故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

静かな朝

2015-01-26 09:45:46 | 思い出話

夏の朝の思い出は、母の顔が重なります。

瀬戸内の島には凪があり、無風状態の中起きだしました。
顔を洗いに行くと、ひんやりとする瀬戸で母が働いていました。
いつも笑顔で挨拶をしてくれました。
私達子供を呼ぶ時も、「さん」付けでした。
どうして、そう呼ぶのか聞かず終いです。

今朝は、静かな朝です。
妻が、娘の結婚式のために広島に帰りました。

鏡のような海面を一筋の航跡が曲がって伸びて行きました。
入道雲は、早くも高くなりそうな気配でした。
熊蝉が大音響で鳴いていました。
風は、まったくありませんでした。
島のひな壇のような段々畑には、すでに多くの人が働いていました。

妻の娘は、「結婚式」が早く終わってほしいと言ってるそうです。
一世一代の結婚式の準備で気疲れしたのでしょう。
あんたが主役の晴れ舞台です。
苦労も、終わってみれば良い思い出になります。

昨日の穴掘り作業、落ち葉運びで、今朝は背中が張りました。
朝風呂に入り、ストレッチをやりました。
一人暮らしは、炊事洗濯と忙しい割に静かです。
妻が留守の間、枯らしてはいけないと
雨予報に関係なくベランダ野菜に水分補給をしました。

父の看病をするために、母は病院に寝泊まりしていました。
父のベッドの横に一枚の畳を敷いて、そこがすべての生活の場でした。
父の背中を拭いてあげていた時に、
看護婦さんが血相を変えて飛び込んで来ました。父の臨終でした。
母は、三年間付き添いました。
私の子供が生まれた時も、二日間いてさんざん冗談を言って、
「お父ちゃんが気になるけえ。」と病院に帰っていきました。
どうして、父は、「ちゃん」付けなのでしょう。これも聞かず終いです。

多くの知り合いが去っていきました。
でも、多くのちっちゃな友人ができていきます。
孫のおぼつかない仕草とみょうちくりんな言葉で
リフレッシュできた週末でした。

こんな静かな朝に慣れなくなったこの頃です。

2015年1月26日

(後日談)
この文章は、散漫です。
妻に見抜かれました。
そうです。
私の悪い癖で、
何か悪だくみをしているときは、片づけ仕事になるのです。
以後気をつけます。
2015年1月26日
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