ひろかずのブログ・2

79歳のおじいさんです。散歩したこと、読んだこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、腹が立ったこと等々何でも書いてみます。

神野町をゆく(57) 城山物語(1) 西条旧石器遺跡

2022-04-07 10:08:36 | 加古川市歴史探訪・神野町編

 

     神野町をゆく(57) 西条旧石器遺跡

 現在、山手中学校のある台地は、印南野台地から北に突き出した半島のよな地形であり、その先端部に城山(じょやま、82.2㍍)があります。

 2万年前の、この辺りの風景を想像して下さい。

 この半島部分の両側には海が入りこんでおり、まさに海に突き出た半島でした。

 海は、さらに現在の加古川に沿って、奥にまで入っていました。

 昭和24年、群馬県の岩宿遺跡の発見により、縄文時代以前(旧石器時代)に日本列島に人が住んでいたことが証明されました。

*旧石器時代とは今から約38千年前から16千年前の約22千年間をいいます。 人々はまだ土器を持たず、主に打ち欠きによって作られた石器(打製石器)や動物の骨や角を用いて作られた骨角器(こっかくき)を使い、狩猟や採集活動を行っていました。(ウィキペデアより)

 加古川地方でも、日岡山・七つ池(志方町)・潰目池(平岡町)等で、旧石器人の生活の跡が発見されています。

 神野町でも、旧石器人の生活の跡が城山の南面で確かめられました。

 この地は、海の幸・川の幸が得やすい場所であったのでしょう。

 さらに、よいことには、ここは台地のため洪水の心配はありません。

 当時の旧石器人にとって、城山は絶好の生活の場であったと考えられます。

 城山(旧石器)遺跡は、西条の墓地のある辺りから東に広がっています。

 城山の水源地の登り口に説明板(写真)があります。



  

 

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