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眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

メロンパン

2019-07-12 03:37:14 | リトル・メルヘン
素敵なカフェで素敵な詩が生まれるなら
僕はもう言葉なんて探さずに
ただ素敵なカフェだけ探して
歩いて行くことにしよう
 
ああ こんなところに
素敵なカフェがあったんだ
 
前を通るまでは気がつかなかったけど
地図にも口コミサイトにもまだ
載っていないけど
ああ こんなところにあったんだ
 
いらっしゃいませ
お好きな席へどうぞ
 
「ここはメロンパンが特におすすめなの」
 
確かにそうだった
横断歩道を渡ってくる前から
何かいい匂いがずっと漂っていたものだ
 
そうして僕はいまここにいる
 
「コーヒーをください」
 
テーブルの上にpomeraを開いて
 
僕は「メロンパン」と打ち込んだ
 

チャララララ

2019-07-10 19:07:16 | リトル・メルヘン
あのメロディーが聞こえてくると
みんなたまらず飛び出してくる
チャララララ
 
宿題も家事も放り投げて
絵を描く者は筆を置いて
争う者は拳を置いて
五段も七段も指し手を止めて
「一旦封じます」
 
チャララララ
対局室からアトリエから
地下街から屋上から
オフィスからビルの中から
トンネルから山の上から
町の外からまでも
 
チャララララ
 
吸い寄せられた人々に取り囲まれて
車は動きを止めた
降りてきた大統領が
みんなの注文に応える
 
チャララララ
 
チャンポン!
 

踏切の向こう側

2019-07-09 00:51:45 | リトル・メルヘン
 生きていく上では忘れてはいけないことがいくつもある。
 挨拶をすること。まあ、いいや。後で返そう。呑気に構えている内にどんどん人々が去って行く。気がついた時には自分だけになっている。
 さよなら。言える時に言っておかないと後からでは言えなくなる。忘れないように……。そう心がけていても、やっぱり忘れてしまうことがある。
 
 鍵をかける。これは基本的なことだ。
 家を出る時には、他にも忘れてはいけない基本的なことがいくつもある。
 テレビを消すこと。
 誰もいない部屋の中で誰かがだらだらと話をしていたら、それはテレビがついているのだ。何となくつけたテレビを消し忘れてはいけない。
 洗濯機の中は空っぽか。
 回転を終えた時に洗濯機の仕事は終わる。その後は人間のすべきことだ。
 人間の仕事は人間がする。それは基本的なことだ。
 真冬にシャツ一枚で呑気に過ごしている時は、部屋のエアコンが働いていることだろう。静けさに気を緩めてスイッチを切るのを忘れてはいけない。
 オーブントースターの中は大丈夫か。
 久しぶりに扉を開けてみたらいつかのトーストが固まった姿で見つかった記憶が脳裏をかすめた。ついに交代のカードが切られることなくベンチを温め続けた選手の気持ちが、トーストにはわかるだろう。そのようなことがあってはいけない。
 私はコートを羽織り家を出た。
 鍵をかける。
 ちゃんとかけたか確かめる途中で鍵が回り開いてしまう。
 そして、もう一度鍵をかけ直す。鍵は完全にかけられた。
 
(何かを忘れているような気がする)
 そのような幻想も、忘れなければいけないものの一つに数えられる。
 
 夢をみること。それは生きていく上でとても重要なこと。
 現在がどれほど困難に満ちた状態に置かれていたとしても、夢という現在の向こう側、あるいは現実とは切り離された全く別の次元を持っているということは、どれだけ心強いことだろう。今が闇に沈んでも、夢では輝くこともできる。
 夢の中では故郷の空中都市がテレビのニュースで取り上げられている。今では雲より高く突き抜けて何を目指しているかは窺えないけれど、しばらく帰っていない間に驚くことになっている。もう亡くなった人が一緒にいて意見を求めたりする。生きている人も出てくるので、実際には誰が今どうなっているのか、目覚めた後で混乱もある。
 残り夢の中の住人たちは、日常の誰よりもずっと近くに感じる。
 
