昔々あるところにFの好きなおじいさんがいました。Fの駒音。Fの角出。Fのシステム。Fの文体。Fの端攻め。Fのお城。おじいさんはFの本を読み棋力の向上に努めました。好きと上手は別のもの。おじいさんは次第に自分の才能に疑問を持ち始めました。好きであることを疑うことは思いつきもしませんでした。その内におじいさんはまたFを好きになりました。Fの駒音。Fの角出。Fのよそ見。Fの文体。Fの端攻め。Fの地下鉄飛車。Fの注文。Fの消しゴム。
消しゴムの回転を真似て詰将棋にも挑戦しました。最初は思うようにいかなかったものが、繰り返し練習する内にみるみる回転速度が増し、消しゴムはおじいさんの手の中を生き生きと回りました。まるで拡張されたおじいさんの身体の一部のようでした。おじいさんが命じるよりも早く、消しゴムは率先して回り始め、おじいさんが一休みした時でも、いつまでも高速で回り続けることがありました。
けれども、消しゴムの回転とおじいさんの読みのスピードは、残念なことにつながってはいないようでした。7手の辺りに読みの壁があったからでした。おじいさんは気分によって消しゴムを数種類使い分けました。そのために、おじいさんは、いつでもポケットの中に幾つかの消しゴムを持っていたのでした。頭の中にFの問題を浮かべながら、ポケットの中の消しゴムに触れていることもありました。そうして好きなことを考え続けているといつの間にか時間が流れすぎています。
「お腹空いたな」
おじいさんは消しゴムに乗ってF井寺までうどんを食べに行きました。
めでたし、めでたし。