その後日談とは、家康は
昨日述べた秀吉の戦略を読んで、
あえて自分に一目置かした上で秀吉の配下に
はいった、という話である。
その家康の大戦略とは、秀吉の立ち枯れを待ち、
自分が天下人になるということである。
それは時間差、すなわち自分と秀吉の年齢差を
利用したのである。
私名づけて「立ち枯れの戦略。
[泣かぬなら、泣くまで待とう時鳥]
織田信長、豊臣秀吉、それに徳川家康という
三人の人間性をそれぞれ後世の人が句に詠んだもので、
「泣かぬなら殺してしまえホトトギス」が信長。
「泣かぬなら泣かせてみせようホトトギス」が秀吉、
家康は「泣かぬなら泣くまで待とうホトトギス」とされたもの。
通常は、無理せずに機会がやってくるのをじっと耐えて待つ、
という意味に用いられる言葉である。
「じっと時の経過を楽しみに待つ」に、
家康の戦略があり、ただ我慢、
耐えていたのではないのである。
「臥薪嘗胆」の話を思い出しまでもなく
人は、勝算 (夢。目標) のないところに
我慢はできないものなのである。
忙しい現代人には、
なかなか考え及ばない戦略である。
それだけに、経営的活用には、大いに行かせるし
事実、私自身、多くの企業に活用してきた。
家康さん、ありがとうと御礼を申し上げたい。