架空請求がやってきた。思い当たる節はないが、考えている内に気になることが一つ浮んできた。常時接続でなくなったというようなことはないだろうな。と言うと兄は、常時接続なんて聞いたことがないと言うので無性に腹が立った。夜通し遊んだ数多くのゲームの中から戦国武将が現れて、僕の背後に立った。
「PCのことなんて何も知らないくせに!」
レシートを丸めて顔に向けて投げつけた。
出たい。一緒に行く犬は、もういないけれど。
出よう。そして、帰らない。盆も正月も、ずっと帰らない。
ご飯はあるだろうか。しばらく閉じ篭って、下りてきた時に、何か食べ物は残っているだろうか……。2階に上がりたかったが、兄が日本昔話を見ているので、どうにもならず、仕方なく箪笥の前で固まった。父が風呂から戻ってくるが、気がつくだろうか。父は、僕の腿を踏んで、扉を開けた。気づかない。顔を見上げてみたが、何も気づかないようだ。父は、お腹を踏んで引き出しを開ける。僕は倒れる。それでも気づかない。父の足を抱きしめた。目を閉じて、泣いた。一緒に遊んだのに。昔は一緒に、遊んだのに。父の足にまとわりついた。抱きついて放さない。父の足は厳しい上り坂だった。
破れかぶれの坂を乗り越えて、四つ角を越えたところで自信が揺らいだ。待てよ、と自分が自重を呼びかける。先走り過ぎてはいけない。ここは直進でよかっただろうか。畑仕事をしている町の人に訊いてみることにする。
「ランナーが来ましたか?」
鍬を肩に預けながら、おじいさんは首をひねった。少し考えた後、どうも向こうのようだと言った。
「向こうのようだぞ」
追いついてきた者たちにも教えてあげる。ここでのタイムロスは痛いが、間違って右に折れて坂を下って行った者たちもいるようだ。それでは永遠にゴールに着かないというのに。
「バナナとおでんの汁で作ったお菓子よ」
「いいです」
「本当?」
おばあさんは、からかうように言った。
「食べてみる?」
「じゃあ……」
僕はバナナのお菓子を手に取った。
「そういうとこあるよね」
一度断るようなところがあるから気をつけるようにとおばあさんは言った。おじいさんにも礼を言おうとするが、おじいさんはもう仕事に戻っており、これ以上邪魔をしてはいけない。お菓子のお礼だけして先を行くランナーを追った。
廃墟の中で隠れて煙草を吸った。そこは議員たちの秘密基地で、至る場所に自慢げに灰皿が並べてあるのだった。議員たちも、本を読んだりゲームをしたりしながらみんな煙草を吸っていた。僕だけが少し浮いているようだったが、誰一人咎めようとする者はいなかった。煙草を吸う人はここではみんな仲間なのだった。
「高級住宅、灰皿付なんてね」
テーブルの上に眼鏡を置くと議員が言った。
「新しい橋ができたようだぞ」
今度はそう言って蟻たちが集まり始めた。
1分過ぎた。その間、僕は未来時間でブログの更新をしておいた。無言の女にリモコンを返し、走り出すと後ろで声がする。
「500円です」
そんなはずはない。それなら言うのが遅すぎる。それにこれはランナーのためのスペシャルドリンクのはずだ。その場で精算するなんてどうかしている。女が、後ろを駆けて来る。「大丈夫ですか」
そう言って女は僕を追い抜いていく。速い、女だ。
上り坂を越えると家電量販店の4階を通りがかる。「珍ゲームです」新作ゲームを店員は端的に、斬った。父と息子は、少し残念そうに耳を傾けている。何がしたいのかよくわからないゲーム。「おすすめはしません」
「主観だな」
僕は抗議した。
店員は追いかけてきた。
「おすすめはしません」
「うるさい。邪魔するな!」
家電ロードを通り過ぎると、前を行っていたはずのランナーが戻ってきた。
「大変なことになっています!」
前から河童の大群が迫っていた。どうやら追われているようなので浮遊した。ある程度浮遊したところで、下を見た。浮遊に気がついたのか、河童たちはその場に留まっている。口を開けて天を仰ぎ、何かを引き寄せようと宙を手でかく者もいた。どうやら河童には浮遊能力はないのがわかったが、男が足にくっついて上がってきた。どういうつもりか。兄弟でもあるまいし。安全な距離で浮遊しながら、足を振った。しばらく振っていたが、男は案外しぶとかった。大縄にしがみつくように、僕の足にすがっているのだ。そうか、そういうゲームなんだな。僕はより一層激しく縄を振った。カラン、カラン。下から鈴の音が聞こえる。これでもか、これでもか。優秀なプレイヤーを、ついに僕は振り落とす。河童たちは輪になって、男を拾う。カラン、カラン。下から、笑い声が聞こえる。
数時間かけて、ついに中継所にたどり着いた。
「明日も来ないといけないそうだ」
なぜだ。そんな意味ないことがあるものか。
「だったら違う場所にすべきだ!」
