くらぶアミーゴblog

エッセイを綴るぞっ!

骨太単独行 哀愁の奥多摩最終話

2004-10-15 01:11:24 | 連載もの 骨太単独行

 翌日もしっかりと雨。こんなキャンプでも、大きなタープ(天蓋)を張ってその下に机と椅子を置けば寛げるのだが。しかし今回はキャンピングではなく登山だった。行動食のはずのミックスナッツとビーフジャーキーをかじりながら、小さな空間の中で原稿を書いて過ごす。
 昼前に町まで下りた。近距離とはいえブーツにゴアテックスのスパッツと防水パーカーという出で立ちである。登山道は中央を雨水が流れているので慎重に下る。
 町は木を燃やす懐かしい匂いがしていた。今でも薪で風呂を沸かす家屋があるのだ。これだから奥多摩はいい。湧き水を飲んでから奥多摩温泉もえぎの湯へ。無色無臭に近い湯に浸かってじっと黙想した。

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奥多摩にはどこか切ない、いい郷愁がある

 ふと思いついて奥多摩駅に寄り、落とし物の届けを調べてもらった。やはりウォッチキャップはなかった。まあいい。これで諦めがつくというものだ。それから駅前にある唯一のスーパーマーケットで食パンを買う。
「このへんで本を売ってるところはありますか?」
「ああ本ね、この先を行って左側のね、橋を渡ったところのコンビニに売ってますよう」
 助かった。こうなったらどんな本でもいい。とにかく活字が読みたい。しかし目当ての店に入ると、置いてあるのは車やマンガの雑誌だけであった。一冊一冊を丁寧に立ち読みしたが面白くもなんともない。手ぶらで出るのもためらわれたので醤油煎餅を購入。そこからまた暗い山道を登りキャンプに帰った。テントの中は心地良い閉鎖感がある。清潔で暖かい。しかし何となく全てに興味が持てなくなっているのが分かった。横になっていたが午後3時には寝てしまった。

 目覚めたときにはすっかり暗くなっていた。夜7時を過ぎている。チキンラーメンを作って胃に収め、それから再びシュラフにくるまって考え続けた。雨は上がったようだ。ときどきランプをつけて地図を眺める。気温が低いためか電池の性能が低下し、ランプは次第に暗くなっていく。暫く休ませるとまた明るさを取り戻すのだが、面倒なので消して黙想。どのみちこれから登山など出来はしないのだ。
 夜の虫と風の音を耳にしながら、ひたすら考え続ける。風が松の葉を鳴らして渡っていく。松籟(しょうらい)というやつだ。日本語には本当に美しい表現があると思う。
 やがて夜が明けた。これまでになく外が明るいから、ついに晴れたのが分かった。しかし僕は気力がすっかり低下してしまったようだ。今回はこれで帰ろう。

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晴れた日は忙しくなる まずは全ての装備を乾かす


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さよなら またいつか

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追:この記事は粋人soroさんの『No Blog,No Life!』“秋の外秩父。”、『お江戸日和。』“鳥写真集”~にトラックバック


骨太単独行 哀愁の奥多摩その4

2004-10-14 04:04:17 | 連載もの 骨太単独行
 夜間、空腹で目が覚めた。ちゃんと夕飯を食ってなかったのだ。フリーズドライのスパゲッティを作り、ついでに小用のために外に出る。
 細かな雨が顔に当たって気持ちがいい。このまま明日も小降りだったら登山を強行してもいいかも。
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 初めて一人でキャンプをしたときには、暗闇が恐ろしく思えたものだ。小用のときに外に出ることが出来ずに、入り口のジッパーを開けてそこから放尿したのだった。今は黒々とした木々や夜空を眺めながら雄大かつ深遠な気分で用を足す。背後の茂みで物音が起こっても決して慌てずおっとりとテントに戻り、全てのジッパーを閉めて意味不明の歌を大声で歌うようにしている。プロの貫禄というものである。

