よしなごと徒然草: まつしたヒロのブログ 

自転車XアウトドアX健康法Xなど綴る雑談メモ by 松下博宣

ダニエル・ピンク、「ハイコンセプト」

2006年08月16日 | No Book, No Life
旭川の書店にて購入、飛行機の中などで読む。

右脳・左脳のやや浅めのアナロジーや日本のゆとり教育の礼賛はマトはずれだが、この本の妙味は斬新なパラダイムシフトを描写する編集力とプラクティカルな参考文献、参考サイト、参考セミナーなどのレファレンスだ。著者自身の似顔絵や写真をページに登場させるという趣向も、露悪趣味に陥ることなく、この本が主張する共感や遊び心の発露ということでかろうじて文脈を保っている。

デザイン(desing)、物語り(story)、共感(empathy)、遊び(play)、生きがい(meaning)、調和(symphony)といった6つの方向性、感覚をイノベーションとして取り込むことが企業としても個人としても重要なオプションとなる。ここまでの主張を断片的に行っていたのでは読者は飽きる。この本の新しさは、クリステンセンに代表されるイノベーション論のカテゴリではなく、認知科学的なカテゴリから論じている点から生まれている。そして、著者ダニエル・ピンクによると、これら6つのセンスは右脳の機能をうまく左脳の機能とバランスさせることによって発揮させるとこができるという。

この本のライティング・スタイルは、だれもがうすうすと感じているであろう世の中の動きを、わかりやすい口語のキーワードで整理し、豊富な事例で描写し、現在の全体像と、将来の方向性をデッサンするというもの。この叙述方法は、この本も強く意識しているアルビン・トフラーの「第3の波」あたりが嚆矢となる。このように、この本はポップなパラダイム本の伝統を継承してもいる。

ただし、ポップなパラダイム本の類書と異なるのは、訳者はいざ知らず、筆者本人は認知心理学、脳科学などの広範な文献を丹念に押さえて論を展開していることだろう。これらの切り口は、認知心理学や脳科学の知見から見ればたわいのないものだろうが、とかく戦略論に走ってきた経営やビジネス書の書棚と見比べると、確かに新鮮さは感じる。日本人によるビジネス書でチクセントミハイをきちんと引用できている本はないという状況では、この本は、経営、ビジネス、自己啓発領域で、うまくニッチを作り上げている。

経営とは認知する主体としての人と組織の行動の累積である。今後、「認知する主体」に寄り添うほどに、経営本、ビジネス本も、自己啓発本や記憶本、アンチ・エージング本に続き、ポップなノリで認知心理学や脳科学の知見を動員する時代になるだろう。

この本は、巧みにダニエル・ゴールマンのEQ論、コンピテンシー理論にもフックをかけながら、実は、前述のデザイン、物語り、共感、遊び、生きがい、調和といったことに対する感性、そしてそれらを開発したり応用したりする能力こそが、富の源泉であり、高い所得を確保する有力な手段であるとする。

ではどんな仕事か?言い換えれば、新興のアジアの国々でできないような仕事。コンピュータではできないような仕事。非物質的な高次元の欲求を満たすような仕事。このようなハイタッチ、ハイコンセプトな仕事こそが、今後コモディティ化の波に飲み込まれることなく高い付加価値が労働市場から評価されて高所得をもたらす、と。このような文脈ではキャリア開発、仕事観について新しい視点を汲み取ることができるだろう。

さて原書では"meaning"となっているが、残念ながら、この訳書は「意義」と訳出している。これは素直に、「意味」と訳すほうがこの本の文脈でのニュアンスはもっと豊かになるだろう。義という漢語は、教条的な型にはめられたjustificationの含意があるが、意味の「味」には、認知する側の自由なかかわり、真価を見極めて味わうappreciationの含意があるからだ。

訳者(翻訳のスーパーバイザー)の大前研一さんは、1988年に「遊び心」なんていう本をイメージチェンジの一環を兼ねて出版している。このところ、大前本の筆力は落ちているが、この訳本は、「遊び心」の脈絡で読むと実に面白い本じゃないか。