ボーイの口から命は吹き込まれ、赤い袖に通った手の中へ渡る。「どこへ行くのかな。僕はこれから」高い高いされながら、球体は始まりの予感に弾んでいた。「遠くへ行くのかな」笛の音と共に顔が近づいてくる。「早く投げないか!」戸惑いが宙に浮く間に、信号は黄色から赤に変わった。#twnovel
最初はスライムにも負けるほどに弱いが、モンスターを油断させるためだった。45分後、監督が肉厚なカツとマスタードを挟み込んだ途端に、パーティは見違えるように強くなり、最後に覚えるのはいつも勝利の味だった。成長した勇者たちは世界へ羽ばたき、子供たちのヒーローとなった。#twnovel
一歩表に踏み出すと雫が落ちてきて、この先のことが危ぶまれた。天を仰ぐ代わりに、ボランチの背中を見つめ、振り返った彼の顔を見るともう気分は晴れ晴れとしていた。「彼がいる限り大敗することはない」キャプテンを中心に作られた円陣の中に月の光が射し込んで青いリングを作った。#twnovel
幕はゆっくりと上がり始めた。微かな光が漏れ出し、中から今まさに何かが現れようとしている。微かに波打ちゆっくりと上がってゆく幕の向こう側、未知なるものの気配、未知なるものへの期待が徐々に膨らみ大きくなってゆく。どこまでも高く、遠くへ、幕はいま、渡り鳥に触れたところ。#twnovel
私が生まれるより遥かに遠い過去から、見つめ合い、幾度もずれたり重なったりを繰り返しながら、閉ざされた硝子の向こうから時の移ろいを語り続けてきたのだった。「間もなく2つの針が重大なメッセージをお伝えします」誰もが薄々それを知りながら、無言のまま時計台の下に集まった。#twnovel
空っぽになって声も元気も何も出なかった。ついに自分は独りになって、世間とのつながりのすべてを失った。日が昇ると突然、友達が隣に立っている。川辺から果てしなく遠くへ勢いよく放出してみせた。ならばこちらも……。「明けましておめでとう」蘇った対抗心が自分を返信に導いた。#twnovel
鏡よ鏡、この世で1番空しいものは何? 熟考の末、鏡は突き刺すように返した。「それはあなたです!」答を聞いて女が顔を逸らすと鏡も向きを変えた。再び彼女が向き合った時、そこに人間の姿はなく、優勝カップが空を見上げていた。彼女は自分を消して、世界一を夢見ることに決めた。#twnovel
目撃者の証言が始まる。「偶然なんかじゃありません! 私はいつでも見ているのです。いつ訊かれてもいいように、いつ呼ばれてもいいように、いつこの場に立ってもちゃんと話せるように、いつだって見る準備をしているのです。私から言うことは以上です」証人は見たことだけを話した。#twnovel
お釣りをもらって「ありがとう」と言うと女は何も言わず、寂しくなったので1分前に時滑りすると今度は無言で受け取った。これでチャラ返しだ。すっきりした気分になって歩き出す背を押し出すように後ろから「ありがとうございました」の声……。違う違う。なんでそんなこと言うかな。#twnovel
雫を切った傘を小さく折り畳んで袋の中に入れると口を開けた鞄の底深くに戻す。闇の中に差し入れた手に何者かが、「行くなら私もつれて行きなさい」。誘い文句につられるように、手は傘とは違う形状と感触を持つものをつかんで帰ってくる。いつもそのようにして、本との対話が始まる。#twnovel
招待状を送る人は1人もいない。「2人きりでは寂しいね」と式は取りやめにした。遡って結婚も、婚約も、同棲も、交際も、肩も、腰も、手も、唇も。2人は順調に切り離していった。さよならとつぶやいて3行詩の中でわかれた。「最初から無理だったのね……」寂しさを忘れて、いった。#twnovel
食べられないパンが何って? 謎めいた朝の中でクロワッサンに食いついた。そんなパンなら無数にあるというのに。クロワッサンの皮がぱさぱさと零れる。なんで君の決めた正解の1つにこちらが合わせなければならないんだ! 卵を一気に割り落とすとフライパンは小さくジュッと鳴いた。#twnovel
澄み切った空が徐々に淀みの中に捕われて、ついに恐ろしく冷たい粉を降らせ始めた。逃げろ! 手を取って赤い光の中に逃げ込もうとした時、君は嬉々として、白く染まり始めた庭の中に駆け出していった。君はとっくに犬であり、私たちは永遠に交わることのない色の中に住んでいたのだ。#twnovel
テーブルに両肘をついて座っている。両手に載せた頭からはさらさらと白い砂が流れ落ちてゆく。「もうすぐあの人、空っぽになっちゃう」小声でささやいた後で、宝のありかを聞き出すために彼らは足早に私の方にすり寄ってくる。「残りはほんのひと時です」私ははなす、時だけ、はなす。#twnovel
「どうも食感が違うぞ」食通の舌がニュアンスの違いを感知すると、迷わず鍋の中に手を突っ込んだ。「これはニシキヘビじゃないか!」偽りの九条葱が頭を出して暴れたことで真実が明るみに出た。「だます意図はなかった」蛇の皮を持参すれば返金に応じると火星出身の店長は胸を張った。#twnovel