
監督が最後のカードを切ると俺がピッチに登場する。その時、スタジアムは一気にハイボルテージに達する。皆が待ち望んだ時間がついに訪れたのだ。この時のために磨き込んでおいたとっておきの跨ぎを見せてやる。
「ここで会ったが百年目」
「おいでなすったか。千両役者が」
「見るがよい」
俺は2度、3度ボールを跨いで見せる。これに対して飛び込もうものなら、たちまちファールの反則だ。わかっていても奪いにくることはできない。
「そうくると思ったぜ」
「思ったところでお前にはどうすることもできぬ」
「それはやってみるまでわからんさ」
「それはどうかな」
俺は軽く足裏でボールを舐めた。そして2度、3度ボールを跨いで揺さぶりをかける。これにつられて重心が極端に動けば、すかさずお前は置き去りにされるだろう。
「お前の跨ぎは跨ぐだけのことだろう」
「お前はそれを見つめるだけだろう」
「ごちゃごちゃ言ってないで早く勝負してこい」
「いつでも行けるぞ。恐れるがよい」
俺は2度跨ぎ3度目を跨がずに踏み込み更に足裏でボールを引き寄せた。流石にこのアドリブにはついてこれまい。
「もたもたしている時間はないぞ」
「ないと気づいた時こそ時間はあるのだ」
「今頃出てきて何言ってるんだ」
「今ここにいればそれで十分だろう」
「いるだけか?」
俺は2度3度4度5度……、目で追い切れない跨ぎを入れた。それでいて俺は少しもバランスを崩していない。
「わからないか」
「仕掛けなければ始まらないぜ」
「もう始まっている。最高の心理戦がな」
「何をほざいてやがる……」
俺の跨ぎに魅了されてお前は眠りに落ちた。
そしてゴールデン・ゴールが決まった。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます