笑いまみれ・はなこば日記

笑うことを積極的に考える女の日記
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エレ片コント太郎の魅力を語ろう7 登場人物その碁 リスナー

2010年11月10日 | テレビ
わたしの思う
エレ片リスナー像は

ずばり
自意識過剰。


いいすぎた?
ごめんなさい。
自分がそうなので。
ひともそうじゃないかと
思っちゃうんです。

ふつうのひとも
いっぱい聴いているラジオです。
イベント行くと
それがよくわかります。
おしゃれなひと
たっくさんです。

だから
結局
こういう考えが
自分を狭くする。

エレ片は
双方向だからこそ
はまる。

聴いているこちらは
出演者に
共感する。
出演者は
リスナーに対して
サービスを惜しまない。

ラジオスタート時より
驚異の
イベント数。
さらに
卑屈で
暗いメールや悩みに対して
ひどく優しい。

じんわり
優しい温かさが
全体を包んでいる。

だからこそ
つけあがりそうになる。
優しくされちゃうとね。

発信者と受信者の密なる関係。
これこそ
ラジオの醍醐味だと私は思います。
ただ、忘れていけないのは、

だと思うんです。
エレ片の。

絶妙な仕上がり具合を保ちつづけている。

番組として
ちゃんと
面白いからこそ
ずっと
続いてきた。
それは
エレ片は
リスナーのおかげ
とか言いそうですけど、
完全に
エレ片MCとスタッフの力によるものだと思います。

この面白さは
相当すごい。
リスナーは
この番組を聴いていることを
誇りに思うべきだ。
とさえ思う。

それなのに…
隠す。
っていうじゃない。
聴いていることを。
噂では。

おかしいでしょうよ。

公共の電波を通した
ラジオ番組だ。

要するにぃ(やさぐれ)

自分も含めてるから
もう一度言うけどさ。

自意識過剰なんだよねっ。

…言い過ぎじゃね。
モテナイ世界で
楽しんだっていいでしょうよ。

読まなきゃ良かった。

って思った方
いらっしゃったら
ごめんなさい。

しかし
こんな面白いラジオを
隠すなんて
どうかしてる。ぜ。
と思っていて、
ずーーーと
どっかで言いたかったんだ。

人には言えない。

ってどういうことだろう。
自分が面白い
って思うことは
たいてい他の人もそう思っている。
そんなことで
自分が特別なんて思っちゃダメだ。
笑いの壺が完全に人と違う人は
本気で
違う文化を生きてきたひとだけだ。
エレ片聴いている人は
ラジオが聞けているくらいだから
テレビも見ているだろうし
メディアを知っている。
そんな世代のひとたちが
世の中からそんなにずれているとは思わない。

聴いていると
品位が下がる?

そんな差別的なことはやめなさい。
面白いことは
高等技術なのです。


今日は
エレ片リスナーに嫌われたとしても
それはそれでいいわい。

要するに、
このラジオも
それに出てくる人々も
リスナーも含めて
「エレ片」を
形成している
愛すべき要素だ。

って言いたい。

面白いものは
みんなのもの。
優越感も
劣等感も
笑いのなかでは
生まれるはずはない。

エレ片にどっぷりハマりすぎると
たまに
目がくらんで
その
思春期のあたしのまま
そこで生きているような錯覚に陥ります。
たぶん
それこそが
このラジオの魅力であり
年をとるごとに
取り戻せないあの頃の自分を
投影して
笑ったり
切なくなったり
しているのです。
「あの頃にはもう戻れないんだよ」

何度かエレ片MCの面々はつぶやいています。
でも通り過ぎた今だからこそ
そう言える。
これこそ
大人の特権です。


明日は
最終回。
まとめ。