先日、論じたシャピロだが、「2010」の「世界の経済成長を牽引する両――中国と米国」の章で、脚光を浴びているBRIC'sのインドとロシアについて、非常に辛口の議論を展開していて面白いので、取り上げてみたい。
まず、ロシアであるが、国際政治の場では大きな勢力を持つことは間違いないが、経済的には、GDPはスペインやブラジルより小さく、一人当たりのGDPは、リビア、ポーランド、ボツワナにも及ばず、今後も特に進展なくマイナー勢力に終始するだろうと言う。
新興国の経済成長は、海外から積極的に直接投資を勧誘し、世界の最良の技術とビジネス手法を活用することが不可欠だが、これまでのところ、そうした海外投資を惹きつけるだけの諸条件を国内に整備できていない。
石油帝国ユコス石油会社の資産をプーチン政権が一方的に差し押さえたことや、政府役人の汚職を撲滅できずにビジネス環境が不穏当であるなどのために、ロシア資本がどんどん海外に流出しており、このような国内外の投資が、ロシア国内で持続的かつ大幅に伸びて行かない限り、かっての超大国並みの経済成長は、望みえないと言うのである。
また、エネルギー価格の高騰に支えられていた世界最大の埋蔵量を誇る石油産業だが、原油の人為的な低価格と高い人件費が相まって、石油産業全般に亘って投資も近代化も圧迫されてしまって、石油回収技術は悲しいほど時代遅れで、新たな油井の掘削とパイプラインの建設が事実上ストップするなど、非常に劣悪な状況にあると言う。
ロシアの投資水準の低迷は、ソ連時代に強力であったほかの産業分野も蝕んでいて、鉄鋼業を筆頭に主要産業の激しい衰退が、今後のロシアの経済的見通しを更に暗くしている。
もっと深刻なのは人口問題で、先進国や主要新興国と比べて、出生率と平均寿命は最低で、逆に、乳幼児と若年者の死亡率は最高で、ロシア科学アカデミーの予測でさえ、出生率の低さと疾病の罹病率と死亡率の高さが原因で、今後15年間で、就業年齢人口が14~25%、子供の数が20~25%縮小すると言うのである。
シャピロは、更に、多くの高齢者が退職と同時に深刻な貧困に直面している様子なども述べているが、国内政治においては、正に、発展途上国並みなのであろう。
金融危機後の銀行の金融逼迫については、このブログでも触れたが、経済的基盤が脆弱であり、殆ど国際競争力のある産業を持たないロシアとしては、石油とガス価格の高騰と言う神頼みしかないと言うのが、実情だとすると、何が、BRIC'sだと言うことかも知れない。
さて、インドだが、中国とともに脚光を浴びているが、一人当たりGDPは世界第118位、対GDP貿易額は世界最低に属し、農業人口がインド人口の60%で、生産性は米国の15%とと言う低さで、極度の貧困が存在するなど、経済的にはまだまだ後進国で、世界経済に影響を及ぼすようになるには何十年もかかる筈で、今後10~15年で経済大国となることはないだろうと言う。
シャピロが金科玉条のように褒め上げる海外直接投資だが、インドは、長い間禁じて来ていたし、今でも、中国と比べても格段に低く、グローバル経済への門戸開放が遅れている。
企業投資の面でも問題があり、インドの一般家庭の貯蓄の中で、株や社債、銀行預金などと言った企業の事業拡大になり得るようなものが少なくて、むしろ、土地建物、家畜、金製品の形で貯蓄したがり、個人資産の半分は金の装身具だと言うくらいだから、インドの金融システムを流れている資金量は非常に少なくて、海外投資の少なさを埋め合わせる力強い国内投資など殆ど期待できない。
もう一つの問題は、深刻な停電で象徴されるように、電力網が世界から半世紀も時代遅れだと言うようなインフラの貧弱さで、電力生産量の40%が無料で提供させられたり盗まれていると言う現状で外資は寄り付かず、政府が、経済成長を遂げるためにも、積極的に、道路、橋、港湾、空港、上下水道、公衆衛生関連設備の改善・充実に本腰を入れない限り、多くを望めないと指摘する。
シャピロは、インドの近代化の強さと弱さの縮図は自動車産業だとして、スズキの快進撃は別として、1998年まで外国自動車メーカーはインドでの生産が許されず、それ以降も、設備機器に対する輸入関税や、海外企業への法人税に高さ、それに、国内にインフラのお粗末さなどが相まって、長い間、激しい自動車産業のグローバル競争の蚊帳の外にあったと言う。
