豊前善三のつれづれ日記 2011年12月31日 ブログをはじめました

日頃、感ずることについて考える。人間らしさを さまざまな人間模様。

豊前善三のつれづれ日記

2021年08月25日 08時58分50秒 | 日記
  (  Vol 2921 )  コロナ感染対策報道以降 報道の内容には 不審を抱くようになった

報道は 取り上げる人の視点によって 報道されている

そこには フェイクのない といことが条件

しかし ここのところの コロナ感染に関する 報道の情報は 政権寄り 企業寄り とも思えるような 報道が目立つ

そのことは 報道が 意図的に つくられた情報が 流されている とみられる

いま 本当に 報道は 真実を 報道しているだろうか

どうも そうなってはいない


事実を示して それが真実か

そうともいえない

報道は 一部を取り上げて 真実のように 報道することができる というリスクを抱えている

過去を振り返ってみると

第二次大戦中の 日本政府の 戦況報道が挙げられる

戦況は 最悪であるにもかかわらず 戦況は 連戦連勝 躍進めざましいかのように 報道された

このように一部の偏った意図的な報道によって 国民を ある方向へと 煽動していった

このようなことが 今 コロナ感染に関して 行われているように 感じる


今 報道は 意図的に 政権寄りの 偏った報道をしているように映る

何故ならば ワクチン接種の必要性ばかりを強調

コロナ感染防止対策は ワクチン接種だけでは ないはずである

他にも あるはずである

また コロナ感染による 死亡者数の内容にも 不信感を抱く

ワクチン接種した人の 感染者数 感染による死亡者数 


また ワクチン接種者の 感染したか しないか に関わらず ワクチン接種者の接種後に生じた 死亡者数 が残念ながら報道されていない

これは なぜなのか

それに 報道は応えていない

このような報道のあり方は 戦時中と変わらない


このような 状況だからこそ 報道は 真実に迫る 必要があるのではないか

大義名分に 踊らされていて 良いのだろうか


どこまでも 真実を探求する 姿勢を持つべきではないか


今の 報道姿勢では 報道内容については 信頼できない


報道は 真実を追い求めてこそ 報道ではないか






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