インテルの創業者であり経営者であったゴードン・ムーア博士が、「半導体の集積密度は、18~24ヶ月毎に倍増する」と言う経験法則を打ち立てたのは有名な話で、実際、IT社会はそのような急速な進歩発展を遂げて来た。
インテルが、膨大な資金をR&Dに注ぎ込みイノベーションに邁進して、自社の既存製品を共食いしながらも新製品を追及し続けてきたのは、グローブのパラノイア経営のみならず、ムーアの法則と言う恐ろしい踏み車によって、そうせざるを得ない状況に追い込まれていたからで、回転速度を落したり停止すれば、奈落の底へ転げ落ちると言う恐怖心、脅迫観念があったからだと、テドローは言う。
それに、技術革新は、たとえ自分たちがやらなくても、いずれ他の誰かが実現するのであって、自社でイノベーションを実現できれば極めて重要な追い風になると言う強い信念がインテルにはあった。
私にとって重要だと思えたのは、インテル創業当初よりゴードン・ムーアの念頭にあった先行者利益追求の考え方で、コモデティ化の危険を避ける為に、既存の他社を視野に入れず、半導体をまだ使っていない製品分野を標的に、数段上を行く製品を開発していた。
これこそ、イノベーションによる創業者利潤追求の基本的な考え方で、この考えがあった為に、社運を賭けてでも、イノベーションの成果である虎の子の最新マイクロプロセッサをライセンス供与してセカンド・ソースすると言う方針を止めて、IBMに独占供給を申し入れたのである。
イノベーションで興味深いのは、1998年のインテル・セールス・マーケティング会議で、グローブが、次の年にビジネス書を一冊読むとするなら、クレイトン・クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」を読むべきだと言ったと言う。
この本が一世を風靡したのは、イノベーションで成功した巨大企業は、その成功ゆえに身を滅ぼすと論じたことで、何故、イノベーションが企業の持続的成長と発展を保証できないのかをイノベーターのジレンマとして説いたのである。
イノベーションによって市場のリーダーとなったハイテク企業は、どんどんその製品分野で技術を磨きあげ、更なる高みへと持続的イノベーションを続けて行くが、しかし、必ず、破壊的イノベーションを行って新しい企業が市場に参入して来るが、それに対応して転進出来ずに駆逐されてしまう。
この場合の破壊的イノベーションについては、新市場を開拓する破壊型イノベーション(例えば、真空管に対するトランジスター、ガス灯に対する電球、ラジアル・タイヤなど)とローエンドの破壊型イノベーション(米国自動車市場への初期のトヨタの参入)をクリステンセンは説いている。
先日のこのブログで書いたが、日本企業の挑戦を受けて全く競争力を消失して勝ち目のないメモリ市場を諦めきれずに逡巡したインテルも、清水の舞台を飛び降りる一大決心をしてマイクロプロセッサへと転進したインテルも、このイノベーションのジレンマの洗礼を受けたと言えるのかも知れない。一歩間違えば、市場から駆逐されていたのである。
また、非常に興味深いのは、この虎の子のマイクロプロセッサだが、技術面では大きなブレイクスルーだと言う認識はあったようだが、当時は、開発チームも50以上の製品仕様の用途を考えていたようだが、パソコンは候補にさえ挙がっておらず、一時は、その意匠権を売却する寸前だったと言うのであるから分らないものである。
ここで、グローブが注目していたのは、ローエンドの破壊型イノベーションの挑戦で、インテルが高度な製品を追求して行けば行くほど、安価でさほど性能の高くない製品を提供すると言う方針で参入して来た新規企業が、安価な製品で足場を築き、規模の経済を手に入れ、やがてインテルの領域であるアップマーケットへ食い込んでくるのを心配したのである。
トヨタなど日本の自動車産業が、アメリカ市場で、それまでになかった小型市場で、安価なエネルギー効率の良い自動車を生産してローエンド市場で生産しながら生産性をアップして高度化してアメリカ自動車産業を追い詰めて行ったのは、正に、このローエンド・イノベーションの好例で、実際に、日本の家電メーカーの成長発展も、このローエンド・イノベーションの線上にあり、今や、その日本企業も、新興国のローエンド・イノベーションの挑戦を受けている。
ところで、このローエンド・イノベーターの挑戦を防止するために、インテルは、あえて、幅広い製品を提供すると言う方針を取っていると言うのである。
とにかく、インテルの非常に限られ専門化された製品分野においては、自ら他の追随を許さないようなアグレッシブなイノベーション戦略を打ちながら、ローエンドからアップマーケットまで、イノベーターの挑戦と参入を許さないと言う鉄壁の構えで、オンリーワン戦略の経営を続けているのであるから、尋常でない驚異的な会社と言うべきである。
