近所の森の蝶 4
シジミチョウ科Lycaenidae 小灰蝶科 Blue/Copper/Hairstreak
小型の蝶。もう一つの小型群セセリチョウ科は一見蛾のようだから、翅の差し渡し2㎝ほどの小さな蝶を見たら、シジミチョウ科の種と思えばよい。漢名は「小灰蝶」だが、意味は「蜆蝶」で、翅を開いたヤマトシジミやルリシジミを貝のシジミに見立てたもの。
翅の裏表、雌雄による色彩・斑紋の差は大きく、一般に雌の前翅表は褐色で地味。後翅端に糸のように細い尾状突起を備えた種があり、翅を閉じると頭部にある点状の細い触角と対応して、前後の区別がつきにくくなる。また、尾状突起の付け根には派手な目玉模様があり、これも本物の眼(パッチリとして可愛らしい)と対応している。よく後翅の2枚の翅をこすり合わせているのは、そこに敵の目を引き付けて欺く(敵の思惑とは逆の方向に逃げて行く)為かも知れない。
雌は腹端を擦り付けて食草上を歩きまわり、好ましい産卵位置を探す性質が著しいが、その割には卵(扁平で表面は堅く凸凹)はあちこちに産付されている。幼虫は扁平な蛆虫型で食草の蕾や葉肉などを食べ、体から出す蜜を求めて集まる各種の蟻と何らかの共棲関係が
成り立っているようだ。中には蟻から養分を得たり、蟻の幼虫やアリマキなどを食べて育つ種もある。蛹は帯蛹で、太短いダルマ型。
世界に約6000種。日本産の70余種は5亜科10族に分けられる。ゼフィルスと呼ばれるミドリシジミ族(25種前後)は濃色で翅型は角ばり、樹上を活発に飛び、花を訪れることは稀。雄は近づいた個体を追って飛ぶ占有性が著しい。ブルーと呼ばれるヒメシジミ族(35種前後)は淡色で翅は丸く、草地を可愛らしく飛び、好んで花を訪れる。コッパーと呼ばれるベニシジミ族は我が国には1種だけだが、何処にでもいて、なかなかに美しい蝶である。
ツバメシジミの産卵(カラスノエンドウ)
東京都青梅市霞丘陵コリアス草原にて 2021.4.22
シジミチョウ科の幼生期など(「里の蝶」から一部をコピー)。
平均的なサイズ 小型
科の解説にも、日本産のシジミチョウ科は3群(+α)に分けられる、と記した。“ブルー”(小さな空色の蝶)と“コッパー”(ルビー&サファイア)と“ゼフィルス”(西風の精)、およびその他の種である。ただし“ゼフィルス”(ミドリシジミ族)としての纏め方は、どうやら日本だけの「特例」のように思われる。ミドリシジミ族は、日本に25種前後、対してヨーロッパには3種、北米には2種。ミドリシジミ族以外のミドリシジミ亜科(=カラスシジミ亜科)は、日本に10種、ヨーロッパに約15種、北米に70種余。日本ではゼフィルスが主体になり、欧米では(それを含む)ミドリシジミ亜科全体が基準となって、それに与えられた一般名称が“ヘアーストレイク”というわけなのである。
ミドリシジミ亜科を構成する、ミドリシジミ族、カラスシジミ族、トラフシジミ族(および暖地性のムラサキシジミ族)は、基本形質から見て互いに左程遠い類縁関係にあるとは思えない。ゼフィルスを特別視するのではなく、“ヘアーストレイク”として一括する欧米の扱いが、順当なのかも知れない。それで再集計をすると、“ブルー”も“ヘアーストレイク”も、日本産は共に35種前後、“コッパ―”は1種、そのほかが、ウラギンシジミとゴイシシジミの2種(あるいはキマダラルリツバメを加えた3種)という事になる。
改めて纏めておくと、Aヨーロッパ/B北米/C日本産の各々の地域の種数は、“ヘアーストレイク”がA15種前後/B70種前後/C35種前後、“ブルー”がA70種余/B35種前後/C35種前後、“コッパ―”がA10種余/B15種前後/C1種。日本の“ヘアーストレイク”は大半を“ゼフィルス”が占め、“ブルー”は日本も欧米と拮抗し、“コッパ―”は日本が圧倒的に少ない、という構図である。
然るに、「日本の都市近郊の身近な蝶」として捉えた場合、様相がやや異なる。ゼフィルス各種を含む日本の“ヘアーストレイク”の多くの種は、特に「希少」なわけではないが、といって特に「普遍的」と言うわけでもない。どの種も「身近」という観点に於いては微妙な位置づけにある(出会えるチャンスもあるが簡単には出会えない)。