 いくつもの基本によって、今の自分は生かされている。
 
 
 路上に出て見知らぬ人々とすれ違いながら、私は鍵をかけてきたことを思い出しては気持ちを強く持つ。
 赤い点滅、遮断機がゆっくりと下りる。
 急ぐ者は誰一人いない。
 ジャリジャリと鍵はポケットの奥で存在を示した。
 大丈夫。何も心配ない。
 長い列車が通り過ぎる。
 乗客は皆、手の中の切符に目を落とし安心していた。
 遮断機が音もなく上がる。踏切の向こうにハルが待っていた。
 
「遅かったね」
 犬はあきれるような目で私を見上げた。
 おもむろに立ち上がると身を振って待ちくたびれた埃を落とした。
「さあ行こうか」
 
 

おじいさんと雨

2019-07-02 00:46:32 | リトル・メルヘン
 本当は早く終わってほしかった。
 おじいさんの話を聞きながら、僕は雨が心配だった。
 朝のお天気おねえさんが言っていた通りに、雲は今まさに頭上に集まりつつあった。おじいさんはとても楽しそうだ。たいした相槌も返せないけれど、おじいさんはどんどん話を前に進めた。僕はただ静かに話がきりのいいところまで行って落ち着くのを待った。
 
(それではまた)
 別れの言葉をポケットの中で温めていた。もうそろそろ話は出尽くしたようだ。おじいさんの声もゆっくり着地に向かっているように思えた。
 
「けどね…」
 おじいさんは自らの話を引き継いで話し続けた。
 終わったようで終わっていない。
 魔法のけどねを唱えると話のゾンビが復活して、再び活発に動き始めた。
 おじいさんは少しも雲の流れを気にする様子はない。久しぶりに釣れた魚を出迎えるように、全身を使いながら語っている。
「けどね」ゾンビは何度でも復活した。おじいさんは話が好きだ。
 
(それではまた)
 さよならはポケットの中で飛び出していくチャンスを見送り続けるしかなかった。
 いよいよ雨が心配になった。
 おじいさんは益々脂がのってきた。
 これが最後の話だとでもいうように一切を出し惜しみしなかった。
 おじいさんは少し昔の話をした。少し腰の痛い話、元気な孫の話、世知辛い世の中の話をした。それから少し僕のことを気にかけた。
 
 終わらない話の中で雨は降り始めた。
 おじいさんの顔が濡れているけれど、相変わらず楽しそうだ。
 僕は傘を開き、傘の下で話を聞いた。
 雨が傘の上で弾けておじいさんの声に交じった。時々おじいさんの声が途切れた。見えない隙間を想像と努力で埋めた。ようやくおじいさんも傘を開いた。傘の下で楽しそうに話している。
 雨粒が大きくなって傘を打ちつけた。おじいさんは平気な顔で話し続ける。
 時々おじいさんは笑った。きっとそれは楽しい部分なのだ。合わせて僕も笑う。
 
 風を伴って雨はどんどん激しくなって行く。
 もう、ほとんど話は見えなくなってしまった。
 雨は冷たい打ち消し線だ。
 その向こう側でおじいさんの口は開き、舌が高速で回転している。
 純粋な雨音の中に、時々擬音のようなものが入り交じった。
 一つも伝わっていないのにまるで平気なおじいさん。おじいさんの口元を見ているとだんだん楽しくなってきて僕は笑った。
 
 やっぱり、おじいさんは話が好きだ。
 雨に負けずに、おじいさんも笑った。
 

Eメール

2019-06-26 02:35:59 | リトル・メルヘン
待ちに待ったワールドカップがまもなくはじまります。優勝候補ニッポンの初戦は格下のブラジル。ですが安易なモチベーションで入ると足下をすくわれるかも。油断は大敵です。
眠れない夜に備えて、今夜は早く寝ます。また少し剣玉がブームです。
地球は相変わらずこんな感じです。
そちらはどうですか?
 
