「加古の入江」 古代、升田山の南の風景
升田山の頂上へ上り南の景色をご覧ください。広い平野が広がっています。
この平野部の古代の風景を想像しましょう。
今から一万年程前に最後の氷河期は終わり、現在のような暖かな気候になりました。
それに伴い、加古川の水量は増え、大量の土砂を下流に運びました。
その土砂は、河口にたまり三角州をつくり、やがて三角州は大きくなり、平野をつくったのです。
かつて、海抜10メートルより低い平野部(太線の南)は、「加古の入江」と呼ばれた海の底でした。2~3000年以前より、土砂の堆積により陸化が始まりました。
弥生時代、10mの等高線より南は、まだ三角州と海がまじりあった土地で人が住みはじめました。地図の黒い点は、弥生遺跡(集落跡)です。
河口部分(加古の入江)で、弥生遺跡より以前の縄文時代の遺跡は見つかっていません。
このことは、このあたりに人が住み始めたのは弥生時代以後であることを表しています。
*図:●は、弥生時代の住居跡
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