その点、“ブルー”は極めて明確だ。北部や南部を除く日本の都市近郊では、ヤマトシジミ、ツバメシジミ、ルリシジミの3種(それと秋に急激に数が増えるウラナミシジミを加えた4種)が突出して普遍的で、その他の種は山地や寒冷地、或いは南の地域に行かねばお目にかかれない。言い換えれば、この3(4)種を押さえて置けば事足りる(かつ確実に出会える)のである。
ただし、今回(2021年)のアパート裏山探索では、その“普通種ブルートリオ”の出現頻度に著しい差異が見られた。マクロな視野では南方系種のヤマトシジミは極めて数が多く(特に秋に激増)、マクロな視野では北方系種のルリシジミは春に少数が見られた後、夏~秋には全く出会っていない(同様に北方系普通種のツバメシジミとベニシジミは、年の後半には数が少なくはなるけれども、一応確認は出来た)。そのことは、一年を通して発生し殊に秋以降に数を増す「南方系種」キチョウと、春には爆発的発生をしながら夏以降(晩秋になって再登場するまで)一気に姿を消す「北方系種」モンキチョウの関係と軌を一にするようで、興味深い。
ちなみに暖地性のヤマトシジミ(やウラナミシジミ)が数多く見られ、北方系のルリシジミ、ツバメシジミ、ベニシジミが少ないという状況は、「温暖化が原因」と考え得るが、そう単純な話ではないようにも思う。ベニシジミ、ルリシジミ、ツバメシジミは、近年になって、以前はいなかった(あるいは極めて少なかった)屋久島やトカラ列島や奄美大島などに「南下拡散」傾向が見られるのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ツバメシジミ Cupido argiades 蓝灰蝶
東京都青梅市霞丘陵 2021.9.7
都市近郊でも普遍的に見られる“ブルー”トリオのうち、ルリシジがどちらかと言えば春の世代で多く見られ、ヤマトシジミがどちらかと言えば秋の世代で多く見られるのに対し、ツバメシジミは一年を通して各世代が比較的安定して出現しているように思える。細い尾状突起を持つことと、後翅裏面後角部にオレンジ紋を持つ(翅表にも出現する)ことで他2種と区別できる(裏面斑紋はウラナミシジミの様に波状にはならない)。雄は翅表全面が明るい空色、雌は濃黒褐色(ときに狭い範囲に空色部が出現する)。年4~5回発生(幼虫越冬)。食草はマメ科で、カラスノエンドウ、ハギ類、シロツメグサなど多岐に亘る。成蝶は花蜜を好み樹液には来ない。小型サイズ。日本本土のほぼ全域に分布。北半球に広域分布し、中国大陸、ヨーロッパ、北米大陸産などには近縁な複数種が存在している。属名をEveresとすることも多い。フィールド日記4.10/4.22/5.23/6.9/6.15/6.16/6.28/7.18/8.11/9.7/9.20/9.28。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
ヤマトシジミ Pseudozizeeria maha 酢浆灰蝶
東京都青梅市霞丘陵 2021.9.7
“大和蜆”の和名でも分かるように、日本の多くの地域において最もポピュラーな蝶のひとつ。ただし北海道などの寒冷な地で分布を欠き、温暖地域に偏っている。秋口から冬のはじめにかけて特に多く見られる。翅裏面の地色は、ルリシジミのような純白ではなく、多少なりとも 薄っすら灰褐色を帯びる。黒斑の並びもルリシジミとは異なる(中央上から2個目の紋がずれない)。翅表は、雄は一面の空色、雌は黒褐色で、しばしば基半部に青色鱗を伴う。高温期に幼生期を過ごした世代は、雄翅表の縁の黒帯部が幅広くなる。複眼が灰色を帯びることは他のブルー各種に見られない特徴である。年5回前後の発生(幼虫越冬)。食草はカタバミ科のカタバミ。成蝶は花蜜を好み樹液には来ない。小型サイズ。本州以南の全土に分布。属名をZizzeriaとすることもある。フィールド日記3.23/3.24/4.8/4.10/4.20/4.27/5.6/5.14/6.13/6.24/8.20/9.7/9.8/9.10/9.19/9.28/10.11/10.20/10.23/10.24/10.30/11.11/11.13/11.20/11.25。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
ルリシジミ Celastrina argiolus 琉璃灰蝶
