の始まりを告げる鐘が鳴らされたのでありました。ここから先が私の人生のハイライト(?)です。今だから書ける出来事のオンパレードです。

 「省エネ屋のつぶやき(3)-代理店開拓編」へ続く。
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省エネ屋のつぶやき(1)

2011-10-20 | 省エネ・節電

 私が省エネ業界と関わるようになって15年ほど経過してしまいました。
きっかけは、とあるメーカーに在籍していた時に「空調温度管理システム」を開発したときにさかのぼります。
 実は、その7年ほど前にも少しタッチしたことがあります。いわゆる減設というもので、変圧器の容量を小さくすることで契約電力を削減しようとするものです。
 受電設備は過大設計であることが多く、適正規模にすることによって基本料金を削減することができました。変圧器は単相と三相に分かれておりますので、それぞれが余裕をみて容量が決められておりますので、二重の余裕が発生しておりました。
 これを単相変圧器2台でV-V結線し、変圧器をまとめることによって更に多くの容量低減を図ろうとするものでした。
 減設は変圧器容量が小さくなることから無負荷損の低減と低圧進相コンデンサーの設置により、低圧側の力率改善を図ることによる負荷損の低減ができるくらいのもので、大した省エネ(エネルギー消費の低減)にはなりません。しかしながらコストダウンには大きく寄与します。
 当時は、契約電力500kW以上がデマンド契約の対象(その後、500kW未満にも順次拡大)でしたから、この手法は大いに売れており、これで蓄財した業者は多いのではないかと思います。
 私は、元々ソフト屋で強電はあまり詳しくは無かったのですが、
・月々の削減金額がリース料を引いてもおつりがくる
・某大手筆記具メーカーが販売元になっている
・信頼のおける人からの紹介であった
・工事業者の説明で、強電の知識が乏しい私にも理解できた
等々の理由で、軽い気持ちで売ってみるかと思いました。(ある広告代理店の顧問をしていた関係で、営業につき合わされたと言うのが実情に近いものでした。)

 いざ販売してみるとものすごい逆風でした。
保安協会の反対、省エネ業者そのものへの不信等々で、にわか営業マンが太刀打ちできるものではありませんでした。
 それでも2件、3件と成約し顧客の信頼が得られ軌道に乗るかと思われましたが、デマンド計の設置が段々と小規模事業所もが対象になることが決定し、早々と事業撤退することになりました。

 その後、電子機器メーカーに転職し、撤退の原因となったデマンドコントローラーを我が手で開発するようになるとは、何か因縁めいたものを感じてしまいます。
 開発のきっかけは、当時の社長が新聞かビジネス誌かなにかで省エネビジネスが今後有望だとの記事で、うちでもやってみたいとか何とか言い始めました。
 こういうときの行動は素早く、大阪の省エネ業者を呼んでいるから一緒に話を聞いてくれとのことで、打合せに同席させられました。省エネには懲りておりましたので、何だかんだ理由をつけて潰してしまおうと思っておりました。
 ところが、くだんの省エネ業者の話を聞いて、もうその気になってしまった社長を止める術はありません。全く勝手のわからないビジネスに打って出るわけですから、当初は代理店として販売しながらノウハウを身に付けてからと考えるのが普通だと思いますが、これくらいなら自分とこで開発できるし、一旦代理店になると競業禁止条項等で身動きできなくなるとかの理由で「今日から早速開発にかかってくれ」とのご沙汰です。

 何の因果か再び省エネの道に迷い込んでしまったのです。

 魑魅魍魎が住む想像を絶する業界の話(そんな中にもごく僅かですが、いい出会いがあったりとかもありますが・・・)ですが、興味があったら読んでください。

 さて、これからの話は真実なのでしょうか、それともフィクションなのでしょうか?

 「省エネ屋のつぶやき(2)-デマコン開発編」へ続く
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