懐かしいふるさとの友からEメールが届いた。
ワールドカップが開かれるとは、地球もすっかり平和を取り戻したようだ。
 
こちら相変わらずです。手に負えない魔物が毎日暴れています……。
 
私は隠れ家の廃墟に身を潜めながらキーボードを叩いた。
卵形の赤い地球が淡く瞬いて見えた。
これが最後のEメールになるかもしれない。
 
元気で……。
 
 

犯人ルーム

2019-06-25 00:36:36 | リトル・メルヘン
 犯人像を追って私たちは犯人の部屋まで入り込むことに成功した。
 そこは一見してどこにでもあるような普通の部屋だった。だが、よくよく観察する内に様々な疑問が浮かび上がってくる。
 水玉模様の青いカーテンが引かれていた。犯人はこれで世界を丸ごと包み込もうとしたのだろうか。
 テーブルの上に無造作に置かれた国語辞典を手に取ってみた。犯人はこれでどんな単語を引いたというのだろうか。耳を当ててみたところで国語辞典は何も答えない。
 床に置かれた無数のハンガーが犯人の日常を物語っている。同じ服ばかり着ているのでは飽きてしまう。
 飽きっぽい性格はぽつんと残されたリモコンからも容易に想像することができる。ドラマ、ニュース、スポーツ中継、バラエティー、ドラマ、ドキュメンタリー、アニメ、ドラマ、ライブ、ドラマ、ショップチャンネル。犯人はそうして次々とチャンネルを変えていった。
 
(何でもよかった)
 
 そこに現れる映像ならば何でもお構いなし。そのような手の動きがまだリモコンの上に刻まれている。
 不機嫌に俯いたままの電気スタンドの向こう。タコ足配線だ。駄目だとわかっていてもやってしまう。犯人の意志の弱さがこんなところからも顔を出す。
 散らばったマンガの先にプレイステーション。その奥には昨日遊んだようにオセロゲームがそのままの形で保存されている。犯人はどこで白から黒へひっくり返ってしまったのだろう。部屋の四隅はその答えを何も持たない。
 爪切りの横に小さな鼻毛切り鋏が寄り添うように並んでいる。
(私たちはいつも一緒)
 犯人はこれで鼻毛の手入れをしていたというのだろうか。まるで私たちが日常的にそうするように。
 瞬間、私は距離感を失って犯人の部屋の中でバランスを失い転倒してしまう。
 一足ごとに几帳面に束ねられた靴下が部屋のあちらこちらに散乱している。それと同じほどの数のノートがやはり部屋中に放り出されており、枕元にはそれとは別に膨大な数のノートが積み上げられている。
 私はその中にある一冊をふらふらと手に取った。ページを開いた時、私は自分の軽率な行動を深く後悔することになる。
 
「なんて素敵な詩だ!」
 
 それは神さまへ向けたラブレターか。内容について一切触れることはできない。しかし、そこにあるのは読むほどに深く引き込まれてしまうような悪魔的な魅力だ。
 ここにきて犯人像が根底から覆されてしまう。作品と作者の間にある溝に入り込んでまるで身動きができない。そこから抜け出すまで半日を待たねばならなかった。
 まるで脈絡もなく収まっているように見える本のタイトルの中には海外のファンタジー小説も含まれている。
 冷蔵庫は昨日見た幽霊のように白い。
 重々しい形状の電子レンジ。犯人はこれでいったい何をチンしていたのだろう。
 
 その時、私は急な寒気に襲われて部屋から飛び出した。
 
 犯人は元少年でごく普通の人間の父と母の間にできた模様だ。
 
 残された部屋が犯人のすべてを実に雄弁に語っている。
 だが、そのほとんどは空耳にすぎない。
 私は部屋を出て数歩歩く内に変わりつつある自分に気がついた。
 少なくとも、今の私は何を信じてよいかわからない。
 

