くらぶアミーゴblog

エッセイを綴るぞっ!

会津・喜多方 郷愁旅行 最終話

2005-10-05 13:38:14 | 連載もの 会津・喜多方 郷愁旅行

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福西本店にて 内装は洋館のよう

「良かったら二階も見ていってくださいよ...」
aidukaramushi400 数え切れないほどの郷土品が並んでいる。会津木綿、絵ろうそくから、幻の織物“からむし織”まで。どれもホンモノだから、土産物を選ぶのに困ったらここに来るといいかも。

aidukodaishu400 会津漆器の明るい朱色は“古代朱”と呼ばれている。最近になってから一般的な“赤”なども作るようになったからそう呼ぶのだそうである。
 ここの店番をしているおじいちゃんが実に良かった。親しみやすくて暖かくて。もっと話しをしていたかったなぁ。

aidumitsuyama400 満山漆器店ではこづゆ椀を四枚購入。“こづゆ”というのは会津の郷土料理で、汁の多い煮物のようなもの。これを小さなこづゆ椀に盛ってふるまうのである。

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 この他、会津酒蔵歴史館(と言ってもちゃんとした酒蔵)に寄って利き酒をしっかりと楽しんだり、鶴ケ城のお堀を眺めたりしてから、再びハイカラさんに乗ったのであります。



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これがJRの広告にもあるさざえ堂

 飯盛山にあるこの建物、全体は六角形、内部には螺旋通路があって、昇りと下りの人がすれ違うことがないという摩訶不思議的木造建築。寛政8年(1796)のものだそうだ。

aiduinsazaedoh280  ぎしぎしと床を鳴らしながら昇っていくと、内部には古い木の匂いが満ちている。窓から陽が差し込んで幻想的である。頂点に昇りつめてから、今度は下りルートへ。確かに昇り下りが別ルートなのである。最後には入り口の反対側に出た。構造が不思議で、少しのあいだ考え込んでしまった。

 だいぶ陽が傾いてきた。そろそろ帰りの列車の時間でござる。楽しい旅も終わりに近づいてきている。
 会津若松駅に戻り、磐越線“赤べこ号”で郡山へ。そこからは新幹線で一気に東京駅だ。

 この旅で、何となく会津の人々というものが分かったような気がした。この地に来ると、町の中にはこんな立て札を見ることが出来るのだ。

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 四の「卑怯なふるまいをしません」というのは、いかにも武士の気質らしくて頼もしいではないか。そして最後の
「ならぬことは ならぬものです」
というのが、そこはかとなく悲しい。会津と言えば白虎隊の歴史がある。さっきまでいた飯盛山は、少年剣士たちが自決したところなのだ。
 閉鎖的と言われながらも、純朴で暖かい心を持つ人々。一度その心に触れると、人はここを去りがたくなると言われている(原瀧さんのブログで「会津の三泣き」なるいいお話しが紹介されていますぞ)。
 ああ、旅というのは人間を知ることなのだなぁ。


aidubanetsuline400 今回の費用は交通費・宿泊費込みで約2万円。宿の食事も含まれていてこの値段で行けたのは、実に嬉しい限りであった。まんまとJRの宣伝にのってしまったけど、結果としてはとても良かったのでありましたよ。
 
 おわり

 

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会津・喜多方 郷愁旅行 その4

2005-10-04 11:08:21 | 連載もの 会津・喜多方 郷愁旅行

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こんな可愛らしい建築も...
(各画像クリック拡大可能)

 早朝、5時半に目覚める。
 街での生活では、素直に寝付けないことが多いのだけれども、昨夜は何故か11時頃に寝てしまった。おかげで“パチリッ”と音を立ててまぶたが開いたのだ。

aidubusstop400 ゆっくりと朝湯を使ってから朝食。信じられないほどの量を食べてしまう。膨らんだ腹をさすりつつチェックアウト。
 今日は漆器の店を回り、飯盛山にあるという摩訶不思議木造建築『さざえ堂』を見てから帰京する予定なのでござる。

aidubusillust150 東山温泉から会津若松駅まで出て、そこから周遊バス『ハイカラさん』に乗ることにした。500円の1日フリー乗車券がオトクらしいので購入。だいたい30分間隔で町中を回っている便利なバスだ。

aidubusbuzzar400 このバスの中に備わっている停車ブザーが、立派な漆塗りであった。さすが漆の町だなぁと感心し、思わずパチリ



 会津・喜多方で漆器産業が盛んになったのは、天正18年(1590)から。時の領主、蒲生氏郷が指導育成したからだそうであります。

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老舗の渋川問屋 こんな建築がいくつもある

 七日町駅前というところで降りて、通りを歩いてみる。蔵造りの商家が並んでいて圧倒される。横道をのぞいて見ると、一般家屋も蔵を改造したものが多い。二階部分の窓などは頑強な防火窓だ。aiduawall400
「こりゃあ贅沢な家だねぇ」
「やっぱりお金持ちかな」
「お、あそこ見てご覧なさい」
 白塗りの立派な防火窓の奥には、ハンガーに掛かった割烹着やら作業着が見えている。
「生活感が丸出しではないですか」
「あー、少し安心したなぁ」