東京都青梅市霞丘陵 2021.3.23
多くの蝶では幼虫の食草は単一の種やグループに限られている(その典型がヤマトシジミ)が、本種の食草は例外的に多くの科の植物(マメ科、バラ科、タデ科ほか)に亘っている。卵は蕾や若い花序に産付され、幼虫は花や葉の肉質部を食し、しばしば蟻と共生関係を持つ(大半のシジミチョウ科の種と共通)。小型種(ヤマトシジミやツバメシジミに比べ翅が幅広く感じる)。早春に数多く見られ、秋まで数世代が引き続いて出現するが、何故か霞丘陵周辺では春一番に出会った後、一度も姿を見ていない。雄の翅表は一面の明るい空色、雌は地色が黒褐色で中央に空色部が広がる(春季の雌は空色部が翅表の2/3以上を占めることもある)。裏面の地色は純白。後翅の黒斑列は、上から2個目が内側にずれる。花蜜を好み通常樹液には来ない。吸水性が顕著。日本のほぼ全土に分布するが、南西諸島では分布を欠くかごく稀。北半球に広域分布する(種を細分する見解もある)。フィールド日記3.23/6.1/6.10。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
ウラナミシジミ Lampides boeticus 亮灰蝶
東京都青梅市霞丘陵 2021.9.8
イチモンジセセリなどと同様に、一年の後半に(夏の終わりから秋遅くにかけて)個体数が激増する。季節的な南北移動を行っている可能性もあるが、実態は定かではない。年間を通して発生(5回前後?)しているのは、本州の南半部以南と考えられている。しかし、秋には3000mを超す高山帯などにも表れる(中国雲南省での観察)。翅裏面に灰褐色の密な波状の斑がある。後翅裏面後角にオレンジ斑を有し、長い尾状突起を持つ。雄の翅表は、淡い紫色を帯びた青色。雌翅表は、内側が空色で周囲が濃灰褐色。翅のサイズは、ツバメシジミ、ヤマトシジミ、ルリシジミより一回り大きく、翅型が四角っぽい。食草はマメ科のエンドウ、フジマメ、クズなど。幼虫は豆の鞘に潜り込んで実を食べる。成蝶は花蜜を好み、敏捷に飛翔する。都心の花壇などでも秋にはよく見かける。フィールド日記9.8/9.19/9.28/10.2/10.5/10.11/11.11/11.25。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
ベニシジミ Lycaena phlaeas 红灰蝶
東京都青梅市霞丘陵 2021.5.1 低温気型 メス
日本各地の都市近郊で最もポピュラーな蝶のひとつ。ベニシジミの仲間はヨーロッパ、北米大陸、中国大陸などには数多くの種が分布するが、日本産はベニシジミ一種のみ。種としてのベニシジミは北半球の温帯域に広く分布し、日本でも北海道~九州のほぼ全域に分布する。南西諸島には産せず、屋久島では著者が2006年に撮影した個体が最初の記録(食草に付随しての二次移入と考えられるが現在では定着している由)。中国大陸(中~南部)では余り普遍的な蝶ではない。北米大陸産は東部と西部でルーツが異なる。やや大きめの小型種。年4~5化(蛹越冬)。高温期に幼虫を過ごした個体は翅表が黒ずむ。食草はタデ科のギシギシ属など。他の多くのシジミチョウ科の種が食草の蕾や若芽を好んで食するのに対し、本種は主に成長した葉を食べる。また、シジミチョウ科としては例外的に幼虫は蟻との関係性が薄い。フィールド日記3.24/4.8/4.10/4.22/4.27/5.1/5.25/6.15/6.26/9.10/9.19/9.20/9.28/11.11/11.12/11.20。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
コツバメ Callophrys ferrea 梳灰蝶
東京都青梅市霞丘陵 2021.3.23
