★中国の野生植物 Wild Plants of China リンドウ科Gentianoceae-58の記事は、文章が半分しか掲載されていなかったので、再掲しました。応援をいただき、ありがとうございました。
読者の方々に質問です(僕は頭が悪いので、教えて頂ければ幸いです)。
【Ⅰ】
マスクは、なぜ必要なのですか?
【Ⅱ】
「沖縄に対する日本」
「台湾・チベット・ウイグルに対する中国」
の違いを教えて下さい。
*毎回(リンドウの項目奇数回)のブログ記事の冒頭に、この質問を繰り返し続けることにします。
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昨夜は大変な目にあいました。いつものとおり、夜中の12時過ぎに就寝するつもりで、トリアゾルムを1錠飲んで寝ます。
飲んでから、ベルト・ケンプフェルトの曲をイヤホーンで聴く。7~8曲しか入っていないのだったり、50曲近く入ってたりで、いつも適当に選んでいる。基本的にはいつも、トリアゾルムを飲んだ後も少しは作業しようと、パソコンの中の資料を弄っています。飲んでいようがいまいが、20分や30分ぐらいは起きていられるはずです。でも、大抵は2曲目か3曲目辺りで熟睡してします(あとは何曲残っていようが一切聞こえていない)。
意に反して、見事に寝てしまう。そりゃ睡眠剤飲んでるのだから当たり前だろ、と言われそうですが、以前(10数年前頃まで)の僕は、一度眠れなくなると睡眠剤を飲んでも全く効かなかったのです。それが、不思議なことに、数年前頃から見事に効きだした。(むろん、それはそれで有難いのですが)。
昨夜は36曲(約1時間半分)収納のファイル。7~8曲ぐらいまでは耐えて、少し頑張って作業(写真整理)を続けよう、と思っていたのが、全36曲を終えてもまだ起きていた。“今日は良く頑張ることが出来た、儲けもの”ぐらいに思っていました。トリアゾルムは既に飲んでいる(100%確か)ので、効かないわけはないでしょうから、そのうち眠れるはずです。
それが、なぜか全然眠れないのです。数か月前にも同じようなことがありました。何故か眠れない。トリアゾルムを飲んでいるので、確実に眠れるはず、そのうちに、と思っていたのに、いつまで経っても眠りにつけない。念のため、薬の数を数えてみたら、飲んでいなかった。
その時と違って、今回は絶対に飲んだ自信があります。わざわざ数える必要はない。眠れないわけはないのです。しかし、夜が明けても眠りにつけない。もし徹夜でもすることに成ったら、体調は一気に悪化してしまう(それでなくとも毎日夕方以降は生死の境を彷徨っているみたいな状況ですから)。
さあ困りました。もう一錠飲めば眠れるかも知れないけれど、一晩に2錠飲むことはしたくありません。でも今回は異常事態、やむを得ないと思ってもう一錠飲みました。
すぐに眠りについて、下手すると倍寝てしまうところ、幸いお昼前(5時間ほど熟睡)に起きた。目が覚めて、ふと頭の横のパソコンを見たら、なんと(間違いなく飲んだと思い込んでいた)最初の一錠が、パソコンのキーボードの上に転がっていた。
薬を飲む事と他の作業 (イヤホンを差し込むとか音楽再生をクリックするとか)を同時進行していたのが、薬を口に入れる瞬間に、うっかり別作業のほうを優先してしまった。自分としては、間違いなく飲んでいるのだから、眠れないわけがない、と信じていたのですね。単純に、飲んでなかったから眠れなかったわけです。
幾つかの問題点。
よく、フェイクの薬とかあるじゃないですか。それが案外効いたりするんだと。薬なんて実際の効き目より、そのような心因的な部分に対して効果を齎らす部分もあると思うんですね。睡眠剤などには、それをちょと期待してしまいそうです。
でも、今回のような例で考えたら、どうやらそのような効果は100%発動しない。飲んでいなかったら(本人は飲んだと信じていても)絶対に眠れない。飲んだら一発で眠れる。
よく、「不眠症なんて気持ちの問題」と言う人がいるけれど、無責任すぎます。何日も何日も眠れないことが、どれほど辛いことか。昔の僕は、(たとえ睡眠剤を飲んでさえ)いったん眠れなくなると、毎日ハードな作業(僕の場合概ね撮影登山)を行い、徹夜を繰り返しても、何日も何日も眠れない日が続いたのです。一週間か10日ほど不眠を繰り返し、その後、突然2~3日間爆睡する。人生の半分は、それで苦しんできました。
