経営コンサルタント田上康朗の雑感帳

経営コンサルタント田上康朗が、気ままに本音で記す雑感帳です。書く日もあれば書かないときもあります。

後の祭りの理由

2010年10月25日 | Weblog
「売れない」は「購買されない」こと。
「売上の過小」は「購買額の過小」の結果である。

売上の主体は売り手、購買の主体は購買者、広くは消費者である。

この場合、売り手は、購買の主体者ではない。
そして、購買の結果、売上が立つのであるから
売り手が売上を作ることはできないことは自明の理である。

売り手が別の場で,買い手になることは,当然であるが、
ここ、自社、自店では、買い手ではないし、買い手になれない。

だからひたすら、ただひたすら、
購買の主体社である購買者、消費者へ、購買を促進するしかない。

その場合、対応の相手は消費者、講じる対策、あれこれが「購買促進」である。


にもかかわらず、対応する相手のことを考えることもなく、
だだひたすら自社、自分の売上対策の対象として,
売上促進あれこれを画策している。

ちんぷんかん、ちぐはぐ、なんかおかしくはないだろうか。

そうした一方的な思考、行為の積み重ねで、堆積されたものが、
ある一定度を超えたとき、逆Vの右辺に達し、
そこから努力の如何を問わず下降線になる・・・・。

こうしたことがこの今、自分の企業に起きているのではないか。
それが自社が危機に陥っている要因ではなかろうか、
といった仮説を描くといったことは、まずは希有であろう。

当然といえば、当然である。である。
検証も反省も修正も、企業の論理の範疇で行われているのだから。
その意味で、汚水の入ったバケツをかき回して、
真水に変わることはない,ことに等しい。

P→D→Cサイクルが、なんど繰り返されようと、無意味である。

外の世界を、内で議論して変わるはずがない。
外の世界にいる消費者を、内の論理でコントロールした時から
外の消費者は、背を向け始める。
その姿は,内にいる者には、
売上の減少という結果がでるまで、みえない。

対策は過去分析、後手、後の祭りに終わる,
その理由が、ここにある。