著者が数十年ぶりに挑戦した東京近郊の一年を通しての撮影行の初日に、最初に出会ったのがこの種(しかしその一頭だけでその後出会っていない)。ツマキチョウ、ミヤマセセリと共に、春にだけ成蝶が出現する、かつ身近な“スプリング・エフェメラル”の代表種である。“春の女神”ギフチョウに対し、著者はツマキチョウを“春の乙女”、ミヤマセセリを“春の淑女”、本種を“春のオテンバ娘”と見做している。目まぐるしく飛び、花を訪れたり、地上の枯葉にとまったりする。また、屡々翅を閉じたまま横倒しにして日浴する(本種を含むカラスシジミ族の特徴)。小さめの小型種。北海道~九州に分布。食草はツツジ科のアセビやネジキなどの蕾や新芽。蛹越冬。尾状突起はない。雌雄は酷似するが、翅表の色合いが異なる(雄は一様に濃い青色、雌は黒褐色で中央部に明るい青色部分がある)。属名をAhlbergiaとする見解もある。フィールド日記3.23。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
トラフシジミ Rapala arata 宽带燕灰蝶
東京都青梅市霞丘陵2021.6.18 リョウブの葉に産卵
春型と夏型で、翅の色彩が最も顕著に相違する種のひとつ。すなわち(年二回出現する)春型は白と濃褐色の虎斑模様、夏型では地色も帯の部分と同じ(帯の色よりも淡い)褐色を呈する。翅表は、雄は一様の濃紺色、雌は褐色地にオレンジ色の斑紋を配する。北海道~九州に分布。朝鮮半島、中国大陸、台湾などに分布する近縁種のウスムラサキシジミ(アカトラフシジミ)Rapara caeruleaなどは、雄も雌同様、翅表にオレンジ色の大きな斑紋を持つ。やや大きめの小型種。雄は後翅表基部に性標を表す。食草はマメ科、バラ科、アジサイ科(ウツギ類)、リョウブ科など多岐に亘る。幼虫は花や蕾を食し、色彩は多様で、食草の花色に似る。蛹越冬。成蝶は花を好んで訪れ、しばしば吸水も行う。敏速に飛び、すぐに葉上にとまる。フィールド日記6.18。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲
ミズイロオナガシジミ Autigius attilia 青灰蝶
東京都青梅市霞丘陵2021.6.1
霞丘陵などの都市近郊に分布するゼフィルス(=ミドリシジミ族)は6種、うち最も普遍的に見られるのが本種である。北海道~本州に分布。年一回、6月に出現。卵越冬。食草はブナ科のコナラなど。やや大きめの小型種。他の大多数のゼフィルス同様、後翅に尾状突起を備える。成蝶は葉上の水分を吸うほか、クリなどの花で吸蜜し、時に樹液で吸汁する。日中はほとんど活動せず、朝夕に樹上を飛ぶが、雄はミドリシジミやオオミドリシジミのように顕著な卍巴飛翔は行わず、アカシジミのような黄昏落下飛翔も示さない。翅表も翅裏の条線も濃灰色なのにも関わらず、和名に“ミズイロ”と名付けられているのは、飛翔時には濃灰褐色と翅裏地色の白色とが溶け合って、確かに“水色”に感じるからであろう。雌雄は酷似する。裏面の褐色条には変異が多い。フィールド日記6.1/6.18。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
ミドリシジミ Neozephyrus japonicus 日本翠灰蝶
埼玉県入間市宮寺 2021.6.13 産卵
丘陵の谷戸の湿地に生えるハンノキ林に棲む。霞丘陵にも以前は多産していたようだが、ハンノキの生える湿地が人為的な菖蒲公園になってからは、ほとんど姿を消してしまった。それで、隣接する狭山丘陵西部のハンノキ林まで、歩いて2時間かけて足を伸ばした。大きめの小型種。雄の翅表は濃い緑色。裏面は淡褐色。6月に出現。夕刻、5時を過ぎた頃、食樹のカバノキ科のヤマハンノキやハンノキから成る雑木林の樹上を何頭もの雄が卍巴に絡み合って追飛する。下に降りてくるのは日が暮れてからで、早朝に訪れると屡々朝露に濡れた下草にとまっている(ときには日中に降りてくることもある)。雌は翅表地色が褐色で、4つの斑紋型(A型=青紋)、B型(赤紋)、AB型(青/赤紋)、O型(無紋)がある。北海道~九州(山地)に分布、台湾には近縁種のタカサゴミドリシジミNeozephyrus taiwanusが分布する。フィールド日記6.13/6.14/6.15。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
オオミドリシジミ Favonius orientalis 艳灰蝶
東京都青梅市青梅丘陵 2021.6.10 オス
