ステージの上には、四十人程度の生徒たちが、背筋を伸ばして整列していた。瞼を閉じている生徒が何人かいる。鈴原さんが袖からステージに上がっていった。
校長がやってきて、深々とお辞儀をした。僕の手をとり、ステージに上がった。二人で親たちを前にした。
「この先生が校歌を作曲してくれました。とても良い曲です」
拍手が起こった。親たちは非常に真剣な表情で、自分の子供を眺めていた。校長が、あそこに座って下さいと囁いて、ステージの真正面の席を指した。席をとっておいてくれたようだった。
席からステージを見上げると、指揮台には町田先生が上がっていて、生徒たちのほうを向いていた。その右手には指揮棒が握られていた。
ステージの、向かって左端にアップライトピアノがあり、鈴原さんが座っていた。Cの音を一度大きく鳴らした。町田先生は首を敏感に動かし、指揮棒を上げた。生徒たちは緊張が増したようだ。額に汗をかいているものが多かった。
やがて町田先生が指揮棒を四拍子で一回振り、二回目のアフタクトで鈴原さんが前奏を弾き始めた。町田先生は全身で何かを感じとろうとしているように身体を動かしながら、指揮をした。歌が始まる章節では、生徒たちに大きく指揮を振った。
僕は口を開けたまま、すべての動きが止まってしまった。生徒たちは指揮とピアノに正確にリズムを合わせて、歌い始めたのだ。言葉が聴きとりづらいが、音程は完全に合っている。しかもアルトとテノール、バスの三重唱だった。僕の書いた譜面を、そのまま歌っているのだ。
(聾唖とは耳が聞こえない人のことだ)
その言葉が頭の中をくるくる回りながら、合唱に引きこまれた。まったくみごとな合唱だった。町田先生の、身体をくねらす指揮も、決して無様には見えなかった。彼はまさに全身で指揮をしているのだ。
三番まで歌い終わると、待ちかねたように大きな拍手が起こった。それはおざなりなものではなかった。僕も思わずブラボーと叫んだ。町田先生が聴衆を振り返って、目を閉じた顔にひまわりのような笑顔を浮かべた。彼も指揮棒を脇に挟み、拍手をした。
喉の奥のあたりから熱いものがこみ上げてきた。堪えきれずに、涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
鈴原さんが軽々とした動作でステージを降り、僕のところに来た。慌てて立ち上がった。彼女は僕の手をとり、高々と挙げて親たちに向かった。大きなどよめきと、激しい拍手が起こった。
ほとんどの親たちが泣いていた。顔をくしゃくしゃにしながら、両手を顔の前まで上げて拍手を送っていた。
生徒たちを振りかえると、もう緊張してはいなかった。身体を右に左にくねらせながら、拍手を楽しんでいるようだった。
市民オーケストラの秋の定期演奏会は、無事終了した。楽団のメンバーは、持てる力量を充分に発揮してくれた。『断頭台への行進』も、金管楽器と弦楽器が絡み合った、パワーのある演奏だった。小手先のテクニックに逃げない、良い演奏が出来たと思う。
鈴原さんと町田先生が聴きに来ていて、楽屋に来てくれた。僕はメンバーと握手をかわしながら、ステージ裏の狭いスペースで二人と会った。
つづく
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校長がやってきて、深々とお辞儀をした。僕の手をとり、ステージに上がった。二人で親たちを前にした。
「この先生が校歌を作曲してくれました。とても良い曲です」
拍手が起こった。親たちは非常に真剣な表情で、自分の子供を眺めていた。校長が、あそこに座って下さいと囁いて、ステージの真正面の席を指した。席をとっておいてくれたようだった。
席からステージを見上げると、指揮台には町田先生が上がっていて、生徒たちのほうを向いていた。その右手には指揮棒が握られていた。
ステージの、向かって左端にアップライトピアノがあり、鈴原さんが座っていた。Cの音を一度大きく鳴らした。町田先生は首を敏感に動かし、指揮棒を上げた。生徒たちは緊張が増したようだ。額に汗をかいているものが多かった。
やがて町田先生が指揮棒を四拍子で一回振り、二回目のアフタクトで鈴原さんが前奏を弾き始めた。町田先生は全身で何かを感じとろうとしているように身体を動かしながら、指揮をした。歌が始まる章節では、生徒たちに大きく指揮を振った。
僕は口を開けたまま、すべての動きが止まってしまった。生徒たちは指揮とピアノに正確にリズムを合わせて、歌い始めたのだ。言葉が聴きとりづらいが、音程は完全に合っている。しかもアルトとテノール、バスの三重唱だった。僕の書いた譜面を、そのまま歌っているのだ。
(聾唖とは耳が聞こえない人のことだ)
その言葉が頭の中をくるくる回りながら、合唱に引きこまれた。まったくみごとな合唱だった。町田先生の、身体をくねらす指揮も、決して無様には見えなかった。彼はまさに全身で指揮をしているのだ。
三番まで歌い終わると、待ちかねたように大きな拍手が起こった。それはおざなりなものではなかった。僕も思わずブラボーと叫んだ。町田先生が聴衆を振り返って、目を閉じた顔にひまわりのような笑顔を浮かべた。彼も指揮棒を脇に挟み、拍手をした。
喉の奥のあたりから熱いものがこみ上げてきた。堪えきれずに、涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
鈴原さんが軽々とした動作でステージを降り、僕のところに来た。慌てて立ち上がった。彼女は僕の手をとり、高々と挙げて親たちに向かった。大きなどよめきと、激しい拍手が起こった。
ほとんどの親たちが泣いていた。顔をくしゃくしゃにしながら、両手を顔の前まで上げて拍手を送っていた。
生徒たちを振りかえると、もう緊張してはいなかった。身体を右に左にくねらせながら、拍手を楽しんでいるようだった。
市民オーケストラの秋の定期演奏会は、無事終了した。楽団のメンバーは、持てる力量を充分に発揮してくれた。『断頭台への行進』も、金管楽器と弦楽器が絡み合った、パワーのある演奏だった。小手先のテクニックに逃げない、良い演奏が出来たと思う。
鈴原さんと町田先生が聴きに来ていて、楽屋に来てくれた。僕はメンバーと握手をかわしながら、ステージ裏の狭いスペースで二人と会った。
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