亡き妻の夢を見ました。
現妻の夢も見ました。
つまり登場人物がその二人なのです。
どちらのドラマにも私が登場するのです。
不思議なことに、混じりあわないというか接点がないように物語が進んで行くのです。現実離れした危ない場面の連続です。ガラス越しに弾丸が飛んできます。防弾ガラスなので、貫通しません。車で暴走しています。何故か事故にならず危機一髪で難を逃れるのです。どちらがどの場面にいたのか時間が経っているので記憶に残っていません。
しばらく、ブログを書いていませんでした。
恰好をつけていたんでしょうか。上手く書きたいというような邪心があるのでしょう。ありのままの心情をまた綴ることにしました。
妻と親しくなっている証拠のような夢と思いました。私のどこかに亡き妻に悪いなと感じているものがあるのでしょう。すべて良しの生きざまがないのと同じです。よく夢を見ます。業が深いのでしょう。悪行ばかりのつけでしょうか。夢の中身は常につらい話ばかりです。現実はいい気なもんで、夢で苦しむのでバランスが取れているのでしょう。そう思うことにしました。
楽しいことなど、ほんの少しです。ほとんどが面白くないことばかりです。善行と悪行の繰り返しです。善行は自分で勝手に思いこんでいるだけです。それでも一生懸命です。常に最高の結果を求めてやってはいます。
こんな調子でまた書き始めましょう。読者がいるとしたら、その人へ少しだけのメーッセージです。
2014年9月4日
久しぶりに我が家に帰った。
孫が飛び回り、老犬は床に寝そべっている。
食器は洗いかごに山のように積まれている。一番上に積まれたワイングラスが今にも落ちそうである。もう一つの洗いかごには、鍋がこれも山と積まれている。これが我が家である。ゴミは捨てられているようなので安心した。
運んできた仏壇と仏具を息子が整えてくれた。孫は、さっそく梱包材で遊び始めた。5歳の女の子は、薄い発砲スチロールの帯状梱包材をちぎり鉢巻をしている。同じように鉢巻をした、2歳の男の子も得意げである。いつしかお祭り遊びになっている。この子たちは、日曜日も働く長女の子供達で娘と息子が代わりに面倒をみているのである。
私と息子で、風呂の目地の補修を始めた。紙テープを補修箇所の周りに貼る。コーキング剤を詰め込むように塗る。最初は私が実践する。次に息子が真似るのである。あれ、息子が積極的にやろうとしている。10か所くらいの補修を彼が仕上げた。床が乾いたときにやるんだよと息子に言う。やってみるよと息子がいうではないか。
娘が肉じゃがを作っている。孫たちはテレビでまんがを観ておとなしくしている。まんがが終わったら爺に好きな番組を見せてあげるんだよと言っている。私が囲碁の番組を見ていると、男の子がテレビの碁石を口に運んだ。クッキーを食べている真似をしている。娘が準備した「餃子作り」を息子と孫娘がやっている。
味噌汁が入った椀を孫娘が一つずつ運ぶ。ご飯茶碗も運んでいる。お手伝いを楽しそうにしている。肉じゃがが、どんぶりに盛られて出てくる。焼き餃子が、大きな皿に菊の花のように盛られている。上手に焼かれて、裏返しにされている。孫娘が爺のそばがいいと言ってちょこんと座る。
いただきますの前に娘が孫たちに、「1人8個」と宣言している。この子たちは、兄弟が少ないから食べたいだけ食べるからと言っている。餃子4個をいただく、残りの4個は揚げ餃子に変わっていた。孫娘は弟に食べさせている。弟は、器用に口に納めている。こぼしたものは、待っていたかのように犬が拾って食べている。
心配無用であった。立派に成長してくれている。
大いに食べて夜の体重測定では、昨日より1.1Kg増えていた。
ごちそう様。
2014年8月31日