フレンド・オブ・ベスト・フレンド

2019-06-19 16:34:20 | リトル・メルヘン
「もう動けないよ」
「動かないで」
「もう何の力にもなれない」
「大丈夫。ここにいて。僕が最高のクロスをあげるから」
 
「えっ?」
 
「君は合わせるだけでいい。ね。いい?」
「無理だよ。オフサイドになるだけだよ」
「心配ない」
「線審を欺くことなんてできないよ」
「ディフェンスを一人つけていくから」
 
「えっ?」
 
「こいつさ。こいつは仲間だ」
「じゃあ。ここで待っていて」
 
 
 
 
「君はいったい誰?」
「しーっ。話さないで」
 
「いつも君の後ろにいるよ」
「わかった」
 
「僕は友達の友達さ」
 

シャドー・ストライカー

2019-06-17 22:53:04 | リトル・メルヘン
公園で俺は待っていた
約束のあいつが来ないから
俺の練習パートナーはお前
お前は俺の影
相手になってみてくれるか
 
電灯の下で
俺はお前と向き合って
得意の仕掛けを繰り出す
お前はひょろっとして
頼りなく見えるのに
俺にとっては案外手強い
 
こんなフェイントでは
お前は抜けないんだな
 
俺はどっしり構えた
情けない姿勢をかえりみる
こんなんじゃお前にも勝てないぜ
俺は腹の底をぐっと持ち上げて
重心を前よりも高くして
月までも飛べるような志を抱く
それでこそお前と戦える
最初のスタートライン
 
さあ 行くぞ!
これが俺のインアウト!
 
やっぱり駄目か!
 
俺にお前は欺けないのか
 
お前は俺の影だというのに
(本当は俺の方がそうかもな)
 
電灯の下で
光を浴びたお前の伸びしろに
俺はジェラシーを抱く
 
お前は誰だ?
 

ロケット・ベッド

2019-06-07 03:52:33 | リトル・メルヘン
「そんなところで読んでいると目が悪くなりますよ」
 どんなところだったか思い出せない。忠告も無視したくなるほど引き込まれていた。読んでいると誰かがまた別の本を薦めてきた。
 
「この本を読んでいる人は、こんな本も読んでいます」
 他人の意見を素直に聞くことは苦手だった。あんまりしつこいので時々は誘いに乗ってみた。案外に自分の好みに近かった。一度乗ると抵抗は薄れて乗りやすくなった。おかげで選択の幅は広がったかもしれない。躓くこともあった。
 
「この本で躓いた人は、こんな本でも躓いています」
 親切な人がいて苦手な方角についても教えてくれた。躓くことは少なくなって、飛ばし読みもできるようになった。
「この本を読む人は、読みながらこんなお菓子を食べています」
 本を読んでいる間、脳は本の中に取り込まれているが、完全にそうではない。口だって自由だった。
 薦められるままに色んな菓子に手を伸ばすようになった。
「このお菓子に手が伸びた人は、こんなお菓子にも手が伸びています」
 甘い言葉に乗っかると次々と世界中から菓子が届いた。菓子は日々進化して誘惑に終わりはない。
 
「そんなところで寝ていると牛になりますよ」
 理屈は理解できなかったけれど、前例があるというので無視はできなかった。
「この本を読みながらこんな菓子を食べている人はこんなベッドでも眠っています」
 最新のベッドは高価なだけあって眠り心地は最高だった。これでずっと、人間のままでいられるんだ……。
 
 
 
「この海を越えた人は、こちらの海も越えています。みんな人を殺しています。こんな人もこんな人も殺し合っています」
 戦争が始まっていた。
 本を読んでいただけなのに、始まる時には始まるんだ。
 