雄が緑色に煌めく低地産のゼフィルスは、本種とミドリシジミの2種。ミドリシジミの雄翅表が濃い緑色なのに対し、本種は明るい青縁色で、縁の黒帯が細い。雌翅表は褐色で青斑や赤斑は生じない。裏面の地色は灰色。大きめの小型種(「オオ」と名付けられているがサイズはミドリシジミとほぼ同じ)。6月に出現。卵越冬。食樹はブナ科のコナラなど。雑木林の空隙地や小高い丘頂の落葉樹などに棲息、雄は午前9時前後に占有行動を示し、梢の周辺を雄同士が卍巴飛翔する。成蝶は主に葉上の水分を吸い、時に花や樹液を訪れることもある。北海道~九州に分布。本種を含むオオミドリシジミ属は日本に7種(本種以外は主に山地帯に棲息)とされ、よく似た別属のミドリシジミ属やメスアカミドリシジミ属が台湾‐中国西部‐ヒマラヤ地方に繁栄するのに対し、本属はそれらの種が余り見られない日本海周縁地域に多くの種が繁栄している。フィールド日記6.10/6.11/6.13。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
ウラゴマダラシジミ Artopoetes pryeri 精灰蝶
岡山県哲多町 1986.6.26 メス
翅型が丸く、翅表は淡い空色、翅裏は白地に黒点列、尾状突起を欠き、ぱっと見はミドリシジミの仲間というよりも、ルリシジミの仲間のように見える。しかし本種もゼフィルス(ミドリシジミ族)の一員である。落葉樹林の低木の木陰を一定のコースに沿って緩やかに飛ぶ様は、ゼフィルスとしての風格のようなものを感じる。食草はイボタ科のイボタノキなど。成蝶は花を訪れることも多い。北海道~九州に分布。6月に出現。卵越冬。大きめの小型種(よく似たルリシジミの雌よりも一回り大きい)。雌は、翅表に白斑が発達する。東アジアを中心に100種以上が分布するゼフィルスのうち、翅が横長で丸く尾状突起を欠く種としては、本種の他、翅の表裏ともオレンジ色のチョウセンアカシジミCoreana raphaelis、翅表面が紺色で裏面が赤褐色のヨーロッパ(地中海西部)産のLaeosopis roborisなどがあり、大半がブナ科食のゼフィルスの中にあって、モクセイ科食であることも共通している。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
アカシジミ Japonica lutea 黄灰蝶
埼玉県入間市宮寺 2021.6.14
6月の夕刻、雑木林の樹上から、まるで赤い小さな紙切れが舞い落ちてくるような“黄昏落下飛翔”を行う。牡丹雪のごとく、次から舞い降りてくる様は見事である。クリの花で吸蜜していることが多く、ときに大集団を形成する。大きめの小型種。雌雄は酷似する。卵越冬。食草はブナ科のコナラ、クヌギ、アラカシなど。北海道~九州に分布。北日本には、カシワを食草とするキタアカシジミJaponica onoiを産し、アカシジミとは交尾器など形態的にも差異がある。また、広島県北部のごく限られた地域(ロシア沿海地方にも分布)には、やはり雄交尾器に安定的な独自の特徴をもつ集団がいて、筆者は別の独立種ミナミアカシジミJaponica mizobeiと考えている。ほかに台湾、中国大陸西部などに、それぞれ個別の近縁種が分布している。フィールド日記6.14/6.15/6.17。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
ウラナミアカシジミ Japonica saepestriata 栅黄灰蝶
文字通り「黒い裏波状」斑が特徴的なアカシジミ。アカシジミと共に雑木林に分布するが、その棲息環境はやや異なり、人里では地域によってはむしろ本種のほうがより普通に見られる場合もある。ただし今回の霞丘陵周辺探索行で撮影し損ねた種のひとつでもある。食草はブナ科の主にクヌギ、アベマキ(紀伊半島産はウバメガシを食し別亜種とされる)。北海道、本州、四国に分布し、九州には分布を欠く(アゲハチョウ科のウスバシロチョウと同パターン)。6月に出現。卵越冬(ミドリシジミ族やカラスシジミ族の越冬態は正確には孵化したまま卵の中に潜んだ一齢幼虫)。大きめの小型種。雌雄はよく似るが、雌は前翅表の翅頂付近に黒色部が広がる。クリの花などで吸蜜し、夕刻に緩やかに飛翔する。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
