熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

バイエルン国立歌劇場・・・「ローエングリン」

2011年09月28日 | クラシック音楽・オペラ
   私としては、久しぶりのオペラだが、やはり、バイエルン歌劇場のワーグナーを聞きたかった。 
   ミュンヘンは、ワーグナーに傾倒して「ノイシュヴァンシュタイン城」のなかに、楽劇の舞台をそのまま創ってしまったルートウィッヒⅡ世の地でもあり、それに、バイエルン国立歌劇場のホーム・ページには、「19世紀中葉の大革命高揚時に、ワーグナーは、「ローエングリン」を書いて、初めて、オーケストラを、ミステリアル・ファクターとしてと同時に、全ドラマのアクションをドライブするエンジンとして出現させた。」と書いてあったが、正に、バイエルンの限りなく高揚した重厚でダイナミックな、そして、悠揚迫らぬ壮大なオーケストラ・サウンドは、圧倒的であった。

   私が最初に聞いたワーグナーは、大阪フェスティバル・ホールでのバイロイトの「トリスタンとイゾルデ」だが、その後、すぐに、大阪万博に来たドイツ・ベルリン歌劇場の「ローエングリン」を聞いて、ピラール・ローレンガ―の清楚で美しいエルザに感激してしまった。
   その後、ロンドンにいた時には、ハイティンクが、殆どワーグナー作品をロイヤル・オペラで振って聞いているので、一度だけ、「ローエングリン」を聞く機会があった。
    ドミンゴが、ワーグナーでもこのオペラは、リエンチと共に最もイタリア的なオペラで、ヴェルディのメロディになっている所もあると言うくらい美しいパートが多く、今回のオペラでも感動的な熱唱を楽しむことが出来た。

   このオペラは、概略、次の通り。
   ブラバント公国の王位継承問題で、後継の王子が失踪したので、空位状態で混乱しているのだが、弟殺しの疑いのある姉のエルザを差し置いて、テルラムント伯とその妻オルトルートが、東方遠征軍を募りに来たドイツ王ハインリッヒに後継者にして欲しいと頼む。
   王は、裁判を開いてエルザを召し出すが、自分が夢で見た騎士に決闘で自分の潔白を証明してもらいたいと願う。
   祈り適って、白鳥の曳く小舟に乗った騎士が現れ、テルラムントと決闘して倒すが、改心するのならと命を助ける。
   騎士は、結婚するためには、エルザが、自分の名と素性を問わないことを誓わせる。
   追放された筈のテルラムントとオルトルートは、あらゆる機会を使って、騎士の素性を問い詰め、エルザに不安を煽ってて名前を聞き出すよう画策するのだが、オルトルートが、教会に向かうエルザを遮って、騎士の素性の知れぬことを非難する。
   結婚を祝う人々の祝福を受けて初夜の寝室に入り、喜びに浸る二人だが、エルザの心に、少しずつ不安が過ぎり始めて、とうとう、禁断の問いを発する。
   出陣の勢揃いをした人々と王の前で、騎士は、聖杯王パルジファルの息子ローエングリンであることを告げて、自分の名と素性を明かした以上、グラールの聖杯を守るモンサルバート城へ帰らざるを得ないのだと言って、去って行く。

   王子ゴットフリートが、オルトルートの魔法にかけられて、騎士を先導する白鳥に変えられていると言う設定で、当時の白鳥伝説を取り込み、キリスト教の一連の聖杯伝説をミックスした、如何にもワーグナー好みのドイツ的なオペラで、重厚な雰囲気の舞台が普通だと思うのだが、
   今回のローエングリンは、本来のメルヘン・オペラを、一気に、市民的で個人的な生き方を象徴した現代版に変えて演出したと言うことで、役者たちの衣装も、完全に現在の普段着であったり普通の服装である。
   ワーグナーは、一時、市民革命思想に傾倒して、ドレスデンで、革命運動に参加して新しい社会の実現を目指したことがあり、この市民感覚が、このローエングリンに表現されているので、これを舞台に取り入れようと言うことのようである。

   したがって、舞台の背景では、土台の石組みから家の建設が始まって、舞台が進むにつれて工事が進んで行き、エルザ達のスイートホームの建設と破壊への過程が展開されている。
   冒頭の序曲の間には、舞台の中央に置かれた図面台で、エルザが家の図面を引いて完成させ、第1幕のブラバントの場では、エルザが、ブロック運びで舞台を出入りしている。
   この口絵写真は、バイエルン歌劇場のホームページから借用したのだが、第3幕の「婚礼の合唱」時の二人のスイートホームの場面だが、これが、完成した家で、その後、エルザが騎士に名前を聞いてしまったので、騎士は、絶望して、ダブルベッドの真ん中に揺り篭を置いて、両側に石油を撒いて火を点ける。