 そのあと三軒ほど漆器店や造り酒屋に入ってみたのだが、これがどうもいけなかった。お店の人は商売っ気がないというか、ぶっきらぼうというか、「いらっしゃいませ」とは言ってくれるものの、店内を眺めている我々をやや困惑した顔つきで見ている。何だか落ち着かないのですぐに出てしまった。
「会津の人は閉鎖的と言われるけれど...」
「なんか俺、気落ちしてきちゃったよ」

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品格というものを感じさせる書体

 そんな経験をした後だからか、話しをしてくれる人がいる店では必要以上に嬉しくなってしまった。特にお年寄りはいい。訛りのある言葉を聞いていると、親戚と話しているような気分になってくる。
「やっぱり人それぞれだよね」
「何でも一括りにしちゃいけんね」
 旅人の心というものはまことに勝手なものであるなぁ。よーし、再び気分が盛り上がってきたぞう。
 そんな中でも特に楽しかったのは福西本店。土産物屋なのだけど、昔は輸入綿を扱う問屋だったらしいです。
というところで最終話へつづくっ

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会津・喜多方 郷愁旅行 その3

2005-10-03 18:36:00 | 連載もの 会津・喜多方 郷愁旅行

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会津には懐かしい光景がたくさんあった


 さて、今回のお宿は、会津東山温泉にある旅館『原瀧』というところなのでござる。

aizuharatakiio280  出発前に、各宿のホームページを眺めていたのですね。すると原瀧では、本サイトの他にブログをやっていることが分かったのであります。試しにちょこっとコメントを書き込んでみると、何とも親しみやすい返答があって、僕の記事にもコメントをくれるようになったのであります。

 コメントのやりとりが行われると、そこはそれ、ブロガー同士なのだよなぁ。行く前から、もう何だか親しくなっている。宿泊はためらうことなくここに決定。企業のブログって大事なものですねぇ。
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 おまけにススム君もこの旅館を知っていた。彼は大手厨房機器メーカーに勤めているのだけれど、この旅館の改装工事に立ち会っていたのだ。
「4月にやったから、まだぴかぴかじゃねぇかな」

 こんな一言をもらい、彼とは宿の前でお別れ。さぁ、メシだ酒だ温泉だぁ!

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食事は仲居さんが席まで運んでくれる
お銚子2本はJRからのプレゼント


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他にも料理は色々とあって、そっちは自分であんばいして持ってくるという、上げ膳スタイルとビュッフェスタイルの混合したユニークな方式 
この立派なお釜には各種汁物が入っていた




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さすが城下町の宿 いい器が揃ってるのだ




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これもかわいい
会津の陶器や漆器は、華美なところがない


 

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 温泉も清潔で良かった。楽しみの露天へ出ると、目の前は広葉樹の海。その下には鮮烈な谷川が流れているという、まったく文句なしの光景であります。浅いところで天然木の枕に頭を乗せ、湯の中で寝そべるようにする。そのまま身体が湯と周囲の緑に溶け込んでいきそう。

aizuharatakiaroom400 予想を裏切らず、とてもいい宿なのであった。接してくれたスタッフも、みんな明るかったし。強いて文句をつけるとすれば、部屋の洗面所にフェイスタオルがなかったくらいか知らん。ホテルではないから、これはしょうがないと思うのでありますが。
 
 そうそう、ブログを管理しているIさんともお会い出来たのだ。名刺交換の儀式の後に、ほっこりスマイルの交換。また一つ、バーチャルとリアルの交差がありましたよ。

 つづく
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会津・喜多方 郷愁旅行 その2

2005-10-01 04:01:00 | 連載もの 会津・喜多方 郷愁旅行

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喜多方と言えば“喜多方ラーメン”
ラーメン好きではない僕でも、これは美味かった!
(各画像クリック拡大可能)


 特急あいづは、東北本線に乗ってひた走る。
 宇都宮を過ぎたあたりから田園風景が広がった。すでに刈り取られた田圃もあり、まだ青い稲穂の残る田圃もある。
 驚いたことは、どこまで行っても線路際に鉄道マニアらしい人々がいたこと。この列車の通過時間を予想して、三脚と望遠レンズ付きカメラを構えていたのです。
 何人ものカメラマンがレンズを向けることで、我々乗客には、なんとな~く若干の誤解が働きはじめた。なんとな~く、旅の番組に出演している芸能人のように、ポーズをとったりしはじめた。
「みんな雨の中、ご苦労さまだねぇ」なんていう発言も出てきた(僕です)。
 それは言うまでもなく勘違いというものです。

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話しはなかなか先に進まないが、これが城下町会津の風景


 今回の旅の行程は、以下のように予定してあった。

1、特急の終点である喜多方まで一気に行き、喜多方ラーメンを食べる
2、夕方まで喜多方の町を散策
3、会津東山温泉に移動して宿泊
4、翌日は会津の城下町を散策 漆器と建築物を堪能する
  ~帰京

