よしなごと徒然草: まつしたヒロのブログ 

自転車XアウトドアX健康法Xなど綴る雑談メモ by 松下博宣

いよいよ米国債デフォルト

2011年06月17日 | 恐慌実況中継

2011~2012年は本当にひどいことが連続して起こる。津波とFUKUSHIMA原発事故と未曾有の放射線物質の環境への大放出。そして現在進行中の恐慌がいよいよ、誰の目にもハッキリしてくる。

市場という信仰の上に構築されてきた原理が崩壊する姿が目の前に現れている。

<以下貼り付け>

◎米国のデフォルトを懸念、対米投資継続の用意ある=中国金融政策委員

http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-21602220110608

北京ロイター

中国人民銀行(中央銀行)の李稲葵・金融政策委員は8日、歳出削減をめぐる米議会の折衝が難航していることを受けて、米国がデフォルト(債務不履行)に陥るリスクに対し懸念を表明した。 

歳出削減に向け、一部の米議員では、短期的なデフォルトなら容認できるかもしれないとの見方も広がる中、世界最大の米国債保有者である中国が、米国のデフォルトリスクに対する懸念を鮮明にした格好。

委員は会合の合間に「米国がデフォルトに陥るリスクがある。実際にそうなれば、影響は極めて深刻だ。米国が火遊びを止めることを望む」と発言。「中国政府は、米政府が大局的な見地に立つことを心から希望する」と述べた。

その上でデフォルトになった際には、中国政府は米政府と協議すべきとした。

また李委員は「デフォルトとなれば、ドル安を招く恐れがあるため、デフォルトのリスクを非常に懸念している」と指摘した。

「中国は米国債を売却しないと約束することができる。ただ、米国も対米投資の安全性を保証することで、中国の利益を害しないよう約束しなければならない」と述べ、米国債保有を続ける用意があることを示すとともに、対米投資の安全性を確約するよう米国に促した。

中国が米国債を売却すれば、パニック的な売りを誘い、さらにドルの価値を押し下げることになりかねず、中国は身動きの取れない状況を余儀なくされているとの事情がある。

◎22011年6月5日   田中 宇

今から7月中旬まで1カ月半の時間があるが、米議会は1週間の休会が2回はさまるので、議論できる期間は6月13日からの2週間と、7月6日からの2週間だけだ。共和党が米国債上限引き上げ絶対拒否の姿勢なので、6月中は議論が進まないだろう。8月に入ると長い夏休みなので審議できない。となると、本気の議論が行われるのは7月6日からの2週間だけになる。その間に2大政党間で話が妥結しなければ、米国債デフォルトの可能性が一気に強まる。

今後、米国債がデフォルトするとしたら、それは経済的(市場原理的)な理由からでなく、議会のばかげた論争の結果としての政治的な理由からであり、政治的デフォルトとなる。

CNBCは「米経済指標が、崖から落ちるように悪化している」と書いている。景気が再び悪化したら、米政府は追加の対策が必要になるが、議会で赤字縮小ばかりが論じられる中で追加対策は難しい。QE2の延長も、やりそうもない。米経済は危険さを増している。

財政破綻と金融危機を引き起こすのに「デフォルトした方が良いんだ」と豪語する米共和党は、大間抜けか売国奴である。米マスコミは、それをほとんど指摘しない。 

以上 田中宇のサイト引用  米国債政治デフォルトの危機

<以下貼り付け>

私のコメント

このブログでは2008年から進行中の世界恐慌を描写してきたが、米国債デフォルトのことも口を酸っぱくして予測してきた。

強欲カジノ資本主義総本山総崩れ、米国発恐慌が近い(2008年09月06日

米国債暴落という悪夢は取り繕えず2009年07月11日

アメリカ地方銀行の惨状とゴールド急騰 (2010年12月17日)

欧州の経済メディアは、もっぱら米国債デフォルトの話題でもちきりだ。上記のように中国のメディアもかなり騒いでいる。日本が保有する米国債残高が帳消しになれば、国富はチャラパーになって消失する。

米国債チャラパー、日本国債暴落、株式暴落。あらゆるペーパーマネーが暴落し、紙屑となる。これ世界恐慌。そのかわり、実体のあるコモディティーは高騰してゆく。金はすでに5月末には史上最高のグラム4200円を突破している。

こんな深刻な事態なのになぜ日本人はもっと騒がないのか?汗水たらして一生懸命貯めてきた国富が、米国にだまし、かすめとられて、チャラパー。本当なら反米暴動が起こっても不思議ではない。いやはや。

原発事故によってタレ流しされている放射性物質の件でもそうなのだが、情報が当局とマスメディアによって操作されていて、この種のニュースは積極的に取り上げられずに意図的に操作されているからだ。トホホ。

市場という信仰の上に構築されてきた原理が崩壊する姿が目の前に現れている。いやがおうでも、生きてゆくために、次の原理を作っていかなければならないのだ。そう考えれば、多少とも前向きになれるというものだ。

競争→共生

占有→共有

私権→公共権

地球収奪型技術→地球共生型技術

金融資本主義→社会的共通資本主義