それが、何故かここ数年、睡眠剤さえ飲めば、確実に眠れるようになった。今の「トリアゾロム」は、以前の(飲んでも効き目がほとんどなかった)「ハルシオン」と同じ成分だそうです。
若い頃と違って、徹夜が体に一番堪えます。一晩でも徹夜をすれば、器質的な部分での障害に結びつく可能性があるでしょう。
徹夜すれば、朝になってから眠れば良い、、、そんな簡単にはいかぬのです。日が変わろうが、再び重労働をしようが、睡眠剤を何錠飲もうが、羊を100匹数えようが、眠れなくなると眠れない、それが以前の僕です。
それでも(今よりは)若かったから、体への大きな影響は齎さないで済んでいたのだと思いますが、今はダメです。1年半前の、マクドナルドの深夜清掃、連日の夜間作業(今は睡眠剤の力である程度日中眠ることが出来るけれど、それでも夜→昼逆転は相当なダメージ)で重いものを持つ日が続いて、背骨を曲げてしまった。
ただ、(昼夜逆転の深夜重労働はともかくとして)今は万が一朝まで起きていたとしても、睡眠剤を飲めばすぐに眠りを得る事が出来ます。
でも、それは、結構怖い事だと思いませんか? 確実に眠れるようにはなったけれど、薬が無くなれば、眠れないわけです。
この先、どうすれば良いのでしょうか? 最も考えられる方法は、薬の量を少しづつ削って、体のほうも徐々に馴らして、やがてゼロにする。
ということは、以前と同じになるわけです。1週間眠れない日が続き、その後纏めて爆睡。若い頃はともかく、今(殊に軟口蓋の奥の破壊されたままの状態でいるこの8年間)は、数日徹夜すれば、体全体の器質が破壊されてしまうと思います。
73歳にもなれば、良く持ってもどうせあと数年でしょうから、ちゃんと薬を飲み続けて、せめて朝のうちだけでも、意識と体調を維持しておく(5時間眠ったとは言え今日は起きてからも苦しい)、そちらの方が賢明かも知れません。
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一週間も10日間も、重労働を繰り返しているのにも関わらず眠れないでいる、という話を先に書きました。
実は、ある意味、頭は起きていても、体は寝ているのですね。だから、今はともかく若い頃(60歳くらいまで)は、それで持った。
別の見方をすれば、「眠れない」というのは、睡眠中に断片的に目覚めている事なのかも知れません。その覚めている部分だけを繋ぎ合わせて、連続して起きていると認識する。
若い頃はそれで何とかなったのですけれど、今はそれじゃ困ります。それはともかくとして、、、、。
僕が一番興味を持っているのは、「寝ている部分(おそらく夢も見ていない)」と「覚めている部分(広義には夢も含む)」の相関です。
そもそも「夢」というのは、一体何なのでしょうか?
(僕の嫌いな、笑、「ロジカル」の対義語的な要素もありそうです)
起きて、普段の状態でいる時、(瞬間的に)夢を見ている*ということもあるように思います(大抵は気付かない)。*例えば、何の脈絡もなく、大昔の一場面の記憶の瞬間が突然鮮明に再現されたり。
(「痴呆」という現象も、本質を深く探っていけば、それは人間本来の要素の表れなのであって、人間とは何か?という問いに辿り着くことになるのだと思います)。
意識とは何か、ということですね。人間が人間であることと「意識」は、どう関連しているのか? 人間以外の「命」(冗談だけれど、例えば宇宙人とかも含めて)は、「意識」とは別の領域に存在しているのではないか? (本質的には人間も?)
繰り返し言うけれど(ここが一番大事なのだけれど、いかんせん僕には能力がなくてうまく表現できない)、論理に因る証明や、それに基づいて発展を遂げた科学の恩恵でもって、今成し得ていること(例えば、電気がつき、飛行機が飛び、、、医療が発展し、インターネットが出現し、等々)、は、一体、どれほどに“意味”がある事なのか?
朝と夜
光と闇
生と死
現実と夢
時間と空間
過去と未来
極大と極小
拡散と収斂
安定と変動
善と悪
文明と原始
科学と非科学
賢者と愚者
明晰と混沌
今日はしんどいです。リンドウ60を送って、早めに部屋に戻って、睡眠剤飲んで、もう一度寝ます。