くらぶアミーゴblog

エッセイを綴るぞっ!

ちょいと、いい話

2004-06-10 17:11:38 | 連載もの ちょいと、いい話
 このタイトルでいくつか書いてみようと思います。
 時間に追われているとき、トラブルを抱えているとき、あるいはとくに何もないときでも、生きていくというのはときに「大変だあ」と思うことがありますね。ことに真っ直ぐ生きている人や優しい人ほど、そのココロは傷つきやすいものです。
 そうしてそこから「イヤなこと」「ムカついたこと」という話題で盛り上がったりすることもあります。気の置けない仲間同士では、上司の悪口なんていうのがうんと楽しいし、密かにお互いをたたえ合う力にもなります。
 まあそれはあくまでも仲間内ということで、ここでは逆に「あっ、いいな・・・」と感じた風景を書いてみようと思います。そんな瞬間があるから生きていける、人間は捨てたもんじゃないな、と思った風景です。

 熱暑の中、僕は営業用の大きなバッグを提げて、ひたすら目黒の住宅街を歩いていました。その週のうちに新しい投資信託商品を3本売らなければなりません。
 その夏の東京は、本当に暑かった。営業所のあった渋谷では日中40度にまで上がった日が続きました。暑さは人をイライラさせるものです。支店長は「気合いが足りんぞお前ら!」と叫び、お客さんは「いつになったらこの銘柄は上がるんだよ、エッ!」と電話で叫び、僕ら営業マンはしかたなく連日の飲み会でマイクに叫びました。
 目黒の住宅街も、人々は暑さでふらふらになって歩いています。と、僕をパスしてきびきびと歩いていくご老人が。大変に厳しいお顔付き。手足を大きくスライドしながら僕の前を歩いていきます。どうも彼も何事かに対して怒っているようです。すると今度は後ろからワンボックスのワゴンが、猛烈なスピードで走ってきて脇をすり抜けました。「狭い道なのにあっぶねえなあ」正直そう思いました。ウィンドウは全部真っ黒くろすけです。正面突き当たりのご老人が歩いているあたりで急に左折。ああっと巻き込むぞ・・・!
 ご老人はヨロけて壁に手をつき、それからもんのすごい怖い目つきで車を睨みました。幸い事故にはならなかったのですね。すると助手席の窓が開いて、黒人が顔を出してご老人を睨みました。こちらも真っ黒い顔にギョロっとした目。ああこれは喧嘩だ喧嘩だ、見たくねえ~・・・。
 そこで思わぬことになりました。その黒人はご老人に向かって“ニカッ”と笑ったのです。そうして片手をさっと上げてすまんすまんというそぶりをし、その手がどこかに当たって今度は「おう、シーッ!」と苦笑いです。ご老人はというと、つられて頬がゆるみ、それから「おう」とかなんとか声を出して格好をつけたあとで、とうとう笑い出しました。
 その様子を眺めていた周囲の人々二、三人と僕も、互いに顔を見合わせて、どういうわけか笑っていました。「ほんとにね~」近隣の奥さん風の女性がそんな言葉を発しました。「暑いですよね~」
 もうずいぶん昔、平成3年の夏のことです。

 つづく