ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2019.7.29 旅行4日目、街全体が世界遺産!プラハ観光後、ドイツ・ドレスデンへ

2019-07-30 05:50:04 | 

 昨夜は向かいのショッピングセンターを物色。大きなスーパーマーケットは、パンも野菜もビッグサイズで、無造作に置かれており、売り場も圧倒的なほど巨大だった。
 ホテルに戻ると、どこの国の旅行客か言葉ではわからなかったけれど、団体さんご一行がチェックインしたところで、ロビーは大混雑、エレベーターに乗り込むのが大変だった。

 部屋に戻ってテレビをつけると、NHK・WORLD局があり、息子が好きだった「ピタゴラスイッチ」や日本語講座を放送中。日本紹介といった感じで、残念ながらニュースは見られなかった。
 疲れて眠い筈なのに、なかなか寝付けず。夫は隣であっという間に寝息から鼾に移行する中、なんとか日付が変わらないうちに、私も眠りにつけたようだった。

 そして、今朝。4時間ほど眠ってお手洗いで目が覚めたが、その後、やはり眠れず。モーニングコール6時半、8時出発だったが、結局、それまで二度寝は出来なかった。6時半前少し前に夫を起こす。
 急いで身支度をして、レストランに降りる。私達が最後か、同行の皆さんは6時半にレストランオープンとともに食事を始めていたようだ。ブッフェはかなり充実しており、ご飯(といっても香りの強い長粒米だけど・・・)や味噌汁まであってびっくり。
 昼、夜とも食事は味が濃いめの肉ずくめ、ボリューミーなので、朝、自分の好みの物を好きなだけ頂ける朝食が一番有り難い。

 さて、旅は早くも折り返し。今回一番訪れたかったのがこのプラハである。
 プラハは、いわずと知れたチェコ共和国の首都。街のあちこちに塔が見られるため「百塔の街」と呼ばれ、緑深きボヘミア地方を蛇行するモルダウ(ヴルタヴァ)川のほとりに佇む古都である。
 今日は午前中プラハ歴史地区観光からスタートだ。このプラハ歴史地区は、1000年以上の歴史を持つ世界遺産(1987年に指定)。プラハは「ヨーロッパの魔法の都」と称され、ヨーロッパで最も古い都市であり、9世紀頃から文化の中心地だ。旧市街は12世紀、新市街が14世紀というのだから、筋金入りである。両岸七つの丘に広がる町並みには、11世紀以来の建造物がそこかしこに聳え、バロック様式、ロマネスク様式、ルネッサンス様式など、様々な建築様式を見ることが出来る。

 予定通り8時にバスが出発する。今日のガイドはこちらに18年住んでいるという日本人女性ミキコさん。
 観光は高台にあるプラハ城から始まり、カレル橋を渡り、旧市街まで歩く大体3時間程度の王道コースだ。プラハ城に入場する際には検問があり、鞄は蓋を開けて中身を見せるとともに金属探知機でチェックがある、と事前説明がある。まだ朝早く、月曜日ということで観光に最も向いている日だそうだ。チェコ人は夏休み真っ只中でバカンス中のため、街全体も静かだという。そのとおりでバスはすいすいと進む。

 曇り空だが、先週は34度、5度ととても暑かったそうで、今日は暑すぎず観光にはベストのお天気だ。
 今年2019年はチェコが社会主義を終了させたビロード革命から30年の節目の年だという。こんな年にこの国を訪れることが出来たのも何かのご縁だろう。来るべくして来た、という感じ。

 いきなり、「城の丘」に鎮座する黒々とした巨大なプラハ城が目の前に迫ってくる。プラハ城は世界でも最も大きい城の一つ。そのなかの広場は「アマデウス」や「レ・ミゼラブル」などの映画に登場したという。相変わらず語彙が貧困なのだが、「凄い」しか言葉が出てこない。

 聖ヴィート教会(大聖堂)は、プラハ城の城壁内には100mの尖塔を持つひときわ大きな建物だ。プラハ大司教の聖堂で、重厚感がありその歴史を感じさせるゴシック様式と内部のステンドグラスがとても美しい。9時の開門とともに一番乗りで中に入る。入って左にチェコを代表する画家ミュシャのステンドグラスが、美しい姿を見せていて息をのむほど。