ムラサキツバメ Arhopala bazalus 百娆灰蝶
霞丘陵では一度だけ出会った。雑木林の中の道を歩いていた時、突然目の前に飛来、ササの葉上にとまって、慌てて一枚だけシャッターを切ったところで飛び去って行った。以前は近畿地方の南部や沿岸部が北限だったが、近年は関東地方まで勢力を広げている。クロコノマチョウの場合とほぼ同パターンで、日本の暖地や中国南部や台湾などに分布し、従来は中琉球(奄美大島、沖縄本島など)には居なかった。それが現在では、北方への分布の拡大とともに、南へも分布を広げているようである。大きめの小型種。尾状突起を備える。雌は翅表一面が濃い紫、雌は地色が褐色で内側に明るい紫色部分を持つ。食草はブナ科マテバシイ 属。年数化。成蝶越冬。越冬中は一か所に集まってしばしば大来な集団を形成する。成蝶は葉上の水分を摂取し、時に花を訪れ、腐果や樹液で吸汁する。フィールド日記8.11。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
ムラサキシジミ Arhopala japonica 日本娆灰蝶
東京都青梅市青梅丘陵 2021.6.28 メス
ムラサキシジミ族はミドリシジミ族に比較的近縁で、東アジアの温帯域に分布が集中するミドリシジミ族と置き換わるように、アジアの亜熱帯~熱帯地域に極めて多くの種が繁栄している。日本産は、ムラサキシジミ、ムラサキツバメ、ルーミスシジミPanchara ganesaの3種。うちムラサキシジミは本州以南に普通に見られ、時には食樹のひとつである住宅街に植栽されたアラカシなどに発生していたりもする。他の食草は同じブナ科のアカガシやコナラなど。年3化。成蝶越冬。冬の前後の暖かい日には、葉上で翅を開いて日浴する個体をよく見かける。やや大きめの小型種。前翅頂が尖り、後翅には尾状突起を欠く。雌雄は類似するが、雄は翅表の紫色部分が広く色が濃い。成蝶は葉上の水分を摂取。属名をNarathuraとすることもある。フィールド日記6.9/6.24/6.28/7.18。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
ウラギンシジミ Curetis acuta 尖翅银灰蝶
東京都青梅市霞丘陵2021.8.20
ムラサキシジミと共に、冬の前後の照葉樹林の林縁などでよく見る種。民家の生垣などで、数頭が集まって越冬していることも有る。ムラサキシジミより一回り以上大きな、シジミチョウ科の最大形種。ほかのシジミチョウ科とは異なる系統に所属、胴体も太く、一見セセリチョウ科のようなイメージでもある。何よりも他の全ての蝶にない翅裏一面の銀色が本種独自の特徴で、飛翔時には極めて良く目立つ。しかし、翅を開いての静止中は、枯葉などの周囲に溶け込んで、その存在に意外に気が付かない。翅表の中央部は、雄が銀白色、雌が朱色。年2~3化で成蝶越冬。どの世代も前翅の頂が突出するが、越冬世代では殊に鋭く尖る。食草は、マメ科の主にクズ。本州以南に分布。成蝶は腐果を訪れ吸汁し、湿地で吸水する。フィールド日記6.9/6.24/6.28/7.18。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
ゴイシシジミ Taraca hamada 蚜灰蝶
神奈川県川崎市麻生区 1977.9.1
今回の探索では、霞丘陵周辺では確認できなかったが、首都圏を含む都市近郊でもやや普通に見られる。しかし生育環境はササ(メダケ属、ササ属)の群落に限られ、その葉裏のアブラムシ(半翅目)の集団中に卵を産み付け、幼虫はアブラムシ(ササコナフキツノアブラムシ)を食べて育つ。小型種。翅型や大きさは“ブルー”各種と変わりは無いが、名のように碁石を並べたような翅裏の斑紋は独特(翅表は黒墨色)で、他のシジミチョウ科各種とは異なる系統(ゴイシシジミ亜科)に位置づけられる。年3~4化。幼虫越冬。成蝶もアブラムシの分泌物を吸汁する。北海道~九州に分布。雌雄は類似するが、雌の翅型はより丸味を帯び、翅表にぼんやりした白斑部が広がる。飛翔は緩やかだが、夕刻近くに雄は占有行動を示す。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。