同じ苦労はしたくなかった。僕の声が誰かに深く届くことはなかったが、いずれルールも変わるだろう。
「去年よりは楽だったな」
誰かがつぶやいた。ああ、そうだったかな。
「PCのことなんて何も知らないくせに!」
レシートを丸めて顔に向けて投げつけた。
出たい。一緒に行く犬は、もういないけれど。
出よう。そして、帰らない。盆も正月も、ずっと帰らない。
ご飯はあるだろうか。しばらく閉じ篭って、下りてきた時に、何か食べ物は残っているだろうか……。2階に上がりたかったが、兄が日本昔話を見ているので、どうにもならず、仕方なく箪笥の前で固まった。父が風呂から戻ってくるが、気がつくだろうか。父は、僕の腿を踏んで、扉を開けた。気づかない。顔を見上げてみたが、何も気づかないようだ。父は、お腹を踏んで引き出しを開ける。僕は倒れる。それでも気づかない。父の足を抱きしめた。目を閉じて、泣いた。一緒に遊んだのに。昔は一緒に、遊んだのに。父の足にまとわりついた。抱きついて放さない。父の足は厳しい上り坂だった。
破れかぶれの坂を乗り越えて、四つ角を越えたところで自信が揺らいだ。待てよ、と自分が自重を呼びかける。先走り過ぎてはいけない。ここは直進でよかっただろうか。畑仕事をしている町の人に訊いてみることにする。
「ランナーが来ましたか?」
鍬を肩に預けながら、おじいさんは首をひねった。少し考えた後、どうも向こうのようだと言った。
「向こうのようだぞ」
追いついてきた者たちにも教えてあげる。ここでのタイムロスは痛いが、間違って右に折れて坂を下って行った者たちもいるようだ。それでは永遠にゴールに着かないというのに。
「バナナとおでんの汁で作ったお菓子よ」
「いいです」
「本当?」
おばあさんは、からかうように言った。
「食べてみる?」
「じゃあ……」
僕はバナナのお菓子を手に取った。
「そういうとこあるよね」
一度断るようなところがあるから気をつけるようにとおばあさんは言った。おじいさんにも礼を言おうとするが、おじいさんはもう仕事に戻っており、これ以上邪魔をしてはいけない。お菓子のお礼だけして先を行くランナーを追った。
廃墟の中で隠れて煙草を吸った。そこは議員たちの秘密基地で、至る場所に自慢げに灰皿が並べてあるのだった。議員たちも、本を読んだりゲームをしたりしながらみんな煙草を吸っていた。僕だけが少し浮いているようだったが、誰一人咎めようとする者はいなかった。煙草を吸う人はここではみんな仲間なのだった。
「高級住宅、灰皿付なんてね」
テーブルの上に眼鏡を置くと議員が言った。
「新しい橋ができたようだぞ」
今度はそう言って蟻たちが集まり始めた。
1分過ぎた。その間、僕は未来時間でブログの更新をしておいた。無言の女にリモコンを返し、走り出すと後ろで声がする。
「500円です」
そんなはずはない。それなら言うのが遅すぎる。それにこれはランナーのためのスペシャルドリンクのはずだ。その場で精算するなんてどうかしている。女が、後ろを駆けて来る。「大丈夫ですか」
そう言って女は僕を追い抜いていく。速い、女だ。
上り坂を越えると家電量販店の4階を通りがかる。「珍ゲームです」新作ゲームを店員は端的に、斬った。父と息子は、少し残念そうに耳を傾けている。何がしたいのかよくわからないゲーム。「おすすめはしません」
「主観だな」
僕は抗議した。
店員は追いかけてきた。
「おすすめはしません」
「うるさい。邪魔するな!」
家電ロードを通り過ぎると、前を行っていたはずのランナーが戻ってきた。
「大変なことになっています!」
前から河童の大群が迫っていた。どうやら追われているようなので浮遊した。ある程度浮遊したところで、下を見た。浮遊に気がついたのか、河童たちはその場に留まっている。口を開けて天を仰ぎ、何かを引き寄せようと宙を手でかく者もいた。どうやら河童には浮遊能力はないのがわかったが、男が足にくっついて上がってきた。どういうつもりか。兄弟でもあるまいし。安全な距離で浮遊しながら、足を振った。しばらく振っていたが、男は案外しぶとかった。大縄にしがみつくように、僕の足にすがっているのだ。そうか、そういうゲームなんだな。僕はより一層激しく縄を振った。カラン、カラン。下から鈴の音が聞こえる。これでもか、これでもか。優秀なプレイヤーを、ついに僕は振り落とす。河童たちは輪になって、男を拾う。カラン、カラン。下から、笑い声が聞こえる。
数時間かけて、ついに中継所にたどり着いた。
「明日も来ないといけないそうだ」
なぜだ。そんな意味ないことがあるものか。
「だったら違う場所にすべきだ!」
同じ苦労はしたくなかった。僕の声が誰かに深く届くことはなかったが、いずれルールも変わるだろう。
「去年よりは楽だったな」
誰かがつぶやいた。ああ、そうだったかな。