芭蕉の句に、
・這出よ かいやの下の ひきの声 芭蕉
(はいいでよ かいやの下の ひきの声)
ここで解らないのが「かいや」と「ひきの声」です。
これが解れば、この俳句の意味は解るような気がしました。
この俳句は、今の山形県尾花沢市で詠んだ俳句です。
山形県の田舎は、養蚕が盛んで、
俳句の「かいや」は蚕屋のことで、かいこを飼う家屋の事のようだ。
「ひき」は蟇蛙(ひきがえる)のことです。
俳句の意味は、
「蚕の家の床下で蟇蛙の低い鳴き声が聞こえる。
蟇よ、ここに出て来て、わたしの相手をしておくれ。」
の意味。(岩波文庫より)
芭蕉に同行した曽良の旅日記には『尾花沢」のことを
「尾羽根沢」と書いておりますが、口紅の原料である、
紅花の産地でもあります。
芭蕉は、ここ尾花沢では、
鈴木清風という紅花商人で金融業も営む豪商の厄介になり、
その商人の清風が提供した宿に泊まったのです。
この清風と言う商人は、
江戸で紅花を大量に燃やして、紅花は不作だと噂を広め、
花の値段を釣り上げて大儲けをしたと言われます。
現代ほど、情報が定かでなかった時代の、
情報を操った賢い(ボクに言わせれば腹黒い)商人と言えます。
話が反れてしまいました、蚕の話に戻します。
ボクが小学生の頃、疎開をしていた父の実家で、
周囲を山に囲まれた岐阜県の盆地で農家でしたが、
やはりシーズンになると蚕を飼って居ました。
表題の蚕屋(かいや)があるほど飼ってはいませんでしたが、
十畳ふた部屋の座敷をあけ放ち、蚕棚を並べて飼って居ました。
初夏の夜明けに、大きな虫取り篭のような篭の内側を和紙で囲み、
さなぎから孵化した蚕の蛾をオスメス2匹入れて、
白昼色の電灯を入れていると、蛾がバタバタ飛び回り、
和紙に卵を産み付けて行きます。
その卵から孵った蚕の幼虫を、柔らかい桑の木の若葉の中に入れると、
木綿糸のような1cmほどの蚕の幼虫が、
その若葉を食べ大きくなって行きます。
みるみる大きくなって行きますが、
梅雨の雨期に入ると、
桑畑から取り込んだ桑の葉は、びっしょり濡れています。
この濡れた葉を、一枚一枚丁寧に水気を拭きとる作業があって、
蚕は美味しそうにこの桑の葉を食べて行きます。
その時の桑を食べる音が、ざわざわとしてボクには耳障りでした。
だんだん大きくなって、大人の指ほどになると、
蚕の体が透き通るようになって行きます。
頭の上が絹のたまり場で、ここが黒ずんできたら、
干した麦わらをくしゃくしゃにして、蚕が巣作りをしやすく置いてやると、
口から絹糸を吐き出し、頭を振り振り繭を作って行きます。
ボクよりもっと科学的な子供は、
吐き出す絹糸を赤くする方法はないかと、
頭の絹のたまり場へ赤インキを注射して、
吐き出す絹糸が赤くなる実験をしています。
冒頭の俳句のガマガエルはこの蚕を狙って居るとは思えませんが、
梅雨時で、田植えが済んだ田んぼには、カエルの大合唱が聞こえるころで、
床下に蛙の低い声が聞こえても不思議ではありません。
こんな時期に田んぼの中の一軒家に、
寝泊りしてみたいなぁと思うこの頃です。
なのに、新コロナで自粛を余儀なくされ、
歳はとって行き、足は歩くのに耐えられるか心細いし、
おくのほそ道を歩くのも、尾花沢まで行けないかも知れない、
そう思う今日この頃です、
・・・・・残念だが・・・・・
・這出よ かいやの下の ひきの声 芭蕉
(はいいでよ かいやの下の ひきの声)
ここで解らないのが「かいや」と「ひきの声」です。
これが解れば、この俳句の意味は解るような気がしました。
この俳句は、今の山形県尾花沢市で詠んだ俳句です。
山形県の田舎は、養蚕が盛んで、
俳句の「かいや」は蚕屋のことで、かいこを飼う家屋の事のようだ。
「ひき」は蟇蛙(ひきがえる)のことです。
俳句の意味は、
「蚕の家の床下で蟇蛙の低い鳴き声が聞こえる。
蟇よ、ここに出て来て、わたしの相手をしておくれ。」