   自分自身の幸福や国の将来や、その「建設」は、宗教や哲学やいつの時代でも変わらずに取り組んできた文化的歴史的な課題であり、このオペラでは、エルザが、将来を計画し、家を設計し、自分もその建設に加わり、全身全霊を捧げる。
   第1幕のユートピア的な美しい音楽は、聖杯を指し示すものではなく、ブラバントの生活を指し示すものであり、騎士ローエングリンは、親密な愛と幸福の場所である新居の建設を手助けするために来たのだと言う設定である。

   こうなると、タイトルロールのローエングリンの神聖さと、良く分からないのにイメージしていた崇高さ気高さが宙に浮いてしまって、むしろ、エルザの方に目が行ってしまう。
   誤った条件を与える男、自分が誰だか明かさずにブラバントの守護者の地位を継承できると信じるような男、エルザに疑問を抱かずに信頼することだけを要求しながら、自分では何も明かさないような男、このような不埒な男が破局を迎えるのは当然だと言うのである。

   そう言うことなら、エルザが、「愛しているからこそ、貴方を、貴方の名前で呼びたい、誰にも言わないから、私にだけ名前を教えて、死んでも良いから」、と言う気持ちが、いじらしい程良く分かる。
   聖杯など何のその、エルザの恋を全うするつまに過ぎなかったとするなら、ワーグナーも中々の役者である。
   したがって、ラストシーンは、エルザが、白鳥から蘇ったゴットフリートの腕に抱かれて息絶えると言うのが従来の演出だが、今回は、死の予感さえなく、舞台の照明が消えて終わる。

   親友のフォン・ビューローから、リストの娘であるコジマを寝取ったワーグナーであるから、それ程、純粋な恋愛感情を持っているとは思はないが、リチャード・ジョーンズの「家庭」を主題に据えた新演出も、中途半端なメルヘン調のローエングリンよりは、モダンで面白いと思った。

   ところで、イケメン・テノールのヨナス・カウフマンが、来日不能で、ローエングリンは、南アフリカ出身のヨハン・ボータに変ったので、騒がれているが、どうしてどうして、巨漢ボータの素晴らしく澄み切ったピュアーで甘美な美声は圧倒的で、これ程、パンチの利いた朗々と響き渡る素晴らしいテノールを聞いたのは久方ぶりで、最後の幕で歌う、名前と素性を明かす「はるか彼方にモンサルヴァートルと呼ぶ聖杯の城があり、・・・」と、椅子に端座して切々と歌う「名乗りの歌」の感動的な歌唱など特筆ものである。
   パバロッティの倍もありそうな体躯とイケメンとは言いにくい風貌が、多少、ラブシーンには不向きだが、エルザに愛を切々と訴えられた時の、これ程嬉しいことはないと相好を崩して喜ぶ童顔の表情は何とも言えない程輝いていた。
   METのプロフィールを開けると、カニオでデビュー、アイーダでラダメスを歌っており、ウィーン、ロイヤル・オペラ、スカラ座、ザルツブルグ等総なめで、ワーグナーは勿論、テナーの多くのタイトルロールのみならず、名門オーケストラとの共演など、今を時めくトップ・ヘルデン・テナーの一人だと言う。

   エルザは、アメリカのソプラノ・エミリー・マギーである。
   カレンダーを見ると、今年初めに、シカゴ・リリックで、そして、今月初めに、ブカレストで、同じエルザを歌っていて、今回は3度目である。
   面白いのは、ベルリン・フィルで、年初に、サロメを歌っており、来年、ウィーン国立歌劇場で、サロメをやるようだが、(7つのヴェールの踊り)をどうするのか、カリタ・マティラもマリア・ユーイングも生まれたままの姿になったが、詰まらないことだが、気になるのは、それだけ、マギーのエルザが、素晴らしく魅力的であったと言うことである。
   思い出のローレンガ―とは違うが、中々、雰囲気のある魅力的な歌唱で、ボータとのローエングリンでの共演は、2009年にロイヤル・オペラが最初で、今年のシカゴ・リリックでも一緒だったと言うから、気が合っているのであろう。
   
   オルトルートを歌ったのは、ワルトラウト・マイヤーだが、私は、彼女を聴くために出かけたようなものだから、感想などは蛇足だから止めるが、とにかく、前のイゾルデに続いて、満足の限りであった。
   氷の様に冷たく悔悛の情の欠片もない、悪に徹したどうしようもない悪女なので、長らく演じるのを躊躇ったが、今は強烈な知の側面を劇的に演じる役割を愛していると言っているのだが、この舞台では、ローエングリンと共に、魔法を遣える人間なので、歌っていないシーンでも、あっちこっち移動しながら性格俳優よろしく表情豊かに演技をして舞台に溶け込んでいたのには、感心して見ていた。

   音楽監督・指揮者のケント・ナガノは、もう、20年ほども前になるが、ロンドンにいた時、ロンドン響などの客演指揮で、何度か、コンサートで聴いており、立派になった姿を見て感激であった。
   小澤征爾が、オペラのメッカ・ウィーンで活躍したのも感激だが、日本人の血を引いたナガノが、最もドイツ的なミュンヘンの地で活躍するのも、やはり、感激である。

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