かみつけ岩坊の数寄、隙き、大好き

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 「Hoshino Parsons Project」のブログ

右回り左回りの原則とそれ以外のB

2009年08月16日 | ・・・ったくアホな生活

先日のうちのB型のパートさんとのやりとりで学んだこと。

普通スーパーなどのお店の陳列は、右回りにお客が見て回るように配列されています。
本屋などでも、棚の商品が左から右に著者名50音順や、整理番号順にならんでいるのが普通です。

ところが、時々、入口の位置や駐車場や道路とのロケーションの違いによって、この原則が崩れるときがあります。

たとえば、縦に細長い店舗などの場合、入って右側の棚は、左から右への原則通りに陳列すると、
棚1本ごとに、奥から手前に、奥から手前にと歩くのとは逆方向に商品が並んでしまう。

本屋の場合は、それほど早いスピードで棚から棚へ目がうつるわけではないので、
あえてすべての商品を手前から奥への原則で右から左へ商品が流れるようにはしないことが多い。

でも、時々、入口が手前の原則で、右から左へ順番に商品をならべている店もあります。
考えてのことだとはわかるが、私は、こうした陳列を見ると胃が痛くなる。

同じようなことで、車の横に書かれた会社名などのロゴ。
ロゴであればまだひっくり返しようがないが、
社名などは、横書きの場合は、どうしても
進行方向である前から書き始めないとおかしいのではというとらわれがある。

車の左側側面は自然に「渋川書店」と書かれるが、
車の右(運転席)側は、進行方向を意識すると「店書川渋」と並んでしまう。

トラックなどでも、ときどきこうした文字の配列をした車を見る。

べつに社会で決まりごとになっているわけではないけれども、なにを基準にするかで
意見がわかれてしまう問題に、B型がとことん突っ込んでくる。
が、その突っ込み方がおかしい。
ひとつひとつの応対していたら、随分長い議論になってしまった。
けれども、けっこう自分でもいい勉強になった。

B型のパートさんとその右回りが自然な流れなのだと話していたら、
陸上競技のトラックは、競馬場なども含めて全部左回りに出来ている!
と反論してきた。

一瞬、たじろいだ。
競技トラックの類は、F1レースなどを除いて、確かにほとんどのものが左まわりに出来ている。
競馬、競輪、オートレースやスケート、そういえばローラーゲームなどもそうだ。
なんでだ?

でもまだこの程度の問題であれば、ある程度調べればすぐに納得のいく結論が見出せる。
これは人間の身体生理の問題で、
人の足は、通常は左足が軸足になって右足が効き足として動くようになっている。

サッカーで普通のひとは左足を軸足にして右足でボールをコントロールした蹴り方をする。
この原理で左足を軸に、右足で蹴って方向をコントロールする左回りのトラックの方が走りやすい。

それでは、どうして道路は歩行者が右、車が左なのだとくる。
これは国によって違う。
おそらく、歩行者が右よりも、まず車が左と決まったところから歩行者が右となったのだろう。

でも登山道や学校の廊下などは左側通行が原則だろう、と私が言ったら
B型は、私の学校の廊下は右側通行だったという。
これは、学校ごとに違うかもしれない。

しかし、わたしの感覚では、車などの心配のない歩行者専用道路などでは、左側通行が普通になると思った。

山などと同じで、人とすれ違う側が効き足、利き腕であるほうが、
挨拶をするにも、相手を交わすにも良い。

武士などの場合には、すばやく刀を抜いて切り殺すには、
相手が左側ですれ違うようでは難しい。右側の相手の方が切りやすい。
敵対する関係ならば、左側通行。
敵意のないことや信頼性を優先するならば、右側通行となるだろう。
もちろん武術の心得があれば、そんな苦手な向きなどあってはならないだろうが。

ともかくいろいろ話したことで、様々な問題を右優先、左優先かを考えると
人間の生理的条件によりものと、後天的文化による習慣づけによりものがあることがわかった。


ところが、

である。

このどちらにも属さない行動原理をとる人種がいる。

よる公共のトイレで、男子トイレ女子トイレの位置、
なんとなく手前か奥かおよそのパターンはあるような気がする。
そんな話をしだしたところ、B型のパートさんは、自らの行動パターンのことを話し出した。

B型のパートさんは、いつもトイレの男マークと女マークのついた標識はすぐに発見して見るという。
ところが入るときには、もうその標識は見ない。
なぜかこっちに決まっていると思った方に迷わず入っていく。
すると案の定「なにしに来たんだ!」
と男性から怒られて、すごすごと出る。

そういえば私の連れのB型も
よく映画館などにから出るとき、なんの迷いもなく出口とは逆の方向に平気で歩いていく。
わたしは、その確信に満ちた歩き方から、トイレに行くか、なにかパンフレットでも取りに行くのだろうと思って
その後ろ姿を黙って見送っていると、後で、なんで間違っているのだと教えてくれないのだと怒られる。

B型かどうかはわからないが、実家で旅行の話をしていたとき
母親が旅慣れた連れと話に夢中になって、連れが歩いて行く方向になんの迷いもなく一緒についていくと、
とんでもない方にふたりで行ってしまい、グループからはぐれてしまうことがあると笑っていた。
その叔母さん、きっとB型に違いない。

経験のないはじめての場所であれば、ふつうは多少なりともきょろきょろして
場所を確認したりするものだと思うのだけれど、どうもB型に限っては
何度失敗しても懲りずに、今日も思い込みで目の前に見えた方向へ突き進んでいく。

それまでB型のパートさんと長い議論をしてきたが、
結局、B型にとっては、こうした文化や生理的な特性など、
まったく関係ないのだ!

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