の意味。(岩波文庫より)
芭蕉に同行した曽良の旅日記には『尾花沢」のことを
「尾羽根沢」と書いておりますが、口紅の原料である、
紅花の産地でもあります。
芭蕉は、ここ尾花沢では、
鈴木清風という紅花商人で金融業も営む豪商の厄介になり、
その商人の清風が提供した宿に泊まったのです。
この清風と言う商人は、
江戸で紅花を大量に燃やして、紅花は不作だと噂を広め、
花の値段を釣り上げて大儲けをしたと言われます。
現代ほど、情報が定かでなかった時代の、
情報を操った賢い(ボクに言わせれば腹黒い)商人と言えます。
話が反れてしまいました、蚕の話に戻します。
ボクが小学生の頃、疎開をしていた父の実家で、
周囲を山に囲まれた岐阜県の盆地で農家でしたが、
やはりシーズンになると蚕を飼って居ました。
表題の蚕屋(かいや)があるほど飼ってはいませんでしたが、
十畳ふた部屋の座敷をあけ放ち、蚕棚を並べて飼って居ました。
初夏の夜明けに、大きな虫取り篭のような篭の内側を和紙で囲み、
さなぎから孵化した蚕の蛾をオスメス2匹入れて、
白昼色の電灯を入れていると、蛾がバタバタ飛び回り、
和紙に卵を産み付けて行きます。
その卵から孵った蚕の幼虫を、柔らかい桑の木の若葉の中に入れると、
木綿糸のような1cmほどの蚕の幼虫が、
その若葉を食べ大きくなって行きます。
みるみる大きくなって行きますが、
梅雨の雨期に入ると、
桑畑から取り込んだ桑の葉は、びっしょり濡れています。
この濡れた葉を、一枚一枚丁寧に水気を拭きとる作業があって、
蚕は美味しそうにこの桑の葉を食べて行きます。
その時の桑を食べる音が、ざわざわとしてボクには耳障りでした。
だんだん大きくなって、大人の指ほどになると、
蚕の体が透き通るようになって行きます。
頭の上が絹のたまり場で、ここが黒ずんできたら、
干した麦わらをくしゃくしゃにして、蚕が巣作りをしやすく置いてやると、
口から絹糸を吐き出し、頭を振り振り繭を作って行きます。
ボクよりもっと科学的な子供は、
吐き出す絹糸を赤くする方法はないかと、
頭の絹のたまり場へ赤インキを注射して、
吐き出す絹糸が赤くなる実験をしています。
冒頭の俳句のガマガエルはこの蚕を狙って居るとは思えませんが、
梅雨時で、田植えが済んだ田んぼには、カエルの大合唱が聞こえるころで、
床下に蛙の低い声が聞こえても不思議ではありません。
こんな時期に田んぼの中の一軒家に、
寝泊りしてみたいなぁと思うこの頃です。
なのに、新コロナで自粛を余儀なくされ、
歳はとって行き、足は歩くのに耐えられるか心細いし、
おくのほそ道を歩くのも、尾花沢まで行けないかも知れない、
そう思う今日この頃です、
・・・・・残念だが・・・・・
蚕も見たくないし、ヒキガエルも見たくないです。
グロテスクなので、苦手な生き物です。
>こんな時期に田んぼの中の一軒家に、
寝泊りしてみたいなぁと思うこの頃です。
カエルの鳴き声でうるさくて眠れないと思うのですが?
死んでしまうのですね。
何だかかわいそうです。
人それぞれの体験の思い出があって、
感じ方が違うのですね。
勉強になりました。
絹糸を紡ぐ前にゆでられて、さなぎは死んでいきますね。
それを佃煮にして食べると美味しいそうです。
蛋白源です。
機会があれば、是非、訪れてみたい土地です。
訪れるなら、梅雨時で田植えが済んだ時期がよいのでしょうかね。
句意の解説は勉強になりました。
「封人の家」まで行きましたが、
山形に入った気になれません。
山形は最上川下りをして、
酒田ー大石田―尾花沢と訪ねる予定が、
コロナで動きが取れず、
咥えて年齢で足が弱り動けるか、
思案の最中です。
後は出雲崎から、金沢で一笑塚をみて、
小松から山中温泉へ、
そして大垣で終わらせようと思って居ますが、
旅が出来るか、ただいま懸命に鍛えるのに足腰を動かしています。