シュンペーターが、あの世で、イノベーターであった兄貴のソニーと同じ様に、愛い奴だと愛でているであろう。
インテルが、膨大な資金をR&Dに注ぎ込みイノベーションに邁進して、自社の既存製品を共食いしながらも新製品を追及し続けてきたのは、グローブのパラノイア経営のみならず、ムーアの法則と言う恐ろしい踏み車によって、そうせざるを得ない状況に追い込まれていたからで、回転速度を落したり停止すれば、奈落の底へ転げ落ちると言う恐怖心、脅迫観念があったからだと、テドローは言う。
それに、技術革新は、たとえ自分たちがやらなくても、いずれ他の誰かが実現するのであって、自社でイノベーションを実現できれば極めて重要な追い風になると言う強い信念がインテルにはあった。
私にとって重要だと思えたのは、インテル創業当初よりゴードン・ムーアの念頭にあった先行者利益追求の考え方で、コモデティ化の危険を避ける為に、既存の他社を視野に入れず、半導体をまだ使っていない製品分野を標的に、数段上を行く製品を開発していた。
これこそ、イノベーションによる創業者利潤追求の基本的な考え方で、この考えがあった為に、社運を賭けてでも、イノベーションの成果である虎の子の最新マイクロプロセッサをライセンス供与してセカンド・ソースすると言う方針を止めて、IBMに独占供給を申し入れたのである。
イノベーションで興味深いのは、1998年のインテル・セールス・マーケティング会議で、グローブが、次の年にビジネス書を一冊読むとするなら、クレイトン・クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」を読むべきだと言ったと言う。
この本が一世を風靡したのは、イノベーションで成功した巨大企業は、その成功ゆえに身を滅ぼすと論じたことで、何故、イノベーションが企業の持続的成長と発展を保証できないのかをイノベーターのジレンマとして説いたのである。
イノベーションによって市場のリーダーとなったハイテク企業は、どんどんその製品分野で技術を磨きあげ、更なる高みへと持続的イノベーションを続けて行くが、しかし、必ず、破壊的イノベーションを行って新しい企業が市場に参入して来るが、それに対応して転進出来ずに駆逐されてしまう。
この場合の破壊的イノベーションについては、新市場を開拓する破壊型イノベーション(例えば、真空管に対するトランジスター、ガス灯に対する電球、ラジアル・タイヤなど)とローエンドの破壊型イノベーション(米国自動車市場への初期のトヨタの参入)をクリステンセンは説いている。
先日のこのブログで書いたが、日本企業の挑戦を受けて全く競争力を消失して勝ち目のないメモリ市場を諦めきれずに逡巡したインテルも、清水の舞台を飛び降りる一大決心をしてマイクロプロセッサへと転進したインテルも、このイノベーションのジレンマの洗礼を受けたと言えるのかも知れない。一歩間違えば、市場から駆逐されていたのである。
また、非常に興味深いのは、この虎の子のマイクロプロセッサだが、技術面では大きなブレイクスルーだと言う認識はあったようだが、当時は、開発チームも50以上の製品仕様の用途を考えていたようだが、パソコンは候補にさえ挙がっておらず、一時は、その意匠権を売却する寸前だったと言うのであるから分らないものである。
ここで、グローブが注目していたのは、ローエンドの破壊型イノベーションの挑戦で、インテルが高度な製品を追求して行けば行くほど、安価でさほど性能の高くない製品を提供すると言う方針で参入して来た新規企業が、安価な製品で足場を築き、規模の経済を手に入れ、やがてインテルの領域であるアップマーケットへ食い込んでくるのを心配したのである。
トヨタなど日本の自動車産業が、アメリカ市場で、それまでになかった小型市場で、安価なエネルギー効率の良い自動車を生産してローエンド市場で生産しながら生産性をアップして高度化してアメリカ自動車産業を追い詰めて行ったのは、正に、このローエンド・イノベーションの好例で、実際に、日本の家電メーカーの成長発展も、このローエンド・イノベーションの線上にあり、今や、その日本企業も、新興国のローエンド・イノベーションの挑戦を受けている。
ところで、このローエンド・イノベーターの挑戦を防止するために、インテルは、あえて、幅広い製品を提供すると言う方針を取っていると言うのである。
とにかく、インテルの非常に限られ専門化された製品分野においては、自ら他の追随を許さないようなアグレッシブなイノベーション戦略を打ちながら、ローエンドからアップマーケットまで、イノベーターの挑戦と参入を許さないと言う鉄壁の構えで、オンリーワン戦略の経営を続けているのであるから、尋常でない驚異的な会社と言うべきである。
シュンペーターが、あの世で、イノベーターであった兄貴のソニーと同じ様に、愛い奴だと愛でているであろう。