 出来上がった料理を食べながらまた読書。フライシートの下で雨宿りをしているコオロギが愛おしい。雨が激しくなってきた。空になった鍋を外に出して横になる。耳の位置はほぼ地面と同じ高さだ。だから雨粒が地面に当たる音が聞こえる。ここらは草地なので太鼓を叩くようにボンボンと小気味良い音となっている。雨水が集まってどこかで流れを作っている音も聞こえる。当たり前のことなのだが、ひどく新鮮だ。雨はただそこらに降るのではない。雨は心の中に降るのだ。
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 夜明け前、雨はバケツをひっくり返したような土砂降りとなった。どうしようもないので朝8時から正午までフテ寝。それからまた山を下りて町に出る。奥多摩駅を過ぎて青梅街道をひたひたと歩いていくと奥多摩温泉もえぎの湯である。気の済むまで歯を磨いてから露天風呂へ。湯船に浸かって見上げると、天空から細かな雨がひっきりなしに落ちてくる。杉の葉が雨粒をまとって輝いている。なかなかいいぞ。
 帰り道に湧き水の汲み場があったのでそこで水の補給。またまた一時間あまり山を登ってキャンプ地へ帰投。なんだか本当に変わったキャンプになってしまったなあ。

つづく
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骨太単独行 哀愁の奥多摩その3

2004-10-13 01:28:50 | 連載もの 骨太単独行
 明け方に目を覚ましたときにも激しい雨音が聞こえていた。本日の登山は中止と判断、そのまま惰眠をむさぼった。ネコのように短い眠りを紡いでようやく起きたのはもう11時だった。水の補給をしなければならぬ。ここには水場がないのだ。
 水筒をぶらさげ傘を差して山を下りていく。奥多摩の町は雨と霧に包まれていた。
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まさに奥多摩といった風景 典型的な山間の風景でもある

 正午前に駅前の定食屋に入った。蕎麦、うどん、ラーメンからカレー、ハンバーグ、寿司まで出すグローバルな店だ。汚れた格好で恐縮しながらカツ丼を注文。ちょうど昼時だったが客は少ない。
 トイレを終えてついでに水を補給。席に戻ると従業員一同が客席に座ってNHKを観ていた。カツ丼はもう出されている。ここでは昼には従業員もきちんと休憩時間なのである。実に正しい労働体制ではないか。
 思いのほかボリュームも味も良かったカツ丼を食い終え、外に出た。満たされた水筒が重い。荷物を減らすためにデイパックまで割愛したのだ。久しぶりのことでいろいろと失敗があるようだ。
 小一時間山登りをしてキャンプに戻り、テントの向きを90度変えた。夕べは横に傾斜があって寝にくかった。頭が傾斜の上方にくるようにする。
 雨は止む気配がないが、ともかく準備だけはしておかねばならない。プラスティックの瓶にミックスナッツを詰めて行動食を作る。中身はかぼちゃの種、カシューナッツ、アーモンドだ。ビーフジャーキーは直接ポケットに入れたらいいだろう。
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 夜、友人より電話あり。あの巨大な雨雲はいまだに関東上空に停滞しており、さらに九州からは新たな前線が接近中とのこと(10/4時点)。なんてこったい。しかしケータイの通じる登山とはいったい何だろうか。
 コーヒーを飲みながら原稿を書き、あとはひたすら読書。時折得体の知れない鳴き声がする。雨のキャンプも実にいい気分である。
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 今回は完全にドライ・トレール。即ちアルコールなしだ。酒を断って精神修行といえばカッコいいのだが、これも重量をいくらかでも減らすためだ。なんとなれば夜はあまりにもヒマである。文作と読書が進む進む。持ってきた文庫本は全て読み終わってしまった。さて、明日はどうなる?

