ほっじすの週休2日制ブログ

通称『ほっじす』の日記&コラムです。時事ネタや「越谷グレイツ」内での話題を中心に投稿します。土日祝は野球の為、休載です!

3年目で反省点

2014-03-11 | ささやき
3月11日(火)#2356


あれから3年。

「復興よりも風化のが早い」と被災者の方がテレビのインタビューで言っていた。

確かにそうかも知れない。

あんな強烈な体験でも、いつの間にか、少しずつ忘れていくんだよね。

計画停電で、電気の無い生活を合計数時間だけでも体験して、「電気ってありがてーな」と心から思ってたのに、いつの間にか普通に当たり前に電気を使っている。

命があるだけで、家族が、仲間が無事なだけでかなり幸せだと知ったのに、もっともっとと欲が出るようになってる。

辛かったこと、苦しかったこと、思い出したくなことを忘れちゃうのは、人間が元から持っている生きる術なのかも知れないけどね。


東日本大震災は、資料も映像もたっぷりあるので、1年に1回、ちゃんと思い出して、次に来る災害に備える気持ちを、今一度呼び起さないとな、と思う。



ほっじすはあの日、会社で被災した。

地震で、書類などが机からバタバタ落ちるのを阪神大震災の記録映像などで見たことはあったが、実際に見たのは初めての経験だった。

それほど揺れが強かった。

会社の入ってるビルがあまりに揺れるので、非常階段を使い、外に出た。

後で知ることだが、この行動は良くないらしい。

揺れが収まるまで、屋内の机の下などに隠れて、とにかく体を守るようにしないといけない。

揺れてる最中に外に出ちゃうと、ビルの外壁が崩れてきたり、ガラスが割れて降ってきたりして、そんなことで命を落とすこともあるという。

でも、その日、外には周りのビルからもたくさんの人が出てきちゃってた。


揺れが収まり、事務所に戻ってテレビをつけた。

全て特番に切り替わっており、地震の大きさを伝えていた。

この時、家族と連絡を取ろうとしたが、全く通じず。

ただただ無事でいてくれることを祈った。

仕事関係の被害状況や人の安否も、全く分からず。

繋がらない電話を何度も何度も掛けた。

実はこれもあまり良くない行動で、私的な通信は控えた方がいいとのこと。

災害伝言ダイヤルなどを利用し、公的な通信を妨げることのないようにしないと、結果的に救助が遅くなったり、情報が錯綜したりして混乱してしまうという。


そんなことをしているうちに、大津波の映像がテレビに映し出された。

「この国はどうなっちゃうんだろう」と本気で不安になった。

もうたまらず、社用車で帰宅した。

しかし、国道4号線は大大渋滞。

渋滞で停まってる最中も、何度も何度も余震を感じた。

後で考えれば、車を使うのもNG。

帰る手段が歩く以外他に無かったけど、今はこの教訓で大災害発生事は、都内は通行止になる箇所が設定されているようだ。


ほっじす、結局、災害時のダメな行動パターンの見本みたいなことしてたけど、あの時は必死だったんだよなぁ。

よく言われるけど、そういう時は冷静に考える事がまず第一なんだろうな。