 大聖堂を出ると、街が一望出来る。階段を降りながら街の西から東に向かってカレル橋を目指す。プラハ城と旧市街とをつなぐ「カレル橋」はモルダウ川にかかるプラハ最古の橋だ。10世紀には既に木造の橋が架けられていたそうで、プラハの顔ともいえる観光スポットになっている。16連の美しいアーチや橋の上に並ぶ30体の聖人像、そして、ゴシック様式の美しい橋塔は見ごたえ十分。建設にあたったのは、聖ヴィート大聖堂建設にも携わったドイツ人建築家ペトル・パルレーシュ。橋の両端に防衛のための塔が設置されているが、太鼓橋のように中央が高くなっているため、入口側の塔からは出口側の塔が見えないのが不思議。

 裁判や馬上試合、戴冠式の行進など、様々な用途に使われていたそうだ。17世紀後半から20世紀初頭にかけて、ローマのサン・タンジェロ橋を模して、橋の上に聖人像が飾られたという。中でも一番美しいとされる聖ルドガルディス像は唯一主人公の像が後ろ向きの聖女。聖ヤン・ネポムツキー像の殉教場面を描く台座の図柄を左手(心臓に近い手)で触れると幸せになれる、という言い伝えのある像ではしっかり実践してきた。病が治るとも言われている、とかいないとか。橋の上からは360度の絶景。どこを見ても写真に納めたくなる美しさだ。
 橋を渡り終えると、「135797531」というマジックナンバーが掲げられていた。1357年9月7日5時31分にこの橋が作り始められた、ということを示しており、回文ならぬ回数字のようになっているのが面白い。

 ここから旧市街広場へ向かい歩を進める。広場には1338年頃に開設され、数世紀にわたって増築や隣接する建物の買い取りを繰り返して拡大し、現在の姿になった旧市庁舎が広場に面して聳えている。天文時計とカレンダー時計が独立した仕組みで据えられているが、今はサマータイムのため、太陽と手の位置を教わって読むと1時間ずれて読める。

 広場に面したボヘミアングラスのお店で説明を受けた後はしばしの自由散策タイム。お店は目の保養に留め、新市街方面に歩いて早いランチタイムだ。レストランの前でガイドさんとはお別れ。

 お昼のメニューは前菜にプラハハム。美味しかったけれど、あまりに大きくてわらじのよう。これがメインでは、と思ってしまう。メインもお肉に甘いソースがかかっていて、付け合わせは中華饅頭の皮のようなもの(フルーツとじゃがいもを混ぜたもので、クネドリーキというそうな)。野菜が圧倒的に足りない。今日もカプチーノを頂く時間があった。

 スメタナホールや聖ミクラーシュ教会、ハヴェル市場など素晴らしい建物に目を見張りながらバスに乗り込む。

 午後は150㎞走ってドイツに入国。ドレスデン散策である。
 うとうとしている間にいつの間にか国境を越え、お手洗い休憩ではドイツ語表示になっていた。今日は予報では曇りのち雨ということで少し厚着でレインコートまで携えて出てきたのだけれど、とんでもない。青空でどんどん気温が上昇しており30度近い。

 ドレスデンはエルベ川沿いに栄えたザクセン王国の古都で、芸術と文化の都として栄えた。ドイツ東部きっての人気観光都市だ。この街の最大の見どころともいえるのが川沿いに建ち並ぶバロック建築群で、その美しさは「エルベのフィレンツェ」と称されるほどだという。この基礎を築いたのは、ドレスデンがザクセン王国の首都だった全盛期、ザクセン - ポーランド王だったアウグスト1世。その偉業や武勇伝から(ライオンのミルクで育った力持ちで、女性にモテて側室が360人以上もいたとか!)アウグスト強王とも大王とも呼ばれていたそうだ。この街は第二次世界大戦の大空襲で徹底的に破壊されたが、戦後長い期間をかけて原型に忠実に再建されている。

 まずは添乗員Nさんのガイドで、皆で19世紀に建築家のゼンパーによって建てられた「ゼンパー・オーパー」から見学。楽長を務めたリヒャルト・ワーグナーの「さまよえるオランダ人」(今を遡る学生時代、ホルストシュタインの指揮でN響と歌ったことがある!)「タンホイザー」が初演されたことでも知られる歴史ある歌劇場だ。美しい建築と音響の良さは劇場建築の最高峰といわれ、世界三大オペラ劇場に数えられているという。