 枕元のスイッチを押せば、さようなら。
 僕のベッドは星を離れて飛んで行ける。
 

噂の勇者

2019-05-28 03:29:30 | リトル・メルヘン
「力こぶができたらお前をレベル3にしてやろう」
 
聖者は言った
町の周りのスライムを倒しながら
暇さえあれば腕立て伏せをして鍛えた
 
なかなかどうして スライムは手強い
倒し損ねたスライムは
また一層強くなって現れるようでもある
まだ力こぶはできる気配もない
 
噂では
町の東に新しい勇者が現れたらしい
なんと最初からレベル10だとか

カメラを止めろ

2019-05-21 06:46:56 | リトル・メルヘン
 
 ゴール前に入ったクロスに激しく競り合いにいくリベロは殺し屋の異名を持つ。激しく肩をぶつけると相手の巨体が吹っ飛んだ。マイボールにするとボランチを経由して左右に小気味よくパスが回る。敵がチェックに来ても、常に複数の選択肢を用意して奪われない。
 華麗なパス回しにスタジアムが沸く。
 司令塔はテクニックに優れた10番。
 重心と反対に突然加速して敵を欺く。視線を右に送りながら逆サイドにパスが出る。
 左サイドに待っていたのはスピードスター。
 詰めてくる敵の逆を突いて、一気にライン際を駆け上がる。
 その頃、監督は腕を組みながら頭の中で交代のカードを組み立てていた。ベンチの下では着々と未知の野菜が育っている。
 敵陣深くまで進入したアタッカーはノールックでふわりとしたクロスを上げた。
 利き足をヘッドにつけたストライカーが高く空に飛んだ。滞空時間の長い頭が夜空に紛れる間に、アディショナルタイムに入った。
 
 
「子供たちにはとても見せられないな」
 
 プレーに関与するすべてのメンバーが犯罪行為に手を染めていることは明らかだった。
殺人未遂
独占禁止法
詐欺罪
スピード違反
違法青果栽培
領空侵犯
 
 
「みんな動くな!」
 
 ついにピッチ上に国家権力が介入した。
 組織的犯罪を一網打尽にするため、水面下で準備が進んでいたのだった。
 
「カメラを止めろ!」
 
 その瞬間、打点の高いヘディング・シュートがゴールネットを揺らした。
 
 
 
 
 
 
 

ショートショート

2019-05-16 22:21:34 | リトル・メルヘン
「どうして来たの?」
「……」
「もう来ないでください」
「はい。わかりました」
 
約束の期限は10分
私は急いでキーボードを走らせる
 
もうすぐ猫の邪魔師が帰ってくる
 
結末を急がねばならないのは
途切れた話の続きが書けないから
猫と約束を交わす時
猫以前の話は忘れてしまう
 
私たちは 忘れ物同士
 

消える女

2019-03-26 23:02:00 | リトル・メルヘン

 

待ち合わせですか?
 女が待っていたのは自分自身だった。どこか遠い街からやってくる待ち人ではない。約束を交わした愛人を待つのではない。それは自分の奥の深いところからやってくるのだ。
「私が消えて本当の私が現れる」
 女はずっと長い間それを待っていた。現れるとは限らない。けれども、現れた記憶なら微かに胸の内に残っていた。それが今日だったらいいけれど……。時は自分では選べないということも女は既に知っていた。自分がありありとしてここに残っている間、それが現れることは決してない。仮の自分と本当の自分が共存するということはないのだ。先に自身が消えて、そこで初めて封じられていた自分が目を覚ましてくれる。
 火を貸してもらえますか?
 燃え上がる炎に焼かれて虫は消えた。
 女は何事もなかったように待ち続けていた。
 

おでんコンプライアンス

2019-03-12 22:00:12 | リトル・メルヘン
「今日こそはいい湯をもらおう」
 食パンの陰に隠れながら猫は誓う。
 竹輪、大根、玉子、こんにゃく、はんぺん。そして、いよいよ出番か。
「入ります!」
 流れに乗って猫は鍋の縁に手をかけた。
「君ちょっと!」
 店長が猫の手に待ったをかける。
「入れてくださーい」
「だめだめ。ここは君みたいなものの来るとこじゃない」
 さあ、帰った帰った。猫は門前払いだ。店長の見張りは手強い。今日は相手が悪かった。猫は時を改めて来店することに決めた。挑戦は終わらない。
「ありがとうございました」

