大学まで幸い天気が良かったから、源太郎は愛車で向かった。
守衛さんに「どこに停めたらいいんですか」と聞くと不審者と思われたようで、「おっさんが学校?」そんな顔で見ている。
「こちとら、授業料を払っているんだ。そして電車かバイクで通学すると申請しているんだよ」と言いたいが、ぐっとこらえて「書類」を見せた。
「そこに停めて。50ccのバイク専用なんだけど、そこの駐車場で、いいよ」という。カタカナで「バイク駐輪場」と書いてあるし、「まさか、バイクってbicycleじゃないよな」と言いたいがこれもこらえて、ガラガラの駐輪場のど真ん中に停めてやった。(排気量は15倍の大型バイクだけどバイクに変わりはないはず。だから15台分のスペースを使うと思ったのかい守衛殿。逆に、守衛が、”これはmotocycleだ”とツッコミがあれば笑ってやったものを)
講義室に入ると、そこは楕円の円卓配置の机。どこに座ればいいのか悩む。マスクをかけたおっさん(弟のような)が、「今日は教材が間に合わなかったのでプリントを配ります」と言って一人づつA3ホッチキス止めの資料を配布した。「彼が先生なのか? いや女性の先生のはず」でなければ契約違反だ。
「どう見ても源太郎が一番年上だから、一番奥に座ってやろう」と思った。ここから歯車が狂った。講義室に入ってくる生徒は、若い女性、妹のような(うまい表現)女性、女子大生には無理がある女性、そしてどうでもいい現役の社会人男子。で、源太郎の周辺は女性だらけになった。源太郎の名誉のために繰り返すが、源太郎が座ってから女性陣が座ったのだ。
実はこれが失敗だった。老眼鏡をバックから取り出し、ノートと万年筆、PCMレコーダーを机に並べて顔を上げると、マスクのおっさんが書類を渡している女性の正面だった。「やべっ。先生じゃんか」、そして周りは女性陣。寝ることはできないし、左右を見ることもできない。
「おい、おい。自己紹介なしに講義を始めるのかよ」と思う矢先、プリントの2ページを開いてときたもんだ。話し始めて彼女は気がつき「社会学を教えている・・・」と挨拶を始めた。で、急に「発音はわかりますよね」と簡単にしゃべる。「わかんないから、教えてくれよ」と誰も言わないから、ちょっと説明して、順次発声するよう指示された。しかも反時計回りである。源太郎の番は中間で単語の数からしてこの単語だと確信して、順番を待った。
ところが、途中彼女が「これはこう発音するのです。難しいので私が」と答えてしまった。「マジかよ」
そして、それが終わると、カップルで挨拶の練習となった。当然人数割を両サイドから割り振られたが、源太郎が奇数席、だから両隣と挨拶する羽目になった。そして、いきなりファーストネームで会話するなんて、「合コン」の流儀に反する。こんな思考はジジイの頭に存在しない。
源太郎は初対面の女性と目を合わせて話すことが得意ではない。ましてや若い女性と、女子大生には無理がある女性にいきなりファーストネームで声をかけるなんて。
物事には順番がある。お二人の名前を「mami」「minae」と聞いてもどっちがどっちなんだよ。しかも練習はいきなり「ため口」の単語を使えというじゃないか。イタリア語なら初対面なら「Lei」親しくなれば「tu」でいいのに、おいおい、彼女たちとはまだ電話番号も交換していないのにイタリア語でいう「tu」で会話しろというのか。
あぁ、何語を習っているのか。まだ、何語と言えるものではない。強いて言えば「幼児語」なのだ。知恵熱が出てきた。