IMFもインドを最も規制の厳しい部類に入れているようだが、インドの外資に対するこの消極姿勢は、外資とその技術、経営ノウハウを徹底的に利用して近代化を成し遂げた中国との大きな差だが、この経済政策の違いが、インドを、アマルティア・センが言う「社会主義国に見られる保健医療や教育の充実も実現していなければ、利益追求を奨励する資本主義の特徴を活かして活気ある経済を実現することもできていない」中途半端な国にしているのかも知れない。
民主主義国家であるが故の、強力な保守的反動的な勢力の存在が、インド政府の近代化政策や経済成長政策に抵抗し、その足枷になっていること等については、政治勢力の異常な分散などとともに問題点であることを以前に論じたので、ここでは省略したい。
ところで、世界に冠たるインドの知識産業であるITソフトや医薬品、エンターテインメント産業だが、ネール首相が創立したIIT(インド工科大学)を筆頭に、毎年5~10万人と言う、特に科学や数学に秀でた人材を輩出し、これらの人的資源が、インド近代化の成果とも言うべき最先端産業を支えている。
しかし、インドの教育制度は、大部分の国民に基礎教育さえ満足に施すことさえ出来ないほど貧弱であり、世界でも最悪だと言われているので、このような、頭脳労働の産物――アイデア――を基盤として飛躍してきた企業に、創造性に富む才能や、高い技術を持つ若き人材は、極一握りにしか過ぎない。
IITの卒業生が、故国インドでは職がなく、アメリカへ頭脳労働で流出したのだが、その優秀な移民経営者や技術者が、シリコンバレーからアウトソーシングして爆発したのがインドのITソフト産業だが、そのIITでさえ、ニューズウイークの「アメリカ後の世界」の著者ファリード・ザカイヤは、教育の質など不十分だと言う。
このシャピロが辛口批判するインドだが、曲がりなりにも、自由主義的な民主主義の国であり、マンモハン・シン首相の自由化政策の実施と定着で、政治や経済社会構造などが近代化してきたようだが、中国のように一党独裁で、すべてを強引に政治決着して近代化を進められる国とは違って、巨像の動きの遅いのは仕方がないのであろう。
とにかく、BRIC'sと一口に言っても、全く、違うのだと言うことで、シャピロの論点は非常に面白かったと思っている。
まず、ロシアであるが、国際政治の場では大きな勢力を持つことは間違いないが、経済的には、GDPはスペインやブラジルより小さく、一人当たりのGDPは、リビア、ポーランド、ボツワナにも及ばず、今後も特に進展なくマイナー勢力に終始するだろうと言う。
新興国の経済成長は、海外から積極的に直接投資を勧誘し、世界の最良の技術とビジネス手法を活用することが不可欠だが、これまでのところ、そうした海外投資を惹きつけるだけの諸条件を国内に整備できていない。
石油帝国ユコス石油会社の資産をプーチン政権が一方的に差し押さえたことや、政府役人の汚職を撲滅できずにビジネス環境が不穏当であるなどのために、ロシア資本がどんどん海外に流出しており、このような国内外の投資が、ロシア国内で持続的かつ大幅に伸びて行かない限り、かっての超大国並みの経済成長は、望みえないと言うのである。
また、エネルギー価格の高騰に支えられていた世界最大の埋蔵量を誇る石油産業だが、原油の人為的な低価格と高い人件費が相まって、石油産業全般に亘って投資も近代化も圧迫されてしまって、石油回収技術は悲しいほど時代遅れで、新たな油井の掘削とパイプラインの建設が事実上ストップするなど、非常に劣悪な状況にあると言う。
ロシアの投資水準の低迷は、ソ連時代に強力であったほかの産業分野も蝕んでいて、鉄鋼業を筆頭に主要産業の激しい衰退が、今後のロシアの経済的見通しを更に暗くしている。
もっと深刻なのは人口問題で、先進国や主要新興国と比べて、出生率と平均寿命は最低で、逆に、乳幼児と若年者の死亡率は最高で、ロシア科学アカデミーの予測でさえ、出生率の低さと疾病の罹病率と死亡率の高さが原因で、今後15年間で、就業年齢人口が14~25%、子供の数が20~25%縮小すると言うのである。
シャピロは、更に、多くの高齢者が退職と同時に深刻な貧困に直面している様子なども述べているが、国内政治においては、正に、発展途上国並みなのであろう。
