僕は彼を観察した。聾唖の人とこれだけ正面から向き合ったのは、初めてのことだった。また、全盲の人としても、初めてだった。
「作曲、ありがとうございました。この学校にもやっと校歌が出来て、本当に嬉しいです」
彼の口調はたどたどしく、聞き取りにくいところがあったが、低音で柔らかい声だった。
僕は知らないうちに緊張していたらしい。ためていた息を吐き出すと、彼が不意に笑った。いい男の笑顔だった。
「私を気遣ってくれていますね。よく分かります。あなたは優しい人なのですね。でも、私のことを扱うのは、そんなに緊張しなくてもいいんです。リラックスして下さい」
正面にいる彼の右肩を、そっと一回叩いた。
「さあ、これであなたとのコミュニケーションが出来た。早速曲を聴かせて下さい」
僕は、何となく周囲を眺めた。部屋には彼と僕だけだった。開け放たれた窓から、セミの合唱が聞こえている。
「さっ、聴かせて下さい」
彼が促した。僕は頷き、ケースからギターを取り出した。彼は顔を小刻みに動かしていた。まるで何かの音を聴き取ろうとしているように。
脚を組み、ギターを構えた。彼がゆっくりと右手を伸ばしてきて、ギターの側胴に触れると、掌を当てた。僕は伴奏から弾きはじめた。彼は右に首を傾げ、何度か頷いた。やがて曲が終わると口を開いた。
「とても良い曲ですね。素晴らしいです。もう一度、聴かせて下さい」
僕は二回目も同じように、その校歌を丁寧に弾いて歌った。彼は時折頷きながら、やはりギターに手を当てていた。いったい、どうなっているんだろう?
「いやあ、これはいい曲ですね。本当にありがとうございました。譜面は事務の人に渡して下さい。きっとまたご連絡することと思います」
彼はそう言って、椅子から立ち上がった。僕は慌ててギターをしまい、譜面とともに持った。ぎこちない動作で彼の左腕をとった。
「ありがとう。あなたは私のような人間に会ったことがないのですね。盲人を案内するときには、こうするんです」
彼は僕の右手をそっとほどき、かわりに僕の肘の辺りをつかんだ。右手に持っていた白い杖を折りたたんだ。
つづく
2話へもどる
1話へもどる
「作曲、ありがとうございました。この学校にもやっと校歌が出来て、本当に嬉しいです」
彼の口調はたどたどしく、聞き取りにくいところがあったが、低音で柔らかい声だった。
僕は知らないうちに緊張していたらしい。ためていた息を吐き出すと、彼が不意に笑った。いい男の笑顔だった。
「私を気遣ってくれていますね。よく分かります。あなたは優しい人なのですね。でも、私のことを扱うのは、そんなに緊張しなくてもいいんです。リラックスして下さい」
正面にいる彼の右肩を、そっと一回叩いた。
「さあ、これであなたとのコミュニケーションが出来た。早速曲を聴かせて下さい」
僕は、何となく周囲を眺めた。部屋には彼と僕だけだった。開け放たれた窓から、セミの合唱が聞こえている。
「さっ、聴かせて下さい」
彼が促した。僕は頷き、ケースからギターを取り出した。彼は顔を小刻みに動かしていた。まるで何かの音を聴き取ろうとしているように。
脚を組み、ギターを構えた。彼がゆっくりと右手を伸ばしてきて、ギターの側胴に触れると、掌を当てた。僕は伴奏から弾きはじめた。彼は右に首を傾げ、何度か頷いた。やがて曲が終わると口を開いた。
「とても良い曲ですね。素晴らしいです。もう一度、聴かせて下さい」
僕は二回目も同じように、その校歌を丁寧に弾いて歌った。彼は時折頷きながら、やはりギターに手を当てていた。いったい、どうなっているんだろう?
「いやあ、これはいい曲ですね。本当にありがとうございました。譜面は事務の人に渡して下さい。きっとまたご連絡することと思います」
彼はそう言って、椅子から立ち上がった。僕は慌ててギターをしまい、譜面とともに持った。ぎこちない動作で彼の左腕をとった。
「ありがとう。あなたは私のような人間に会ったことがないのですね。盲人を案内するときには、こうするんです」
彼は僕の右手をそっとほどき、かわりに僕の肘の辺りをつかんだ。右手に持っていた白い杖を折りたたんだ。
つづく
2話へもどる
1話へもどる