つづく
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骨太単独行 哀愁の奥多摩その2

2004-10-09 02:24:54 | 連載もの 骨太単独行
 木々に覆われた山道はトンネルのように暗い。足元は石が混じった赤土と粘土。ビブラムソールをしっかりと押しつけて登る。登る。次第に足が上がらなくなってくる。つま先が木の根に引っかかり転びそうだ。
“何でこんなことしてるんだ?” 
 小一時間ほど登り続けたとき、杉の間に古びた鳥居が見えた。何とか今夜の宿泊予定地に着いたのである。
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 雨が激しくなってきた。草地にザックを降ろしてテントを広げる。登山を終えた人々が下ってきて声を掛けてきた。
「明日登るんですか?」
「天気次第ですね。道はどうでしたか?」
「だいぶ荒れてますよ。気を付けて」
 もう少しいろんな情報を聞きたかったがそうもいかない。彼らは下山を急いでいるし、僕は荷物がなるべく濡れないうちにテントを張らなければならない。家で練習しておいて良かった。
 フライシートをしっかりと引っ張ってペグを打つと立派な前室が出来た。雨に降り込められたときにはこんなテントが心強いのだ。荷物を全て収納してジッパーを閉める。土砂降りだ。
 今回持参した食料は、フリーズドライのパスタ類6食、アルファ米2食、チキンラーメン4食と行動食だ。
 すっかり腹が減っていたが、調理する気力が沸いてこない。
「固い背骨、固い背骨...」と呟きながら、カタいビーフジャーキーを囓って空腹をごまかす。
 シュラフを広げたり枕を作ったりと内装を整えたあとでモスキートネットのジッパーをいじっていると、つまみの紐が取れてしまった。観察してみるとこれは設計ミスである。暫く考えてからナイロンの予備紐を取り出して修理をした。上手くいったようだ。
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 気温がぐんぐん下がっていく。シュラフに潜りこんでモブログにトライし、日記をつける。
 チキンラーメンを生で囓っているところで、自分がずっと微笑していることに気付いた。
 幸せなのである。
 そのことに心の底から満足し、歯も磨かず、ランプを消した。
 冷たく湿った空気、すぐそばで鳴いているコオロギ。
 この二年間、こんな時間を切望していたのだ。ずいぶんと時間がかかったものだ。

つづく
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骨太単独行 哀愁の奥多摩

2004-10-08 03:09:14 | 連載もの 骨太単独行
oume400 10月3日、日曜日。
 午後1時40分、東京駅発の青梅特快に乗車。青梅で乗り換えをして奥多摩駅に着いたのが4時頃。
 2時間20分という長旅だ。
(右画像:青梅には懐かしい映画看板がたくさんある)
 雨が惜しみなく降っている。予報によると今日から三日間は大雨である。見送ってくれた友人は
「なんでこんな雨のときに...」
 と呆れていた。僕としては万事繰り合わせて作った貴重な休みなのだ。天候を選べる立場ではなかった。
 ザックにしっかりとレインカバーをつけて、地図をじっくりと眺めて、いよいよ歩行開始。この瞬間はいつもワクワクする。自由への第一歩だ。
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どしゃぶりだよ


 今日は尾根にとりつく前のどこか平坦地にキャンプ
 明日は鷹ノ巣山登頂 同避難小屋そばでキャンプ
 明後日は雲取山登頂 同避難小屋そばでキャンプ
 ~最後は金峰山まで縦走 増富より下山 

 駅前で1.5リットル水筒に水を満たした。登山道までの車道を傘をさして歩く。郵便局前を右折するとかなりの急勾配となった。雨水がどうどうと流れてくる。歩く人、車、まったくなし。両側を杉に覆われた道は暗くて陰気だ。小さなトンネルを抜けるときには何となくぞっとした。杉林というのはどうしてこんなに陰気なのだろう。日の入りまでまだ一時間以上あるのに、木々は黒くしずもっている。こんな寂しいところでのキャンプは嫌だな。
 背中の重量は恐らく25kg。一週間分の荷物としては適正だ。しかし重い。膝がきゅうきゅう鳴っている。山道に入る前から息が上がっている。誰もいないことをいいことに思いきり荒い息を吐きながら登る。どういうわけか頭の中ではブルース・スプリングスティ-ンの『My Home Town』が延々と流れている。何故だ何故だ切ないぞ。yamamichi120
 いよいよ山道へと入ると、道の真ん中を雨水が流れている。まるで沢登りである。「固い背骨固い背骨...」と呟きながらガンバッテ登る。今回のトレールのテーマは“固い背骨を取り戻すこと”なのだ。ウォッチキャップを脱ぐと頭から湯気が立ちのぼる。ああ苦しい。一歩一歩が重すぎて、まるで月面を歩いているような気分だ。行ったことはないのだが。

つづく