金融危機後の銀行の金融逼迫については、このブログでも触れたが、経済的基盤が脆弱であり、殆ど国際競争力のある産業を持たないロシアとしては、石油とガス価格の高騰と言う神頼みしかないと言うのが、実情だとすると、何が、BRIC'sだと言うことかも知れない。
さて、インドだが、中国とともに脚光を浴びているが、一人当たりGDPは世界第118位、対GDP貿易額は世界最低に属し、農業人口がインド人口の60%で、生産性は米国の15%とと言う低さで、極度の貧困が存在するなど、経済的にはまだまだ後進国で、世界経済に影響を及ぼすようになるには何十年もかかる筈で、今後10~15年で経済大国となることはないだろうと言う。
シャピロが金科玉条のように褒め上げる海外直接投資だが、インドは、長い間禁じて来ていたし、今でも、中国と比べても格段に低く、グローバル経済への門戸開放が遅れている。
企業投資の面でも問題があり、インドの一般家庭の貯蓄の中で、株や社債、銀行預金などと言った企業の事業拡大になり得るようなものが少なくて、むしろ、土地建物、家畜、金製品の形で貯蓄したがり、個人資産の半分は金の装身具だと言うくらいだから、インドの金融システムを流れている資金量は非常に少なくて、海外投資の少なさを埋め合わせる力強い国内投資など殆ど期待できない。
もう一つの問題は、深刻な停電で象徴されるように、電力網が世界から半世紀も時代遅れだと言うようなインフラの貧弱さで、電力生産量の40%が無料で提供させられたり盗まれていると言う現状で外資は寄り付かず、政府が、経済成長を遂げるためにも、積極的に、道路、橋、港湾、空港、上下水道、公衆衛生関連設備の改善・充実に本腰を入れない限り、多くを望めないと指摘する。
シャピロは、インドの近代化の強さと弱さの縮図は自動車産業だとして、スズキの快進撃は別として、1998年まで外国自動車メーカーはインドでの生産が許されず、それ以降も、設備機器に対する輸入関税や、海外企業への法人税に高さ、それに、国内にインフラのお粗末さなどが相まって、長い間、激しい自動車産業のグローバル競争の蚊帳の外にあったと言う。
IMFもインドを最も規制の厳しい部類に入れているようだが、インドの外資に対するこの消極姿勢は、外資とその技術、経営ノウハウを徹底的に利用して近代化を成し遂げた中国との大きな差だが、この経済政策の違いが、インドを、アマルティア・センが言う「社会主義国に見られる保健医療や教育の充実も実現していなければ、利益追求を奨励する資本主義の特徴を活かして活気ある経済を実現することもできていない」中途半端な国にしているのかも知れない。
民主主義国家であるが故の、強力な保守的反動的な勢力の存在が、インド政府の近代化政策や経済成長政策に抵抗し、その足枷になっていること等については、政治勢力の異常な分散などとともに問題点であることを以前に論じたので、ここでは省略したい。
ところで、世界に冠たるインドの知識産業であるITソフトや医薬品、エンターテインメント産業だが、ネール首相が創立したIIT(インド工科大学)を筆頭に、毎年5~10万人と言う、特に科学や数学に秀でた人材を輩出し、これらの人的資源が、インド近代化の成果とも言うべき最先端産業を支えている。
しかし、インドの教育制度は、大部分の国民に基礎教育さえ満足に施すことさえ出来ないほど貧弱であり、世界でも最悪だと言われているので、このような、頭脳労働の産物――アイデア――を基盤として飛躍してきた企業に、創造性に富む才能や、高い技術を持つ若き人材は、極一握りにしか過ぎない。
IITの卒業生が、故国インドでは職がなく、アメリカへ頭脳労働で流出したのだが、その優秀な移民経営者や技術者が、シリコンバレーからアウトソーシングして爆発したのがインドのITソフト産業だが、そのIITでさえ、ニューズウイークの「アメリカ後の世界」の著者ファリード・ザカイヤは、教育の質など不十分だと言う。
このシャピロが辛口批判するインドだが、曲がりなりにも、自由主義的な民主主義の国であり、マンモハン・シン首相の自由化政策の実施と定着で、政治や経済社会構造などが近代化してきたようだが、中国のように一党独裁で、すべてを強引に政治決着して近代化を進められる国とは違って、巨像の動きの遅いのは仕方がないのであろう。
とにかく、BRIC'sと一口に言っても、全く、違うのだと言うことで、シャピロの論点は非常に面白かったと思っている。