 店長が帰った頃を見計らって、猫はまた足を運ぶ。
「今夜はいい湯をいただくぞ」
 食パンの陰に身を隠し猫は機会をうかがった。
 竹輪、玉子、じゃが芋、ゴボウ天、うどん、そして、いよいよ出番か。
「入ります!」
 流れに乗って猫は鍋の縁に手をかけた。
「ちょっとちょっと!」
 バイトのお兄さんがお咎めだ。二の腕の筋肉は半端ないぞ。店長でもあるまいに、邪魔立てするとはこしゃくな。猫は制止に負けなかった。
「入りまーす! 入りまーす!」
「だめだめ。君は違うでしょ」
 いったい何が違うのだろう。
 猫は耳たぶに隠し持った切り札の練り辛子を見せつけた。それが今夜は入湯許可証となるだろう。誰もそれには逆らえぬはず。
「じゃあ、入りまーす!」
「おーい! 待て!」
 またもや不条理な待ったがかかる。
「もう、なんなん」
 猫は流石にうねりを上げた。
「悪いがね、君。コンプライアンスだよ」
「ん? コンプライアンス?」

雪の合戦

2019-03-06 04:08:34 | リトル・メルヘン
 降り出した雪がナイフを止めて人殺しを正気に返らせた。盗人は鍵穴に差し込んだクリップを抜いて犬のようになって公園の茂みに消えた。わーいわーいと大人も子供も素直になって、難しい理屈をみんな抜きにして街を平和な空気に満たしたのは雪だった。雪が降った。降って降って一夜にして街を白い歓迎ムードに染めた。興奮は醒めず庭には雪のダルマが作られた。雪は何日も降り続き、何体ものダルマが庭に立ち、庭を出て、街を占め、白い存在感を発揮し始めた。「ダルマはいくつあってもいいものだ」雪さえあれば、それに作り手の熱意さえあれば、ダルマはいくらでも増やすことができた。「もっと大きなダルマを!」数ばかりでなく、大きさを求めて、推進派はダルマ作りに次々と精を出した。それに顔を曇らせるのは反対派の人々だった。


「いつまで降るのだろう」

「いつまで積もるのだろう」

 そして「いつまでダルマが増えていくのだろう」様々な心配を胸に、妨害工作が図られることに。雪の道において、趣旨の薄いパーティーを開き、不機嫌なフリマを開き、棘のある歌会を開き、モラルのない舞踏会を開き、鬼だらけの鬼ごっこを開き、雪ダルマ作家たちの心を折りにかかった。「くそーっ!」雪ダルマ作家たちはそれにも心折れることはなかった。何よりも雪が好きで、雪ダルマが好きだと言わんばかりに(それを言葉にすることはなかった)せっせと雪ダルマを作り続けたのだった。その努力もあって街は見渡す限りの雪ダルマであふれた。コンビニよりも、歯科医よりも、整骨院よりも、町工場よりも、交番よりも、雪ダルマの数は多く輝いていたのだ。


「もっともっと雪ダルマを作りたい」

 雪ダルマ作家たちの情熱は、雪をも溶かすほどに熱かったのだ。けれども、雪は溶けても溶けても溶ける余裕がないほど降り続けた。その時、雪ダルマの大きな頭に向けて投げ込まれた球があった。反対派陣営から投げられた白い球。それは雪の球だった。雪の球は雪ダルマの頭を、雪ダルマの肩を、雪ダルマの胸を、雪ダルマの節々を攻め、挙げ句の果てには雪ダルマ作家のアトリエ本陣にまで届いたのだ。「くそーっ!」雪ダルマ作家たちは燃え上がった。「もう黙っちゃおれんわ」そして、反撃の球は投げられた。雪ダルマ陣営から反対派陣営に向けて投げ込まれる球。白い白い怒りを含んだ球。それは雪の球だった。何発も何発も何発も何日も何日も何日も、陣営の間を行き交う雪の球。降り出した頃の平和はどこへ……。雪の合戦が続く。