 しかし出発の数日前のことだけど、僕は“はた”と膝を打ったのであります。会津・喜多方は福島県にあるのですが、福島と言えば友人ススム君がいるのです。こりゃあ、この機会を利用して会っておきたいものであります。
 メールでやりとりをすると、うまいことに彼は時間が作れるとのこと。ついでに彼から一つの提案があった。
「喜多方から車で一寸行ったところで、シーナマコトの講演会があるんだ。行ってみるか?」
 城下町のんびり旅行は、にわかに中身の詰まったものになったのであります。


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12時半、喜多方駅に到着
このあとススム君との待ち合わせで気分が高揚し
喜多方の写真はまったく撮ってなかった
ラーメンを食べてから、彼の車で金山町に移動




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 金山町には椎名誠氏の写真館があった
 映画の撮影で訪れたのがきっかけで、清流が流れ、野原(のっぱら)がふんだんにあるこの町を、すっかり気に入ってしまったとのこと
 

 講演が終わったのは午後3時半。そのあとはシーナ氏を囲んで親睦会があるとのことだったけど、残念ながら我々は退出。ススム君の車で宿まで送ってもらうことに。
 今回の旅に同行した友人Mは、ススム君のことなどまったく知らない。そこで車中は、僕たちが同級生だった中学校の頃のおバカ話しを披露して盛り上がった。

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昔の写真でも載せておこうかススム君
実際、全然変わってなかったし

 いつしか台風も去り、青空が広がっていた。車窓には雄大な磐梯山。道路脇にはコスモスが満開だ。
「そういや昔、お前さ、コスモスを見ると腰が抜けると言っていたなぁ」
 ススム君は唐突にこんなことを言う。そうなのだ。今でもコスモスを見ると、なぜか胸の奥のほうがぐぐっとなるのである。その原因が、この瞬間に判明したのである。

僕「小さい頃住んでた家がさ、小さな借家でね。その裏側に、広大な空き地があったんだよ」
ススム「お前が郡山(福島県内)に住んでた頃の家か」
僕「うん。それでな、その空き地は、秋になると一面にコスモスが咲いたんだ。緩やかな起伏がある土地で、見渡す限り、ずーっとコスモスなんだよ」
ススム「なるほど。その記憶が強烈だったから腰が抜けてたんだな」
M「え? ホントに腰が抜けてたの?」
ススム「何だかこいつ、よれよれになって歩いてたっけな」
「わっははは!」
「ひゃははっ!」

 福島は僕の生まれ故郷。思いがけずいろんな想いが沸き上がる旅と相成ったのでござるよ。

 つづく
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会津・喜多方 郷愁旅行 その1

2005-09-30 10:05:19 | 連載もの 会津・喜多方 郷愁旅行

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なぜシーナマコトが?(各画像クリック拡大可)
今回の旅は思わぬ出来事の連続であった


 コトの発端は、JR五反田駅であった。
 山手線のホームへ上がるエスカレーター脇の壁に、
「あったんです。まだ...」と書かれたポスターがずらっと貼ってあったのだ。
「あったんです」なんて唐突に言われると、どうしても
「そうか、まだあったんだ...」と興味を惹かれずにはおれない。それからあらためて、
「ところで何があったの?」となる。
 JRの広告は、強く印象に残るものが多いですね。JR東海の京都キャンペーンを見ると、毎年、いてもたってもいられなくなる。それをもう何年も繰り返している。おかげでMy favorite thingsを聴くと、ジュリー・アンドリュースが京都を散策しながらギターをつま弾いているという、だいぶ錯乱した光景を想像してしまうようになった(テレビCMで使われてる曲 サウンド・オブ・ミュージックで有名になった)。

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“特急あいづ”の乗客がもれなくもらえる
赤べこストラップとボールペン

 問題の「あったんです」ポスターは、JR東日本の手掛ける会津キャンペーンであることが判明。さらに詳細を調査した結果、正しくは
「あったんです。まだ、極上の日本が・・・」というコピーであることも判明した。
 まあ、調査と言っても、あらためてポスターを眺めただけであったけど...。
 ともかくも、まんまと宣伝に引っかかり、友人Mと僕は会津一泊旅行に出掛けることになったのである。


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早朝7時半に新宿駅を出発
寝ぼけているとこっちに乗りそうになる
(ならないよ)
成田エクスプレスも同じホームなのだ




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 これが臨時特急あいづ号
 大勢の人が撮影に来てました
 彼らにまじって僕もパチリ



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発車直後の様子 乗客の平均年齢がなぜかとても若く、
まるで修学旅行のような雰囲気があった


 バッグを網棚に乗せた瞬間から、心は解き放たれる。車窓を流れる都内の風景も、いつもとは違って見えてくるのであります。
『東十条』なんて駅名にも旅情を感じたりして(感じないって)。
 さあさあ、みなさま。「Here we go!」

 つづく