 次なるツヴィンガー宮殿は王国の栄華とアウグスト強王の権力を象徴する、ドレスデン観光のハイライト。金に輝くポーランドの王冠が飾られた「王冠の門」や、マイセン磁器の鐘でつくられた仕掛け時計など、隅々まで技と贅が尽くされた宮殿はバロック建築の最高峰とされ、広大な中庭を歩いてみるだけでもその規模の大きさと壮麗さに圧倒される。敷地内には、マイセンや有田焼をはじめ世界の陶磁器の歴史的名品が展示された「陶磁器コレクション」、13世紀~の数学・物理学関連の道具が見学できる「数学物理サロン」など、歴代ザクセン王の膨大なコレクションを見学できる美術館・博物館がいくつも併設されている。

 このドレスデンに世界中の人々が惹きつけられる大きな理由のひとつが「絶景」だというが、優雅に流れるエルベ川の畔という絶好のロケーションに、バロック建築群が立ち並ぶ風景はドレスデンならではのもの。撮影スポットにおすすめなのが「ブリュールのテラス」と呼ばれるエルベ川沿いの遊歩道だ。かのゲーテも「ヨーロッパのバルコニー」とたたえた美しい散歩道だそう。それにしても暑い。日差しをよけながら木陰に入って一休みである。

 一息ついた後はフラウエン教会へ。旧市街の中心に建つ壮大なドームを持つフラウエン教会は、現在はとても美しい姿だが、第二次世界大戦で崩壊した後は、その瓦礫の山が「戦争の傷跡」として長い間放置されたままであったという。本格的な再建工事がスタートしたのは東西統一後の1994年のことで、オリジナルに忠実に、できるだけ元の資材を使用し、ひとつひとつのパーツが元の場所へ埋め込まれたそうだ。黒と白のつぎはぎのように見えるのはそのためという。「世界最大のジクソーパズル」ともいわれた気の遠くなるような作業を経て、2005年にようやく完成したそうで。以後、ドレスデンで最も人気のスポットになっている。教会のてっぺんにかかる十字架は、イギリスから和解の印として贈られたもので、ドレスデンを空爆した英軍兵の息子さんが制作したといい、「平和と和解の象徴」として生まれ変わったフラウエン教会は、現在のドレスデンの象徴的存在になっている。

 最後が「君主の行列」だ。ドレスデン城の北側から続くシュタルホーフ(武芸競技場)の城壁に、長さ約100mにわたって約2万5千枚ものマイセン磁器タイルを使って描かれた壁画「君主の行列」を見ることが出来た。1907年に作られたこの壁画は、第二次世界大戦のドレスデン大空襲で奇跡的に残ったものだという。歴代のザクセン君主や芸術家たちが行進する様子が描かれていて圧巻だった。

 ここで一旦解散し、小一時間のフリータイム。観光スポットはほぼ制覇してしまったし、暑い中歩き回る元気もなく、ヒルトンホテルのラウンジでお茶をしようとしたけれど、なかなかオーダーに来てくれず諦めて向かいのショッピングセンターのジェラテリアへ。皆巨大なパフェやサンデーを食べているが、私達は小さいスクープを一つずつ。
 そういえば、この旅に出てくる時はお腹が緩くて往生していたが、ミヤBM錠のおかげか、繊維質をあまり摂れていないせいか、夫も私もどちらかといえば便秘気味である。まあ長くバスに乗ることで水分も控えめにしているからかもしれない。久しぶりに頂いたアイスクリームはとても美味だった。

 ホテルのショップを冷やかして、ポストカードだけゲットして再び集合場所へ。外気温は33度もあった。暑いはずである。
 時間通りに皆が集まり、バスは再び同じ道を戻り、プラハを目指した。
 ずっと寝不足が続いており、今日は車窓をゆっくり眺めることも出来ず、なんとなくうとうとうとうと。

 途中チェコに入ったところでお手洗い休憩。このあたりは雨が降った様子で外気温はあっという間に10度下がり23度だった。
 2時間半ほどバスに揺られ無事ホテルに戻ってきた。今日の夕食はホテルのレストランを貸し切ってシェフのお薦めコースを12人皆で頂いた。
 久しぶりにパテの前菜、ソーセージとトマトのチェコの伝統的スープ、ターキーローストにポテトとグリル野菜の付け合わせ、クレープとアイスクリームの盛り合わせのデザート、紅茶の夕食を頂いた。それにしても塩味がきついのとボリュームが多すぎて半分すら頂けなく情けない。

 というわけで4日目のハードスケジュールも無事終了。明日も6時半モーニングコール、8時出発でテルチ、チェスキークルムロフ観光が控えている。
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